最初の試練
男性の人間として生きていた頃、女性にあこがれを抱き、現世での苦悩の果てに自殺後、転生し女悪魔となったメデューサ・リョ―ドル。彼女は、ようやく手に入れた女性としての「生」にこの上ない喜びを感じていた。その魔力は強力であったが、彼女には強い使命感があった。それは、強大な魔力を私利私欲に使わずに、恵まれない人、弱き人のために使うということであった。自らの魔力を発動させる動機は、常に人を喜ばせるため、人を救うためであった。孤独に世界をめぐり、小さな人助けを重ねて生きてきたメデューサ。そんなある日、彼女はひとりの純朴な女性に出会い、彼女を弟子の悪魔として迎え入れ、運命が変わる―。
えみるが魔法を次々と習得していったある日、りょーくんはふとえみるに持ち掛けた。
「そろそろ、試してみようか。えみるの魔法の力を。」
えみるはそれにきょとんとしていた。
「試して、みる……?」
りょーくんは頷いて言った。
「ああ、実際に世界を少し変えてみせるのだよ……何かおあつらえ向きの案件があればすぐにえみるに魔法を使って解決してもらいたいんだけど―。」
えみるは、少しためらいがちに首を縦に振って言った。
「うん、わかった、ちょっと不安だけど……りょーくんがついていてくれるなら、やってみるよ。」
かくして、えみるに最初の試練がやってきた。りょーくんに連れられて向かったのは、あるマンションの屋上。
「いい?えみる。ここの部屋の一室では、男どもふたりが女性を強姦しているの。部屋に入って、そいつらの悪意を奪い取って、私たちの活力に変換する魔法を今から実行していくから―えみる、準備は大丈夫?」
りょーくんにきかれて、えみるは口をきゅっと一文字に結んで、こくんと頷いた。
「無理やり人をいじめているなんて、放っておけるわけない。りょーくんと一緒に、悪事をやめさせてやるから。」
えみるの瞳は、真っ赤な憎悪の炎に燃えていた。りょーくんは満足げにえみるの表情を見つめると、えみるを連れて部屋の中へと入っていった。
部屋の中では、もうすでにかなり泥酔させられた女性が無理やり二人組の男に責め立てられていた。
「ねぇねぇ、お兄さんたち。」
まずはりょーくんがふたりの注意を惹きつける。まずはいつにもまして甘く低い声で、色気を出して誘い出す。
「ん?な、なんだ。誰だ?勝手に部屋に入ってくるって。」
ひとりの男はかなり動揺している様子だ。
「勝手にひとを部屋に連れ込んで暴力をふるっているのはあんたたちじゃないの?」
りょーくんは少しどすの効いた声で男たちに問い詰める。
「か、勝手に、って、この女、もうかなり酔ってたから、部屋に入れてやっただけですよ。それに、結構気持ちよくしてくれてるんだし。あんたら、見かけない感じの人だけど、どこのどなただい?不法侵入で訴えるぞ?」
もうひとりの男がかなり早口でまくし立てる。
「……ふうん?私たちをあまり甘く見ない方が……いいと思うけどぉ?」
言葉とともに、りょーくんはふたりの男にそれぞれの手をかざした。すると、りょーくんの周りに炎の渦が出来上がり、男たちの心臓から何かが炎の中に吸い込まれるような強い突風が吹いていた。
「ふふふ、あんたたちの悪意は、この私が奪い取ってやる……しばらく起き上がれば、しないよ……。ほら、えみるもやってごらん。怖くないから……あなたも、私と同じような感じで、この男たちに手をかざしてみて?」
様子を呆然と眺めていたえみるに、りょーくんは促した。えみるも、おずおずとふたりの男に手をかざす。いくらか炎は小さかったが、えみるの周りにも、男たちの心から何かが吸い取られていくようだった。
ふたりの悪魔の周りの炎は真っ赤に燃え続け、男たちは今やその炎の前になすすべもなかった。
突風はしばらく吹き続けていたが、やがてぱたりとおさまり、りょーくんの周りの炎も消えていた。ふたりの男はぐったりと力なく横たわり、眠っているようだった。
「このふたりは当面目を覚まさないよ。そして、彼らの悪意は今もう消え失せた。彼らの命には別条はないよ。さて、とりあえずこの女の人を助け出そうか。」
女の人はかなり酔っぱらってしまっていたが、しばらくして気を取り戻したらしく、事態が分からず唖然としていた。しかし、ふたりが事情を説明すると、いたく感謝してくれた。
「あ、ありがとうございました……あの人たちは私の上司なんですが、前から私のことをしつこく追い回していて……今日も、私が断り切れずに飲みについていったら―意識がなくなるまで飲まされて、それでいつの間にか部屋に連れ込まれて……そこから先のことは覚えていません。」
女性は少し取り乱していたが、なんとか自力で家まで帰っていった。それを見送ってからりょーくんはえみるに提案した。
「ふう、一件落着ね。えみるもよくやったね。それじゃあ、ご褒美にこれから飲みにいかない?」
「え、いいの?でも……私お酒だめで……どうしようかな。」
「じゃあ、ノンアルコールでもいいよ?とにかく、ふたりで記念に乾杯しようか。」
雲が少しずつ晴れていく星空の下、ふたりの悪魔は静かに手をつなぎながら街を歩いていく。