第15話 コハクが連れてきた幽霊・2
「どうだ?」
腕を組んだ志季が、冬夜の顔を覗き込む。
その言葉は読み取った結果だけでなく、同時に冬夜自身の状態についても聞いていた。
読み取りの大変さは志季もよくわかっている。その志季が冬夜の浮かべた表情を見逃すはずがないのだ。
「うん、俺は大丈夫」
すぐに志季の言いたいことを悟った冬夜は、ちらりと志季を見やってから、改めて男性の方に向き直る。
そして、さらに続けた。
「少し前に家族で車の事故に遭ってるみたい。場所まではわからなかったけど、何となく見えた風景はこの辺りじゃないと思う。志季、最近この辺で大きな交通事故のニュースはなかったよね?」
「多分、家族で事故ってのはなかったはずだな」
冬夜に訊かれ、志季は腕を組んだままで天井を睨む。
「だよね。ってことは、ここから離れたところで事故に遭って亡くなってから、たまたまこの辺りで幽霊として目を覚ましたんだと思うよ」
「必ずしも亡くなった場所で目覚めるとは限らないからな。それで家族とはぐれたってとこか」
「そうなんですか……」
これまで黙って冬夜と志季の話を聞いていたコハクが、しょんぼりと肩を落とした。男性も隣で同じように肩を落とす。
そんな二人の姿を見た志季が、男性の方へと顔を向ける。
「で、アンタはこれからどうしたいんだ?」
志季に問われ、男性は少し考えるような仕草をみせた。
ややあって、ゆっくりと口を開く。
「そうですね……。家族はすでにあの世にいるんでしょうか?」
今度は冬夜と志季が考える番だった。
死んだことがないから、当然あの世に行ったことはない。あの世がどういう場所なのかも実はよくわからないというのが本音だ。
「俺たちはあの世っていうのを見たことがないからはっきりとは言い切れないけど、もし一緒に亡くなってるのなら可能性は高いかもしれないね」
地縛霊になってなければだけど、冬夜はそう付け加えながら、顎に手を添える。
この男性のような浮遊霊は、本人の希望があれば浄霊して成仏させることができるが、もしも男性の家族が地縛霊になっていた場合は、まだ成仏できていないだろう。
つまり、あの世にはいないことになる。
「じゃあ、私もそこに行くことはできますか?」
「絶対そこに家族がいるとは限らないよ?」
「でも、可能性はあるんですよね?」
「可能性はある、としか言えないけど。じゃあ、それは成仏したいってことでいいのかな?」
冬夜の言葉に、男性はすぐに頷いた。
「はい。家族に会いたいんです。私はその可能性に賭けたい。それに成仏しないとずっとこのままなんですよね?」
「そういうことになるな」
次に志季が答えると、
「あの世に行って誰もいないより、ずっと一人でここにいることの方が寂しくて辛いですから。ぜひお願いします!」
男性はまたも深々と頭を下げる。
「うん、わかった。それなら、ちゃんと成仏できるように浄霊をするよ」
「ありがとうございます! コハクくんも本当にありがとう」
男性は笑みを浮かべて、小さな猫姿のコハクを見下ろした。コハクは、そんな男性を黙って見つめ返す。
「始めるよ」
冬夜が一歩前に出て、男性の左胸に手を当てた。
それから大きく深呼吸をして、静かに目を閉じる。
すると冬夜の腕時計、その文字盤から淡い光が溢れてきた。光は優しく男性の全身を包み込んでいく。
冬夜はさらに集中して、男性の成仏を願う。冬夜と男性の様子を見守る志季とコハクも、きっと同じ気持ちだろう。
少しして、全身を包んだ光が徐々に薄くなっていく。完全に消えた頃には、そこに男性の姿はなかった。
「ちゃんと成仏したみたいだな」
安心したように志季が言うと、コハクは冬夜を見上げる。
「冬夜さま、ありがとうございます」
そして、ぺこりと頭を下げた。
「どうしてコハクがお礼を言うの?」
「だって、ボクだけじゃ何もしてあげられませんでした」
「ちゃんとここまで連れてきてくれたでしょ」
「でも、それだけです」
浄霊したのは冬夜さまですから、そう言って、コハクは悲しそうに首を垂れた。
そこで志季が口を開く。
「あの幽霊が成仏できたのは、コハくんがここまで連れてきたからだろ。連れてこなかったら、今もまだどこかで困ってただろうさ」
いつもの口調ではあるが、優しい言葉だった。
「そうですけど……」
まだ納得がいかない、とでも言いたげなコハクの様子に、志季はさらに続ける。
「成仏する時の顔、コハくんだって見ただろ? どんな顔してた?」
「……嬉しそうに笑ってました」
「だったらそれが答えだろ」
志季がしゃがみ込んで、コハクの顔を覗き込んだ。
「志季の言う通りだよ。コハクがここに連れてきてくれたおかげで、成仏させてあげられた。それは確かなことだよ。言ってみれば、コハクが成仏させてあげたようなものなんだから、そんな悲しそうな顔しないで自信持っていいんだよ」
「……はい!」
冬夜と志季の言葉に励まされたコハクが、ようやくしっかりと顔を上げる。その瞳にもう悲しみは宿っていないようだ。
冬夜はそんなコハクの様子に安心して、柔らかく微笑む。
「じゃあ、そろそろ夕飯の支度をしようか。コハク、手伝ってくれる?」
「任せてください!」
コハクは丸くて可愛い前足で自分の胸を叩くと、次には軽々と冬夜の肩に飛び乗ったのだった。




