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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第一章 『ヘタレ』と呼ばれる青年

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第1話 ヘタレ退魔師

 初夏の爽やかな風が吹き抜ける、とある工場の跡地。

 どこまでも晴れ渡っている夕暮れ空のごく一部に、直径一メートルほどのとても小さな雷雲が発生する。


「よし、上手くできた!」


 自身の能力で作り出したそれを目視で確認して、玖堂(くどう)冬夜(とうや)はほっと安堵の溜息を漏らした。


 今度は左手首につけた腕時計に視線を落とす。黒水晶でできたアナログの文字盤からは、白く淡い光が放たれていた。それは、きちんと自分の能力が発動できている証でもある。


 冬夜は満足そうに一つ頷くと、すぐさま次の行動へと移った。


「――我、今この時に雷神の力を行使し(じゃ)(はら)わん――疾雷(しつらい)!」


 しっかり最後まで言い切ると、雷雲から一筋の細い稲光が落ち、冬夜の整った顔とダークブラウンの短髪をほんの一瞬、明るく照らす。


 落ちた先には、冬夜の身体よりも一回りほど小さな黒い塊がある――はずだった。


「冬夜! また外してんじゃねーよ!」


 間髪入れず、少し離れたところから逢坂(おうさか)志季(しき)の呆れたような声が飛んでくる。


「い、いや、今回は上手くいった気がしたんだよ! って、うわぁ!」


 冬夜が必死に言い訳をしようとすると、大型犬にも似た形の黒い塊が冬夜に向かって飛び掛かってきた。


 それを見た志季は、慌てて冬夜の方へと駆ける。限りなく金色に近い、少し癖のある明るい茶髪がなびいた。


「まったく手のかかるやつだな!――(あお)一閃(いっせん)!」


 どうにか間に合った志季が、冬夜と黒い塊の間に滑り込み、手にした刀で黒い塊を一刀両断する。

 青白い冷気を(まと)った刀が縦に一本の軌跡を描いた直後、黒い塊はわずかに奇声を発し、あっという間に蒸発するようにして姿を消した。


 跡形もなく消えるのを見届けた志季が大きく息を吐いて、まだ青白く輝いている刀に今度は静かな声音で話し掛ける。


「悪いな、蒼月(そうげつ)。今日はもう出番ないと思ったんだけど。でもちゃんと終わったから、おやすみ」


 蒼月と呼ばれた刀は、志季の言葉に応えるかのようにゆっくりと青白い光を失わせていく。


 少しして、光がすべて消えてただの刀に戻った蒼月を(さや)に収めながら、志季はまたも呆れた顔で冬夜を振り返った。

 そこには少し困ったような、複雑な表情を浮かべた冬夜の姿がある。


「志季、あの、ありがとう」

「今回は久々の当たりだったんだから、もう少し頑張れよ。次に幻妖(げんよう)退魔(たいま)するのはいつになるかわからないんだぞ」


 小声だが素直に礼を述べる冬夜に、志季はぴしゃりとそう返した。


 幻妖とは、死んだ人間の様々な『思念(しねん)』から生まれた存在である。


 幽霊と似たようなものだが、幽霊は実体を持たないのに対し、幻妖は人型や動物型などの実体を持ち、生きている人間に害をなす。

 そのことから、冬夜や志季といった退魔師たちから退魔対象とされているのだ。


「でも、こないだはちゃんと俺が退魔したんだからね!」

「あれは今のやつよりずっと弱かったろ。今回のだってかなり弱い方だったんだからな。そんなことだから、退魔師協会のおっさんたちに冗談で『ヘタレ』って毎度からかわれるんだよ」


 やれやれ、と志季が肩を(すく)めると、冬夜の後ろ、足元の辺りから何かが飛び出してきた。


「志季さん、ちょっと待ってください! 冬夜さまは何も悪くないです! 協会の人たちが勝手に言ってるだけなんですからね! それに冬夜さまは事務所の所長だからバイトの志季さんよりもずっと偉いんですよ!」


 一息にそう言って全身の真っ黒な毛を逆立てているのは、子猫のコハクである。見た目は小さな雄猫だが、人間の言葉を話すことができる、少々特殊な生き物だ。


 そんなコハクの姿に、冬夜が眉尻を下げながら苦笑する。


「コハク、いいって。事務所も俺も協会ではまだまだ下っ端だし、能力的にも本当にヘタレだから仕方ないよ」

「でも冬夜さま!」

「まあこの話はここまでにして、さっさと協会に依頼完了のメール送ろうぜ。今回は幽霊の除霊(じょれい)浄霊(じょうれい)じゃなくてちゃんと幻妖を退魔してるんだから、それなりに報酬入るだろ?」


 今にも噛みついてきそうな目つきのコハクを無視して、志季が話を切り替えると、途端に冬夜の顔がぱっと明るくなった。


「そうだった、ちゃんと報告しておかないと! 除霊よりずっと報酬いいんだから忘れちゃダメだよね」

「オレたちにとって当たりは珍しいからな」


 志季の言う『当たり』とは幻妖のことを指していて、『ハズレ』というものも存在しているが、それは単純に幽霊のことである。

 冬夜や志季から見て、報酬が多くもらえる幻妖の退魔が『当たり』で、報酬の少ない幽霊の除霊や浄霊が『ハズレ』に分類されているのだ。


 また、除霊は幽霊の意思に関係なく半強制的に排除することで、浄霊は幽霊の意思を尊重し成仏させること、と退魔師協会では区別されている。


「今回の報酬はいくらになるかなぁ」


 冬夜が声を弾ませながら、細身のズボンのポケットに手を突っ込む。いそいそとスマホを取り出し、退魔師協会宛てに送るメールを打ち始めた。


 志季は腕を組んでそれを黙って眺めていたが、突然何かに気づいたようにぽんと手を叩く。


「もしかしたら、アンタの能力って封印とかされてたりすんじゃねーの。『俺の右目が(うず)く……!』みたいな」

「まさか。俺、もう二十三歳だよ? 中二病の時期はとっくに過ぎてるし、それならまだ十九の志季の方が近いって」


 まだメールを打っている冬夜がスマホから目を離すことなく、微苦笑を浮かべる。

 すると、その左肩に軽々と飛び乗ったコハクは、名前と同じ琥珀(こはく)色の瞳を輝かせて可愛らしく首を傾げた。


「ちゅうにびょう、って何ですか?」



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