ある孤独な女悪魔と少女の出会い
男性の人間として生きていた頃、女性にあこがれを抱き、現世での苦悩の果てに自殺後、転生し女悪魔となったメデューサ・リョ―ドル。彼女は、ようやく手に入れた女性としての「生」にこの上ない喜びを感じていた。その魔力は強力であったが、彼女には強い使命感があった。それは、強大な魔力を私利私欲に使わずに、恵まれない人、弱き人のために使うということであった。自らの魔力を発動させる動機は、常に人を喜ばせるため、人を救うためであった。孤独に世界をめぐり、小さな人助けを重ねて生きてきたメデューサ。そんなある日、彼女はひとりの純朴な女性に出会い、運命が変わる―。
「昨晩はどうも……あなたが無事でよかったよ。」
喫茶店で低く落ち着きがありつつどこか誘惑的な雰囲気を湛えた声で話すのは、悪魔メデューサ・リョ―ドルであった。悪魔といっても、今は黒いスリット入りのドレスを着て、妖艶な人間の女性の身なりをしている。
「いいえ、助けていただいたばかりかお礼までしてもらっちゃって……こんなこと初めてです。」
少し緊張してためらいがちに話すのは―えみるという人間の女性。この女性は、昨夜、性格の悪い男たちの誘拐に遭いかけたところをメデューサに救われたのであった。
「初めてなの?……誰かとお茶をするのは……?へえ、それはおめでたいねぇ。じゃあ、乾杯!」
メデューサは自分の注文したコーヒーのカップをえみるのカフェオレのカップとそっと突き合わせた。
「えっへっへ……なんだか、とってもうれしいです。今。」
帰り道、えみるは屈託のない眩しい笑顔でメデューサに向かって笑いかけてきた。メデューサにはそれがこの上なく尊く感じられてならなかった。
「うふふ、私もあなたと会えてうれしいよ。えみる。」
えみるは天涯孤独な20歳の女の子だった。どこにも居場所がなく、裏町でホームレス生活を送っていた時期もあったという。今も、風俗店で食いつないでいるときいた。昨夜の男たちは、そこでの顔見知りであったという。一度追っ払ったはいいものの、働いている店が知られてしまっている以上はもはや逃げ場がない。
「それじゃあさ、」
街外れの人気のない公園で、メデューサはえみるに囁いた。
「私と一緒に、悪魔にならない?」
そう。メデューサは強大な力を持っており、その力の中には、自分が見初めた者を悪魔にする力もあった。しかし、彼女は今まで一度もこの力を活かすことなく悪魔としての生を謳歌してきた。彼女は人間であった頃―そう、彼女が「彼」であった頃より、一匹狼の性格であった。人と交わり、他愛のない話を共有しあって暮らすよりも、ひとりで思索にふけるか本を読むなどという方が性に合っていたのだ。そして、悪魔になってからもずっと、仲間も作らず、他の悪魔と交流することもせず、自分の正義をただ孤独に模索することしかしてこなかったのだ。しかし、その彼女が、昨夜助けたこの女の子には即座に運命的な何かを感じ取ったのである。