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先輩が作る弁当は、いつだって美味しい。間違いない  作者: まほろば


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時に、冷凍食品のクオリティは手作りを超える。異論は認める

 「もちのロン! 大いに期待しててよねっ」


 そう言いながら開けられた、女性一人が食べるにしては大きい弁当箱の中には俵型に握られたおにぎり、唐揚げにコロッケ、卵焼きにポテトサラダなど数種類のおかずがぎっしりと詰められていた。

 先輩は得意げにふふんと鼻を鳴らしながらもう一つ丸い容器を取り出す。どうやらスープジャーらしき容器の蓋を開けると、予想通りほかほかと湯気を立てる味噌汁が入っていた。

 紙コップに注がれ手渡された暖かい味噌汁を頂戴しながら、僕は先輩に尋ねる。


 「今日もまた凄いですね。この量のおかずを朝作ってきたんですか?」

 「もちろん! と、言いたいところだけど。実は手抜きしてるんだよね。コロッケは冷凍食品だし、ポテサラは昨日の晩御飯の残り。他にも、このサラダは冷蔵庫にあったものだし」

 「逆に言えば、それ以外は手作りってことですよね。一体どこにそんな時間が」

 「えへへー、早起きは三文の徳って言うでしょ? 大好きな後輩ちゃんとご飯を食べられるって考えたら、何とかなるんだよ」


 何気なく言われた大好き、という言葉に思わずぴくりと反応してしまう。

 だってそうだろう。先輩の好意が所謂恋愛的なもので無かったとしても、真っ直ぐに好意を伝えられて嬉しくないはずが無いんだ。

 頬と耳が熱くなるのを感じながら、僕も持ってきた弁当箱を開ける。

 対する僕の弁当といえば、適当に握って焼いた大きさの違う焼きおにぎりが2つ、冷凍食品のつくね団子にこれまた冷凍のほうれん草のソテー、一昨日辺りに買ってきて冷蔵庫に放り込んでおいたミニトマト。

 先輩が作って来た弁当と比べたらいかにも貧相であるが、しょうがない。夜遅くまで読書とゲームを重ね、朝起きるのが遅くなった結果こうなったんだから。


 「今日は野菜も入ってる。育ち盛りとはいえ、野菜もちゃんと取らなきゃね。あ、これもーらい」


 先輩はそう言いながら、貴重なたんぱく源のつくね団子を一つ攫っていった。

 おのれ先輩め。僕のメインディッシュを攫っていきおってからにちくしょうめ。こちらも相応の手段を取らせてもらおうか。


 「ちょっと先輩。育ち盛りって分かってるなら、肉を取って行かないでくださいよ。この唐揚げとコロッケと卵焼き、少し貰いますね」

 「うんうん。たくさん作ったから、もっと貰ってもいいよー」


 こちらの反抗も意に介さず、それどころか弁当箱を傾けて僕におかずを差し出してくる。

 それもそのはず。先輩が大きな弁当箱を持ってくるのは、僕が食べる分も含んでいるからだ。

 当時、僕が積極的に自炊を始めた頃。作って来た弁当の中身を見た先輩が、余りの貧弱さに顔を引き攣らせてこう言ったんだ。


 『――決めた。次から、君の分も作ってくるからね。年頃の男の子がそんなんじゃ、すぐ栄養失調になっちゃう』


 普段は見えない真剣さに、あの時の僕は頷くしかなかった。

 だけど初めの頃はそれが申し訳なくて、せめて材料費は払おうとお金を先輩に渡そうとしたのだけれど。

 先輩は断固として受け取らなかったから、代わりに先輩が作ってくるお弁当を二人で完食するという内容で落ち着いたんだ。

 ……いつもはほんわかした雰囲気なのに、こうと決めたら譲らない頑固な面もある。先輩曰く、父親に似たんだとか。あの優しいご両親に大切に育てられたと思えば、分からなくもないけれど。


 大ぶりの唐揚げは口に入れた途端、醤油と生姜の香りが口に広がる。冷めているのに、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくるのは、きっと先輩が手間をかけて作ってきてくれたからだろう。

 コロッケは冷凍だと言っていたけれど、多分僕もお世話になっているあの超有名食品メーカーの商品だろう。一つ一つが小さくて食べやすいうえに、サクサクとした衣の中からじゃがいもの甘みやひき肉と玉ねぎが感じられてとても満足感がある。かけられたソースも濃い目で、ある専門店から特別に仕入れた物らしい。

