交流
孤独な女悪魔メデューサは、ある日街でえみるという女性を助けたことがきっかけで交流を深める。その純朴な姿に心惹かれたメデューサは、えみるに対して悪魔にならないかという提案を持ちかける。
「え、それじゃあ、最初の質問を改めてするけど―あなたは、私と一緒に悪魔として暮らさない?」
改めての問いかけに、えみるは静かに首を縦に振った。
これは予想外だった。メデューサは、流石に断るだろうと思っていたのだ。
「え、本当に悪魔になりたいの……?」
「うん、いいですよ。私、ひとりぼっちで失うものはないのですから。人間として生きていても仕方ないし……あなたも、ずっとひとりぼっちだったんですよね?」
えみるの質問に対してメデューサは、それまで蓋をしていたものをこじ開けられるような感覚に襲われた。
「う、うん……ずっとひとりだったよ。誰も味方はいなかった……。」
思わず目頭が熱くなってしまったのを、メデューサははっきりと感じ取っていた。彼女の青紫色の眼に光るものがあった。
「やっぱりー、だって私昨日助けられたときから、ずっとメデューサさんと似た者同士だなって思っていたんですよ?」
えみるは屈託のない笑顔でそう言っていた。だが、その笑顔の裏には無数の孤独が積み重なっているのである。メデューサは、えみるに対して更に訊いた。
「……寂しかったの?」
えみるは少しうん、と頷きつつも、
「でも、今は寂しくないですよ?」
と加え、続けた。
「メデューサさんみたいな素敵な人が目の前にいて、私は幸せなんです。」
メデューサは、思わず耳を疑った。仮にも異形の身の自分が、人間にそう言われる日が来るとは考えてもいなかったのだ。
「……メデューサさんって、自分に正直に向き合ってるじゃないですか。そして、人のこともとても大事にしてくれる。嘘偽りなく話してくれる。そんなところが、とっても、心惹かれるなって、思ったんです……。」
えみるは少し微笑んで、顔を赤らめながら静かにうつむいた。
メデューサとしては、自分がこのように受け入れられることがあまりにも意外で、現実を受け止め切れていなかった。だが、このえみるの純粋な言葉に、もはやためらう必要はなかった。
「じゃあ、えみるさん……よろしくね。……きっと、きっと、えみるさんを幸せにするから……。」
気が付けば、メデューサはえみるを抱きしめていた。えみるは少し恥ずかしそうにしながらも、そっと抱き返してきた。
こうしてメデューサは山奥の自分の家―魔法で作った、自分の理想の隠れ家―でえみるとの共同生活を始めた。えみるに対しては、遠慮せず、とりあえず普通の友だちのような感覚で接してほしいと言ったが、えみるが「メデューサさん」と恭しく呼んでくるたびに違和感を禁じ得なかった。そこで、メデューサは思い切ってこう切り出した。
「ねえ、私の悪魔としての本名って、メデューサ・リョ―ドルって言うんだけど―それにちなんでりょーくんって呼んでくれない?」
実は、「りょーくん」という渾名は、生前の彼女(彼)の呼び名であった。彼女は、生まれ変わったとはいえ、「メデューサ」と呼ばれることに抵抗があった。人間の頃から生き続けている魂が、「りょーくん」としての自分を捨てきれていなかったのである。
「うん、いいよ―りょーくん、か。ふふ、なんか、あなたに似合ってるね。」
えみるはそれ以来、ずっとりょーくん、と呼ぶようになった。それと同時に彼女は日に日にフランクになっていた。例えば、寝室はりょーくんとえみるでツインベッドをそれぞれ使っていたのだが、えみるの方が眠れないからとりょーくんのもとに潜り込んでくるなど、えみるはかなりの甘え体質であった。
「ちょ、ちょ、暑苦しいじゃない。」
