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第20話 貴族学園怪奇現象事件Ⅵ

翌日。

セシルは授業時間中に講堂を訪れていた。

編入初日は物珍しさから授業を受けてみたものの、あまり興味が惹かれる内容ではなかったので今日は授業をサボって捜査だ。

ノエルには授業をサボらせるわけにはいかないので教室に置いてきた。


それにこの時間ならラグネルも授業を受けているだろうから、鉢合わせることは無い。

相変わらず人気のない静かな講堂に足を踏み入れると、セシルの足音だけが響く。

昨日装置が仕掛けられていた機材室や二重扉も調べてみるが、これといって目ぼしいものは見つからない。


一階部分は粗方調べ尽くし、二階部分に向かう。

昨日の昼も調べた倉庫を開けた時、ふと違和感を感じた。


(何かが、違う……)


じっと収納されていた荷物を見つめ、暫くして気が付く。

倉庫の奥にある荷物は変わっていないのに、手前に収納された荷物は微妙に位置が変わっていた。

大きく動かされたわけではない。ただ、隣り合っていた箱がわずかに離れていたり、積み重なっていたはずの布の山が乱れていたりする。

人が触れなければこんな変化は起きない。


(昨日のあと、誰かがここに入った……?)


荷物が動いているのは、壁に設置された梯子から手前だけ。

セシルは梯子までの荷物をどかすと、梯子を上り始めた。

屋根裏に続く入り口からそっと顔を覗かせる。

雑然と荷物が重ね置かれていて薄暗い事もあり、奥の方は見えない。足元に気を付けながらゆっくりと奥に進む。


そこで、見つけた。


一人の女子生徒が手足をロープで縛られ、さらに逃げられないように屋根裏の柱に鎖で固定された状態で横たえられていた姿を。


驚いてその女子生徒の脈を確かめる。まだ息はあるようだが意識は朦朧としている。

声をかけても返事がない。

すぐにでも助け出してやりたいがロープはしっかりとした作りで簡単にほどけそうにない。

セシルは急いで屋根裏から下りると、メイン校舎に戻り職員室に駆け込んだ。



講堂の屋根裏で少女を発見した――その報告を受け、職員室は一瞬にして大騒ぎになった。

数人の教師が工具を抱えてセシルの案内で講堂へと駆けつけ、すぐに屋根裏へと向かう。

柱に鎖で固定された少女は、頑丈な縄で手足を縛られたまま衰弱していたが、応急処置の甲斐あって辛うじて息をしていた。


「まだ脈はある!だが衰弱が激しい……すぐに救急隊を呼べ!」

「おい、こっちを持て!鎖を切るぞ!」


教師たちの必死の作業で少女は解放され、担架に乗せられる。

救急隊を待つ間、保健医が応急処置を施すとやがて少女は苦しげに目を開いた。


「……う、ぅ……」

「意識が戻った!君、名前は言えるか?」


教師の一人が声をかけると、少女は擦れた声で答える。


「……マリーベル……マリーベル・ラングレー……」


その名を聞いた途端、教師達は顔を見合わせる。


マリーベル・ラングレーと言えば学園内では、悪い意味で有名な男爵令嬢の名前だ。

高位貴族の令息ばかりに言い寄り、しかもその多くは婚約者持ち。結果として度重なるトラブルを引き起こしており、マリーベル本人の顔を知らない教師でさえその名前だけは耳にしたことがあるほどだった。