 僅かに焼き色の着いた卵焼きは箸でつまむとぷるぷると揺れる。慌てて口に入れると、卵と砂糖の甘みが。先輩の家は代々砂糖を使った卵焼きらしく、母直伝らしい。曰く、男を堕とすのならば胃袋から、らしい。

 お母様、間違ってはいないのですが、多分間違ってます。


 俵型に握られたおむすびも、それぞれ中身が違ってて面白い。ごまと鮭のフレークが掛けられたものや紫蘇とわかめが混ぜ込まれたおむすび。じゃこと高菜を混ぜ込んだおむすびにツナマヨが入ったおむすびが海苔に巻かれてぎっしり詰め込まれていた。

 咀嚼していた焼きおにぎりを飲み込み、先輩に薦められるがままじゃこと高菜のおむすびに手を伸ばす。高菜のシャキシャキした食感とじゃこのしっとりした食感、甘じょっぱい味が癖になりそうだ。

 次はどれにしようか迷っていると、手に付いた米粒を口に入れた先輩が微笑む。

 

 「ね、美味しい?」

 「はい。とっても。どれも美味しいですよ」

 「そう。作ってきて良かった」


 先輩はそう言ってふにゃりと笑うと、卵焼きに齧り付く。ツナマヨのおにぎりをを頬張りながら、僕は楽しそうに弁当を食べる先輩をそっと盗み見る。

 背筋を伸ばし、上品に弁当を食べ進める先輩の髪が教室に降り注ぐ日差しに照らされ、淡く金色に輝いて見える。空の青さと相まって、美少女のイラストがそのまま現実世界に飛び出してきたような、そんな不思議な錯覚を覚えた。

 きっと、僕が美術部員か絵を描く人間だったら、迷わず先輩を題材にしていただろうと断言するほどに、先輩は美しかった。

 とはいえ。あまり女性を凝視するものではない、失礼にも程があると小生意気な妹に散々叩き込まれた僕は、教室の棚に仕舞われているビーカーやらフラスコやらを眺める。日の光が反射してキラキラと輝く実験器具もまた綺麗ではあったけど、棚に仕舞われて出番を待ち続けている彼らが物悲し気に見えた。

 

 「そういえば」

 「え?」


 卵焼きと、ついでに僕の弁当箱に入っていたほうれん草のソテーを食べ終わった先輩が、唐突に口を開く。


 「ちょうど今の時期だよね。私たちが初めて会ったのって」


 ……そういえば、そうだったかもしれない。1年前、クラスに馴染めず屋上に繋がる階段の踊り場で一人寂しくご飯を食べていた頃を思い出す。

 先輩は僕を見るなり、確かこう言ったんだ。

 ――ねえ。良かったら私と一緒にご飯、食べない? って。


 「……そういえば、そうでしたね」

 「あの時、何だかいい匂いがするなーって辺りをうろついてたら、君が居たんだよね」


 あの時は本当に驚いた。購買で買ったとんかつ弁当を食べていたら、いつの間にか知らない美少女が目の前に立っていて、僕に声を掛けて来たんだから。

 嫌がらせか何かと疑ったけれど、先輩はただただ僕と一緒にお昼を食べて、チャイムが鳴ったら教室へ戻っていったんだ。

 その後、時々一緒にご飯を食べるようになったんだっけ。


 「驚きましたよ。校内で有名人の先輩が話しかけてくるなんて、思ってもみませんでしたから」

 「あはは、そうだね。私も、知らない男子生徒に話しかけるなんて初めての事だったから、すごく緊張したんだよ?」


 そう言って、先輩は照れくさそうに笑う。

 後からから聞いた話だけど、当時の先輩は周囲が与えるプレッシャーから逃げられる場所を探していたらしい。

 そりゃそうだろう。御簾尾市で名前を知らない人は居ないであろう程の大企業・八重樫グループのご令嬢で、才色兼備、品行方正を地で行く美人が学校に居るともなれば当然話題になる。

 憶測だけれど、先輩は小さい頃から周囲が無意識に与える期待やプレッシャーに耐え続けていたんだ。当然、中には悪意を持って近づいてくる人も居ただろう。

 けれども、先輩は今それら全てを背負って頑張り続けている。


 「あの時は済みませんでした。上級生に向かって、あんた誰? なんて」

 「謝るのはもう無しだよ。確かに、初対面であの態度は無いなーって、態度わっるーいって思ったけど」

 「思ってたんじゃないですか」

 「でも、話していく内に悪い人じゃないって分かったから。じゃなきゃ、こうして一緒にお昼食べようなんて思わないよ」

 

