第38話 事務所を継ぐまでのいきさつ
続いて征一郎が語ったのは、冬夜が所長を務めている事務所についてだった。
「えっ、うちの事務所って父さんのものじゃなかったの!?」
「お前が継いだ『玖堂心霊調査事務所』は、もともとお前の父である辰巳が経営していたものだ。私のものだとは一言も言っていない」
目を丸くした冬夜に、征一郎はすぐさま首を横に振った。
ずっと征一郎の跡を継いだのだと思っていたのだから、冬夜が驚愕するのも無理はない。
「いや、でもさ、普通は父さんのものだと思うじゃない? まさか自分に父親がもう一人いるなんて普通は思わないし」
「そうだろうな。だが、わざわざ説明する必要もないと思ってな。あれだけ『継ぎたくない』と駄々をこねたお前だ。本当のことを知ったらなおさら継ぎたくなくなるだろう」
だからあえて説明しなかった、そう言われてしまえば、冬夜は唇を尖らせることくらいしかできない。
「それはそうだけどさぁ」
「冬夜、事務所継ぎたくなかったのか? そもそも何でそこまで嫌がったんだよ」
その話は初めて聞いたわ、と志季が驚いた表情をみせると、冬夜はわざとらしくふてくされたように言う。
「最初はね。父さんが大学の入学式前日になってから、『卒業後は事務所を継がないと大学の学費は出さない』って言い出すからさ。それに俺、文学部だったんだよ?」
いきなり事務所の経営しろって言われても無理だって、と付け足した冬夜が、今度は頬を膨らませた。
入学式の前日、しかも夜に、いきなり征一郎から「事務所を継げ」とほぼ命令のように言われたのである。
それまで事務所の存在自体も知らずに、自分の入りたい学部を選んでいた冬夜にとっては寝耳に水だ。
ただ、大学や学部を決める前から事務所のことを知っていたとしても、きっと経営学部を選ぶことはしなかっただろう、と冬夜は今でも思っている。
文学部で特にやりたいことがあったわけではないが、経営学部については考えたことすらなく、最初から選択肢に入っていなかったのだ。
そのせいで今現在、独学で経営を学んでいる最中である。
「そんなに嫌だったらバイトでもすればよかったんじゃないか?」
志季がさらに問うと、冬夜は大げさに溜息をついた。
「もちろんそれも考えたし、もともとバイトはするつもりだったけどさぁ。でも、学費全部なんて無理じゃない? しかも四年間ずっとだよ?」
「うーん、確かにそれもそうか……」
オレも少しは仕送りと学費出してもらってるしな、と顎に手を当てた志季が、納得したように頷く。
「入学式前日になってから奨学金とか無理だし。いや、入学してからも借りられるらしいけど、それ知ったのずっと後からだからね。で、どうしようって焦ってるうちに、勝手に上手く話をまとめられてたんだよ。父さんはこういうところが卑怯なんだよね」
過去を振り返った冬夜が、大きく首を左右に振りながら、「やれやれ」と困ったように両手を上げた。
その様子にも、征一郎は冷静な態度を崩すことはしない。
「あれは卑怯ではなくて、戦略っていうんだ」
「今となってはもうどっちでもいいよ。まあ、今は志季とコハクがいるし、継いでよかったと思ってるけどね」
経営状態はアレだけど、と冬夜が小さく零しながら、志季とコハクの顔を交互に見やる。
そんな冬夜に、志季とコハクは嬉しそうな笑顔で頷いてみせた。
「だから、私は経営については何も文句を言っていないだろう。辰巳の跡を継いでくれればそれでよかったんだ」
「じゃあ、俺に跡を継がせるために二十年以上も事務所をそのままにしてたってこと?」
冬夜が首を傾げながら問うと、征一郎はしっかりと肯定する。
「そうだ。それまではうちできちんと建物の管理などをしていた。やっぱり事務所くらいは残しておきたかったからな」
「そっか、事務所のことはわかったよ。でも、色々と情報量が多すぎて、俺そろそろ混乱してきたんだけど……」
これまでの情報が多く、さすがに整理しきれなくなった冬夜が、とうとう頭を抱えてギブアップする。
「それは悪かったな。ではこの辺で少し休憩にしよう」
思わず苦笑いを浮かべた征一郎の言葉に、全員で一旦休憩を挟むことにしたのだった。




