第19話 貴族学園怪奇現象事件Ⅴ
「ここから聞こえる」
セシルが耳を澄ませると、怨霊の声はやはり講堂の中から聞こえているようだ。
「ほ、本当に中に入りますの?」
ノエルが怯えながらセシルに声をかける。
「入らないとわからないだろ」
そう言って、セシルはためらいなく講堂に続く二重扉を開ける。
その瞬間空気を切り裂くような音が走る。扉の隙間から、室内ではあり得ないほど強烈な突風が吹き荒れた。
「きゃっ……」
「ノエル嬢!」
小さく悲鳴を上げたノエルをカイルが庇う。
「うわっ」
「なに!?」
「痛っ……!」
「っ……!」
空気が刃のように鋭く、セシルやノエル、オカルト部員達を襲う。
風が収まった後には、全員の制服に細かい切れ込みが刻まれていた。
ノエルを庇ったカイルの頬には小さな切り傷が出来ていたが、他の部員やノエルに怪我はない。
「ハートレイ様!?だ、大丈夫ですの!?」
怪我をしたカイルをノエルが心配するが本人は平気そうに笑う。
「大丈夫大丈夫。このくらいかすり傷だからな!」
「そう……ならいいですけど」
ほっと安堵したノエルを横目に、セシルは二重扉を調べる。
「……扉の内側になにかある」
扉の内側、蝶番のあたりに青白く光る刻印の装置のようなものが貼り付けられていた。
貼り付けていたテープは簡単にはがせる。大きさは直径三センチくらいだろうか。
「ねえ、こんなものが仕掛けてあったんだけど」
セシルが装置を見せるとフレッドが目を瞬かせる。
「それ、風刃を発生させる魔道具ですね。畑や果樹園を荒らす動物を追い払う道具で、農家でよく使われるって父が言ってました」
「ということは、今の突風の正体はこれか」
セシルの言葉にミレイが残念そうに肩を落とす。
「じゃあこれって、怨霊なんかじゃなく人間の仕業ってことね?」
「え!?そうなの姉さん?」
思わず声を上げたユリウスにミレイはうなずく。
「だって本物の怨霊なら、こんな道具なんてわざわざ使わないでしょう?」
セシルも同意を示す。
「こんなものを仕掛けてまで講堂に近付かせたくない何かが、犯人にはあるってことだね。……そうなると今も響いているこの声も、人間の仕業ってことになる」
講堂からは依然として怨霊めいた声が流れていた。
二重扉を開け放ったまま耳を澄ますと、どうやら正面の講壇から響いているようだ。
「あの奥から聞こえているみたいだ」
「あの講壇、横に音響設備があるの。多分、そこから流してるんじゃないかしら」
「行ってみよう」
ミレイの言葉を受け、セシル達は講壇へと向かう。
厚いカーテンの裏には小さなドアがあり、開けると狭い機材室があった。
中には音響用の機材が並び、その上に置かれた長方形の魔道具から怨霊の声の音声が流れている。
それは手にすっぽりと収まる大きさで、裏面には青白い刻印が残っている。先程の風刃を起こす装置と同じものだ。
仕掛けたのは同一人物とみて間違いないだろう。
側面についたスイッチを押すと、途端に不気味な声は途切れ講堂はようやく静寂を取り戻した。
「……ったく。誰だよ、こんなしょうもないイタズラ仕掛けた奴は」
怨霊の仕業ではないことが分かったカイルは不満そうだ。
「それはこれから調べないと。とりあえずこれは僕が預かるよ、怪奇現象の証拠品としてね」
セシルは音声の魔道具と、先程回収した風を発生させる魔道具をポケットにしまう。
それと同時に下校を促す鐘の音が校内に響いた。
「もうこんな時間なのね……残念だけど、今日はここまでにして帰りましょうか、あんまり遅いと親御さんたちも心配するだろうし」
ミレイの言葉にフレッドは不満そうに唇を尖らせる。
「むむぅっ……これからが盛り上がるところだというのに!」
「なんだかオカルトっていうより、ミステリーじみてきたね」
「こんな子供騙しはミステリーのうちに入らないわよ?」
部員達は緊張感から解放されたのか、賑やかに話しながら講堂を後にする。
最後に残ったセシルは、扉を閉める前にもう一度だけ薄暗くなり始めた講堂を振り返った。
人の気配はなく、ただしんと静まり返っている。
「セシル様?置いて行かれますわよ」
「……うん、今行くよ」
ノエルの声にセシルは室内を一瞥するとそっと扉を閉めた。
その数秒後、人気のなくなった講堂の二階席で倉庫の扉が内側からゆっくりと開かれた。
しかしその音がセシルの耳には届くことはなかった。
一時間後。
セシルと共にティベリオ邸へと帰り着いたノエルは、今日起きた出来事を報告していた。
「と、いうわけで結局怪奇現象を起こしていた犯人までは突き止められませんでしたわ」
「風刃を繰り出す装置に、怨霊の声を流す装置か。わざわざこんなものまで持ち出して、犯人はよっぽど講堂に人を近づけたくなかったらしいな」
セシルから受け取った魔道具を調べながらティベリオは告げる。
「僕もそう思う。テディ、その魔道具の刻印ってどんなものかわかる?」
「俺は警察であって魔道具の専門家じゃ……いや、まて、どこかで……」
青白く光りを帯びる刻印を見つめながら、ティベリオは眉間に皺を寄せ自らの記憶をたどる。
「あぁ、思い出した。確かフィッツ侯爵家が魔道具に使う刻印だ」
「なんですって!?」
ティベリオの言葉に、ノエルが椅子を軋ませながら身を乗り出す。
「間違いありませんの!?」
「お、おう。ノエルがあそこの四男坊と婚約した時に、兄上が侯爵家と取引した魔道具に確かこんな刻印が付いてたな。逆になんでノエルが覚えてないんだ、短期間でも婚約者だったんだろ?」
ティベリオの言葉にノエルはぷいっとそっぽを向く。
「そういった事を知る前に婚約解消したんですわ!知らなくても当然です!」
「……う、それは悪かった」
姪っ子の機嫌を損ねてたじたじになるティベリオ。
セシルはそれを無視して刻印を眺める。思い出すのは、今日の昼休みに特別教室棟であったノエルの元婚約者ラグネル・フィッツだ。
誰も寄り付かない場所に彼がいたのは、この装置を仕掛けるためだったのだろう。
怪奇現象の一つにあった講堂で目撃された人魂騒ぎも、何かしらの装置を使ってラグネルが仕掛けた可能性が高い。
「やはり犯人はフィッツ侯爵令息、ということになるんですの?」
ノエルの問いかけにセシルはうなずく。
「限りなく黒に近いのは確かだよね……こんなものまで仕掛けて、彼は何を隠してるんだろう。明日はまた講堂を調べてみようかな」
セシルの言葉で報告は終了となり、翌日のために今日は早く休むことにした。
夜も遅い時間だったため、セシルはティベリオの自宅に泊まり一夜を明かすのだった。




