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第35話 人形師行方不明事件Ⅸ

ラッジの囚われた地下室――重苦しい鉄の扉が、ノックもなく軋んで開いた。


「……父上」


ぽつりと呟くラッジの視線の先には、バルドルフの姿があった。

その身体は以前より痩せ。筋肉も落ち。顔には無精ひげが伸びている。

もはや公爵だった面影はなく、ただ荒んだ一人の老人のようだった。


無言のまま歩み寄ってくるバルドルフに、ラッジは思わず後ずさりした。


「……お前の、せいだ……」


擦れた声が落ちる。


「お前たちが双子でなければ……!こんなことには……!」


次の瞬間、バルドルフは衰えて見える腕には想像のつかない力でラッジを床に押し倒した。

そしてその首に震える手をかける。


「父上、やめっ……!」


首を絞められる。

そう思い思わず声を上げたが、息苦しさは訪れなかった。

彼の首に添えられたその手は、ただ震えているだけだ。


「違う……こんなはずでは……!双子、双子は……災いを呼ぶ、だから始末しなければ……っ!」


声とは裏腹に、その指先には力はこもらない。

ラッジにも分かった――バルドルフは自分を手にかけることが出来ないのだと。




「なぜだっ……なぜ……っ」



バルドルフの瞳が混乱に揺れる。

目の前にいるのは、間違いなく自分の息子。

かつて切り捨てられた兄とは違い、こうして生き延びていた。


――生きていてくれた。


その歓喜が、胸の奥底から込み上げる。

だが同時に、幼い頃から刷り込まれた言葉が脳裏を支配する。


『双子は災いを呼ぶ』。


もしそれを否定するなら、兄は一体何のために死ななければならなかったのか。

さらに、自分が積み重ねてきた罪にも向き合わざるを得なくなる。


生まれたばかりのラッジを冷酷にも処分しようとしたこと。

妻から息子と過ごせたはずの時間を奪ったこと。

セルジから兄弟という存在を奪ったこと。

ラッジが公爵家子息として受けるはずのすべての物を、奪ったこと。


一度自覚してしまえば、それらは重石のように肩へとのしかかり、前へも後ろへも進めなくなる。


そんなバルドルフの震える手に、不意に温かいものが触れた。



「父上。大丈夫です……もう大丈夫ですから」



穏やかな微笑みと共にそう告げたのは、他ならぬラッジ。

首に手をかけられながらも慈しむように父へ微笑んでいる。


「……っ、ラッジ」


その名が、バルドルフの唇から初めて零れ落ちる。

のろのろとラッジの上から退いたバルドルフは、その場に座り込んだ。

その姿は、かつての毅然とした公爵でも、双子を忌み嫌った父でもない。

ただ、大事なものを奪われ、恐怖と悪意を刷り込まれて歪められた、一人の幼い子供のようだった。


「本当は……兄にも、死んでほしくなかったっ……。我が子を、処分などしたくなかった……っ」


絞り出すような言葉と共に、大粒の涙が頬を伝う。

ラッジは静かに袖を伸ばし、その涙をそっと拭った。


「……父上も、ずっと苦しかったんですね」


その優しい一言に、さらに涙が溢れた。

嗚咽が途切れるまで長い時間がかかった。


やがて落ち着きを取り戻したバルドルフは、胸元から一つの鍵を取り出す。

それをラッジの足枷に差し込み、カチャリと外した。


「……ラッジ、お前はもう自由だ。好きなところに行くといい」


重荷が外れた足を確かめながら、ラッジは小さく息を吐く。

そして迷うことなくバルドルフに手を差し伸べた。


「父上も行きましょう。きっと、屋敷のみんなが心配してますよ」


だが、差し出された手にバルドルフは触れようとしない。


「……俺を心配するものなど、いるものか。冷徹公爵という名の通り、非情に振る舞ってきた……。俺がいなくなって清々しているだろう……セルジも、きっと俺を恨んでいるはずだ」

「そんなことっ……!」


ラッジが反論しようとした時、地鳴りのような轟音が地下を揺らした。


「まずい……!ラッジ、話は後だ!急いでここを出るぞ!」

「は、はいっ!」


バルドルフに急かされ、ラッジはもつれそうになる足を必死に動かして階段を駆け上がる。

地下室を抜けたラッジの目に飛び込んできたのは、老朽化に耐え切れず、軋みを上げながら崩れていく別荘の光景だった。


「こっちだ、急げ!」


バルドルフが振り返った瞬間、その視線の先にラッジへと落ちかかる梁が映った。

出口まであと数歩。歪んだ扉の隙間から外が見える。

考えるより早く、バルドルフはラッジの手を強く引き、そのまま外へと突き飛ばしていた。


「――生きろ」


「!?」


外に投げ出されたラッジが振り返った時には、すでにバルドルフの姿は瓦礫に飲み込まれていた。


「父上……?」

「ラッジ!!」


呆然と立ち尽くすラッジの背に、聞きなれた幼馴染の声が響いた。

ティベリオだ。その後ろからセシルとノクシルも駆けつける。


「っ……父上が、中にっ!」


ラッジは叫び、瓦礫へと駆け出そうとする。

だが、今にも崩れ落ちそうな屋敷は、彼を飲み込もうとしていた。


「待て!危険だ!」


ティベリオがラッジの胴を抑え込み、必死に止める。

しかしラッジは青ざめた顔で必死に藻掻く。


「父上を助けないと……!」

「お前が巻き込まれる!」


ラッジとティベリオが揉み合う横で、セシルが一歩、瓦礫へと足を踏み出した。


「セシル……?待て!セシル!」

「セシル!?」


驚いた二人の声に、セシルは小さく振り返り微笑む。


「大丈夫だよ。僕は――人形だから」


その言葉と共に、セシルは崩れ行く屋敷の中に消えていく。

次の瞬間、轟音が響き屋敷は完全に崩れ落ちた。

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