第20話 目撃者探し・1
翌日の午後、冬夜たちは事務所の前に集まっていた。
早速、近所の幽霊たちに聞き込みを始めることにしたのだ。
内容はすでに決まっている。『最近幻妖と話している男性を見かけなかったか』、これである。
この周辺にいる幽霊のほとんどは特に悪さをしない、除霊対象にならない者たちだ。かと言って成仏――浄霊を望んでいるわけでもないので、冬夜と志季は何もせずそのままにしていた。
もちろん、幽霊本人が成仏したいと望むのであれば、いつでも浄霊しようとは思っている。
まずはそんな幽霊たちに話を聞いてみることにしたのだ。
「志季、聞き込みの方よろしくね。夕方、またここに集合ってことで」
「りょーかい」
冬夜の指示に素直に頷いた志季が、すぐさま背を向けて駆けていく。
少しずつ遠ざかっていくその姿を見送った冬夜は、今度は人間姿のコハクに声を掛けた。
「コハクは猫友達に怪しい男性のことと、最近変わったことがなかったか聞いてみて。あと、もし幽霊を見つけたら俺に連絡してくれる?」
冬夜がコハクに連絡用のスマホを手渡すと、それをしっかり受け取ったコハクは、元気よく敬礼してみせる。
「わかりました! 任せてください!」
「うん、頼んだよ」
志季とは違う方角に走っていったコハクを微笑ましく眺めながら、冬夜は一度大きく伸びをした。
「さて、じゃあ俺も行こうかな。まずは幽霊を見つけないと始まらないよねぇ」
冬夜は誰に言うでもなくそう呟くと、志季やコハクとは別の方角へと向かうことにする。
予定通り、幻妖と話している男性を見た幽霊がいないかを探すつもりだ。志季にも同じように頼んである。
最初は普通の人間に聞き込みをすることも考えた。
しかしそうなると、「最近この辺で独り言を言っている怪しい男性を見ませんでしたか?」と、幻妖のことを伏せながら聞かなければならない。
一般人は幻妖の存在など知らないのだから、当然だ。
持ち歩いている名刺に『心霊調査事務所』と書いてあっても、怪しまれるのは目に見えている。怪しい人間を探すのに、自分たちが怪しまれてどうするのか。
それに、人間はあちこちに移動する生き物なので、ピンポイントで目撃情報を探すのは難しい。
もし目撃者がいたとしても、それがすでにこの辺りから去っている人間だった場合、今日の聞き込みでは話を聞くことができないのだ。
けれど、この周辺を縄張りにしている幽霊相手であれば「最近、幻妖と話してる怪しい男の人を見た?」で済む。
断然、幽霊に話を聞いた方が楽なのである。
そのような理由で、まずは幽霊を探すことにしたのだが、
「この辺ってあんまり幽霊いないんだよねぇ」
きょろきょろと見回した冬夜は、すぐ困ったように嘆息した。
この辺りは幽霊、いや人間にとって治安がいいのかどうかはわからないが、どうにもその数は他の地域と比べるとそれほど多くはないらしい。
きっとたまたまなのだろうが、幽霊を見つけるのは少々骨が折れるかもしれない。
冬夜は何となく昆虫採集のような気分で歩き始めた。
「志季の方も大変かもしれないなぁ」
ところどころで立ち止まり、周りを見回す。
幽霊の方が昆虫よりもずっとサイズは大きいはずなのに、どうして探している時に限って見つけられないのか。
いくら幽霊の数が少ないとはいえ、ここまでまったく出会わないのは運が悪すぎる。
これはきっと昆虫採集の方が楽だ、などと思いながら、初夏の道をひたすら歩く。
真夏ほどではないにしろ、日差しも強いし、道路からの照り返しもなかなか厳しいので歩くのは結構疲れる。
それに加えて、探している者が見つからないのは精神的にも辛いものだ。
「疲れたぁ」
一時間ほど歩いた冬夜が一旦休憩、とばかりに歩道の端でしゃがみ込む。
手に持っている、冷たかったはずのお茶のペットボトルはとっくに温くなっていた。
それを開けて一口飲み込むと、乾いた喉と口腔内が少しだけ潤う。
次には澄み渡った空を見上げて、大きく息を吐いた。
「暑い……けど、志季とコハクも頑張ってくれてるんだもんね」
俺も頑張らないと、とまた冬夜が立ち上がろうとした時である。
ズボンのポケットに入っているスマホが鳴った。
突如鳴ったその音は、協会からのメールではなく、電話の着信音だ。
冬夜はしゃがんだままですぐにスマホを取り出して、着信の相手を知らせている画面を確かめる。
そこには、『コハク』とはっきり表示されていた。




