勇者一行の”聴き“壁役やらせてもらってます。 〜壁役の私は、話を聴くたびに最強の盾を得る〜
「あなたの能力は、聴き壁、と言うものだそうです」
「は?」
この世界に来てしっかりと私に向けて言われた初めての言葉はそれだった。
召喚の際、名を問われると同時に私は彼らに斬りかかられ、共に召喚された水戸場と言う青年が前に立ち庇ってくれ、命を拾った。話し合いの場を設けられ、私はその席でそう言われたのだ。
意味不明な能力だったが、説明を受け、他人の話を聴けば聴くほど強化される魔法の盾。と言う理解でいいのだろう。なんだってそんな妙な能力を手に入れたのだろうか。水戸場と言う青年は勇者と呼ぶに相応しい能力値を持っていたので尚更自分の能力が謎すぎた。
謎に満ちた能力なぞ混乱を招くだけだと、それだけの理由で私は殺されかけたらしい。
ここはイルガルと呼ばれる国だそうで、そう大きい訳でもないが北の鎖国状態のメルクト国に書状を届けてほしいと私と水戸場は呼ばれたのだそうだ。メルクト国には瘴気が流れているらしく、普通の人間では立ち入れば狂ってしまう。と言う。
瘴気に耐性のある仲間は三人は揃えたが、それ以上は中々見つからず、今回の召喚に至ったと言う。
「ばーからし」
与えられた部屋でソファでぐでんとだらけているとノックの音がした。返事をすれば入ってきたのは水戸場だった。下の名前は忘れたが、別に名前なんて知らずともそれまでの仲だろう。と名前は聞かずにいた。
「早池さん、少々よろしいでしょうか?」
「何か用か」
「一度、街の方に降りてみろとの命令でしてね。街の営みを感じれば、もう少しあなたにもこの世界の人間への親しみを感じれるのでは、と」
黒いショートカットに銀縁眼鏡の涼やかだが整った綺麗な顔立ちの男、水戸場は人好きするような、言い換えれば貼り付けたような笑みで私にそう言った。召喚されて間もないころ、水戸場のことを突っぱねたことがあった。怒気を滲ませた顔をしていたが、それ以降は壁を作るように終始笑顔、まあたまにボロは出すが。
私はパーティの壁役として使われることが決まっていた。勇者パーティに参入するに当たり、水戸場も親交を深めようと努力はしたのだろうが、私はそれを拒否した。だから水戸場も自分を守るために線を設けたのだろう。別に仲良しごっこなんてせずとも、壁と話していても得るものなぞ何もない。
まあ、私たちを召喚したこの神殿は、私の非協力的な態度を気にしているようだった。街に出るのは明日でもいいかと水戸場に聞けば、ならば明日護衛の者と出向こう。と話を固めた。
そうして翌日、私は街に出た。はいいが、知らぬ道を水戸場に右手を握られ共に駆けていた。後ろからは怒声が轟き、護衛を伸した男たち数人に追われていた。
「黒を捕えろ! 決して逃すなよ! 良い値で売れる!」
「はあ、早池さん! 走って!」
「くっそ〜! 何が異世界転移だよ!」
この世界には色階と言うものがある。自身の持つ色でランクを決められると言うものだ。白は尊く、黒は忌色。白に近ければ近いほど尊ばれ、黒に近ければ近いほど忌むべきものだと言われる。そう言う習慣、文化、歴史がこの世界にはあった。
それのせいで私と水戸場は追われていた。護衛にはフードを深く被り、決して髪色を見せてはいけないと強く言われた。
しかし水戸場も私も突風で長いローブに着いたフードが一瞬はだけたのだ。その一瞬をあの男たちは見逃さなかった。少々人通りの少ない通りで護衛が襲われ、私と水戸場は今、逃げている最中だった。
「水戸場ァ! お前、戦えるか!?」
「あなたが壁役になってくださるなら良いですよ!」
「やっぱりもうちょっと逃げよう」
「あなた何から何まで逃げ出しますねえ!」
どう言う意味だよ。と問いたくても息が上がって問うことはしなかった。
徐々に足が重くなってゆく。片腹が痛いと悲鳴をあげたい。右手は前を走る水戸場に掴まれていたが、徐々に引っ張られるようになる。水戸場が何度も発破を私にかけるが、意思とは反対に体が鈍ってゆく。
そうして袋小路に辿り着いてしまった。どん詰まりだ。私も水戸場も、肩で息をしながら一瞬呆然とした。腹の底が重く冷えてゆく。ばたばたと背後から男たちの足音が近づいてくる。
水戸場は一瞬だけ顔を歪ませたが、それをなかったかのように、私に笑みを浮かべて腰に下げていた剣を抜いた。
「早池さん、壁役になってくださいますか」
「水戸場……人を斬ったことは」
「現代日本に居たのにあるわけないでしょう」
水戸場は息を整えるように深呼吸を始めた。私も習うように深く息を吸って吐いた。男たちが袋小路に集まって、私は水戸場が落ち着くまで時間を稼ごうと、男に問うた。
「黒って、忌色なんじゃないですか? そんなにお高く売れるんです?」
「はは、なんだ? 観念したのか?」
「そうですね。だから最後に教えてほしいんです」
男は勝ち誇ったような笑みを浮かべて話し出す。
