渡る地中は鬼ばかり
地上に陽が昇れば、人々は平和を謳歌し、賑やかな街並みが広がる。だが、地中深くに広がる世界では――今日も焼きギョーザ派と冷やしギョーザ派の、終わることなき温度戦争が続いていた。
戦場は香ばしい匂いと氷気の入り混じる混沌。だが、争いの渦中にいる者たちは案外のんきで、ちょっとした世間話や取引を忘れない。ギョーザの理想の温度をめぐる戦いは、熾烈でありながらどこか滑稽でもある。
本作は、そんな“地中の戦国”を舞台にした一話完結の群像劇。個性豊かな地下の住人たちが、ギョーザを焼き、冷やし、奪い合い、ときに笑い、ときに泣く――少し不思議で、かなりおいしい物語だ。
さあ、腹を空かせて読み進めてほしい。地底の香りが、きっと鼻先まで届くはずだ。
・登場人物紹介
モグ山 モグ造
主人公。地中町に住む元気なモグラ。熱々の焼きギョーザを愛し、いつもフライパン片手に店の厨房で大暴れ。熱血タイプで短気だが根は優しい。ペンギンのアイスとは対立しつつも、実は良きライバルかつ親友。
南極 アイス(なんきょく あいす)
ペンギン。冷たいギョーザを愛するマイペースなクールキャラ。地中町の寒さに強いが、熱さには弱い。モグ造とは温度感覚で衝突しがちだが、互いに認め合う関係。
朝葉 パン子
朝葉軒の女将。明るく元気で、二人の熱いバトルにいつも呆れながらも見守る優しい母親的存在。料理の腕は確かで、地中町の人々からの信頼も厚い。
卓三
パン子の夫で、朝葉軒の料理長。無口で黙々とギョーザの皮を伸ばす職人気質。心優しく、妻と店とモグ造たちを静かに支える。料理に対する情熱は人一倍。
カラス(名前なし)
地中町の常連客で、朝葉軒の応援団長的存在。情報通で店のことなら何でも知っている。時にツッコミ役としても活躍。
愛野 ナツキ(あいの なつき)
地上から来たテレビリポーター。朝葉軒の取材に訪れ、モグ造とアイスの熱いバトルを面白おかしく伝える。明るく元気な女性。
「地中ギョーザ戦争!焼き立てvs冷やしの熱き闘い」
地中町の朝はいつもと変わらぬ賑わいで始まった。
モグ造は手慣れた様子でフライパンを振り、焼きギョーザを次々と仕上げていく。焼き加減は絶妙。皮はパリパリ、香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。
「これぞ地中の魂だ!」モグ造は自信満々に呟いた。
その一方で、アイスは冷蔵庫から冷たい皿にのせた冷やしギョーザを取り出し、すでに客席のカウンターに準備している。
「冷たさが命だ。これでこそギョーザの新境地」
モグ造は眉をひそめ、アイスの置いた冷たいギョーザをじっと見つめる。
「そんな冷えたの、誰が食うんだよ!」
店の女将、パン子が慌てて間に入った。
「まあまあ、どっちもおいしいのよ。どんな味もお客さん次第!」
厨房では卓三が皮を伸ばしながら、小さく頷いていた。
「どんなギョーザにも、それぞれの味がある…そうだろう?」
話は途切れたが、空気は少し和らいだ。
その時、店の入口にカラスが飛び込んできて騒ぎ出した。
「聞いてくれ!テレビ取材が決まったぞ!地中町の伝説のギョーザが全国に!」
店内は一瞬にしてざわついた。
「マジか!?これはチャンスだ!」モグ造は目を輝かせた。
アイスも少し驚いたが、「冷たいギョーザの価値も伝えなければ…」と決意を新たにした。
パン子は笑顔で、「さあ、みんなで力を合わせて最高のギョーザを作りましょう!」と声をかける。
取材当日。地中町には珍しく、緊張感が漂っていた。
朝葉軒の前には仮設の照明とカメラが設置され、地上からやってきたテレビスタッフたちが忙しなく動き回っている。看板には特製の旗が掲げられていた。
「地中初登場!焼きか冷やしか!? ギョーザ温度頂上決戦!」
その下で、モグ造とアイスが並んで仁王立ちしていた。
「絶対に負けねえ。オレの焼きギョーザは、地中を揺るがす熱さだからな!」
モグ造はフライパンを手に、気合十分。
「冷やしギョーザの静かなうまみは、舌で感じる芸術だ。声を荒げる必要はない」
アイスはひんやりした顔で、淡々と語った。
スタッフたちはそのコントのような温度差に戸惑いながらも、「これは絵になる」と早速カメラを回し始めた。
リポーターの愛野ナツキが、マイクを持って店内へ。
「本日は地中町に潜入取材!こちら朝葉軒では、“焼き”と“冷やし”、ふたつのギョーザが激突中とのことですが……モグ山さん、意気込みは?」
モグ造は背筋を伸ばし、フライパンを掲げた。
「焼きは情熱だ!熱けりゃ熱いほど、うまさが伝わるってもんよ!この皮のパリパリ音を、全国に響かせてやる!」
続いてナツキがアイスにマイクを向ける。
「ではアイスさん、冷やし派の主張をお願いします!」
