第6話 人体切断連続殺人事件Ⅱ
最初に呼ばれたのは衣装係のモニカだった。
聴取の場所は普段、役者達の控室として使われている部屋。
セシルとティベリオが木製のローテーブルを挟んで座り、その正面にモニカが腰を下ろす。
彼女は十代後半ほどの年頃で、赤毛を高く結ったポニーテールが揺れている。椅子に座った途端、両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、震える声で口を開いた。
「あの、警部さん……あたし、怪しい人、見たかもしれません」
突然告げられた目撃情報にティベリオとセシルは目を見開く。
「……それは本当ですか?」
「はい」
「どんな人物でしたか?」
「マントとフードで顔はよく見えなかったけど……でも、多分、お金持ちの人だと思います」
「お金持ち?」
セシルが首を傾げると、モニカはコクリと頷く。
「五日前の昼に、その人とゲイルが話してたところを見たんです。団員でもないし常連さんでもない人と、あの、人付き合いが苦手なゲイルが話をしてるのが珍しくて……だから、よく覚えてました。会話までは聞こえなかったけど……でも、その人のマントが、とても上質な生地で仕立てられていて。あたし、役者さんたちの衣装を作ることもあるから生地には少し詳しいんです。それに、ちらっと見えた手も、荒れてなくて綺麗で……だから、労働なんてしたことのないお金持ちなんじゃないかって思いました」
ティベリオは黙ってうなずきながら、目撃情報を手帳に記していく。
セシルはさらに踏み込んで尋ねた。
「その人物の性別や背格好は分かる?あと、何か他に特徴は」
モニカは眉を寄せて必死に思い出す。
「えっと……身長は、ゲイルと同じくらいだと思います。性別は分からないです……でも、黒いマントにフードを被っていたから昼間なのもあってすごく目立っていました」
「なるほど……」
ティベリオは短く相槌を打ち、改めて手帳に線を引く。
――目撃されたのは昼間。黒いマント、成人男性ほどの身長。会話内容は不明。
セシルはその情報を頭の中で整理すると、隣のティベリオに小声で話しかけた。
「次は団長の息子に話を聞いてみよう」
「そうだな」
二人はモニカを下がらせ、次の証言者を呼ぶように部下に指示した。
次に呼ばれたのは、団長マシューの息子ネオシュだ。遺体の第一発見者も彼らしい。
二十歳前後の青年で、整った顔立ちに似合わず落ち着かない様子を隠せないまま椅子に腰掛ける。
仲のいい仲間が猟奇的殺人に遭ったのだから無理もないだろう。
ティベリオが柔らかい口調で促す。
「ネオシュさん、事件の前のゲイルさんがどんな様子だったか聞かせてください。どんなに小さなことでも構いません」
ネオシュは一度目を伏せ、記憶を探るように考え込む。
「……そういえば、昨日、稽古のあとで話をしました」
「どんな話?」
セシルが静かに問いかける。
「……最近、無料で検診してくれる病院が出来たらしくて。六日前、ゲイルがそこに行ってきたって。体を診てもらえて、しかも帰り際にはパンを一つ貰えるんだそうです。一人一回だけらしいんですけど『健康か診て貰えてパンがもらえるなんて嘘みたいな話だと思ったけど、本当にあって驚いた』って笑ってて……」
思い出すようにネオシュの口元がわずかに緩む。
「『じゃあ今度は劇団員全員で行こうか』なんて冗談を言い合ったりして……。まさかそれがちゃんと話す最後になるなんて思わなくて……」
彼の声が擦れる。両手が膝の上で強く握りしめられた。
「昼過ぎにゲイルが倉庫に大道具を取りに行くっていって……でも何時間たっても戻ってこなくて。何かあったのかと倉庫に行ったんです……そしたらっ、ゲイルの腕と……足がっ」
遺体を発見した時の惨状が蘇っているのだろう、ネオシュの息が荒くなり肩が震える。
ティべリオはすぐに席を立ち、そっとネオシュの背中を撫でる。
