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第16話 貴族学園怪奇現象事件Ⅱ

こうしてセシルは無事に学園内に潜入したものの、調査を始めるのは容易ではなかった。

ティベリオの根回しで教師達は事情を知っていたが、教師はともかく、生徒達はそうではない。特に女子生徒達は、突如現れた見目麗しい編入生と少しでも親しくなろうと目をぎらつかせて群がってくるのだ。


授業の合間の短い休憩時間ごとに、セシルの席は取り囲まれ、女子生徒からの自己紹介と質問攻めにされる。

それにうんざりしたセシルは、ついに毒舌を放った。


「君たちここに何しに来てるの。ぎゃあぎゃあ獣みたいに騒ぎたいなら、動物園にでも行きなよ。もっとも、君達より野生動物の方が見物する価値がありそうだけど」


その言葉に三分の二の令嬢は引き下がっていた。

だが残りの令嬢は妙に気を強くしたのか、昼休みに彼を誘おうと視線を送ってくる始末である。


午前の授業が終わり、昼休みの鐘が鳴るやいなや、セシルは令嬢達に捕まる前にノエルの腕を掴んで教室を出た。


「ちょ、ちょっとセシル様?私、お昼をまだいただいておりませんのに!」

「呑気に食べてたらまたあのメスゴリラ達に捕まって身動き取れなくなるだろ」

「め、めすごり……。はぁ……仕方ありませんわね。でしたらせめて購買でパンを買わせてくださいな、私はそれから講堂に参りますから。先に特別教室棟に行っていてくださいます?この時間は誰もいないと思いますし」

「なるべく早く頼むよ」

「わかりましたわ」


購買に向かうノエルと別れ、セシルは一人で渡り廊下を歩いて特別教室棟に向かう。

メイン校舎からは昼休みの賑やかな笑い声が響いてくるのに、渡り廊下を渡り切った先の特別教室棟は別世界のようにひんやりと静まり返っていた。







暫くして、購買で買ったらしいサンドイッチを片手にノエルが戻ってきた。食べながら歩いてくる姿にセシルは眉を顰める。


「ちょっと。歩きながら食べるなんて行儀が悪いんじゃない?」


注意すると、ノエルはもぐもぐとパンを飲み込んでから胸を張った。


「仕方ありませんでしょう、のんびり食べていては昼休みが終わってしまいますもの。調査は効率的に、ですわ!あ、叔父さまには内緒ですわよ?」


以前、口に物を入れながら話していたティベリオを思い出す。彼と似たようなやり取りをしたことは記憶に新しい。

この叔父にしてこの姪あり、セシルは妙に納得してしまうのであった。


「それで、ここで起きた怪奇現象ってどんなの?」


促され、ノエルは少し声を潜めた。


「これは人伝に聞いた話なのですけれど……放課後、とある女子生徒が音楽室に楽譜を忘れてしまって、取りに戻ったそうですの。すると音楽室前の廊下に、血のような赤い液体が点々と落ちていたそうなのです」

「赤い液体、か」

「はい。その跡は講堂の扉の前まで続いていて、しかも取っ手には、赤い手形がくっきりと残っていたそうですわ


如何にも怪談話めいた話だ。

ノエルは続ける。いつの間にかサンドイッチは完食していた。


「女子生徒は怖くなって逃げ、教師を連れて戻ったのですが……その時には赤い液体も手形も、綺麗さっぱり消えていたそうです。先生方が周囲を調べても痕跡は一切なく、結局その生徒の見間違いとされたようですわ」

「なるほどね」

「他にも、誰もいないはずの講堂から助けを求める女性の声がしたとか、警備の方が白い影を見たとか……それらは全て、講堂周辺で起きているらしいんですの」

「うわぁ……一気に胡散臭くなった。とりあえず、その赤い液体とやらが目撃された現場を見てみよう」


セシルがそう告げて歩き出そうとした時、不意に廊下の正面から一人の男子生徒が姿を現した。

緑がかった黒髪にたれ目に泣きぼくろのその生徒は、数冊の資料のようなものを抱えている。

彼はノエルの姿を認めると、ぴたりと足を止めた。


「……ノエル、こんなところで逢引きか?」


挨拶も無しに不躾な言葉を吐き捨ててくるその生徒に、ノエルは貴族令嬢らしい微笑みを張り付けた。


「ごきげんよう、フィッツ侯爵令息様。仮に私が逢引きしていたとしても、貴方には関係のない事ですわ。私達の婚約はとっくに破棄されておりますもの。名前も軽々しく呼ばないでいただきたいわ」

