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瓦礫の酒席で夜を笑え  作者: jau


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第三夜

 あの夜こそが、自分である。

そう思うことだけが、彼女の依代だった。


「ミスティです。戻りました」

 

 あの夜から、何時間経ったろうか。

そんなことを思いながら、彼女は洋館の一室へと入っていく。

心は、憂鬱の極みだった。

そしてそれを迎える者たちである、暗いこの部屋に並ぶ人影。

その視線も、決して明るいものではなかった。


「ああ、戻ったのね。我らの醜いミスティよ」

「……どうぞ。今日の糧食です」


 掛けられた言葉。

それに含まれた侮蔑を無視して、ミスティは背負っていた袋を下ろす。

直後、部屋の中の影が一斉にそれに群がった。

それを、ミスティはできる限り侮蔑を抑えて見下ろす。

その中で。


「ああ、我らが醜いミスティ。早く生気を奪いたまえよ。

 かような糧食ではなく、君が奪った生気を」


 掛けられる言葉は、彼女の尊厳を傷つけるものだった。

今食料を届けたのは、他ならぬミスティだと言うのに。

だが、ミスティはそれに怒りも反発も見せなかった。

ただ呆れと共に諭すように、彼女は吐き捨てる。


「煩いな。そんな奴ら、もう残ってないって言ってるだろ」

「ああ、醜いミスティ。貴方の魅力が貧相でなければ、

 我らは今も隆盛していたろうに」


 しかし。彼女に重ねられる言葉は、侮蔑の色ばかりが重なっていく。

食料を運ぶという間違いない献身、それに見合わないもの。

だが慣れているかのように、ミスティは振り返りつつ言い残す。


「夢なら勝手に見れば。叔母さん」

「おお、夢とは!?

 貴様の醜さが、我々の衰退を招いたというのに!!」

「はいはい」


 ずっと重ねられる、ミスティへの暴言。

だが彼女はそれさえも慣れたように受け流していた。

いや。事実、慣れていた。

こんな冒涜や暴言、そして侮辱も。

言い返す気すら起きないまま、彼女は扉の外へと歩みだして。

そして、心の中で吐き捨てた。


(……こうなったのは、ただお前らが弱いせいだろうが)


