悪魔への誘い
「悪魔に、なる?」
えみるはきょとんとしていた。そのまっすぐなまなざしは、悪魔というもののあの字も知らない、そんなメッセージをはっきりと示していた。
「そう。えみるさんは、悪魔って―どんなイメージがあるの?」
えみるはしばし考え込んで言った。
「う~ん、何か、魔力を持っていて、人間をたぶらかしたり、人間と契約することで―心を奪ったり操ったりする存在?」
メデューサは予想通りの解答が来たので、すかさず言った。
「ふふ、そう思うよね。でも、こんな私も悪魔なの。じゃあ、昨夜、悪魔である私があなたを何で助けたかと思う?」
メデューサは少し微笑んでえみるに訊いた。
しばらく考え込んだのち、えみるはためらいがちにこう答えた。
「私の心を……奪うため?……でも、メデューサさんは悪い人には見えない。……もしあのまま、私が誘拐されてひどい目に遭っていたらって考えると―メデューサさんがたとえ私の心を盗んだって、その方がいいって思えたもの。」
えみるのこの反応に対して、メデューサは少し胸をなでおろしていた。普通の人であれば、本物の悪魔の接近に恐れをなして、ここで逃げ帰ってしまうだろう。ところが、この女性は偏見なく異形のメデューサに向かい合い続けているのだ。メデューサは、えみるがここで逃げ帰ってしまっても構わないと思っていたし、そうすればひとりでまた次の自分の使命を果たしに出かけようかと思っていた。その思惑に反してえみるは、メデューサをありのままに認めたうえで、それでも受け入れるという態度を表明したのだ。
「……そう。ふふ、正直言うと、あなたの心を盗みたいという自分勝手な気持ちがなかったわけじゃない。でも―私はあなたにただ幸せになってほしかった。だから、あの怪しい男どもを追い払うために魔力を使ったの。だから、私の魂胆を知っておきながら、それでも私を認めてくれる人が現れたことに感動しているの。ありがとう。」
メデューサは、無償の愛を与えるつもりでこれまであらゆる人間を助けてきた。礼も何も求めずに。しかし、内心では、助けた人間が自分に心酔してくれたら、という少し下劣な気持ちが垣間見えていたのも事実であった。そして、彼女は助けた人の内何人かには、自分が悪魔である旨告げてその反応を確かめていた。その反応は芳しいものではなかった。彼女が悪魔だと告げられた瞬間に逃げ帰ってしまう人、礼だけ言って足早に立ち去ってしまう人も多かった。その告白は、彼女にとっては一種の実験でもあった。せっかく自分に対して感謝の意を表明してくれている人を、メデューサの側からあえて興ざめさせる結果を招いても、彼女は本当のことを伝えたかったのだ。なぜなら、「彼女の本性を理解したうえで、自分に心酔してくれる人間」があわよくば現れるかもしれないという期待があったからだ。そして今―まさにその期待が報われるときが来ようとしていた。