第10話 人体切断連続殺人事件Ⅵ
《グリモワール宝飾店》。
上流階級御用達のその名は、持ち主の格を示す一種の勲章のように扱われていた。
ティベリオとセシルは支配人に取り次いでもらい、カフスボタンの写真を見せ購入者について尋ねる。
現物は紛失しないように鑑識に置いてきたのだ。
しかし支配人は困惑したように眉をひそめた。
「申し訳ございません。いくら警察の方でも、顧客情報は一切お答えできない決まりでして……」
「これは連続殺人事件に関わる重要な捜査だ」
ティベリオが声を落とす。
「顧客を守るのも大事だろうが、次の被害者を出すわけにはいかない」
しばし逡巡した支配人は、額に汗を浮かべつつも記録簿を開いた。
「……警部殿、これ以上は外部に漏らさぬように願います」
「あぁ、約束しよう」
そして判明したのは、あのカフスボタンがシャルウッドの特注品だという事実だった。
セシルは思わず息を呑む。
今まで集めた情報はシャルウッドを連想させる。
しかしどれも決定打ではない。
モニカの目撃情報は「裕福そうな怪しい人物」、というだけでそれがシャルウッドだとも殺人犯だとも言えない。
病院で人形から聞いた告発も、シャルウッドが『人をたくさん壊した』という内容でそれが本当に殺人を指すのかはっきりしない。
殺人現場に落ちていたカフスボタンの持ち主がシャルウッドだと分かったのは大きいが、それだけでは殺人犯として訴える証拠にはならない。
支配人から情報を聞き出した二人は宝飾店を出る。
外の石畳の上で足を止め、ティベリオが口を開いた。
「なぜ現場にカフスボタンが落ちていたのか……直接、あの院長に聞いてみるか」
「えぇ……またあそこに行くの?僕、嫌なんだけど。さりげなくセクハラされたの、テディだって見てたろ?」
「あぁ、見てた。……まあ、あいつの趣味は置いといてだな」
「置いとけないよ!?」
「けど、院長室の人形からもっと詳しく話が聞けるかもしれないだろ?それにモルスの言ってた指紋が、やつのものか照合したい。俺が気を引くから、やつの使ってるペンか何か拝借して来い」
「……警官が盗みを唆すの?」
「リスクは承知の上だ。責任は俺がとる。退職に追い込まれたとしても、これ以上被害者を出すよりマシだ」
「……君って、そういうとこ無駄にかっこいいよね」
「そりゃどーも。ってことで、病院に戻るぞ」
「…………はあーい」
渋々返事をしたセシルを車に乗せ、ティベリオは病院への道を引き返した。
病院に戻るとシャルウッドは不在だった。
受付の看護師に尋ねればもうそろそろ戻る時刻だという。ティベリオとセシルは事件に関する大事な話があると頼み込み、院長室で待たせてもらうことになった。
「今がチャンスだな」
案内した看護師の足音が遠ざかるのを確認し、ティベリオは執務机のペン立てに手を伸ばす。
「ちょっと待った!」
セシルが小声で制し、袖を引っ張る。近付いてくる足音に気づいたのだ。
二人が慌てて椅子に腰を下ろすと同時にシャルウッドが入ってきた。
「お待たせしました、警部さん。あぁ、美しい方、またお会いできましたね。嬉しいです」
「……」
にこやかに笑みを浮かべるシャルウッド。だがセシルは一瞥すら与えず、無言で顔を背けた。
「つれない態度もまた美しい」
「うぉっほん。失礼、ハドン院長。少々確認したいことがありまして」
ティベリオが咳払いで空気を切り替え、ポケットからカフスボタンの写真を取り出す。
「このカフスボタン、見覚えがありますよね」
シャルウッドは素直に頷く。
「えぇ。私が宝飾店に注文したものです。うっかりどこかで落としたと思っていたのですが、これはどこに?」
「実はこれ、見つかったのは歓楽街の娼館なんですよ。しかも殺人現場に落ちていたんです」
「娼館の殺人現場……あぁ、なるほど。あまり大きい声では言えませんが、あの娼館は私の父のお気に入りでして。私も何度か行ったことがあるんです。ですから、きっとその時に落としたのでしょうね」
「……このカフスボタンには被害者の指紋がついていました」
「ならば、その方は親切に拾ってくださったのかもしれませんね。……そんな方が殺されるなんてお気の毒です」
にこやかな表情は崩れず、底が知れない。
「きっとその方は、心も容姿もとても綺麗な方だったんでしょうね……貴方のように」
すっとシャルウッドの視線がセシルを捉える。
そしてテーブルから身を乗り出しうっとりと熱のこもった視線でセシルを見つめた。
「その瞳も肌も本当に美しい、完璧です。……人形のようでありながら人間らしさも滲む……こんなに完璧に美しい方を私は見たことがありません」
「……………気持ち悪」
「あぁ、声まで美しいのですね!」
セシルの冷たい拒絶を受けても、シャルウッドの視線は逸れない。むしろその陶酔ぶりは増すばかりだ。
そこでティベリオは一芝居打つことにした。腹部を押さえ、苦し気に呻いて見せる。
「……うっ、く……急に、腹がっ……!」
「おやおや、大丈夫ですか?」
シャルウッドの視線がセシルから外れ、ティベリオに移る。彼は苦悶の表情を浮かべて突っ伏した。
「もしかして……っ、昼に食べたサンドイッチが、悪かったのかも……っ」
「それは大変だ。すぐ診察室へ参りましょう。私が診て差し上げます」
シャルウッドはすぐに立ち上がり、ティベリオの腕を支えて扉の方へ誘導する。
ティベリオは振り返りざまにちらりとセシルを見やり片目で合図を送った。ここに残って目的を果たせということだろう。
「……僕はここで待ってるから、早く診てもらってきなよ」
「あ、あぁ……すまないな……」
ティベリオは腹痛を装ったままシャルウッドに連れられ、院長室を後にした。
残されたセシルはすぐにハンカチを取り出すと、ペン立てから一本のペンを抜き取りくるむ。それをポケットに忍ばせると、棚の上でじっと見下ろしていた球体関節人形に視線を向けた。
「ねえ、聞かせてくれないかな?あの院長……シャルウッド・ハドンが人間に何をしているのか」




