第31話 人形師行方不明事件Ⅴ
「いやいや、爵位の継承なんてそんな簡単にはいかないぞ?」
ティベリオの言葉に、セルジも渋い顔でうなずいた。
「確かに……。今のところ財政難という問題はあるが、それ以外で公爵である父に落ち度はない。基本的に家長が亡くなるか、よほどの失態がなければ爵位を継承することは出来ない」
「ああ。ディアス伯爵家でも、兄上が爵位を継いだのは父が亡くなってからだったしな」
二人の言葉に、セシルもつられて渋い表情を浮かべる。
「……面倒だね、貴族って」
「全くだ。その代わり、生活に困ることはねえんだけどな」
肩をすくめるティベリオに、セシルは首をかしげる。
「でもテディは警察としての収入があるから、そもそも生活には困ってないだろ?」
「今はな。警察になるまでは貴族子息としていろいろ恩恵は受けてたんだよ」
そこでラッジがにきっと会話に入ってきた。
「え、セシルってティベリオはテディって呼んでるの?何か可愛いね!」
「でしょ?ティベリオ・ディアスだから略してテディだよ」
「いいなぁ!俺もテディって呼んでいい?」
「やめろ!……ってラッジ!話の腰を折るんじゃねえ!」
「おや、お父様と兄さんが呼ぶのなら、私も"テディ様"と」
「やめろっっていってんだろ!つか、お前もノリノリで入ってくんな!」
「ノクシルも俺の息子のようなものだし、仲間外れは可哀想だよテディ」
「そうそう。僕の弟だし。兄の真似をしたくなるのが弟じゃないかな?ね、テディ」
「はい。ですので私も兄さんと同じように呼びたいです、テディ様」
「お前ら全員いい加減にしろ!!」
ティベリオはラッジ、セシル、ノクシルにそれぞれ軽くぺしんと突っ込みを入れる。
「懐かしいな。この突っ込みがティベリオだよね」
「父さんがいない時も、よくテディは突っ込みをしてくれてたんだよ」
「なるほど。これが"突っ込み"ですか。勉強になります」
「お前らなぁっ……!」
「ディアス、苦労しているんだな。弟たちがすまない」
こめかみを押さえて震えるティベリオを、セルジだけが同情するように見つめていた。
「……話を戻すぞ。私が爵位を継承するのは現状難しい、だが……父が不慮の事故などで命を落とすなら話は別だ」
セルジの真剣な声に、その場の空気が一瞬で張りつめた。
「それはドルイゼル公爵を暗殺するってこと?」
「セルジ兄さん!?」
セシルの直球にラッジがぎょっと目を見開き、身を乗り出す。
「駄目だ!そんなの絶対に!」
「だが、そうでもしないと父が寿命を迎えるまで、お前は一生ここで飼い殺しにされるかもしれないんだぞ!?」
「セルジ兄さんにそんな業を背負わせるくらいなら、俺はそれでも構わない!」
「お前の大事な人形たちが、金儲けの為に利用され続けてもか!?本当にそれでもいいのか!?」
「……っ」
ラッジは悲し気に顔を歪め、言葉を失った。
自分だけが犠牲になるならそれでいいと思っていたのだろう。
けれど、人形たちが犠牲になると考えると話は別だ。
「……お前が、どんな思いで人形を作ってるか、少しは知ってるつもりだ。ラッジ、お前の作品を……大事なものを、これ以上あんな父親の為に犠牲にするな」
「それでも暗殺だなんて……っ!」
ラッジがまだ抗うように声を震わせたその時、セシルが静かに口を開いた。
「別に、暗殺なんて物騒な方法じゃなくてもいいんじゃない?」
その言葉にセシルとラッジが、まるで鏡合わせのように同時にセシルへと顔を向ける。
「要は、今のドルイゼル公爵が無能とみなされるか、大きな問題を起こすかして、爵位を継がざるを得ない状況に追い込めばいいんだ。だったら実際に問題を起こさせるか……あるいは偽造すればいいんだ」
セシルはゆっくりとここにいる者達を見回してから、すっと指を一本立てた。
「まずひとつ。実の息子である父さんを監禁してる、この事実だけでも十分に大問題だ」
次に二本目の指。
「しかも生まれてすぐ命を奪おうとした。いくら昔にそういう言い伝えがあったとしても、今となってはただの暴挙だ。時代が変わった今、それを訴えれば罪として追究されるはずだ。当時の関係者に当たれば、証言も出てくるだろうしね。これで二つ目」
そして三本目の指を立てる。
「最後に、公爵家の財政管理の粗雑さ。管理できる人材を雇えず、雇ってもすぐにやめてしまう。こんなの公爵家に問題がありますって言ってるようなものだ。これが三つ目」
セシルは指を降ろしながら、声を低めた。
「この三つを世間に公にし、周囲の人間たちに不信感を抱かせる。そして決定的な一撃になる不祥事を僕たちで仕組むんだ」
その提案に真っ先に反応したのはノクシルだ。
考えの読めない微笑みを浮かべながら目を細める。
「……なるほど。暗殺を企むより、よほど平和的に爵位が継承できますね。それで、どのような不祥事をお考えですか?兄さんのことですから、何か妙案があるのでしょう?」
セシルはわずかに口角を上げ、告げた。
「まあね。――ドルイゼル公爵には、"気狂い"になってもらおうと思う」




