第30話 人形師行方不明事件Ⅳ
セシル達がたどり着いた公爵家の別荘は、外観からして廃墟のように鬱蒼としていた。
車を降りて中に入ると、そこもまた手入れが行き届いているとは言い難い。
「……こんな場所にラッジを監禁しているのか?」
ティベリオが眉を寄せる。
「父がラッジの存在を隠すため、ここには私とノクシル、そして父の側近である数人の使用人しか入らせないようにしているんだ」
セルジが低く答える。
「これでも以前よりはマシになったんですよ。――こちらです」
ノクシルは手慣れた様子でランタンに火を灯し、地下に続く石段を照らした。
「足元にご注意を」
暗く冷たい階段を降りきった先に鉄の扉が待ち構えていた。
小窓のついた無骨な扉を、ノクシルが軽く叩く。
「お父様、ノクシルです」
「……どうぞ」
その声を聞いた瞬間、セシルとティベリオは息を飲んだ。
懐かしい声だった。
ノクシルが軋む鉄扉を押し開けると、薄暗い部屋の奥で作業机に向かうやつれた影がこちらを振り返った。
「……っ父さん!!」
「ラッジ!!」
二人は同時に駆け出し、その身体を力いっぱい抱きしめた。
当のラッジは、突如現れた懐かしい顔ぶれに呆然と目を瞬かせている。
「…………セシル……?ティベリオ……?どうして、ここに……。これは、夢なのかな……?」
恐る恐る背中に回された腕は、記憶よりあまりに細い。
「夢じゃないよ、父さん……ずっと探してたんだ。会いたかった……!」
セシルの声は震えていた。もし涙を流せるからだなら、頬を濡らしていただろう。
「こんなに痩せちまって……体調は?怪我はないか?お前は昔から変なところで我慢するからな!」
まるで母親のように矢継ぎ早に問いかけるティベリオの肩も、小刻みに震えていた。
「……ははっ。このお小言、本物のティベリオだ。セシルも……ごめんね、心配をかけてしまって」
そう呟いてラッジがかすかに笑ったとき、その瞳には確かな光が滲んでいた。
「……感動の再会の最中に悪いが、これからのことを話し合わなければならない」
躊躇いがちにそう口にしたのはセルジだった。
「そういうところですよ、セルジ様。空気が読めないと言われませんか」
「……空気は読むものではなく、吸うものだろう?」
ため息交じりに告げるノクシルにセルジは首を傾げる。
「相談も何も、このまま父さんを連れて帰れば――」
「それは無理なんだよ、セシル」
ラッジからまっすぐに返された言葉に、セシルは眉を下げる。
「……どうして?」
「これを見てくれ」
ラッジが静かに裾をまくると、足首には無骨な鉄の枷が嵌められていた。
よく見れば冷たく重い鎖が床を這っている。
「なっ……!?なんだよこれ!こんなの、罪人の扱いじゃねえか!」
ティベリオが怒りに声を荒げた。
「こんなもん、ペンチか何かで切ればすぐにっ……!」
「無駄だ。私たちが試していないとでも思うのか?」
セルジがため息交じりに言い放つ。
セシルはラッジの足枷に目を凝らし、そこに小さな鍵穴を見つけた。
「これ、鍵穴がある。鍵さえ手に入れば、父さんを自由にできるはずだろう?」
その言葉にノクシルが首を横に振った。
「その鍵はドルイゼル公爵がお持ちです。肌身離さず持っているので奪う隙がありません。私が公爵家の使用人に変装し、観察していたのですが、公爵はこの鍵を首から下げていて寝る時ですら外さないのです」
「どうしてそこまで……」
「公爵家にとって、お父様は金の卵を産む鶏ですから」
「……家族を犠牲にしてまで成り立つ公爵家など、いっそ潰れてしまえばいい」
セルジが吐き捨てるように言い、ノクシルも目を伏せる。
「それなら、君が公爵になればいいんじゃない?」
不意にそう告げたのはセシルだった。真っすぐにセルジを見つめる。
「……は?」
「だから父さんの兄である君が、公爵になればいいんだよ。双子がどうこうなんて妄執に囚われた老害じゃなくてさ」
「……確かに。セルジ様が爵位を継げば、あの老害……げふん、失礼。公爵もお父様をこのように扱えなくなりますね。ついでにすべてを失って、そのストレスで毛根が死滅してくだされば尚うれしいのですが」
にっこり笑っていい放つノクシルに、セシルは目を瞬かせる。
「……君、意外と言うね?」
「兄さんに褒めていただけるとは光栄です」
「あはは、兄弟だからかな?セシルとノクシルは似ているねぇ」
二人のやり取りを微笑ましそうに眺めてるのはラッジだけだ。
「いやいや、爵位の継承なんてそんな簡単にはいかないぞ?」
苦笑交じりに止めたのはティベリオだった。