りょーくんも思わずえみるをはねのけようとするが、えみるはりょーくんのもとにべたべたくっついて離れない。りょーくんはこの姿に思わず羞恥を感じるほどであった。彼女はめったにそうした感覚を引きおこされることはないのだが、えみるのこの姿をこらえることはできなかった。
「りょーくん。」
えみるは、りょーくんのわきの下をつんつんしてきた。そこは、彼女にとって、いちばんの「弱点」だった。
「あ、あははは、あはははは、ひひひ、え、えみる、やめてっ、はははは……。」
りょーくんがくすぐったさのあまり笑うので、えみるも悪乗りを始めた。
「さて―りょーくんでもっと遊ばなきゃ、ね?」
えみるはりょーくんの身体のありとあらゆる箇所をくすぐっては彼女の反応を容赦なく試してきた。くすぐったがればますますその箇所をくすぐってきたし、こらえていても、しばらく同じ箇所をいじって我慢の限界に到達させる。
「え、えみる……私は仮にも、それなりの力を携えた悪魔なんだよ?あんまりいたずらすると……わかってるよね?」
りょーくんは脅しのためにわざと青紫色の眼を妖しく光らせた。するとえみるは怖がるどころか、
「ふふ、いいよ、りょーくんが私を懲らしめるなら、私どこまでも受けとめるから。――あなたの全部、私に見せて。光も、闇も。……一緒に、堕ちようね、りょーくん。」
とますます挑発的になってくる。この娘が一枚上手なのだとりょーくんは気づかされた。
「ふふっ、積極的な子は好きだよ……とりあえず、私のドレスを脱がせてくれる?一緒に堕ちるにも、服が邪魔だから。」
その晩、りょーくんとえみるは優しく微笑み合いながら、お互いの胸の内を、そっと語り合った。
「――私はただ、あなたを信じてるの。この前、初めて会ったあの日。私は初めて信じていいと思える人を見つけた。それがあなた。そして、あなたにも信じてもらいたいの。それが全て。」
えみるはそう語ると、りょーくんの頬に小さなキスをした。りょーくんはしばし頬を紅潮させ、呆然としていた。すると、えみるはりょーくんの耳元で囁く。
「さあ、約束して。あなたがこれまで、どれだけ迷って苦しんできたか、あなたの優しく切ない肌触りで知っている。初めて会ったあの日―私を必死で助けてくれた背中に孤独を感じてから―私はずっとりょーくんに恋してる。これからは、私があなたの味方。……ね、りょーくん?」
りょーくんはここで鳥肌が立った。りょーくんは決して言葉が上手くないうえ、意思伝達もぎこちない。しかし、それでも、そんな彼女の姿を、えみるは持ち前の鋭い勘で悟っており、そうしたりょーくんの姿までをも受けとめ、愛してくれていたのだ。
「―そこまで言うなら、ね。えみる。私も、いいかな。」
りょーくんはえみるに意思確認する前に、思わずえみるの頬にキスをしていた。少し不器用だけど、渾身の愛情表現だった。
「やだもう、りょーくんったら、ちょっと力入れすぎだよ。」
そう困惑するえみるの顔は大きく紅潮していた。
りょーくんはその恥じらいを目にして、思わず言った。
「ねえ、えみる。……その、私も、えみるの肌を、全身で感じ取りたいの。……いいかな?」
はじめ、えみるにべたべたされて感じていた恥じらいは、もはやそこに脱ぎ捨てた服のごとく、りょーくんからはぎ取られていた。
「……うん、そっと、お願い、ね。りょーくんなら、大丈夫。」
彼女は優しく微笑み、そっと両腕を差し出してくる。りょーくんは、その腕の中に、バッと飛び込んでいき、黒い爪でえみるの華奢な身体のラインをなぞり始めた。
「あ……う~ん……。」
えみるのあえぐ声が聞こえたので、少し力を加減した。
「りょーくん……うれしい……。」
月が優しくふたりのもとに差し込んでいた。