第24話 人形怪盗、テディベア奪還事件Ⅲ
「さて諸君、今日集まってもらったのは他でもない」
芝居がかった口調でセシルはそう告げると、部屋の中に集まった面々を見回した。
「ちょっと待て」
すかさず声を上げたのはティベリオだ。
眉間に深い皺を刻み、呆れたようにため息をつく。
「テディってば、最近ため息多いね。老けるよ?」
「誰のせいだ!誰の!……お前が呼べっていうから声をかけたが、なんで俺の家なんだ」
彼の言う通り、セシルが彼らを呼んだのは自分の家ではなくティベリオの家だった。
「集まりやすいから」
「お前の家の方が広いだろ」
「やだ」
「お前な……」
呆れながらティベリオが再度ため息をついたところで、別の人物がぴっと手を上げる。
「はい、眼鏡君」
「モルスですぞ!!吾輩これでも忙しい身なのですが、一体どのような用件で呼ばれたのですかな?」
勢いあまってずれた眼鏡を直しながら、モルスが問う。
どうやら他の面々も同じ疑問を抱いていたらしく、同意するように頷きあった。
呼ばれたのは、鑑識として働くモルスのほか、ティベリオの姪ノエル、ノエルの友人カイル、そして同じく友人のヴェルディアだった。
「セシル様が何やら用があるとおっしゃるので参りましたが、これはなんの集まりですの?」
「そうそう。……っていうか、集合場所がノエル嬢の叔父さんの家とか聞いてなんだけど」
「わ、私も、なぜ呼ばれたのか……わからなくて……」
注目を浴びたセシルは軽く咳払いをし、まるで秘密組織の司令官のように改まった口調で告げた。
「現在、グラシア百貨店で行われている人形展。あそこからクマのぬいぐるみを救出し、悪徳オーナーの罪を暴く。その協力を諸君に依頼したい」
セシルの言葉に全員ぽかんと口を開けて彼を見つめる。
ティベリオだけはどこかで予測していたのか頭を抱えていた。
「……ひとつ、聞いてほしい話がある」
そう前置きして、セシルはルカのぬいぐるみの一件を語り始めた。
亡くなった父が遺してくれた大切なテディベア。
母と共に守ろうとしたのに、オーナーによって無理やり奪われてしまったこと。
取り返そうとした母が怪我まで負ったこと。
そしてオーナーはルカにとって何物にも代えられないそれを、金儲けの道具としか見ていないこと。
「……というわけなんだ」
一瞬の沈黙。最初に声を上げたのはモルスだった。
「な、なんということですぞ!小さな子供の大切な宝を力ずくで奪うとは……!吾輩、許せませんぞ!」
勢い余って椅子から立ち上がり、眼鏡を押し上げるモルス。
「探偵殿、微力ながら力を貸させていただきますぞ!卑劣なオーナーに鉄槌を下すのです!」
ノエルも目を輝かせて、乗り気のようだ。
「わたくしも協力いたしますわ!その子……ルカ君に笑顔を取り戻して差し上げたいもの!」
「俺も協力するぜ!小さな子供を泣かせるなんて、男として最低だからな!」
頼もしい言葉が続き、セシルは満足げにうなずく。
正義感が強そうなノエルとカイルなら協力してくれるだろうと思っていた。
魔道科学道具の専門家であるモルスにも、その道具や知恵を貸してほしくてティベリオ経由で声をかけてもらった。もし反対するならあの手この手で説得しようと思っていたが必要はなさそうだ。
だが、その輪の外で小さな声がした。
「あ、あの……」
皆の視線を受け、ヴェルディアは肩をすくめるようにしておずおずと口を開いた。
「ぬ、ぬいぐるみを取り返してあげたい気持ちは……わかります。けれど……盗みをするのは……その、やっぱり、いけないことなんじゃないかと……」
もごもごとした口調になるのは、初対面で思わず逃げ出したほどに美しいセシルが目の前にいるからか。あるいは、この場の熱気を壊すのを躊躇しているからか。おそらくその両方なのだろう。
場の空気が少し揺れる。すかさずティベリオが腕を組んでうなずいた。
「……正論だな。セシル、お前の言ってることは“犯行計画”だ。あのオーナーは確かに善人じゃない。だが、だからと言って盗みを働いていいわけじゃないだろう」
セシルはそう告げたティベリオの視線を、正面から受け止め静かに見つめ返す。
「わかってる。盗みは犯罪だ。それなら、あのオーナーのしたことは?彼がしたことを窃盗だって言ったのは、テディだよ。それにルカの母親を傷つけたのが彼なら傷害罪も加わる。それなのにどうして裁かれない?警察は正しい者の味方じゃないのかい?」