 他者を蹴落とす力が無ければ、

生きるための糧すら手に入らない世界。

そんな世界でさえ、他者の「おこぼれ」をあてに生きている者達。

彼女はただ、そんな力のない同族を見下していた。


――

 そんな、くだらない日の夜。


「……おい」

「うーい?」


 今日もこうして、そこから一番遠い世界に彼女はいた。

硬い瓦礫の上で五体を放り出すミスティ。

真逆になった視界に、ベイルの姿が映った。


「めずらしいじゃん、こんな早くに」

「日も落ちきってない内から出来上がるな」


 呂律も回っていないそんな様の彼女に呆れながら、

ベイルは彼女を跳び越して、酒倉庫へと向かっていた。

ミスティは今の体勢のまま、それを首を真反対に回して追って。

そこで、彼が抱えていたそれを見つける。


「へえ、新しいの持ってきたんじゃん」


 それは、意外を多分に示すものだった。

だがそれも分かっているように、ベイルも返す。 


「いつも、補充はジーン任せだったからな。

 俺一人だった時は、飲み終えたらもうそれでいいと思っていたが。

 そういう訳にも、いかなくなった」


 傍らの酒をその中にしまいながら、彼はまた違う銘柄のものを取り出す。

そして、いつもの彼の席たる瓦礫へと腰を下ろした。

眼光だけが彼の目だ。その思いは計り知れない、だが。


「寝るか? ジーンが来るまでには、起きていろよ」


 それは、あるいは気遣いでもあった。


「ん……いや、起きてる。ちょうだい、それ」


 一目で分かるほどに、器用ではない彼だ。

それが気遣いであることは、ミスティも感じていた。

だがそれを振り切って。彼女は文字通り自家製の器を生成して、差し出す。


「強めだぞ」

「いいよ、自分で割るし……あ、そこまでで」


 それに注がれた酒。

その後。言葉で語ったようにミスティは念を込めて、

盃に作り出した氷を落としていく。

そして、溶けるのを待つこと無く口づけた。


「んっ……く」

「言ったろう」


 が、その盃もすぐに降ろされた。

口と喉が許す酒の原点の刺激、それを超えていたようだ。

一方。それが理解出来ているように、

ベイルは僅かだけ喉にそれを流し込んでいた。


「……知ってんのか、これ」

「戦場に酒は付き物だった。詳しくもなる」

「ふーん……あたし達にとっては、吸精に持ち込むための道具だけどね」


 続いたのは、彼らを夢へと誘うこの酒。

それへの知識の話だ。だが彼の回答は、

正直に言えばミスティには意外に思えるものでもあった。

武人のような精神性を隠していなかった彼の、意外な顔。

そう思えて、ミスティはもっと踏み込むことにした。


「酒、好きだったの?」

「嫌いでは無かった。高揚は、俺の側にあり続けたものだからな」

「へぇ。それで、こんな所で飲んだくれてたんだ」

「否定はせん」


 話のペースを握って、この強い酒を上機嫌に煽るミスティ。

それは、あまり口数の多くないベイルが相手というのが大きかった。

相手の身の上を聞くのは慣れていたし、嫌いでもない。

だから。


「それは、ジーンも同じだ。

 ……お前も、同じではないのか?」

「ふぇっ……?」


 彼が急に聞き返したことに、少なからず動揺を見せることになった。

ベイルとは逆に、それに黙り込むミスティ。

彼のそれとは違い、迷いがあるが故でもあった。


「……」


 自分の、かつての立ち位置を思い出すミスティ。


 それは、華々しい吸精種のそれとは全く違うものだった。

貧相な肉体は、物好きしか呼ぶことはなく。

道具だったこの飲料にも、縁はあまりなかった。

()()()()に使うという用途があったのだから。


 しかし、今は違う。

求める者も消えた、その上で萎えて細りきった身体に現実逃避の夢を見る同族。

そんな宿命が無くてなお、荒事の中で自分の生き方を見つけている自分。

そこに正当化を求めて。思わずミスティは深めに盃を煽る。


「っう、げほっ!」

「おい」


 言葉こそ咎めるようなそれだったが、

明確に案じる意味も含めた色で、ベイルは声を掛けた。


「……すまん。忘れろ」


 それは、あるいは会話の拒絶として受け取ったのだろうか。

この場を壊しうる言葉こそ、嫌った故のものかもしれない。


「……んにゃ。酒は、まあ。

 今になってから、好きになったかな」


 それが、彼の気遣いと分かったからこそ。

ぶっきらぼうながら、ミスティも答えを返した。

それを受け止めて、彼女は思いあたる。


(……醜い、って。言われてばっかりだな)


 かつての同族からの言葉を。

他の利のために、嘘でも優しい言葉が欲しかったあの日を。

自分しか頼るものが無いのに、今でも強い言葉を受けるこの日を。

くだらないと思っていた、この世界を。


「ん、あ……」

「……ミスティ?」


 ただでさえ酩酊して、曖昧になった脳内だ。

ミスティは、頬が熱くなる感覚で気づいた。

その瞳から、涙が流れていることに。


「……!」


 対面のベイル。

本人のミスティから見ても分かるほどに、明確に困惑……

あるいは、困りきっていた。

慰めたいという意思は、その振る舞いから言うまでもなく伝わった。

だが慰める言葉を持たないというのが、明らかだった。


(……何を、言えばいい? こういう時は)


 彼女が、何かしらを悲しんでいるのは分かった。

この夜を共に過ごす仲間として、それを見過ごせない気持ちもあった。

だがそれを学ぶ前に、彼の仲間は、全て冥府へと逝っている。

残るのは、どうしようもないこの焦燥感だけだった。


 そんな、互いに意思に反する状況。

 そんな、絶好のタイミングで。


「なんだぁ、泣かせたのか? ベイル」


 あるいは。

ベイルが心の中で願っていた人物が、この場に現れた。


「ジーン……すまん。俺は、言葉が得意じゃない」

「ちっ、ちが……っ……だ、大丈夫だからっ!!」


 素直に心を吐露して謝るベイルに、

図らずしてミスティの言葉も彼を庇うような形になる。

それを見て、流れはわからずとも。

ジーンは、ただ二人に笑って答えた。


「いいじゃねえか。

 ここだけは、そういうとこを見せてもよ」


 それは、この夜へのジーンの思いだ。

彼もまた、仮初のような威圧によって昼を生きている。

二人を励ますというよりは、その色のほうが強かった。


「……」


 だが偶然にもそれは、自分の弱さや欠点に向かうことになっていた二人、

それに噛み合うものだった。

あるいは、生来の彼の立ち位置がその面倒見を生み出すのだろうか。


「……んにゃ、大丈夫」

「……心配を掛けた。気にしなくて良い。」


 だが、あるいは故に。

ジーンの思いを通り越して、それは二人をそのまま平常心へと戻していた。


「お、おお?」

「さあ、飲もう。ジーン」


 それは、あるいは。

彼が無くした、面倒見の居場所であり。

彼らが求めた、面倒見の在り処でもあった。


――

 閑話休題。


「ちなみにさ。

 あたしがよこせって言ったら、くれるもんなの? 精力」

「ガーゴイルは、個々で生殖をするものではない。

 強き武具と石に、魔力を込めて生み出されるものだ」

「オレは、そうだなぁ。

 群れが消えてから、さっぱりだぁ。

 ……身体が、もうイヤだって言ってんのかもな」

「……ごめん」

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