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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第四章 連続殺人事件を追え

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第31話 消える幻妖と不吉な言葉

 家の窓から漏れた明かり。

 それで作り上げられた無数の刃が、幻妖の影を地面に縫いつける。


「影がないなら作ればいいんだよね」


 冬夜は影縫(かげぬ)いで動きの止まった幻妖の方に両手を向けたまま、口角を上げた。


 先ほど、冬夜がコハクに出した指示は『家中の明かりをつけてくること』だった。


 影がないと影縫いは使えない。


 それならば他の術を使えばよさそうなものだが、今回使えそうな術は影縫いくらいしか思いつかなかった。

 むしろ、影縫いしか使えないと言った方が正しい。


 上手く扱えるかもわからない上位の術を一か八かで試すよりは、冬夜にでもきちんと使える初歩的な術で確実に動きを止めようとしたのである。


 しかし、そのためにはまず幻妖の影を作らなければならない。

 そこで考えたのが今回の作戦だ。


 乗ってきた車のライトをつけることも考えたが、今停めている車の向きでは幻妖にライトの光を当てることができなかった。


 それにもし当てることができたとしても、免許を持っていないコハクにはライトをつけるのは大変だっただろう。冬夜自身が行くのも術を使うタイミングなどを考えると少々難しい。


 結果、家中の明かりをつけて、幻妖の影を作ることにした。


 ただ、もし家中の明かりをつけても影ができなかった場合には、志季にもっと手前、影ができるところまで幻妖を引きつけてもらう必要があった。


 けれど、二階の明かりをすべてつけたところで、どうにか影を作ることに成功したのである。


「冬夜、助かった!」


 志季が動けなくなった幻妖からバックステップで距離を取って、冬夜の方に顔を向ける。


「どうにか間に合ってよかったよ」


 まだ影縫いで幻妖を拘束したまま、冬夜は小さく安堵の息を吐いた。


「まさカ、こンナことヲかんガエるとハ……」


 身動きの取れなくなった幻妖が、低い声で唸る。その声はすでに諦めにも似た響きを(まと)っていた。


「ずいぶんと諦めがいいんだな。こっちとしては助かるけど」


 幻妖から数メートルほど退()いたところで、志季が息を切らしながら蒼月(そうげつ)を構えている。


「もウうゴケないモのハしかタガなイ」

「へぇ、そうかい。無理やり術を解こうとはしないんだな」

「そンナむダなコトはしナイ」

「それはありがたいね。じゃあそろそろ退魔させてもらうからな」


 志季はそう言って、蒼月を両手で構え直した。一歩ずつ、幻妖の方へと歩み寄っていく。


「……あア、そウシてくレ」

「退魔された幻妖がどこに行くのかは知らねーけど、ゆっくり眠ってくれ。――(あお)一閃(いっせん)!」


 声と同時に、志季が冷気を纏った蒼月を振り上げる。そのまま一気に振り下ろすと、縦に走る一本の大きな軌跡が描かれた。


 真っ二つになった幻妖は、すでに諦めていたからなのか、声を上げることもなく静かに消えていく。


 志季はその様子を真剣な表情でしばらくの間見つめていたが、


「……おやすみ、蒼月」


 そう呟くなり、崩れ落ちるようにして地面に片膝をついた。

 蒼月は志季の声に応えるように、これまで身に纏っていた冷気を失わせて、ただの刀の姿に戻る。


「志季!」

「志季さん!」


 そんな志季に、ようやく術を解いた冬夜と、下に戻ってきていたコハクが一緒になって駆け寄った。


「大丈夫?」

「ああ、ちょっと疲れただけだ」


 冬夜の心配する言葉に、志季は薄く笑みを浮かべながらそう返したが、腕や足は傷だらけである。

 ただ、命に関わるほどの大きな外傷はなさそうで、冬夜とコハクは一安心した。


「ごめんね、志季。おれがもっと色んな術を使えれば、こんなに怪我しないで済んだよね……」

「そんなこと気にすんな。俺は生きてるし、最後はちゃんと間に合っただろ」


 冬夜の申し訳なさそうな声に、志季はそう答えて微笑む。

 その時だ。


 身体のほとんどが消えていた幻妖の声が、低く響く。


「……しっパイすれバきエルのミ……。そレに、ケイかクはすデにハジまっテいルカらナ……。おレガしッパイしタとコロでナにモもンダいはナイ……」

「ちょっと待って! 計画って何!?」


 幻妖が残した声にすぐさま反応したのは冬夜である。


 冬夜は思わず幻妖に向けて手を伸ばしたが、幻妖はそれ以上何も話すことなく、そのまま完全に消えてしまう。


 後に残されたのは、冬夜たち三人と不吉な言葉だけだった。



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