抱擁
男性の人間として生きていた頃、女性にあこがれを抱き、現世での苦悩の果てに自殺後、転生し女悪魔となったメデューサ・リョ―ドル。彼女は、ようやく手に入れた女性としての「生」にこの上ない喜びを感じていた。その魔力は強力であったが、彼女には強い使命感があった。それは、強大な魔力を私利私欲に使わずに、恵まれない人、弱き人のために使うということであった。自らの魔力を発動させる動機は、常に人を喜ばせるため、人を救うためであった。孤独に世界をめぐり、小さな人助けを重ねて生きてきたメデューサ。そんなある日、彼女はひとりの純朴な女性に出会い、運命が変わる―。
「……うん、りょーくん、よろしくね。私、りょーくんに魔法を教わって、もっと強くなりたい。もっと悪魔らしくなりたい。そして、ひどりぼっちでずっと抱え込んでいたりょーくんの支えになりたい……りょーくん、これからは私に、あなたの本当の姿を、見せてほしい。私、どんなりょーくんでも、全力で受け止めるから……。りょーくんに思いを伝えてもらって、戸惑ってなんかいないよ。むしろ、うれしかった。あなたが何者であろうと、私はあなたのことを愛している。だから……ずっと、私をそばにいさせて。」
えみるはりょーくんの思いに対し、切々と語った。りょーくんはじっとそれをきいていたが、やがて無言のままそっと手を広げて、えみると抱擁を交わした。言葉はなかったが、そこにりょーくんの静かな歓喜がみなぎっていた。えみるは、りょーくんの弾力があり柔らかい胸の触感に一瞬ドキッとしたが、それと同時に、そこにりょーくんの苦悩や憧れ、誇り、恥じらいなど、あらゆるものが積み重なっているのをひしひしと感じ取った。
「……りょーくんの胸、とってもあったかい……それと……柔らかい……。」
えみるも、りょーくんと同じ女の子のはずだが、彼女はその豊かなバストを前に、禁断の果実を味わっているような背徳感と興奮を感じ取っていた。
「……かわいいなぁ、えみるは。」
りょーくんも少し恥じらいの表情を示しつつも、そっとえみるの頭を愛撫する。その愛撫する手の皺に、えみるはりょーくんの労苦の跡を見て取った。
「ねぇ、りょーくん。正直に言って。あなたは、今まで、悩みをひとに相談してきたことはあったの?」
りょーくんはにこっと寂しげな笑顔をえみるに向けると、こう返した。
「ふふっ、殆ど誰にも、ないよ。私はいつも、自分で自分を必死に言い聞かせて―あらゆる困難に立ち向かっていた。人間としても、悪魔としても、ね。」
えみるはりょーくんの手にそっと自分の手を重ねて言った。
「誰にも相談せずに今まで、どれだけの悩みを溜め込んできたの……?」
りょーくんはほうっとひと息つくと淡々と答えた。
「わからない。ただ……私がこれまで悩み苦しんだ分だけ、その力は私の魔力となり、人々の幸せのために使う事が出来るのだよ……。」
更にりょーくんは続けた。
「私がかつて、力も味方もないが故に悩み苦しんだことを思い返すと、この世のひとりでも多くの人々を、そうした苦しみから救うために、私は力を使いたいと思うのだ。そして、第一に、えみるを幸せにしたい。そして―えみるとともに、世界を少しずつ変えたい。えみる、これからよろしく頼む、ね……?」
りょーくんはえみるの手を取りながら、少し潤んだ瞳で見つめていた。
「うん……りょーくん、よろしくね。私はまだ弱くて何もできないけど。」
すると、りょーくんはかすれるほどの小さな声でこう言った。
「……これから先……私の醜いところや、汚いところをあなたに晒してしまうかもしれない。私がもし、あらぬ方向へ歩み出していたら、私の袖を掴んででも、全力で止めてはくれないか……?そして、私を見捨てないでほしい。お願いだ。」
えみるは、少し微笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、またりょーくんったら、そんなに私があなたのもとを離れちゃうのが不安なの?私はどこへも行かない。ただ、りょーくんのそばにいて、りょーくんと一緒に、幸せを生み出していこうと思う。……だから、まだ私の知らないこと、いっぱい教えてほしいな。魔法でも、世界でも、りょーくんの内面でも。」
りょーくんはほっと溜息をつき、言った。
「ああ、良かった。夢みたい、私の目の前にこんなに素敵な子が現れるなんて……。ふふ、私こそ、あなたにはたくさんたくさん知っていることを教えていきたいし、あなたからも私の知らないことを教わりたい。……だから、よろしく、ね?」
星空の下、ふたりの悪魔が初々しい語らいを織りなしていた。