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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第四章 連続殺人事件を追え

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第29話 残された傷の意味

 すでに日は暮れている。


 急いで家から出た冬夜たち三人は、徐々に近づいてくる幻妖の気配をずっと感じていた。

 幻妖特有の嫌な気配に、冬夜は額に浮かんだ冷たい汗を手の甲で拭う。


「そろそろ来るね」

「ああ。冬夜、今回も援護は任せた」

「うん、わかってる」


 幻妖が現れるのを待ちながら、冬夜と志季はそんな作戦会議のような会話を交わしていた。


 ここも山に近く、周りに他の人家はない。幻妖との戦闘に自分たち以外の人間を巻き込まずに済むことだけはありがたかった。


 少しして、冬夜たちの後ろにいたコハクが声を上げる。


「来ました!」


 ようやく姿を見せた真っ黒な姿の幻妖は、これまでに出会ったことのない大きさだった。

 離れた場所からでも、自分たちよりも大型であることはすぐに見て取れる。


 予想以上の大きさ、そして圧倒的な存在感に、三人は一斉に息を呑んだ。


「これは見た目からして熊型ってとこか……」

「そうだね」


 蒼月(そうげつ)(さや)から抜いた志季が呟くと、隣の冬夜も幻妖にまっすぐ視線を向けながら頷いた。


 志季の言った通り、見た目は二本足で歩く熊だが、大きさは本物よりもずっと巨大である。姿形が動物と似ているとはいっても、大きさまで同じとは限らないのだ。


 一歩前に出た志季が、幻妖をしっかりと見据えて、静かに口を開く。


「この家で起きた殺人事件、お前は知ってるか?」

「もチロン」


 幻妖はこちらへと向かってくる足を止めることなく、頷いた。

 志季は蒼月を構えたままで、さらに質問を続ける。


「もしかして、お前は犯人と関わりがあるのか?」

「あア」

「……まさか、お前が犯人なのか?」

「そウダ。そレガどウしタ」


 眉をひそめる志季に向けて、幻妖は平然とそう答えた。


「ずいぶんと素直なんだな」

「もウかクスひつヨウもなイ」

「へえ、そうかい」


 飄々(ひょうひょう)とした態度の幻妖に、志季が呆れたように溜息をついた。


 自分が犯人だとあっさり認めたところまではいいが、やはり罪悪感などの感情は持ち合わせていないらしい。

 一応会話が成立しているのは助かるが、幻妖とのやり取りは毎回このような感じで、改心などをする気が皆無なのは正直厄介である。


 そこで、これまで黙って志季と幻妖の様子を見守っていた冬夜が口を開く。


「志季、どういうこと? この幻妖が犯人なの?」

「ああ。もしかしたらと思って試しに聞いてみたけど、ビンゴだったってことだ」

「……そうか、凶器の鋭利なものってその爪だったんだ!」


 志季の言葉にはっとした冬夜が、「何で今まで気づかなかったんだろう」と悔しそうに唇を噛むと、


「ま、そういうことらしいな」


 志季はそう答えながら、素直に頷いた。


 爪だから凶器として現場に残るはずがなく、また幻妖のものだったせいで警察の方では照合することもできなかったのだろう。

 それでお手上げになった警察が、退魔師協会に依頼したのだ。


 そして、現場に近かった冬夜たちの事務所が選ばれたと考えるのが妥当である。


 今さら言っても仕方ないが、どうしてもっと早くこのことに気づかなかったのか。そもそも最初の家で気づいてもよかったはずだ。


 冬夜たちは、「幻妖と犯人に何かしらの関係があるのではないか」とまでは考えていた。だが、幻妖が犯人そのものであった可能性については、まだ考えが至っていなかったのである。


 冬夜が両の拳をぐっと強く握りしめ、幻妖をまっすぐに見つめると、志季も幻妖に目を向けたまま、今度は険しい顔つきで声を張り上げる。


「じゃあ、事件現場にわざわざ傷をつけたのもお前か? 一体何を目的にそんなことをした!」

「きズヲつけタものガげンヨうだとシれば、オまえタちはかナラずオッてくるダろウ? なラ、ぜンぶのゲンばにきズあとヲのコシ、こコデまっテいレバいイだけダ。それナラいつかハここにタどりつク」


 幻妖の地を()うような低い声に、志季が目を見開き、息を呑んだ。おそらく想定外の答えだったのだろう。


 もちろん、これは冬夜にも予想できておらず、志季と同じような反応しかできなかった。


 志季はゆっくり息を吐き出しながら、首を左右に振る。


「つまり、あの傷はオレたちをおびき寄せるための餌みたいなものだったってことか。まんまと()められたな」


 そう自嘲(じちょう)するように言って、次にはわざとらしく嘆息してみせた。


 確かに幻妖の手のひらで転がされたようで、冬夜にとっても気分のいいものではない。

 しかし、冬夜はすぐにそれをプラス思考に切り替えることにする。


「でも、おかげでこうして犯人が自分から現れてくれたんだから、ある意味俺たちにとっても好都合だったよね」

「……まあ、それもそうか」


 冬夜の言葉に志季はわずかに肩の力を抜くと、改めて幻妖に向き直った。


 幻妖は徐々にではあるが、確実に冬夜たちとの距離を詰めてきている。


「で、おびき寄せたオレたち、退魔師を殺すつもりだったのか? 事件そのものが餌だったってことか?」

「誰でもいいから、とにかく退魔師を殺すためだけにわざわざ事件を起こしたってこと?」


 志季が幻妖に向けて再度声を上げると、すぐさま冬夜は怪訝(けげん)な表情でその隣に並んで、志季の顔を見上げた。

 それをちらりと見返した志季は、顎で幻妖を指し示す。


「さあ、それは今目の前にいるやつに聞けばいいんじゃないか? なあ、幻妖さんよ?」

「……だレデもいイわけジャなイ」


 志季に訊かれ、幻妖は低く抑揚(よくよう)のない声で答えた。


「てことは、最初から俺たちを狙ってた……!?」


 幻妖の言葉に、冬夜が大きく目を見張る。


「だトしタラ? ほカにナニかきキタいこトはあルか?」

「……ついてた傷の本数に何か意味、規則性のようなものはあった? それくらいは聞かせてくれるよね?」

「そンナものテきとウダ」


 またじわりと浮かんできた額の汗を拭うことなく、冬夜が幻妖に問うと、幻妖は少しだけ目を細めた。

 その返答に、志季は呆れたように肩を(すく)める。


「ふーん、適当ね。まあそうだろうな。お前らみたいなのがそんな細かいことまで考えてるわけないもんな」

「どウいわレヨうガかまワなイ」


 淡々とした口調でそう答える幻妖は、まだ歩を緩めることなく冬夜たちの方へと向かってきていた。


「そうかよ。で、どうしてオレたちを狙ったのか、もっと詳しい話を聞きたいところだけど、どうせもう話す気なんてないんだろ?」

「よクワかっテるジャないカ」


 今度の声には少しだけ笑みが含まれている。それが神経を逆撫でしたのか、志季の蒼月を握る手に力がこもった。


「当然だろ。こっちはガキの頃からずっとお前らのことばっかり勉強させられてんだよ。冬夜、もういいか?」

「うん、これ以上は聞けないみたいだしね」

「よし、じゃあそろそろ遠慮なく戦うことにするか!」


 隣で冬夜が頷いたのを確認して、志季は勢いよく地面を蹴ったのだった。



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