「黒ってのは数が少ないんだ。その上魔力量も多いと近年分かった。忌色と呼ぶのはやめましょう。なーんて声もあるが、コレクターには人気の商品だ。特にそっちの可哀想な男なんて、顔がいいから高値で売れる」
「へえ、良かったね水戸場。イケメンだって」
「何でそんな何も考えていない馬鹿みたいな表現を? ああ、能無しだからですか」
「お前のこと馬乗りにしてボコすぞ。私には盾があるからお前のことを一方的にボコれると忘れるなよ」
「おいおい、仲間割れすんなよ」
肩で息をしながら、水戸場に指を指して威嚇すると水戸場が益々馬鹿にしたような笑みを浮かべて私を見た。こいつこっちが時間稼いでやってんの分かってんのか? と私もこの状況に置いて短気になっていたので、売り言葉に買い言葉だった。
「水戸場ァ、お前、見た目悪役令嬢お兄さんのくせに生意気だぞ」
「そこは令息なのでは?」
「いやお前は令嬢お兄さんだッ!」
「馬鹿にしているんですね? そうですかそうですか」
「おい、お前ら俺らのこと無視す」
「黙らっしゃいっ!」
かっ、と水戸場が男の方を見て怒気を含んだ声で威嚇した。男たちもたじろぐような仕草を見せる。水戸場は私の方を向くと、剣を持っていない方の手で私の胸に指を突きつけた。
「早池さんあなた、非協力的すぎるとは思いますが、個人の意思を尊重すべきだと考え、あなたにはあまり関わらないつもりでしたがねえ。ここに来て一連托生なんですよ。壁が発動しなかったら、あなたのこと来世まで追いかけてぶん殴りますからね」
「ああ〜!? お前なんて来世それこそお綺麗でお上品な悪役令嬢におなりあそばせ〜?」
「おいお前ら」
「ぶっ飛ばす!」
けらけらと馬鹿にしたような笑みを水戸場に向けるとキレ散らかしたような声を上げ、近づいてきていた男の片手を剣で切り捨てた。男の悲鳴が上がるのと同時に、水戸場の前に出て迫り来る剣を壁で防いだ。一般的に言われるらしい魔法障壁のようなものを強くしたもの。と言うのが神殿の人間の言葉だった。
次々と迫る刃を壁で防ぎ、男たちの隙を水戸場に与える。水戸場も次々切り捨ててゆく。削がれた指やら手やら腕やらが血と共に地面に落ち、終わった頃には水戸場も私も血塗れになっていた。ローブの色は灰色なので目立つことこの上なかった。
「……これどうしましょうか」
「どうせ無法者だろう。放って神殿帰ろうよ」
「はあ〜……、少し、気が立っていましたね。我々は」
「これから先、旅して行ったらこう言うのにも狙われるのかねえ」
水戸場は剣を納め、共に表の通りに出ようと路地を歩く。表通りが近づくと水戸場が私を振り返って、私の右手を掴んだ。
「あなたとは一蓮托生、地獄行きですね?」
「お前勇者として功績あげたとか言って天国行くなよ。お前が居ない地獄は御免だぞ」
背後の光から水戸場の顔には影が差して見えた。赤く色づいた頬は果実のようで、日本人ではあるが白い陶器のような肌をしていた。血が散った顔。私にも血は被さっているのだろうが、彼ほどではないだろう。
綺麗な人形が笑っているようにも見える水戸場。私だけ。私たちだけしか知らないこの空間は、何だか特別なもののようにも思えた。
「……いつか、名前を教えるよ。ちゃんと水戸場を信用してもいいと思った時」
「ええ、その時はよろしくお願いします。僕、名乗ったのに覚えてもらえないこと、初めてでしたから」
「おうおう、そのツラの恩恵かよ。悪役令嬢お兄さん」
水戸場と共に表通りに出ようかとした最中に、神殿の人間が私たちを見つけた。私たちの無事を確認すると同時に、数名が奥の通路へと向かった。男たちの拿捕に向かったのだろう。数人指やら腕やら落としたが、まあ恨まれても早々仕返しに来られない神殿に居るし、一般人は狂う瘴気蔓延るメルクト国にゆくのだし、報復に来ることはほぼ無いと見ていいだろう。
水戸場の横顔を見る。光を受けて髪の黒さが際立つ。それは私もだろうが、一瞬息を呑むような美しさがこの男にはあった。よくこんなやつが日本に居たものだな。
ふ、と息を吐いて水戸場と護衛たちと共に神殿へと帰る。後日、神殿から私のこの世界への心象が益々悪くなったのでは無いかと探りがあったが、水戸場が面白そうな男だったので、こいつと居るならそう悪くはないだろう。と思っていると堂々と探りに来たパーティのメンツにそう告げた。
今はまだ分からぬメルクト国だったが、水戸場よりおかしな面白いやつに会いに行けるのかと思うと少々胸が躍るのだった。
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こちらの連載作品の一幕となります。
『勇者一行の”聴き“壁役やらせてもらってます。 〜壁役の私は、話を聴くたびに最強の盾を得る〜』
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