第35話 手紙の内容と玖堂家の関わり
翌日、冬夜たち三人は昨日届いた手紙を持って、玖堂家を訪れていた。
冬夜が数年前に大学を卒業するまで過ごしていた実家である。もちろん、常に冬夜と一緒にいるコハクもこの家に住んでいた。
現在、ここには冬夜の父と母、そして三歳離れた姉が住んでいる。
ちなみに、最近ここに帰ってきたのは半年ほど前の正月の時だ。
しばらく帰ってきていなかったせいか、母の恵子は「みんな久しぶりね!」ととても喜んで三人をまとめて抱き締めようとした。
それを懸命に拒否して、冬夜たちは父――征一郎の元へと案内してもらったのだが、征一郎は冬夜から渡された手紙に目を通すなり、険しい顔つきで首を捻ったのである。
「これがお前のところに届いたのは間違いないんだな?」
「うん、父さんはこの手紙の内容について詳しくわかる? 特にこれ」
冬夜が素直に頷いて、次にはテーブルに置かれた手紙のある部分を指差す。『古鬼』と書かれたところだ。
「まず、これは『こき』って読むんだ。昔、唯一幻妖を従えることのできた一族の名前だ」
「そんな一族がいたの!?」
冬夜たちの正面に座っている征一郎の言葉に、前のめりになった冬夜が大きく目を見開く。
「まだその一族は生きてるんですか?」
冷静な声で問う志季に、征一郎はゆっくり腕を組むと首を左右に振った。
「いや、もうずっと昔にその血は途絶えたはずだ。私はそう聞いている。古鬼の一族は、幻妖を使ってあまりに凄惨な事件ばかりを引き起こしていたらしい。それを見かねて、玖堂家の先祖が古鬼の一族すべてを退魔したんだ」
「退魔ってことは、古鬼も幻妖なの?」
ソファーに座り直しながら、冬夜が首を傾げる。
「存在自体は人間だが、精神的には幻妖に近いものらしい」
「幻妖になる一歩手前、みたいなものなのかな?」
「まあ、そんな感じだろう。私も聞いたことがあるだけで、実際に見たことはないからな」
いつの時代かもわからない昔の話で記録もほとんど残っていない、征一郎がそう言って溜息を一つ落とすと、冬夜はさらに深く首を捻った。
「でも何で今になって、もういないはずの古鬼の名前が出てくるんだろう」
「それは私にもわからないが、もしかしたら古鬼に関わる者がいるのかもしれないな」
征一郎が腕を組んだまま、唸るような声を漏らす。
「そいつが、古鬼の一族を滅ぼした玖堂家に恨みを持ってるってことですか? で、今回この手紙を送ってきたと」
これまで手紙に視線を落としていた志季が、静かに顔を上げた。
「まだそうと決まったわけではないがな。私もどうして今この一族の名前が出てきたのかがわからない」
「でも玖堂家の人間を殺すつもりなんだよね? 早く何とかしないと!」
困ったように言う征一郎に、冬夜は思わず両手でテーブルを叩きながら、大声を上げた。
「冬夜、少し落ち着け。まずはちゃんと話を聞かないといけないだろ」
焦った様子で立ち上がろうとする冬夜の肩を、志季が隣で押さえてまた座らせる。
コハクはただ黙って、そんな冬夜たちを見守るだけだ。
「志季くんの言う通りだ。まだ関わっている者がいると決まったわけじゃない。それに、最悪の事態の可能性だってある」
「……関わっている者ではなく、古鬼そのものってことですか?」
志季がまたも静かに問うと、征一郎は溜息を零す。
「その線は薄いと思うんだがな」
紡がれたその一言に、冬夜が大きく深呼吸をして、今度はゆっくりと口を開いた。
「万が一、古鬼やそれに関わる者だったら、退魔するなりしないといけないんじゃないの? じゃないと俺たちが殺されるだけじゃ済まないだろうし。きっと大きな被害が出るよね?」
「その考えは正しいが、誰がやるんだ?」
「父さん……はもう退魔師としては隠居しちゃってるから、俺がやるよ」
冬夜が征一郎の瞳をまっすぐに見つめる。
征一郎は数年前に退魔師としてはすでに引退していた。今はまだ五十代でいながらも悠々自適の隠居生活を送っている。
「お前にそれができるのか?」
「だって、誰かがやらないと」
征一郎の問いに、冬夜は迷うことなくそう答えた。
しかし、征一郎は小さく嘆息しながら、首を横に振る。
「正義感が強いのはいいが、もし古鬼やその関係者を相手にするのなら今のお前の能力ではダメだ。反対に殺されるぞ。『玖堂の一族を殺す』って手紙にもはっきり書いてあっただろう」
「でも、古鬼の関係者ってだけだったらそこまで強くないかもしれないじゃない」
冬夜がすぐさま反論すると、征一郎はさらに深く息を吐き出した。
「絶対にそうだと言い切れるのか? わざわざ『殺す』と書いているということは、本当にそれをやれるだけの力を持っている可能性がある。お前はそいつを相手に無事でいられると思っているのか?」
「……っ」
冬夜は言い返すことができず、ただ黙ってうつむく。そのまま、膝の上に置いた両の拳を強く握った。
その姿に、征一郎が追い打ちをかける。
「お前はまだ駆け出しで、弱い」
低められた声で断言され、冬夜は息を呑んだ。
「……」
冬夜が口を噤むと、広い部屋の中には重い沈黙が流れる。
征一郎の言っていることは何一つ間違っていない。
退魔師協会の中でも一番下っ端で、いつも『ヘタレ』と呼ばれている自分には力がないと認めざるを得ないのだ。
それでも、古鬼やその関係者が本当に存在しているなら何とかしなければ、そう思って唇を噛む。
そんな冬夜を、志季とコハクは静かに見守ることしかできないでいた。
少しして、征一郎がおもむろに口を開く。
「……だが、まったく方法がないわけではない」
「本当!?」
弾かれたように上げた冬夜の顔が明るくなった。
「ああ、いつかは話さなければと思っていた。正直、こんなタイミングになるとは思っていなかったが」
そう言って征一郎は大きな咳払いを一つすると、改まった様子でゆっくり話し始めたのである。