「それは君がっ……」

「『浮気を許せない心の狭い女だから』とでも仰るつもり?それとも『自分を惹きつけておける魅力がなかったから』でしょうか?どちらにせよ、貴方がクズなことに変わりはありませんわ。……それとも、我が家からまた侯爵様に抗議させていただこうかしら、ご子息に侮辱されたと」

「っ……覚えてろよっ」


男子生徒は憎々し気にノエルを睨みつけ、そう吐き捨てると二人の横を通り過ぎてメイン校舎へ歩いて行った。

すれ違いざま、その男子生徒の袖口からちらりと白い包帯が覗く。


(怪我……?いや、それよりも)

「……あんなセリフ、現実に言う人って本当に要るんだ?」


思わず呟いたセシルにノエルは薬と笑う。


「えぇ。小物感がにじみ出ておりますでしょう?……お見苦しいところをお見せしました。アレは私の元婚約者なのですわ」

「あぁ、テディの家に押しかけてきた時の、伯爵との喧嘩の元凶?」

「えぇ」


ノエルの元婚約者、名前はラグネル・フィッツ。

侯爵家の四男で末っ子であった彼は甘やかされ育ってしまった。

婚約者であるノエルがいるにもかかわらず下級貴族の令嬢に心奪われ、ノエルを蔑ろにしていた。


父であるディアス伯爵には『それくらい我慢しなさい』と言われたノエルだったが、それに激怒。

伯爵夫人である母を味方につけて、ティベリオの自宅に家出している。

まだ伯爵家に戻っていないことから解決していないと思っていたが。


「婚約破棄、できたんだ?」

「そうなんです!お母様を味方につけて、『あんな男と結婚するくらいなら、どこぞの年配の方の後妻になります』と毎日お手紙でお父様を脅しましたの。それに彼が私を侮辱し蔑ろにした証拠を集めて、彼の御父上である侯爵様にも直談判したのですわ。ふふ、侯爵夫妻様がまともな方々でよかったです」


その時の事を思い出したのかノエルは楽し気に笑う。


「……ノエル嬢は行動力お化けだね」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」


そんな軽口を交わしていると、赤い液体が目撃された場所に到着した。


「このあたりの廊下から、奥の講堂に向かって赤い液体が点々と続いていたそうですわ」

「ふーん……」


見たところ不審なところはない。ただの廊下だ。


「じゃあ講堂の方も見てみようか」

「こちらですわ」


ノエルの案内で講堂に向かう。音楽室からそう離れてはおらず、資料室を挟んだすぐ隣だ。

そこは二重扉で仕切られたかなり広大な空間だった。


「この廊下側の取っ手に、手形が残っていたらしいのです」

「手の大きさとかは分かる?」

「そこまでは……。目撃した女子生徒も怖がってすぐに逃げ出したそうですから」

「それは残念」


他の手掛かりを探すため、セシルは講堂の中を調べることにした。


一階席と二階席に分かれた大空間には、ワイン色のカバーに覆われた椅子が整然と並べられている。

誰もいない講堂は時が止まったような静寂に包まれていた。


二重扉のすぐ横に設置された階段を上りながら、セシルは後ろをついてくるノエルに声をかけた。


「……怖かったら入口で待っててもいいけど?」

「まさか!恐怖心より好奇心の方が勝っておりますの!」


言葉通りノエルは本当に楽しそうだ。

二階席へ続く階段を上り切ると、引き戸の部屋があった。

セシルがなにげなく戸を開けてみれば、そこにはカラフルな衣装や小道具のようなものが所狭しと並んでいる。


「ここは?」

「見ての通り、倉庫ですわ。この講堂では演劇部がお芝居をすることもありますから、その備品が保管されていますの」


奥の荷物は埃を被った物もあるが、手前に置かれたものは頻繁に出し入れされているのかほとんど埃がない。

室内をぐるりと見渡すとさらに上に行けるのか、壁に梯子が設置してある。梯子の先は屋根裏に続く穴がぽっかりと口を開けていた。


「さらに上があるの?」

「そのようですわね……」


さっと見た限り、ここにも何か手掛かりになりそうなものはない。


「……とりあえず今のところはこれくらいでいいか。他にも似たような現象の話があるなら聞きたいし、できれば目撃者本人からもいろいろ聞きたい」

「でしたら私の友人に当たってみますわ。今朝ご挨拶させていただいたディア様は演劇部に所属しておりますし、怪奇現象が起きる前はよく講堂にも出入りしてましたの。何かわかるかもしれませんわ」

「へえ、じゃあその時は僕も同席させてもらおうかな」


軽い調子で言葉を交わしながら、二人は倉庫を出て階段を降りていく。

その背後――倉庫の天井が、カタンと小さく鳴った。

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