11(遥side)
目が覚めると、愛しい人が自分の腕の中で眠っている。昨日言っていたように、何かを抱いていた方が落ち着くのだろう。今も俺の体にピタリとくっつき、小さい体で抱き締められている。
昨日好きだと言われた時はつい感極まってしまった。そんな俺の様子を、全て見透かすように抱き締めてくれた。俺の激流のような想いを小さな体で受止め、穏やかな感情を返してくれる。俺に好かれるための努力をすると言ってくれる。そんなことをしなくても好きだと言うのに。
こんな小さな体で辛さを一人で抱え生きている。頼れる人がいないのか、1人でどうにかしようとするこの子を、俺が守ってあげたい。
ぎゅっと抱き締め返すと、スリスリと寄ってくる。その様子が可愛くて胸が苦しい。しばらくそのまま見つめていると、フルフルとまつ毛が揺れ、ゆっくりと開いた瞼から綺麗な瞳が見える。
「おはよう。」
にっこり笑って言うと、俺を見上げて少し恥ずかしそうにする。
「…おはようございます。」
詩音ちゃんも俺の顔が嫌いじゃないらしい。今まで、顔だけ見て寄ってくる女のせいで、この顔が好きではなかった。詩音ちゃんが好きだと言うなら、俺も好きになれそうだ。
「朝はいつも何食べる?」
「…食べたり食べなかったり。」
「そっか。じゃあトーストでいいかな?」
「…はい。」
「じゃあゆっくり準備しておいで。」
そう言って、可愛いおでこに一つ口付けを落として部屋を出た。
俺はいつもトーストにしている。仕事の前にコーヒーが飲みたいためだ。詩音ちゃんはカフェオレがいいかなと思い、カップにコーヒーとミルクを入れる。
準備が出来たところで、詩音ちゃんがリビングに見える。昨日俺が選んだワンピースを着てくれたようだ。
「うん、やっぱり似合ってるね。可愛い。」
感想を言うと、ほんのり赤くなった顔でお礼を言われる。パンを食べながら今日の予定を聞くと、のんびりイラストを描く予定だという。俺が帰ってきた時に「おかえり」を言って欲しいと言うと、夕食を作って待っててくれると言う。上機嫌で準備しながら、詩音ちゃんが不便がないように部屋を整える。
行ってくると玄関に向かうと、見送りをしてくれる。
「行ってきます。」
そう言って詩音ちゃんの頬を撫でると、お返しのように頬にキスを送ってくれる。
「行ってらっしゃい。」
照れたように目を逸らしながら言われ、今日は早く帰ってこようと決めた。
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会社につき、自分の部屋に入ると既に蒼太が来ていた。
「おはよう。ご機嫌だな。」
「ああ。詩音ちゃんが俺の恋人になってくれた。」
「そうか。良かったな。…これ、仕事だ。」
「ああ、ありがとう。それと、調べて欲しいことがある。」
そう言って昨日、詩音ちゃんに殴りかかっていた女の話をした。それを聞いた蒼太は女性社員の写真一覧を持ってきた。
「この中にいるか?」
蒼太は俺が顔も名前も覚えていないことをよく分かっている。ペラペラと資料をめくり、ある顔を見て手を止めた。
「この女だ。」
どうやらうちの社員だったらしい。その顔を見た蒼太は納得したようだった。
「ああ、こいつは確かにしつこかったな。たいして仕事ができる訳でも優秀でもない。どちらでもいいぞ。」
そう言って名前や部署、学歴を完璧に教えてくれる。更に周りの評価を聞くと、外見至上主義で態度も良くないと聞く。
「いらないな。俺への付きまといと悪質な勤務態度を人事と相談しててくれ。」
「分かった。…今日はとりあえずこれだけ終われば早く帰ってもいいぞ。」
俺の様子から早く帰りたいのが分かったのか、仕訳してくれていたらしい。渡された書類はそこまで多くない。定時には帰れるだろう。憂いは払ったし早く済ませて帰ろうと書類を読み始めた。
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思ったより早く仕事が終わり、詩音ちゃんへメールを入れる。蒼太も早く帰るようにと言って会社を出た。
マンションにつき、ドアの前で立ち止まりインターホンを押した。鍵があるから入れるのだが、出迎えて欲しくてつい押してしまった。玄関のドアが開き、詩音ちゃんがエプロン姿で出迎えてくれる。料理中だったのか、少し高めの位置で髪を括っている。
ぎゅっと抱き締め「ただいま」というと「おかえりなさい」と返ってくる。なんだか夫婦になったようで、嬉しくなる。
「ご飯作ってくれてありがとう。」
そういうと夕飯はシチューにしたという。手を洗いリビングに行くと、準備が終わり出来たてのシチューとバゲットが並んでいる。
2人で手を合わせて食べ始める。詩音ちゃんが作ってくれたと思うだけで、とても嬉しくなる。この後どうするかを聞くと、さすがに今日は帰ると言うので、送っていくことにした。俺に悪いと言うが、夜中に女の子一人で歩いて欲しくないというと、頷いてくれた。
食べ終わった食器を2人で片付け、詩音ちゃんは帰る準備をする。買った服やパジャマは置いてていいと言うと、少し恥ずかしそうにする。
「また、来てもいいですか。」
「もちろんだよ。」
もじもじしながら言う様子に、つい抱き締めてしまった。そのまま離れるのが名残惜しくなり、しばらく抱き合いながら穏やかな時間を過ごした。