 確か、去年の秋ごろだったと思う。いつもの場所で一人弁当を食べていたら、突然先輩が走ってやって来て。僕に手を差し出して、「ここじゃ寒いから、これからは教室で一緒にご飯食べよう」って、そう言ったんだ。

 その言葉にどれだけ僕が救われたか、先輩は知らないだろう。

 あの瞬間。僕は孤独ではないのだと、僕にも居場所を与えてくれる人がいるのだと、そう実感できたから。

 あの時からだ。僕が先輩に明確な好意を抱いたのは。想いを伝えたいと思った事は何度もあった。けれど、拒絶されたらどうしようとか迷惑だったらどうしようとか。

 意気地の無い話だけれど。


 「まあ、先輩が僕を誘ってくれたおかげで、僕はこうして美味しいご飯を食べられている訳ですからね。本当に感謝してもしきれないですよ」

 「ふっふっふ、存分に敬いたまえー。……実は、君を誘った理由は前に話した理由だけじゃないんだけどね」

 「はい?」

 「あの時の君が、放っておけない程寂しい顔をしてたから。だから一緒に居てあげたいなーって」

 「え? そんな顔してました?」


 僕は首を捻りながら、当時の状況を思い出す。

 あの時、色々あった中学から遠く離れて僕の事を誰も知らないこの高校に入学したのだけど。

 初めての1人暮らしというのもあってか色々と余裕が無くて。しかも人間不信に陥ってたものだから周囲の人間が全員敵に見えていたんだ。

 僕が離れた高校に行ったことを知った妹が駆けつけてきて、性根を叩き直される迄の3週間ぐらいは相当酷かったらしい。

 先生やクラスメイトからも、随分と目つきが優しくなった、なんて言われるけど。

 いや、そうではなくて。


 「そんな顔してません。先輩こそ、随分と思い悩んだ顔してましたけどね。解決できない悩みが多すぎるって愚痴ったの、何時(いつ)でしたっけ」

 「そんな事言ってないよっ。忘れろビームっ!」


 先輩はそう言って、右耳に付けているアルキメデスから光線を発射する仕草をする。その仕草が普段の先輩とは打って変わって年相応に見えて、より一層可愛らしいと感じた。

 気付けば、僕が持ってきた弁当は殆ど空になっていた。僕は最後のプチトマトを口に放り込み、空になった弁当箱を仕舞う。


 先輩の弁当箱は三分の一程残っていて、先輩に視線をやると僕の意図を察したのかもうお腹いっぱい、と言って小さく微笑んだ。よし、残りは僕がじっくり堪能しよう。

 教室の時計を見ると、まだ30分しか経っていなかった。あんなに楽しかったのに、時間は随分とゆっくり進んでいるように思える。

 僕はランチバッグから水筒を取り出すと、中身をコップに注いで先輩に差し出す。中身は、何の変哲もないほうじ茶だけど。


 「ありがとう」

 「どういたしまして。熱いので、気を付けてください」

 「うん」


 僕はあと僅かしか残っていないポテトサラダを頬張る。粗めに潰されたじゃがいもの甘みとマヨネーズのコク、ほんの少し加えられた黒コショウのピリッとした辛み。それにきゅうりとハムの食感が良いアクセントになって、ずっと食べていられる。

 だが、残念なことにポテトサラダは僕の胃の中へと姿を消して、僕は次の標的と定めた最後の一切れになっていた卵焼きを咀嚼して飲み込むと先輩に礼を言う。


 「先輩、いつもご馳走様です。本当に助かってます」

 「ふふ、どうしたの。藪から棒に」

 「いえその。本当に助かっているので」

 「私の方こそ、ご馳走様です。いつも美味しそうに食べてくれて、ありがとう」


 そう言ってはにかむ先輩に、僕は黙って頭を振る。


 「実際、かなり美味しいですし。先輩が手間をかけてくれてるって分かりますから、」

 「嬉しい事を言ってくれるねー。褒めてもお菓子ぐらいしかでないよ?」

 「何も要りませんて。こうして、先輩とご飯を一緒に食べられるだけでも、僕は満足です」


 僕がそう言うと、にこやかに笑っていた先輩の表情が僅かに曇った。

 何かまずい事を言ってしまっただろうか。焦る僕の内心を知ってか知らずか、先輩はぽつりと小さく呟く。


 「……ほんと。いつまでもこうして、一緒にご飯を食べられたらいいのにね」

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