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第26話 人形怪盗、テディベア奪還事件Ⅴ

「レオンさん!ご苦労様です!」


レオンを見た警備員たちが背筋を伸ばして挨拶する。


「こんな時間にどうされました?」


警備員の一人が声をかけると、レオンはわずかにため息を混ぜて答えた。


「……実はオーナーが急に、人形展のパンフレットを差し替えたいと言い出しましてね。本来なら明日の開店前で十分でしょうに『今すぐに行ってこい』と。仕方なくこうして来たわけです」


「あぁ……なるほど」

「オーナーも人使いが荒いですよね……」


納得したようにうなずく警備員たちに、レオンは腕に抱えたパンフレットを見せる。

さらに、もう片方の手にはいい香りの漂う紙袋があった。


「ついでに皆さんへの軽食も。どうせ長丁場でしょう、休憩室で温かいうちにどうぞ」

「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、我々はまだ警備中で……」


遠慮しつつも、警備員たちの視線は紙袋に吸い寄せられる。レオンは苦笑し、肩をすくめた。


「少しくらい平気ですよ。何か言われたらオーナーの秘書に無理矢理付き合わされた、ということにしてくださって構いませんから」


「そういうことなら……」

「実は俺も腹減ってて」

「俺も」


次々に折れる警備員たち。レオンは満足げにうなずくと、彼らを連れて展示場の奥へ歩き出す。

その途中、ほんの一瞬だけ振り返る。ガラスケースの陰に潜むセシルと目が合うと、彼は口元をかすかに緩めて笑った。


(……気づいてた?)


警備員にセシルのことを報告するどころか、寧ろ隠す様に彼らを遠ざけて行った。


(もしかして、このダミーの警報装置も……)


彼がすり替えたのだろうか。だとしたら、いったい何のために。

疑問に思いながら、セシルは素早く警報装置のダミーを取り外すと中からテディベアを抱き上げる。

そしてガラスケースを戻すと、そっと展示場を抜け出した。





裏口の扉を押し開けると、冷たい夜風が頬をなでる。

そこには黒塗りの車が静かに停まっていた。

ハンドルを握るティベリオが、窓越しに手を上げる。


「どうだった?」

「ご覧の通り」


セシルはするりと助手席に乗り込み、胸に抱えたテディベアを見せる。


「……まさか俺がこんなことに手を貸すとはな」


車を走らせながらティベリオがぼやいた。

彼は最後まで渋い顔をして、この作戦への協力を迷っていたのだ。


「それでも協力してくれたのは、あのオーナーの罪を白日の下に晒すため、だろう?」


セシルの問いに、ティベリオは苦い表情を浮かべる。

彼の脳裏には、カイルが集めた被害者たちの情報が蘇った。




人形展オーナー、グスタフ・モルドレイク。

展示されていた人形の多くは盗品か、不当な契約で奪われたもの。

売買証明書も偽造だと突き止められている。

控えを保管していた被害者もおり、カイルが説得して証拠を手に入れた。

そして調査を続けた結果、被害者は何十人にも上ることが判明したのだ。





「このテディベアを僕が連れ去ったことで、あのオーナーは警察や新聞で騒ぎ立てるだろう。だけど、捜査が入れば盗品だらけって事実も暴かれる」

「……そうなりゃ、世間から袋叩きだな」

「当たり。その為に、赤毛くんには被害者たちと一緒に新聞社へ行ってもらった。オーナーが被害届を出すころには、記者が面白おかしく記事にしているはずさ」

「そうなりゃ、警察も動かざるを得ねぇ。……まったく、よく考えたもんだ」

「でしょ?」


満足げに微笑んだセシルは、腕の中のテディベアに違和感があることに気がついた。

首元のリボンに、小さく折りたたまれた紙が挟まっている。


取り出して広げると、丁寧な字でこう書かれていた。



『警報機と警備員。貸し二つ』



宛名も署名もない。

だが送り主が誰なのかは、すぐに察しがついた。


(また、どこかで会ったらその時は――)


なぜ手を貸してくれたのか、理由を聞いてみるのもいいかもしれない。

そう思いながら、セシルはつけたままだった仮面を外し窓の外に目をやった。

夜空はすでに白み始めていた。







数時間後――。

街の至るところで、号外が売り出されていた。

見出しには大きく、こう踊っている。


『人形展オーナー、盗品所持の疑い!』

『偽造証明書に不当契約、被害者多数!』


通りすがりの人々は紙面を指さし、口々に驚きと怒りを漏らす。


「やっぱりあいつは悪人だったんだ」

「うちの近所の子も被害にあってたらしいぞ。子供相手になんてやつだ」

「盗品を展示して金儲けしてたんだってさ」


声は瞬く間に広がり、警察も動き始めていた。



そんな世間の騒ぎから、少し離れた住宅街。

それなりに整った台所では、ルカが慣れない手つきで朝食の準備をしていた。

椅子に腰かける母親は腕と足に包帯を巻いており、まだ痛々しい様子だ。


「ルカ、無理しなくていいからね?」

「大丈夫!ぼく、出来るよ!だから、母さんは休んでて」

「ありがとう、ルカ……ごめんね」


母を気遣う声は幼いながらも、強い決意に満ちている。

その時、玄関からコンコンとノックの音がした。

立ち上がろうとする母親を制し、ルカが戸を開けるとそこにはセシルの姿があった。


「お兄さん!」

「やあ、ルカ。今日は君に渡したいものがあってね」

「……渡したいもの?」


首を傾げたルカに、セシルはラッピングされた袋を手渡す。

不思議そうに受け取ったルカが袋を開けた。


「……っ!」


中から顔を覗かせたのは、テディベア。

耳についたコーヒーの染み、クッキー会社のロゴが入ったリボン。それは間違いなくルカの宝物。


「ぼくの……ぼくのテディだ!」


ルカは声を震わせながらぎゅっとテディベアを抱きしめる。

溢れる涙が頬を伝う。それでも顔には、嬉しさに溢れた笑顔が浮かんでいた。


「おかえり……おかえり、テディ!」

――ただいま、ルカ。


セシルの目には、小さな胸に抱かれたテディベアがほんの少し嬉しそうに微笑んだように見えた。



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