「焼きには焼きの良さがある。しかし、冷たさには奥ゆかしさがある。ひとくち目で、その違いがわかるだろう。冷やしギョーザは…哲学だ」
「ギョーザが哲学!? はいカット!……いや、これおもしろいわ!」
ディレクターが思わず笑いながらうなずく。
パン子は厨房から様子を見守りながら、ギョーザをせっせと包んでいた。
「ほんと、うちのギョーザがここまで注目されるとはねぇ…」
そう言っても、手は止まらない。生地の厚み、具の配合、どれもパン子の熟練の技が冴えている。
黙って包み続ける卓三が、ぽつりとつぶやいた。
「……どちらも、包む気持ちは同じだ」
そのひと言に、パン子も思わず笑みをこぼした。
「そうね。あんたが包む皮は、あったかいのよ」
店内はあっという間に満席になった。焼きギョーザと冷やしギョーザ、両方を食べ比べる「温度対決セット」が人気メニューとして大盛況。
「うわ~焼きの皮、パリッパリで香ばしい!」
「いや、冷やしもさっぱりしてて最高よ?」
「どっちも捨てがたい!これ、選べって方がムリじゃないか!?」
客たちはそれぞれの好みで盛り上がり、店内はまるでギョーザフェス。
その様子を見て、モグ造がこっそりアイスに言った。
「なあ…これ、どっちが勝ちって話じゃなくなってねぇか?」
アイスは冷たいお茶をすすりながら答えた。
「最初からそうだ。勝ち負けではなく、旨さの“多様性”だ」
「…なんだよ、いいこと言うじゃねえか」
「たまにはな」
ふたりはどこか気恥ずかしそうに、視線を逸らした。
地中町の中央広場には、住民たちが集まり特設スクリーンの前に並んでいた。
「きたきた!朝葉軒の放送!」
映像には、フライパンをブン回すモグ造、氷をまぶしたギョーザを持つアイス、笑顔のパン子、寡黙に皮を包む卓三……そして、なぜかギョーザを手に「おしぼりで殴るな!」と叫ぶモグ造のカットまで。
「そこ放送すんなよっ!!!」
モグ造が思わず画面に突っ込む。
アイスはその様子を見て、クスリと笑った。
「まあ、熱くなれるってのは悪くないことだ」
放送が終わった翌日、朝葉軒は早朝から異常な混雑に見舞われていた。地中町の隣町からも、ギョーザを食べに訪れる客が列をなしていたのだ。
「すげえな……テレビの力ってのはこうも違うのか」
モグ造はエプロンを締め直し、気合を入れた。
「冷やし用の皿がもう無い。湯呑みで出すか?」
アイスは落ち着いた声ながら、ほんの少し嬉しそうだ。
パン子は厨房で声を張り上げる。
「卓三、皮の増産お願い!蒸し器の水も入れといて!モグ造、アイス、あんたたちも休まず回してね!」
「おう!」
「了解した」
まるで戦場のような店内で、焼きと冷やしのギョーザが飛ぶように売れていく。まさか“冷やしギョーザ”がブームになる日が来るとは、モグ造も想像していなかった。
「アイスよ……正直、冷たいのも悪くないと思ってたが、認めるのはちょっとシャクだった」
「俺も同じだ。焼きの音と香りには敵わないと、実は思っていた」
「なら、もう戦う必要ねぇんじゃねぇか?」
「戦う理由があるとすれば……どちらがより美味しく、町を元気にできるかだな」
ふたりは無言で頷き合い、ふたたび戦場に戻った。
その夜。嵐のような一日を終えた店に、ようやく静寂が戻る。
パン子はぐったりしながら椅子に腰かけ、卓三は目を閉じながら皮をこね続けていた(癖らしい)。
「まさか、あんなに混むとは思わなかったわ……」
「ギョーザが、地中町をひとつにしたな」卓三はつぶやいた。
「いや、ギョーザじゃないよ」
モグ造がぽつりと言った。
「ギョーザを通して、オレたちがちょっとだけわかり合えた。…それがデカい気がする」
「珍しく名言だな。熱で頭やられたか?」
アイスがすかさずツッコミを入れる。
「うるせぇよ!てか、冷やしすぎて頭キーンってなってんじゃねーのか!」
「…なった」
「やっぱなってんのかよ!」
みんなが笑った。
その光景を見ていたパン子は、小さく呟いた。
「こういうのが、一番おいしいのかもね……」
エピローグ ― 地中ギョーザは今日も戦う
翌週、地中町役場の掲示板にひとつのチラシが貼られた。
『第1回 地中ギョーザまつり開催決定!』
焼き vs 冷やし、そして“新・ぬるギョーザ”も参戦!?
あなたの一票で温度の未来が変わる!
モグ造「ちょっ…なんだこの“ぬるギョーザ”って!?聞いてねぇぞ!」
アイス「……パン子の仕業だな」
パン子は厨房でにっこり笑っていた。
「今度は、温度の“グラデーション”で勝負よ」
こうして、“地中ギョーザ温度戦争”はさらなる混沌を迎えることとなる。
熱くても、冷たくても、ぬるくても――
ギョーザを包む心に、変わりはない。
地中町の小さな中華食堂は、今日もどこかぬくもりのある笑い声で満たされていた。
【完】