第30話 冬夜の作戦と焦り
「目覚めろ、蒼月!」
冷気を纏った蒼月を手に、志季が幻妖に向かって一直線に駆けていく。
「頑張って、志季!」
その背中をまっすぐに見つめながら、冬夜は声を張り上げた。
そうしてすぐに、今自分ができることを考え始める。
「あの爪はかなり危険だよね。今回もどうにかして動きを止められるといいんだけど……」
「影縫いはダメですか?」
冬夜が一人でブツブツと呟いていると、背後からコハクの声が聞こえた。
振り向いた冬夜は、困ったように眉尻を下げる。
「影縫いだったら俺でもわりと簡単に使えるっていうか、逆にこれくらいしか使えないんだけど、もう日が暮れちゃったからなぁ」
「あ、影がないと使えないんでしたっけ。じゃあ、明かりがあればいいんですか?」
冬夜の答えにコハクが小首を傾げると、
「うん、それで幻妖の影ができれば使えるけど」
冬夜は素直に頷いて、次には何かを考えるように宙を睨んだ。
「そうですか……」
コハクも一緒になって考え込む。
ややあって顔を戻した冬夜は、少し離れた場所で幻妖と戦っている志季の様子を窺い、それからまた後ろを振り返った。
そこにはまだ考え込んでいる様子のコハクがいる。他に何かいい方法がないか、懸命に考えているのだろう。
そんなコハクを隔てた向こう側には、先ほどまで三人で調査をしていた、今は真っ暗な一軒家が見えた。
冬夜は改めて志季と幻妖の位置を確認してから、小さく呟く。
「……よし、これで行こう」
「冬夜さま、何か思いついたんですか?」
すかさず反応したコハクがまたも首を捻ると、冬夜はその耳に自分の顔を寄せた。
「うん、もしかしたらこれなら行けるかもしれない。コハク、少しだけ頼まれてくれる?」
「はい、喜んで!」
冬夜に頼りにされたのが嬉しかったらしく、コハクの表情が途端に明るくなる。
そんなコハクに、冬夜はコソコソと何かを耳打ちした。
「……ってことなんだけど」
「わかりました。すぐに行ってきますね!」
何度も頷きながら真剣に冬夜の話を聞いたコハクは、そう言うなり素早く踵を返して、家の方へと駆けていった。
※※※
コハクを見送った冬夜は、志季と幻妖の様子を離れた場所から窺う。
(まだ大丈夫そうだけど、そろそろ援護が必要になってくるよね)
まっすぐに見つめる先には、幻妖と互角に渡り合っている志季の姿があった。
幻妖が振り回す太い腕と大きな爪を上手くかわしながら、その隙を縫って蒼月で攻撃している。
しかし、まだ致命的な一撃は与えられていないようだ。
志季よりも大型である幻妖の方が、おそらく体力では大きく勝るだろう。
このままだと、志季が押され始めるのも時間の問題だ。
(でも、今はコハクを待たないと……)
今回の作戦にはコハクの協力が必要不可欠である。
まだ動けない。そのことに冬夜が少しずつ焦りを感じ始めた頃、自身の背後がわずかに明るくなったことに気づいた。
すぐさま振り返ると、コハクが戻っていった家のリビングの窓から明かりが漏れていた。
それを確認した冬夜は、また志季の方へと顔を向ける。
(ダメだ……!)
一階にあるリビングの明かりは、幻妖のところまで届いていない。
(もう少しすればきっと……! コハク、早く!)
冬夜は逸る気持ちを深呼吸で懸命に落ち着かせながら、コハクの行動をただ黙って待つ。
コハクに出した指示は、リビングの明かりをつけることだけではない。
(志季、もう少しで援護できるから!)
待っている時間がとても長く感じられた。
本当は他の方法が使えればよかった。もっとたくさんの術が使いこなせれば。自分がヘタレでなければ。
そんなことがグルグルと頭の中を回っている。
(今考えても仕方ないってわかってる。でも!)
悔しさに冬夜が唇を噛んだ時、幻妖と戦っている志季の足元がわずかにふらつくのが見えた。
(……まずい!)
慌てて志季の方へ駆け出そうとした時である。
不意に冬夜だけでなく、志季や幻妖までもが明るく照らされた。
思わず足を止めた冬夜が再度振り返ると、そこにはすべての部屋に明かりがつけられた家があった。
「冬夜さま! これでいいですか!?」
二階のベランダから身を乗り出したコハクの声が響く。その背後からも明るい光が漏れていた。
コハクの声を受け、冬夜がすぐさま幻妖へと視線を走らせる。幻妖の足元には小さいながらもしっかりと影ができているのが確認できた。
「ありがとう、コハク!――影縫い!」
冬夜はコハクに背を向けたまま大声で礼を言うと、そのまま間髪入れず幻妖に向けて術を放ったのだった。