「ラングレー男爵令嬢……!?どうしてこんなことに……」


教師に問われたマリーベルは震える声で訴える。


「……ラグネル様が……私を……」


その言葉に場は凍りつく。

ラグネルといえば、フィッツ侯爵家のラグネル・フィッツただ一人。

つい先日、伯爵令嬢ノエル・ディアスとの婚約破棄が話題になったばかりの人物であり、その原因は彼がマリーベルに心酔したことであるのは学園中に知れ渡っている。

だが、その心酔がここまで異常な形であったとは誰も想定していなかった。


教師達だけではどうにもならないと判断され、この出来事はすぐに警察へと通報された。


しばらくして、中年の男性刑事と数人の警察官が到着する。

その刑事は教師達の中にセシルの姿を見つけると、親しげに声をかけてきた。


「よぉ。人形探偵じゃないか。今日はティベリオはいないのか?」

「……誰だっけ?」


セシルが首をかしげると、中年刑事は苦笑を浮かべる。


「他人に興味がないのは相変わらずだな。以前、誘拐事件の時に一緒に捜査しただろ?ティベリオの元上司さ。今じゃ立場は逆転しているけどな」


セシルはしばし目を細め、記憶を掘り起こす。

確かに以前ティベリオに頼まれて、誘拐事件の捜査を手伝ったことがあった。その時の警官達の中に、この男もいた気がする。


「……あぁ、言われてみればいたかも。興味ないから忘れていた」


悪びれもせず言い放つセシルに、中年刑事は気を悪くするどころか豪快に笑った。


「ははっ、そいつは仕方ねえ。んじゃ、改めて自己紹介と行こうか。俺の名前はダリオ・ヘンダーソン。気が向いたら覚えてくれや」


中年刑事ダリオ主導のもと、ラグネルは事情聴取されることになった。セシルは今回の事件に関係あると判断し、怪奇現象を起こしていた装置をダリオに証拠品として提出した。


彼が侯爵子息ということを考慮して、聴取は学園の空き教室で行われる。

空き教室の机を挟んでラグネルとダリオが向き合う。その場にはセシルと、ラグネルの逃亡を防ぐための警官達、そしてフィッツ侯爵家の長兄エドモンドが同席していた。


ラグネルの両親である侯爵夫妻は学園から連絡を受けたものの、仕事に追われていたため長兄であるエドモンドを侯爵家当主代理としてよこしたのだ。


そんな顔ぶれを眺めラグネルは憔悴した様子もなく、寧ろ誇らしげに語り始める。


「俺はマリーベルを誰にも渡したくなかった。ただそれだけだ。彼女と俺は真実の愛で結ばれている、なのに彼女は魅力的過ぎて他の連中が近づくのをやめない。だから他の誰にも近づかせたくなかった……だから、彼女を閉じ込め、彼女の居る場所に誰も来ないように怪奇現象を起こして講堂から人を遠ざけたんだ」


真剣に語るラグネルは、自分のしたことが犯罪であるとは微塵も思っていないようだ。

その様子に警察官達は何とも言えない表情を浮かべている。

ダリオは机の上に手を組み、じっとラグネルを見つめていたが、やがて低い声で問いかけた。


「……それを被害者、ラングレー嬢は受け入れたのか?」

「もちろん!最初は『家に帰りたい』とばかり言ってたが、彼女はそうやって俺の愛を試すんだ!本心では邪魔者がいない場所で二人きりになれて喜んでいたはずさ」


ラグネルの熱弁に教室の空気は重苦しさを増す。

ダリオは深くため息をつき、額に手を当てた。それを黙って聞いていた侯爵家の長男エドモンドは表情を険しくする。


「……ラグネル、お前はどこまで恥をさらせば気が済むんだ」

「どこが恥ですか!兄さん、俺はマリーベルを愛しているだけだ!」


次の瞬間、乾いた音が教室に響いた。

エドモンドがラグネルの頬を打ち据えたのだ。熱弁で身を乗り出していたラグネルは、その衝撃で椅子に崩れ落ちる様に座り込む。

エドモンドは冷然と弟を見下ろし、静かに、しかし断固とした声で告げた。


「侯爵代理として……いや、次期侯爵として宣言する。ラグネル・フィッツ。お前をフィッツ侯爵家から除籍する」

「なっ……!?そんなの、父さん達が許すはずが……!」

「ここに来る前に許可は得ている。ディアス家との婚約をお前の有責で破棄した時から……次に何かしでかしたら、私の采配で処分を下してよいと父上は仰った。これはそのための委任状だ」


エドモンドが胸ポケットから、一目で正式なものとわかる侯爵家の判が押された委任状を取り出し、机の上に置いた。

ラグネルは愕然と兄を見上げる。


「刑事殿、あとはお願いします。弟は……いや、この犯罪者は貴族ではなく、ただの平民として逮捕してください。どんな判決が下ろうと、侯爵家は一切関与いたしません」


エドモンドの言葉に、ダリオは静かにうなずいた。


「畏まりました……では、そのように。おい、連れていけ」

「「はっ!」」


警察官達が呆然としたままのラグネルの両腕を固め、連行していく。

その背を見つめるエドモンドは苛立ちを含みながらも、悲し気な表情を浮かべていた。



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