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第32話 人形師行方不明事件Ⅵ

ドルイゼル公爵家の当主、バルドルフ・ドルイゼルは焦っていた。


公爵夫人を失い、財政は傾きかけた。

だが、処分したはずの息子を利用することで、ようやく持ち直しつつあったはずなのに。

その秘匿が、いつの間にか社交界に広まっている。


行く先々で向けられる好奇の視線。ひそひそと囁き合う貴族たち。

それは、公爵家に忠誠を誓っているはずの下位貴族たちまで同じだった。


先日など、夜会に顔を出した際にこんな言葉を言ってくる貴族もいた。


『これ以上、不名誉な噂が流れるのであれば、民の不安を払うためにも隠居すべきでは』と。

要するに、公爵家当主の座を息子に譲れということだ。


馬鹿な、とバルドルフは歯噛みする。

爵位を譲るつもりなど毛頭ない。自分はまだまだやれる。公爵家を必ず立て直してみせる。

寿命を迎えるその時まで、当主の座を降りるわけにはいかない。


父も、祖父も、曾祖父も――歴代の公爵たちは皆そうだった。

命の最期まで公爵家の当主として立ち続けた。

そして自分も、幼い頃からその為だけに育てられてきた。





――バルドルフにも、本当は双子の兄がいた。

病弱だった母は、迷信を信じる父から兄を守るため、密かに屋敷の離れで兄を育てていた。

だが、母は不治の病に倒れ、高額な薬代の為に公爵家は傾いた。


その時、父に兄の存在が知られてしまったのだ。

「双子を匿ったせいで妻は不治の病になったのだ!やはり双子は災いを呼ぶんだ!」

父は狂ったようにそう叫び、バルドルフの目の前で兄を切り捨てた。

まだ、五歳の子供だった兄を。


幼いバルドルフの瞳に焼き付いたのは、血の色と、誰一人兄を悼まぬ冷たい眼差し。

祖父も、曾祖父も言った。

「だから言っただろう、双子は災いを呼ぶ。お前の母は、双子の兄を庇ったせいで死んだのだ」





その日から、迷信はバルドルフにとって揺るぎない真実となった。

兄の死は"教え"であり、自分が公爵家を背負う理由そのものとなった。


『バルドルフ、何があってもドルイゼル公爵家を守り、最後まで立派な当主であれ。それがお前の生まれた意味だ』


兄も母も亡くなってから、何度も何度も繰り返し叩き込まれてきた言葉だ。

だから、妻が双子を生んだ時も自らの手で片割れを処分しようとしたのだ。

あの日の兄を切り捨てた、父のように。


そうしなければ、また公爵家に災いが起きるのだから。

公爵家を守れない自分に価値はない。価値がない自分など、誰からも必要とされない。


妻が亡くなってしまったのも、きっと双子の片割れを生かしておいたからだろう。

バルドルフに我が子を処分したと嘘をついてまで、生かした。

だからきっと、愛する妻は災いに飲まれてしまったのだ。


処分したはずの人間が生きているのは許しがたいが、それを利用してでも何としてでも持ちこたえなくては。

でなければ、公爵家当主の座を奪われ、亡き父や祖父たちに顔向けできなくなる。




いつの間にか不名誉な噂は王室にまで届いたらしい。

今回の一件を聞きつけた王室は、名誉挽回の機会としてドルイゼル公爵家に命を下した。


高位貴族を招いた交流会を催すように、と。


それは公爵家に不信感を抱く者たちへ「問題はない」と示すためだけの催し。

さらに王室の計らいにより、王太子が出席することになった。

その姿を見せれば、公爵家が王室と深く結びついていると世間に印象づけられる。

王室はそれによって、下手な噂を打ち消すつもりなのだろう。


なぜ、そこまでして王室はドルイゼル公爵家を庇うのか。

理由はラッジの作った人形にあった。


数カ月前、幼い王女の誕生会に出席したバルドルフは、ラッジに作らせた人形の中から最も華やかなものを贈り物として献上した。

王女はその人形をたいそう気に入り、今では片時も離さないほどだという。

王女を溺愛する国王夫妻は、その歓心を買った公爵家に褒美を与えるかのように、良からぬ噂を抑え、今回の機会を整えたのであった。


だが、それはあくまでも王女を喜ばせた報酬に過ぎない。

王室にとっては噂が真実であろうと、虚偽であろうと関係はない。

『一度だけ名誉挽回の場を与える』――それが今回の命の意味だった。


そしてもし失敗すれば、手のひらを返すようにセルジへ爵位を譲れと迫るだろう。


逃げ場のない迷路に追い込まれた心地のまま、バルドルフは交流会の準備に取り掛かるのだった。


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