セシルの言葉に、ノエルやカイルはさらに表情を引き締め、モルスも頷く。
ヴェルディアはまだ不安げに視線を泳がせていたが、完全には否定出来ないようだ。
ティベリオは三度目のため息をついた。
「……俺だって放っておくつもりはない。だが、やり方ってもんがあるだろう」
「だから知恵や技術を借りたくて、協力してくれそうな人たちを集めてもらったんだよ」
「……どういうことだ?」
ティベリオが眉を顰めると、セシルは瞬きをひとつして視線をモルスへと移した。
「まず、眼鏡君」
「モルスですぞ!さては覚える気がありませんな!?」
「君は優秀な魔法科学の捜査官だ。警察の鑑識に君がいるからこそ、テディのような捜査官が事件を解決できる。君の知識と技術、そして開発した道具はこの国でもトップレベルだ。そんな優秀な眼鏡君だからこそ、力を借りたい」
「……っ、と、当然ですぞ!吾輩ほど優秀な鑑識は滅多にいませんからな!探偵殿がそこまでいうのなら、吾輩の技術を提供しましょうぞ!」
セシルに真正面から持ち上げられたモルスは、ぽかんとしたあと途端に照れを誤魔化す様に胸を張る。
セシルの視線はノエルへと移る。
「それからノエル嬢。君には行動力も度胸もある。貴族の令嬢でありながら誰かに寄り添える思いやりや、人脈も。それらを活用して、あのオーナーについて調べて欲しい」
「まあ!セシル様は意外と人を見てらっしゃいますのね?てっきり叔父さま以外に興味はないのかと」
褒められたことを意外に思いながらも、ノエルは軽口を叩く。
「テディは僕の唯一の相棒だからね。他人に興味がないのは事実だけど、興味がなくても信頼することは出来るから」
「……それは光栄ですわね」
言外に信用していると告げられたセシルにノエルは意外そうに目を瞬かせてから、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それから……えっと、赤毛くん」
「俺、前に名乗ったよな!?カイル!カイル・ハートレイだ!」
「うん、わかった。赤毛くん」
「よし、覚える気がないってことがよーくわかった!」
セシルに名前を覚える気がまるでないと知ったカイルは、呆れたように笑う。
「君はその人懐こさが武器だ。あと馴れ馴れしさ」
「それ褒めてんのか?」
「赤毛くんにはノエル嬢と同じように、人から情報を集めて欲しいんだ。ルカのように大事なものを、あの悪徳オーナーから奪われた人がいないかどうか。ノエル嬢は如何にも貴族令嬢って感じで壁を作られるかもしれないけど、庶民ぽさのある赤毛くんなら話してもらえると思う」
「褒められてる気がしねえ!!」
子犬のようにキャンキャンと喚くカイルを、「セシル様はそういう方ですから」とノエルが苦笑しながら宥める。
「そして最後に……君」
「は、はひっ!」
視線を向けられたヴェルディアは顔を真っ赤にしてセシルを見つめる。
「ノエル嬢から聞いたよ、君は学園で演劇部に所属しているそうだね。小道具や衣装を作っていたんだって?」
「は、はいっ……!」
「あのオーナーの目を誤魔化すために、眼鏡君のサポートに付いて欲しい。小道具が作れるくらいなら、手先は器用なんだろう?」
「それなりには器用だと自負しておりますが……」
どこか自信がなさそうなヴェルディアの手を、ノエルがそっと握った。
「あら、ディア様の器用さは私が一番知っていますわ!だから自信を持ってくださいまし」
「ノエル様……!」
女性同士の友情をまぶしそうに眺めながら、モルスは小声でセシルに耳打ちする。
「……吾輩一人でも大丈夫ですぞ?」
「優秀で天才な眼鏡君には、特別な仕事を頼みたいんだ。それに集中してもらう為に助手が必要だろう?」
セシルが女性たちに聞こえないよう小声で告げると、モルスは「優秀」「天才」の言葉にあっさりと納得した。
「で、具体的にはどうするんだ?学生達が捕まるような真似はさせられねえぞ」
険しい顔で問うティベリオに、セシルはいたずらを企む子供のように笑って見せた。
「わかってるよ。実際にあのぬいぐるみを助け出す役は僕がやる……いや、正確には――神出鬼没の怪盗がね」




