第15話 貴族学園怪奇現象事件Ⅰ
(一体どこにいるんだ、ラッジ……)
ティベリオは自宅の仕事部屋で、これまで集めたラッジの行方の手掛かりを整理していた。
ラッジが最後に目撃されたのは隣町のカフェ。
既に聞き込み済みだが、得られたのは「白衣を着たラッジらしきが一度だけカフェに来店し、誰かと一緒だった」ということだけ。
曖昧過ぎる情報で、この事はまだセシルに報告していない。
(あいつはラッジの事になると暴走気味になることが多いから……今は、まだ、伏せておいた方がいいな……)
「……はぁ」
ため息を吐いた途端、視界の端にハニーブロンドの髪がぬっと現れた。
「ため息をつくと幸せが逃げてしまいますわよ?」
「っ……!なんだ、ノエルか。脅かすなよ」
急に声をかけてきたのはティベリオの姪、ノエルだ。
貴族学園から帰ってきたばかりなのか制服姿のまま、優雅に巻き上げられた毛先を指先でくるくるともてあそんでいる。
「仕事部屋には入るなって言っただろ」
「あら、ちゃんとノックはしましてよ?それに何度呼んでもお返事なさらない叔父さまが悪いのですわ」
眉間に皺を寄せたティベリオに、ノエルは少しも悪びれず微笑む。
「……で、何の用だ」
「実はお願いがございますの。最近、私の学園で怪奇現象が相次いでおりまして、それを解決してほしいのですわ」
「俺は警察官だ、霊媒師じゃねえ。本職を当たれ」
「すでに先生達が神官様を呼んでお払いもしましたの!ですがその現象が止まることがなくて」
「マジかよ」
「マジですわ」
教師が動くほどなら、事態は軽くないらしい。
「その怪奇現象は特定の場所でしか起こりませんの。ですが既に怪我人が出ておりまして……もしかしたら、誰かが何かの目的で怪奇現象を起こしているのではと思いまして。叔父さまにそれを解決してほしいのですわ」
「そんなこといったてなぁ……」
可愛い姪っ子の頼みなら聞いてやりたいところではあるが、最近は忙しい身でラッジの捜索すらままならない。
その時、ティベリオの脳裏にセシルの姿が思い浮かんだ。
いた、暇そうなヤツが。
「よし、んじゃ俺の代わりにセシルを派遣してやるよ」
翌朝。
「……で、どうしてこうなったの?」
貴族学園に向かっている馬車の中で、ノエルの正面に不機嫌そうな顔のセシルが座っていた。
身に着けているのは貴族学校の男子生徒の制服だ。
ティベリオは朝一番にセシルの屋敷に押しかけ、無理矢理着替えさせてノエルが待つ馬車へと放り込んだのだ。
「俺は警察の仕事で忙しい。でもお前は暇だろ?適任じゃないか」
「僕も忙しいんだけど」
「どうせ依頼がない限り、だらだら寝転がってるだけだろ」
「そのだらだらするのに忙しいの」
「馬鹿言ってないで協力しろ」
「あたっ……」
だらしなく馬車の背もたれにもたれかかるセシルをティベリオが軽くどつく。
そして名案を思いついたとばかりに手を打った。
「よし、交換条件だ。もしこれを解決出来たら、グラシア百貨店でやってる『世界の人形展』に連れてってやるよ」
「ほんと!?」
途端にセシルの目が子供のように輝く。
グラシア百貨店とは魔法都市グラシアで一番大きな百貨店だ。
魔法科学を利用したかなり先進的な建物で、その最上階では現在『世界の人形展』というものが開催されている。
世界各国から集めた人形を展示しているだけなのだが、セシルが以前からそれに興味を持っていたことをティベリオは知っていた。
だからそれを餌にノエルの学園の調査を任せることにしたのだ。
「それならまぁ、依頼を受けてあげてもいいよ」
機嫌を直したセシルは不意に気が付いたように顔を上げる。
「でもさ、僕は部外者だよ?制服を着たところで門前払いされない?」
「安心しろ。警察の特権を使えばお前ひとりくらい編入させることなんて朝飯前だ」
「うわ、職権乱用」
どうやらティベリオは学園側に手を回し、セシルを編入生としてねじ込んだらしい。
「ノエル、学園でのこいつの面倒はたのんだぞ」
「おまかせください。セシル様、大船に乗ったつもりでいてくださいな!」
ノエルは気合十分だ。
「セシル、お前はノエルの従兄ってことになってるからな。へまするなよ」
「はいはい」
「はいは一回でいい」
「はーあーい」
セシルのやる気のない返事の余韻が消えるころ、ようやく学園の建物が見えてきた。
『グランディール学園』。
貴族令嬢や子息のみが通うことを許された、百年近い歴史を誇る由緒正しき学び舎だ。
石造りの校舎はただ古めかしいだけではなく、白大理石の装飾が随所に施され、訪れるものを圧倒する。
ノエルとセシルを送り届けたティベリオが仕事へ向かうのを見送った後、ノエルはセシルを伴って校舎に入る。
教室までの廊下を歩きながら、彼女は手際よく学園の構造を説明した。
大きく分けて建物は二つ。
ひとつは、通常授業で使う教室が並ぶメイン校舎。
四階建てで一階には職員室や食堂があり、二階から上には三学年分の教室が整然と並んでいる。
もうひとつは、渡り廊下でメイン校舎と繋がる特別教室棟。
こちらには講堂や図書館、音楽室、美術室など、専門授業に用いられる教室がまとめられている。
「問題の怪奇現象が起きるのは、特別教室棟にある講堂周辺なのです。そちらはお昼休みの時にご案内いたしますわ」
「今までどんな現象が起きたの?」
「それが……」
ノエルが答えようと口を開いた時、一人の女子生徒が軽やかに近付いてきた。
「ノエル様、ごきげんよう。今日は随分とお早いのですね?」
にこやかにそう微笑みながら挨拶をするのは茶色の髪を三つ編みにまとめた優しそうな顔立ちの少女だ。
「ごきげんよう、ディア様。本日から従兄がこちらに編入することになりましたの。それで少し早めに来て、学園の事を説明していましたのよ。セシル様、こちらクラスメイトで友人のヴェルディア・アインバート子爵令嬢ですわ。私はディア様と呼ばせていただいておりますの」
「ノエル様の従兄の方でしたか。ご挨拶が遅れて申し訳…………」
紹介を受けた子爵令嬢ヴェルディアはそこで初めてセシルの顔を見て、言葉を失った。
みるみる頬が赤く染まっていき硬直する。
「……ディア様?」
「はひっ!?」
ノエルが肩にそっと手を置くと、彼女はびくりと肩を震わせ両手で頬を抑える。
「わ、私、教室に戻って予習しなくてはっ……!!ノエル様、お先に失礼しますわーっ!」
ヴェルディアは淑女の礼儀を忘れたかのように慌てて駆け出し、教室のある方向に消えて行った。
「あらあら。セシル様の美貌にやられてしまったようですわね」
「美しいって、罪だよねぇ」
「ご自分で仰います?」
「事実だろう?」
「ふふ、確かに。羨ましいくらいですわ」
残された二人は楽し気にそんな言葉を交わしながら教室へと向かっていった。




