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第25話 人形怪盗、テディベア奪還事件Ⅳ

一週間後――。

夜のグラシア百貨店は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

灯っているのは非常灯と、展示場を照らす最低限の明かりだけ。

広い空間に響くのは、警備員たちの足音だけだった。

特に高価な品が並ぶ人形展には、他のフロアよりも多くの警備員が配置されている。


時刻は真夜中。

懐中電灯の明かりを揺らしながら、二人の警備員が展示場の入り口付近を巡回していた。


「……よし、異常なし」

「こっちも異常なしだ。……こうやって、薄暗い中で見ると、人形って不気味だよな」


入り口から見えるガラスケースには、人形たちが整然と並んでいる。

片方の警備員がぶるりと肩を震わせ、それをもう片方の警備員は笑い飛ばした。


「たかが人形だろ?襲ってくるわけじゃあるまいし。……その歳で人形が怖いなんて、可愛いな?」

「べ、別に怖がってなんかいないだろ!」


からかわれた警備員がムキになって言い返したその時。

不意に暗闇の中から物音が聞こえた。二人は同時に顔を見合わせる。


「……今、何か聞こえなかったか?」

「お、お前が変なこと言うからだろ!きっと展示場内を巡回してる他の警備員だ……よな?」


「こっそり忍び込んだ怪盗かもしれないよ?」

「「!?」」


突然、背後からかけられた声に二人の警備員は反射的に振り返った。


「うっ……」

「く、あっ……」


次の瞬間、その顔面に白い霧を吹きかけられた二人は、小さく息を漏らしそのまま地面に崩れ落ちる。

ほどなくして、彼らは安らかな寝息を立て始めた。


「おやすみ、良い夢を」


そう囁いたのは、暗闇に溶け込む漆黒の衣装をまとい顔を仮面で隠した青年――セシルだ。

セシルは手の中にある香水瓶よりも小さな容器を、上着のポケットへとしまう。


(眼鏡君の作ったものが早速役に立ったな……)


先程セシルが警備員たちに使用したのは、吸い込んだ人間を一時的に深く眠らせる薬品”夢霧”だ。

モルスの発明品はそれだけではない。漆黒の衣装の随所には彼の工夫が隠されていた。


靴には、足音をかき消し、なおかつ床に足跡を残さぬ薄膜シート。

衣装には、光を浴びても人影と認識されにくくする小型の魔道装置。

そして、モルスとヴェルディアの合作による品も。


袖口に仕込まれたのは、ヴェルディアが演劇部で培った舞台用小道具の技術を応用した“瞬間煙幕”の小型カートリッジ。舞台の転換で視線を奪う煙を、実戦でも使えるようにモルスが改良したものだ。

さらに、胸ポケットには“幻影紙片”と呼ばれる折り畳み式の魔法仕掛け。紙片を投げると、通路の角や壁際に一瞬だけ人影を映し出し、追手の目を欺くことができる。


(あの二人は意外と気が合うみたいだし、ペアにして正解だったな)


セシルは心の中で小さく笑みを浮かべながら、薄暗い展示場の奥へと身を滑らせた。

音を立てないように気をつけつつ、見回りをしている警備員に気をつけながら静かに展示場を進んで行く。


目当てのぬいぐるみが収められたガラスケースにはすぐにたどり着いた。

ガラスの内側でちょこんと座る小さなテディベア。その愛らしい姿に、一瞬だけセシルの口元が和らぐ。


「迎えに来たよ」


囁くと、ぬいぐるみの瞳がかすかに輝いたように見えた。


──……お迎え?


「そう。ルカのところに返してあげる」


その声に応えるように、テディベアは嬉しそうに弾んだ声を上げる。


──帰りたい!ルカ、ルカが待ってる、ぼくのお家に!


「うん、帰ろうね」


優しくそう囁くと、セシルはそっとガラスケースに手をかけた。

ゆっくりケースを開けようとして、あるものに気がつく。


それは警報装置だ。

手のひらほどの大きさで、振動を感知すれば大音量で警備を呼ぶ。

もっとも、それが本物であればの話だが。




セシルの脳裏に、集めた情報を得意げに話すノエルの声が蘇る。


『人形展オーナーの情報を、伯爵家の人脈を使って集めてまいりましたわ!』


ノエルは手帳いっぱいに書き込んだ情報を読み上げていた。


『オーナーの名前はグスタフ・モルドレイク。とにかくお金にがめつい殿方で、高価な装飾品に執着して買い集めているそうですわ。けれど、それ以外は徹底的に節約するタイプのようです。警備費用も例外ではなく、展示場に使われている警報装置でさえダミーが混ざっているようですの』


彼女が差し出した手帳には、本物の警報装置とダミーの見分け方まで記されていた。





(ダミーは本物と違って磁石にくっつかない、だっけ)


セシルはポケットから親指大の磁石を取り出す。

ノエル曰く、本物の警報装置には警報を鳴らすための金属製の装置が入っている。しかし、ダミーの方はその装置が抜いてあり中は空っぽらしい。


ガラスケースに着いた警報装置に磁石を近づけてみる。

しかし、磁石は装置にくっつかない。つまりこれはダミーということだ。


(……だけどおかしい。この前の騒動を踏まえて、このケースには本物をつけてもおかしくないのに)


母親の直訴、ルカの騒動。また取り返しに来る可能性が高いのに、なぜ本物の警報装置を付けなかったのか。

だが、それをここで深く考えている暇はない。


(とにかく、早くテディベアを連れてここから出ないと)


ダミー装置を取り外そうとした時、近づいてくる靴音に気が付いた。

展示場内を巡回している警備だろう。複数。四人はいる。


(まずい……!隠れる場所が――)


展示場はガラスケースばかりで遮蔽物が少ない。

いくら衣装に細工を施してあるといっても、近距離で見つかってしまえば意味がない。

コツコツと響く足音は確実にこちらへ近づいてくる。

先ほどの『夢霧』を使ったとしても全員を眠らせる前に、仲間を呼ばれてしまうだろう。

呼吸を殺し、セシルは必死に策を探す。


警備員との距離がじわじわと縮まっていった時、別の方向から足音がもうひとつ増えた。


「こんばんは、皆さん巡回ご苦労様です」


朗らかな声が響く。

現れたのは、グスタフの後ろに控えていた秘書――レオンだった。




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