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先輩が作る弁当は、いつだって美味しい。間違いない  作者: まほろば


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ご飯は誰かと食べるに限る。但し、目的がある場合はその限りではない

 「――このような理由から、ドーム型都市・グロリアスは西暦2100年の完成を目指して月面に建造が進められているんだ。建造に用いられる資材は、地球や月で採掘された資源を加工して使っている。因みに、資源の運搬や宇宙ゴミの排除、警備体制の強化については、航空自衛隊・宇宙作戦群第3地球警備大隊の……藍沢」

 「はいっ」

 「これは余談だが、現在建造中の新型惑星間航行探査艦の名前、分かるか?」

 「分かりません!」


 名指しされた藍沢は潔く即座に答える。正直な返事に教室中のあちらこちらから笑いが広がり、世界史を担当する江藤先生もまた苦笑いを浮かべた。

 藍沢の真後ろに座っていた僕はこっそりとニュースサイトを開いて、宇宙関連のネタを探る。が、先生は運よく僕の隣に座る女子の来栖(くるす)を指名した。


 「分かりませんじゃないだろう。おい来栖、分かるか?」

 「えっと、出雲級1番艦の出雲(いずも)です」

 「その通りだ。2番艦は周防(すおう)だが……っと。時間なので、今日はここまで!」



 西暦2087年、5月10日。12時10分。

 県立黒鉄(くろがね)高等学校に、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。


 「あー、腹減った。西園、今日の昼飯どうする?」

 「ごめん。先約が入ってるんだ」


 先生が教室を後にして俄かに騒がしくなった2年3組の教室で、僕は一息吐くとヘッドセット型の携帯端末・エラトステネスのスイッチを押す。

 網膜に直接投影されていた教科書の内容が消え、視界が一気にクリアになる。突然の小テストから始まった世界史の授業はは緊張感が抜けず、終わった途端一気に疲れが押し寄せて来た。

 隣では来栖をはじめとする女子グループが仲良く机をくっ付け始め、藍沢や大野を筆頭とする野球部連中が財布を手に学食や購買へ駆け出して行った。僕はノートとタブレットを机に仕舞い、凝り固まった身体を伸ばしてほぐすと、弁当が入ったランチバッグを持って席を立つ。

 が、それと同時にクラスメイトの中西から声が掛かった。


 「また例の先輩か? ここ最近はほぼ毎日一緒に飯食ってるよな」

 「そうでもないよ。昨日は中西達と食べたし、日曜日は部活なかったから家で食べたし」


 中西聡(なかしにしさとる)。ここ最近よく話すようになったクラスメイトで、彼曰く僕は親友らしい。

 バスケ部に所属している中西は身長も高く、憎たらしい事にイケメンで性格も良いので男女問わず人気がある。対して僕は1人を好み、あまり他人と関わらない生活をしている陰キャそのもので。

 そんな正反対の性格をしている僕らが話す様になった切っ掛けは、弁当と財布を忘れた彼に学食を奢ってやったこと。

 絶望的な表情(かお)が余りにも不憫で、仕方なしに財布から千円出して学食まで連れて行ったんだ。それ以来、中西と僕は時々一緒に昼飯を食べたり、休み時間に漫画を読んだりしている。


