苦悩
男性の人間として生きていた頃、女性にあこがれを抱き、現世での苦悩の果てに自殺後、転生し女悪魔となったメデューサ・リョ―ドル。彼女は、ようやく手に入れた女性としての「生」にこの上ない喜びを感じていた。その魔力は強力であったが、彼女には強い使命感があった。それは、強大な魔力を私利私欲に使わずに、恵まれない人、弱き人のために使うということであった。自らの魔力を発動させる動機は、常に人を喜ばせるため、人を救うためであった。孤独に世界をめぐり、小さな人助けを重ねて生きてきたメデューサ。そんなある日、彼女はひとりの純朴な女性に出会い、運命が変わる―。
えみるはりょーくんの指導のもとで着々と魔法を覚えていた。
「ふふふ、今からお手本を見せるね……この木の下で実験してみよう、例えば、あの枝を人間に見立てて、模範演技をしてみるね?」
りょーくんの瞳から妖しげで真っ赤な光線が放たれ、青々と茂っていた枝葉は完全に凍り付き、硬直化して生気を失ってしまった。
「……‼」
えみるはその姿にあっけにとられており、声が出なかった。
「ふふふ、これはゴルゴンの力。瞳で睨みつけた相手を凍り付かせてしまうことの出来る魔法。私の魔法の真髄。生命には影響はないけど、2日ほどはこれを浴びた人間は意識を失ってしまうの。」
そう得意げに話すりょーくんだったが、次の瞬間にはピンと指を立ててこう言った。
「―ただし、これは、扱いに注意が必要だ。よほどの危害をひとに加えたりしている人にのみ使うものだ。そして―相手を凍り付かせたら、相手の邪悪な意識を吸い取るのだ。そして、そのエネルギーは、更なる魔力のために変換する。これが私の魔法というものだ。けれど、出来ることなら、この魔法は使わない方が良い。えみるも、覚えておいてほしい。」
りょーくんの真剣でどこか哀しげな表情に、えみるは悪魔としての苦悩を感じ取った。りょーくんから様々な魔法を教わり、習得する中で、りょーくんの強大な魔力をまざまざと見せつけられた。妖艶な肢体から数々の魔法を繰り出すりょーくんは、さぞや快感なのかと推し量っていた。しかし、りょーくんはそれでもなお、何かためらいのようなものを感じているようだった。「出来ることなら、この魔法は使わない方が良い」という言葉に、それが凝縮されている気がした。
「……私のしていることは、あくまで絶対悪を懲らしめるためのものであって―これが絶対的な解決方法ではないの。私っておかしいよね、自分からすすんで悪魔になり、強大な力を手に入れて、弱きもののためと言って世に見せつけてきたのだから……。」
頭を抱えるりょーくんに、えみるはそっと手を差し伸べた。
「……ううん、りょーくんは、おかしくなんかないよ。だって、私を助けてくれたあの夜だって―私が怖い人たちに言い寄られてどうしようもなかったのを見て、必死に追い払ってくれたんだもの。それに……あなたはとっても人の気持ちに敏感で、人嫌いのようでいて人が好きで―不器用なのかもしれないけど、それでも、あなたのまっすぐな志って素敵。きっと……あなたは思うがままの姿の自分になれているから、そんな苦しみを感じているのではないの?人間だったころ、きっと、自分の気持ちを押し殺していることが何度もあったと思う。だから、今、あこがれていた姿になれて、あなた自身も戸惑っているんだと思う。でもね、本当はりょーくんが人間だったころに自分の生きたいように生きられていれば、あなたが今もこんなに悩んでいることはなかったのかもしれないって私は思うんだ。あなたの悩みは簡単には消えないかもしれない。それは、魔法でも解決出来ないのかもね。でも……だからこそ、私が、あなたの気持ち、何もかもを受け止めてあげたいって思ってるよ。」
えみるの語りに、りょーくんはそっと手を重ね、大粒の涙をこぼした。
「―ありがとう。すまないね、私は、見かけは強くて妖しげで、人を寄せ付けないように振る舞ってきたけれど―ひとりでいることは、本当は寂しいんだ。だから、あなただけでも、このか弱い私の苦しみを、わかってくれたら、私も救われる。あなたが今、私の苦しみに寄り添ってくれたことで、私の心が溶けていくのを感じる。私は―どんなに強くなろうと、弱さからは逃れられないんだ……だから、その弱さをあなたが受け入れてくれるのであれば、私は、どんなに幸せなことか……うう……ぐすんぐすん……。」
りょーくんの慟哭に、えみるは微笑を浮かべながら、そっと彼女の頭を愛撫して慈しんでいた。そこに言葉はなかったが……えみるの手からりょーくんに向けて確かな愛が放射されていた。