告白
男性の人間として生きていた頃、女性にあこがれを抱き、現世での苦悩の果てに自殺後、転生し女悪魔となったメデューサ・リョ―ドル(通称、りょーくん)。彼女は、ようやく手に入れた女性としての「生」にこの上ない喜びを感じていた。その魔力は強力であったが、彼女には強い使命感があった。それは、強大な魔力を私利私欲に使わずに、恵まれない人、弱き人のために使うということであった。自らの魔力を発動させる動機は、常に人を喜ばせるため、人を救うためであった。孤独に世界をめぐり、小さな人助けを重ねて生きてきたメデューサ。そんなある日、彼女はひとりの純朴な女性に出会い、運命が変わる―。
女悪魔となったえみるはりょーくんの指導の下で、悪魔としての修業を始めた。文字通り、マンツーマンでの指導。杖を使ったり、手をかざしたり、呪文を唱えたり。小さい頃、漫画で夢見た魔法を、今血肉化しようとしている。えみるはそう思うと胸が高鳴って来た。
「……そう、そう、呪文は……うんと、あともう少しかな。そう、私がもう1回やってみせるから、よく聞いてて。」
そうはいっても、魔法を使うというのは想像以上に体力も気力も消耗するものだった。
「えみる、なかなか飲みこみがいいね。今日1日で外で使えるだけの魔法は覚えられたのではないの。」
りょーくんに言われてえみるは少し頬を赤らめた。
「え、本当?でも、私、すぐに呪文間違えたり、手のかざし方とか間違えたりしてたよ?」
「ううん、大丈夫。最初はだれでもこんなもの。たくさん間違えて、大きくなればいいんだよ。間違えた分だけ、確実に正解への道は拓けてくるから。」
えみるはほっと息をついた。魔法の師匠であるりょーくんのそんな励ましがじーんと心にしみた。
「りょーくんって、その、私がこんなこと言うのもなんだけど、教え方、うまいなって、褒めるのがうまいから、疲れても、まだ続けようか、って思えるっていうか……。」
すると、りょーくんは、えみるの頭をポンポンして、
「ふふ、えみるも、ほめ上手だねぇ。えみるが一生懸命やってくれる姿見てると、私ももっともっとえみるに教えてあげなくちゃって気持ちになるんだよ。いい子だね。」
その日のお風呂。ふたりで沐浴風呂に浸かり、ふたりで疲れをとっていた。
「今夜は星空が綺麗だね。雲一つない、満点の星空。」
えみるの瞳は美しく、青色に輝いている。その透き通った眼に、りょーくんは眩しさを覚えた。悪魔にはもったいなさすぎるほどの輝きに満ちている。
「あ、流れ星だ。」
りょーくんが流れ星を指さすやいなや、えみるは何か祈りの姿勢をとっていた。
「……どうしたの、えみる?」
「……この世に生まれ落ちたあらゆる弱きものたちが、どうか絶望に飲みこまれませんように。どうか、みんなが、ほんの少しでも、微笑める日々を送れますようにって、お願いしていたの。」
りょーくんの胸はきゅんと締め付けられるような、でも温かい感覚になった。
「そっか……えみるはいい子だね。流石は私の弟子。人の幸せを願うことが出来るって、素敵だね。」
りょーくんはえみるの頭をそっとなでなでした。
「……ふふふ、でも、私思うの。悪魔がこんなことを考えるのってちょっとおかしくないかなって。」
えみるは上目遣いにりょーくんを見つめる。
「……おかしくはないさ。大きな力を持つものだからこそ、その祈りは誰にもまして大きなものになるだろうから。まあ、確かにちょっと滑稽だよね。人間に忍び寄っては悪さをするはずの存在が人間の幸せを願うなんて。でも、私は少なくとも―見境なく人間を不幸にする真似はしないと決めているから、えみるが祈ってくれてうれしい。」
りょーくんはえみるの頬に手をそっと当てて言った。
「私がずっと心の中で、願い続けてきたことを、えみるが口に出してくれたんだ。私はずっと孤独に世界を裏から少しだけ変えてきた。誰にも媚びることもなく、誰にも見返りを求めることもなく。けれど―今はここにひとり、私の心を分かち合ってくれる子が現れた。あなただ。」
えみるの頬が紅潮した。それが決して、お風呂で身体が温まったからというのではないことはりょーくんにはすぐに分かった。
「ふふ、りょーくんったら、そんな詩人みたいに言わないでよ、恥ずかしくなっちゃうじゃない。」
えみるは少し笑っていた。その屈託のない笑顔もまた無邪気で可愛かった。
「ははは、からかってるわけじゃないよ。―そのうち、私の心の内をありったけあなたに晒す日が来ると思うのだけれど、孤独だった私に光を灯してくれたのは、えみる、あなただったんだよ。」
えみるはりょーくんの言葉に、
「えへへ、りょーくんって、結構ピュアなんだね。見た目は恐ろしくて、セクシーなのに。」
「私のどこが恐ろしいって言うの?こら、えみる、懲らしめてやるぞ。」
りょーくんのおどけた声。ふたりはしばし談笑を楽しみ、その笑い声が夜空にこだましていた。
「ねぇ……えみる。折り入って話があるんだ。」
他愛のない話がひと段落して、意を決したように切り出すりょーくんの真剣な表情。えみるは大きな瞳を丸くして、背筋を伸ばしてりょーくんの方を向いた。
「うん、聞くよ。」
えみるの言葉を受け、りょーくんは、しばし沈黙したのち、やおら口を開いた。
「……えみるのことが好きだ。だから、師弟としてというよりも―恋人として、これからともに生きて行ってほしい……私は女だ。さらに言えば、元は男……そんな私に思いを伝えられて、今あなたが戸惑うのは想像できる……でも、あなたは誰よりも、私の心をわかってくれている。世界で一番に。孤独だった私の石のような心が、あなたの澄んだ心によって、溶けていくのを感じている。だから……えみる、どうかそばにいてほしい。」
えみるは、りょーくんの告白をきいてしばし考え込んでいた。満点の星空の下、ふたりの悪魔の心の灯が一層煌々と光を放っていた。