「辛いことを思い出させてしまってすみません。犯人は必ず我々が捕まえます。今はゆっくり休んで下さい」
優しい声色に、ネオシュはただ黙って頷いた。ティベリオは部下を一人呼び寄せ、ネオシュを控室の外に送り出す。
残された静けさの中で、セシルがぽつりと言った。
「テディ、さっき出てきた病院の話――ちょっと気になるよね」
「……あぁ。確かハドン伯爵家が運営してる病院で、そんなサービスを始めたと部下から聞いたことがある。善意でやってるだけとも取れるが……状況が状況だ、詳しく調べておいた方がいいだろう」
ティベリオが腕時計を確認すると既に日付が変わろうという時刻だ。
「……さすがに今から病院に行くのは無理だな」
現場には交代で保全に当たる警官を数名残し、翌朝に改めて捜査を再開することを伝える。ティベリオとセシルも一度引き上げ、それぞれ帰宅することにした。
「今からお前の屋敷まで送るのも大変だから、今日はうちに泊まっていけ」
「えー……?やだよ。テディが連れ出したんだから、ちゃんと家まで送り届けてよ」
「ここからお前の家に行くより、俺の家に行く方が近いんだよ。それに明日、病院に行くにもうちからの方が近いしな。親父から貰った家だし、部屋も余ってる。好きに使え」
「あぁ、そういえば君ってば伯爵家の三男だっけ……仕方ないなあ、こんな時間に僕を連れ込もうだなんて、テディってば強引なんだから」
「誤解を招く言い方やめろ!」
軽口を交わしながら、セシルはティベリオの運転する車に乗り込み彼の屋敷へと向かった。
暫くしてセシルたちの乗った車はティベリオの屋敷の前で止まった。
石造りの堂々とした建物の窓のひとつから、かすかな明かりが漏れている。
「……おかしい、出かける前に確認したはずなんだが」
ティベリオの表情が険しくなる。
まさか泥棒かと警戒しながら、セシルと共に玄関の鍵を開けて中に入った。
廊下を進むと、リビングの扉の隙間から柔らかな光が漏れている。ティベリオは息を潜め、そっとノブを回した。
「あら、叔父さま。お帰りなさい」
拍子抜けするほど落ち着いた声が響いた。
ソファーに腰かけていたのは、胸元まで垂れる艶やかなハニーブロンドの髪を持つ吊り目の少女。寝間着の上にショールを羽織り、まだ幼さを残した顔に微笑を浮かべている。
「……ノエル?」
「知り合いなのかい?」
呆然としたティベリオの後ろからセシルが顔を覗かせる。
ノエルと呼ばれた少女はすっと立ち上がり上品にお辞儀した。
「はじめまして。ディアス伯爵家の長女、ノエル・ディアスと申します。叔父さまの姪ですの」
「テディの……なるほど、言われてみれば似てるかも」
「ありがとうございます。それで、貴方は?こんな時間に一緒に帰ってくるなんて……もしかして叔父さまの恋人?」
目を輝かせて問いかけるノエルに、セシルはちらりとティベリオを見てからわざと悩まし気に視線を伏せた。
「彼とは仕事仲間のつもりだったんだけど……『今夜は返さない』って言われちゃってね」
「まあ!!堅物だと思ってたのに、叔父さまったら意外と大胆!!」
ノエルは両手で頬を覆い、真っ赤になって身をよじる。
「セシル、変な言い方はやめろ!ノエル、こいつは探偵のセシルだ。同じ事件を捜査してる都合で泊めるだけだ!!」
必死に否定するティベリオを見て、ノエルとセシルは視線を合わせ同時ににやりと笑った。
「……テディ、僕とのことは遊びだったんだね……」
「こんな綺麗な方を弄ぶなんて……!それに叔父さま、ムキになるのが逆に怪しいですわ!」
一瞬で意気投合した二人の掛け合いに、ティベリオは頭を抱える。
「いい加減にしろ!!二人とも追い出すぞ!!」
「まあ!こんな時間に、こんな幼気な少女を追い出すなんて!」
「そうだよ。うちに連れ込んでおいて、出ていけだなんてひどいなぁ、テディは」
「お前らふざけるな!!」
――数秒後、ティベリオの特大の雷が落ちたのは言うまでもない。