 「それ以外は一緒に食ってるって事だろ? 付き合い悪いぞ、まったく」

 「ごめんて。今度は一緒に食べよう。また奢ってやるからさ」

 「そんなこと言って、奢ってもらったのあの時しかないだろ? まあ、美人の先輩と一緒にいられるんだ、それだけで役得だろうけどな」


 にやにやと笑う中西の脇腹を思いっきり肘で突くと、呻く中西を背に僕は今度こそ教室を後にする。

 階段を上がって渡り廊下を進み、B棟へ。目的地である理科室へと向かう。

 途中、左耳に装着しているエラトステネスが僅かに震え、網膜にメッセージの受信を知らせる通知が表示された。

 視線を動かしてメッセージを開くと、これから会う約束している先輩から催促の内容だった。


 『お腹空いたよー。早く来ないと、先に食べ始めちゃうよ? いいの? いいのかな? 後悔するなよっ』

 「新手の脅迫文か何かですかね、先輩。というか、全然怖くないし」


 突っ込みを入れつつ、その可愛らしい文章に思わずふっと笑みが零れる。

 初めて出会った時から変わらず、その名とは裏腹に昼下がりの陽だまりのような暖かさをくれる先輩に、僕は感謝しているし返しきれない程の恩があるんだ。

 ……尤も、先輩に対して抱える感情は感謝だけではないれど。


 授業終わりの上級生とすれ違ったけど、その中に先輩の姿は無かった。女子の先輩が好奇な視線を向けてくるのが気になったけど、我関せずを貫き通してずんずんと先へと進む。


 (着いた。先輩、居るかな)


 理科室の扉を恐る恐る開ける。静寂に包まれた理科室の中央、実験机に肘をついて窓の外を眺める先輩が目に入った。

 肩甲骨の辺りまで伸ばした亜麻色の艶やかな髪に、鳶色の瞳。僅かに微笑み、僕の知らない歌を口ずさむ桜色の唇に目が奪われる。

 八重樫千冬(やえがしちふゆ)

 成績は常に上位をキープし、チアリーディング部や女子バレー部の助っ人もこなすなど運動神経も抜群。才色兼備にして、ここ御簾尾(みすの)市を支える八重樫家のご令嬢。

 先輩は僕に気づくと、ぱっと顔を綻ばせる。まるで、大切な宝物を見つけた幼子の様に。或いは、長い間離れ離れになっていた犬が主人を見つけた時の様に。全力で感情を表情に出してくる先輩に、僕の胸が少しだけ高鳴る。


 「待ってたよ、空翔(そらと)君。ついメール送っちゃった」

 「見ましたよ。なんですかあの催促。あんなにふわふわしてる可愛い脅迫の仕方あります?」


 僕の返しに先輩はさも吃驚したかのようにわざとらしい仕草で口元を抑える。なんだそれ、可愛いなちくしょうめ。


 「わ、可愛いって褒められちゃった。じゃなくて、本当にお腹空いたんだもん。待ちくたびれて、私しわしわのミイラになっちゃうかと思った」

 「そんな訳無いじゃないですか。というか、チャイムなったの5分前ですよね。早くないですか?」

 「ふふん、そうでしょう。なにせ、前の授業が物理だったからねっ」


 得意げに胸を張る先輩は、机の下から赤いランチバッグを取り出す。

 うわ、やりやがったこの先輩。ノートと一緒に弁当も一緒に持ってきたのか。これは匂いでばれる奴だ。絶対周りに変な顔されたでしょうに。

 僕の視線に気づいた先輩がころころと笑って言う。


 「生憎だけど、匂いはバレなかったよ。友達にはうまく言っておいたから、大丈夫」

 「だといいんですけど。因みに、千冬先輩はなんて言ったんです?」

 「私の大事な後輩ちゃんとご飯食べるから、予め持ってきたって。……まずかった?」


 まずかった、どころじゃありませんて。何を言ってくれてるんですか。

 僕は危うく膝から崩れ落ちそうになるのをすんでのところで堪え、頭を抱える。

 いやでもそっか。そうか。……だからかー。さっきすれ違った先輩たちの視線は。大切な、なんて言い方をしたんじゃ、そりゃあんな面白そうな顔されますって。

 大切な人扱いされた事に嬉しさがこみ上げてきて、しかしそれを悟られまいと僕は表情筋を全力で制御する。そうして、全く何も動じていない風を装って先輩の向かいに座った。


 「? なにか、ニヤニヤしてない?」


 バレた。何故だ。


 「気のせいです。千冬先輩こそ、嬉しそうですね」

 「それは当然だよ。最後に一緒に食べたのが土曜日でしょ。3日ぶりに一緒に食べるから」

 「今日のお昼ご飯も、期待しちゃっていいんですか?」

 「もちのロン! 大いに期待しててよねっ」


 そう言うと、先輩は自慢げに笑って弁当箱をパカリと開けた。

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