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第22話 人形怪盗、テディベア奪還事件Ⅰ

魔法都市グラシアで最も大きいと名高いグラシア百貨店。

その最上階、広々とした催事場には世界各国から集められた人形やぬいぐるみがずらりと並べられていた。

繊細な衣装をまとった陶器人形、愛嬌たっぷりの木彫り人形、そしてブランド物として高値がつけられるぬいぐるみまで。


「すごい……賑やかだ」


『世界の人形展』と書かれたパンフレットを手に、セシルは目を輝かせる。


「確かに想像以上の盛況だな。子供より大人の方が多いんじゃないか?」


セシルを連れてきたティベリオも、少し驚いた様子で会場を眺めた。

だがセシルはそんな彼をちらりと見て、小さくため息をついた。


「賑やかなのは人間じゃなくて、人形たちのほうだよ。君には聞こえないだろうけど……彼らはそれぞれの文化を背負い、長い歴史を生きてきた。そんな人形達は普通の子たちよりだいぶお喋りで、いろんな国のことや知識を教えてくれるんだ。僕にとっては大先輩みたいなものだよ、尊敬せずにいられない」

「いつになく熱が入ってるな」

「当然だよ。この展示が決まった時から、父さんと一緒に楽しみにしてたんだから。……本当は、父さんも来られたらよかったんだけど」


そう呟くセシルの横顔には、ほんの少し寂しさが滲む。


「来ればいいだろ。この催しは三カ月も続くって話だし、終わる前にラッジを見つけて、今度は三人でくればいい」

「……そうだね」


ティベリオは励ますようにセシルの頭をぽんと撫でた。

セシルは驚いたように目を瞬かせ、それからふっと小さく笑みをこぼす。

その時、会場の喧騒にまぎれて彼らの耳に何やら子供の騒ぐ声が聞こえてきた。


「だからっ!その子は僕が父さんから貰ったテディベアなんだ!返してよ!」


声のする方に目をやると、七、八歳ほどの幼い少年が展示ケースの前で警備員と揉めていた。

ケースに収められているのは、少し使い込まれた様子のブランド物のテディベア。


「坊や、何度も言うけれど、これは展示の主催者の物なんだ。君のおもちゃとは違うんだよ」

「違う!僕のだ、僕のっ……世界にひとつしかない、僕のテディなのに……っ」


少年は堪えきれず目に涙を浮かべる。

その様子に、警備員もさすがに気まずそうに視線を泳がせる。泣かせるつもりはなかったのだろう。


――ルカ。ルカ、泣かないで。


ガラスケースの内側ではテディベアが心配そうに少年を見つめていた。呼んでいるのは彼の名前だろうか。

気が付けばセシルは少年のもとに歩み寄っていた。


「ねえ、君の名前ってもしかしてルカ?」

「……そうだけど、お兄さんはだぁれ?」


少年ルカは目に滲んだ涙をぬぐい、セシルを見上げる。


「あのぬいぐるみが君のって本当?」

「本当だよっ!去年の誕生日、父さんがくれたんだ!なのにこのおじさん、返してくれない!」


ルカは悲し気に警備員を指差した。


「だ、だからこれは展示主催者のものでして……!私はただの警備員ですからどうすることも出来ないんですよ……!」


警備員は自分に非はないのだと必死に訴える。

ティベリオは小さくため息をつき、彼らの元に歩み寄った。


「まあまあ、落ち着いてください。展示品を守るのが警備の仕事ですから、あなたは悪くありませんよ」

「そ、そうなんです……!」


ティベリオの言葉に警備員は安堵の色を浮かべる。

そのままティベリオはルカの傍にしゃがみ、視線を合わせて優しく微笑んだ。


「ルカって言ったかな?あのクマさんが君のだってどうしてわかるんだい?」


ルカは一生懸命にぬいぐるみを指さして説明する。


「あのねっ、お耳のとこ!茶色い染みがあるでしょ?あれは父さんがうっかりコーヒーを溢してついたんだ!それにリボンも!あのリボンはクッキーの箱についてたやつを、母さんが巻いてくれたんだ!」


言葉の通り、テディベアの耳には茶色い染みがあり、リボンには確かにクッキー会社のロゴが入っている。

ルカにとってこのテディベアが家族の思い出が詰まった大事なぬいぐるみであることが良くわかった。


周りで話を聞いていた客たちもざわめきだし、警備員ですら「もしかして、このぬいぐるみは本当に少年のものなのでは」と思い始めた時。


会場にでっぷりと太った一人の中年男性が現れた。頭のてっぺんからつま先までブランド品を身にまとい、いかにも自信たっぷりとした笑みを浮かべている。

その後ろには吊り目で細身の男性が秘書のように控えていた。


「今日も盛況でなによりだ……おや、なにか騒ぎでも?」


中年男性はティベリオたちを見て目を細めると、歩み寄りながら声をかけてきた。


「オーナー!実はこの少年が……」


警備員が慌てて状況を説明する。

どうやらこの人物こそ展示会の主催者らしい。

説明を聞き終えた中年男性は、ルカを見下ろしながらにやりと笑う。


「君はアルヴィン商会の坊やだな。……お父上が亡くなったばかりで悲しいのは分かるが、我儘を言って大人を困らせるもんじゃない。

このテディベアは私が正当に商会から買い取ったものだ。売買証明書だってきちんとある。しかもこれは世界的に有名なぬいぐるみ作家の作品でね。子供が持っていていい代物じゃない。私のように商才のある人間が、金を稼ぐために所有してこそ価値があるんだ。……わかったら、とっとと帰りなさい。」


「は?」


低く声を上げたのはルカでも、ティベリオでも、ましてや警備員でもない。

今まで黙って聞いていたセシルだった。


「人形もぬいぐるみも……金儲けの為に生まれてきたわけじゃない」

「な、なんだお前は!」


セシルの冷ややかな気配に、オーナー男性は思わずたじろぐ。


「人形は子供達の笑顔や、それを贈りたいと願う人の為に生まれてきたんだ。時に寄り添い、時に支えて、人間の良き友人になれるように。そんな作者たちの気持ちが込められて生まれてきたんだ……それなのに、お前は!」

「おい待て待て待て!セシル、落ち着け!」


無表情のまま怒りを滲ませオーナーへと詰め寄ろうとしたセシルを、ティベリオが後ろから羽交い締めにして止める。


「離してテディ。あいつ許せない」

「分かる!分かるけど、落ち着けって!ここで手を出すのは良くない!捕まるようなことはするな!」

「……っ」


ティベリオの必死の言葉にセシルは冷静を取り戻す。

だがその瞳は、なおもオーナーを鋭く睨んでいる。


「ふんっ!どこの誰かは知らんが、部外者は引っ込んでいてもらおうか。あのテディベアは誰にも渡さん!レオン、行くぞ!」

「……はい、オーナー」


オーナーはでっぷりとした腹を揺らしながら会場を後にする。

その後ろをついて行く秘書、レオンと呼ばれた男は振り返ってティベリオとセシルをちらりと見た。

彼は小さく頭を下げるとオーナーの後を追って会場から出て行った。




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