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遥さんの家に戻った私達は、2人でソファに座って映画を見ている。
「…あの、遥さん。何もこの格好じゃなくても…。」
「んー、でも俺が落ち着くんだよね。さっきとても心配したから俺の腕の中にいて欲しいんだけど。ダメ?」
しゅんとした顔をする遥さんの本音は、私の反応を楽しんでいるようで、わざと表情を作っているらしい。
帰ってくるなり、遥さんは私を抱え、ソファに座った自分の足の間に座らせた。そのまま腕を回され、腰と顎を固定されると動けなくなる。
ぴきん、と固まる私の肩に顔を埋め、無事でよかったと言う声を聞くと、文句が言えない。落ち着かせるように頭を撫でると、擦り付けてくる遥さんが可愛いと思ってしまう。
「ごめんね、俺、君が怪我をしたらと思うと正気でいられないや。」
「…いえ、守ってくれてありがとうございました。」
「うん、守るよ。これからも俺が。」
決意するように腕に力がこもる。少し落ち着いた遥さんは、今日の残りの時間は、まったり映画でも見ようとテレビをつけ、アプリを起動した。好きな映画はあるかと聞かれ、チェックリストに気になるものと好きなものを入れていく。その中から、遥さんが選んで再生した。
隣に座り直そうとしたけど、遥さんに阻まれ、今の状況になってしまった。映画は、私が見た事のあるもので、内容が知っているからか、あまり頭に入ってこない。遥さんは、後ろから私を閉じこめるように腕を回して、時折首元に口付ける。その度に、ビクッとしてしまって、それが遥さんのお気に入りらしい。ビクビクする度に遥さんの『閉じ込めたい』という声が、大きくなっていくのが気になるが、この人は私が嫌がることはしないだろう。多分。
映画に集中出来なくなり、この人の腕の中から出ることを諦めた私は、そのまま遥さんに凭れるように体重をかける。見上げると、私を見下ろしながら、驚いている遥さんが見える。
「詩音ちゃんって猫みたいだよね。」
「猫?」
「うん、普段警戒心強いのにたまに擦り寄ってくるところが堪らない。可愛い。」
この間の会話の、思ってもみなかった理由に唖然としてしまう。そして、何がこの人のツボを刺激したのか、愛を囁く声が大きくなっていく。
『可愛い。好きだ。すごく可愛い。愛してる。』
聞こえる声に恥ずかしくなり、そっと目を逸らすと、額に口付けが降ってくる。目が合うと、穏やかに笑うその顔を見て、ストンと落ちた。
ーーー好きだ。
私にとっても、この人は初恋のようだ。落ちてきた、しっくりくるその言葉を、遥さんに告げたらどうなるのだろう。喜んでくれることは分かりきっているが、私には少し勇気がいる。
会話の中でさりげなく言ってみようと思った私は、遥さんに話しかける。
「遥さんって猫が好きなんですか?」
「んー、飼いたいほどではないけど好きだよ。」
「じゃあ、猫か犬だと?」
「猫かなぁ。」
私がいきなり質問してきたことに、びっくりしているみたいだ。そんな遥さんの声をスルーして続ける。
「好きな食べ物は何ですか?」
「んー、改めて聞かれると難しいよね。クリームパスタかなぁ?」
「遥さんっぽいですね。じゃあ苦手なものは?」
「俺っぽいかな?苦手なものは貝類かな。独特な感じが少し苦手。」
「あー、分かります。私もそこまで好きじゃないです。じゃあ趣味は?」
「カフェ巡りかな。海外とかでも美味しいところを探すのにハマってる。詩音ちゃんは?」
「私は音楽を聴くのが好きです。遥さんはなんかオシャレな趣味ですね。じゃあ…。」
「なに?俺のことそんなに知りたい?」
「…知りたいですよ。…好きな人のことは。」
ドキドキと心臓の音がうるさい。緊張しながらそう言うと、遥さんは固まってしまった。すると、体が少しだけ浮き、クルッと景色が変わる。気がつけば、私の下にはソファの座面があり、目の前には遥さんの顔がある。
押し倒されたのだ、と理解するのに少し時間がかかってしまった。遥さんは、私の頭を固定して逃げ場を奪うように手をつく。逃げる気などないのに、と少しおかしくなってしまう。遥さんは真剣な顔で私を見つめる。
「ねぇ、もう一度言って。」
遥さんは、言われたことが信じられないと思っているようで、不安そうな顔をしている。
「…好きです。」
遥さんは私の顔の横に頭を埋め、息を吐く。
「…夢じゃないよね?」
「夢にしないでください。」
私はそっと遥さんの首に手を回す。すると、縋るように遥さんの体重が少しかかる。感極まったのか、その顔を私に見せたくないと思っているらしい。可愛らしい行動に、愛しい気持ちが大きくなる。遥さんが落ち着くまでそのままでいようと、サラサラの髪の毛の感触を楽しむことにした。