本音の話、繋がり改め
ジェナ達の泊まっている宿に向かう。
道中何を言うべきか、様々考えてはみたものの結局は彼女達と話し合う時に考えていくことにした。
宿に着き、戦々恐々とする女将にジェナ達の部屋を教えて貰ってドアをノックする。
『どちら様でしょうか?』
「……ジョーだ。いきなりで、申し訳ないが、話をした」
い。と最後まで言い切る前に少し開かれたドア。開けた主はパーティーのリーダーであるジェナ。
普段は快活に輝く黄金色の瞳が今は不安と焦燥感で曇り、しかしどこか意を決した様子で俺を見上げている。
「ジョーさん……良かった。私達、ううん私も皆さんとお話がしたかったんです」
どうぞ、とドアが開けられ中に招かれる。
入ると若干彼女達の趣味が反映された内装と消耗品のストックを保管してある棚、そして彼女達が寝るベッドとテーブルが設置され、そこでクリスとルーメンが各々の武器の手入れを行っていた。
「本当は明日、私達の方からジョーさんの所に向かおうと思っていたところでした」
そう言って席を勧める彼女に道中に買った紙袋を渡す。
「あ、ありがとうございます…これは?」
「その、連絡もなしにいきなり来たことの詫び、のつもりだ」
「……それは中央区御用達の菓子店のものですわね。別にわたくし達はパーティですし、そんな気遣い無用だと思うのですが」
「その割には、色々用意しているように見えるのは気のせいかなルーメン?」
「ち、違います! ただジョーさんが折角お土産を持って来て下さったのに大した御持て成しも出来ないとあっては、カルドナルド家の沽券にかかわる。それだけ! そう、ソレだけなのですわ!」
いそいそと自身の杖を片付け、テキパキと紅茶を用意し始める彼女を半眼で見るクリスに、ルーメンは慌てたように返す。
クス、と笑みが聞こえる。ジェナが思わず漏らしたようで、見るとワタワタと手を振りながら答える。
「す、すみません! その、ジョーさんがお菓子を買っている姿を想像してつい……」
「いや、緊張したままよりは、良い」
お互いに緊張してギクシャクしながら話すよりかは全く良い。
余分にあった椅子を持って来て彼女達の対面に座る。律儀に俺の分まで用意してくれた紅茶を一口飲んで本題に入る。
「まず、先日のクエストでの一件だが、俺が、無茶な指示をしてしまった。申し訳なかった。そして、良く逃げずに戦ってくれた」
本来なら接敵した瞬間にさっさと避難させるべきだ。ライダーを除き、上位連中の脚は早くない。ライダーとジェネラルを抑えれば囲まれる前に逃げる時間はあった。初動の判断をミスったのは俺だ。
その謝罪として頭を下げる。受け入れられなくても良い。これは俺が勝手にケジメを通すためにする行為だ。受け入れる義務なんてない。
そして俺の無茶に付き合い、拙い連携で重傷を負うことなくしのぎ切ったことに敬意を。本当によくやってくれた。
「……頭を上げてください」
「今日、私達も先日のクエストについて話し合っていました。私たちの力不足でジョーさんの脚を引っ張ってしまいました」
「最も、後悔していたのはジェナだけです。あの件についてはわたくし達に落ち度はなく、ギルドの過失も無い。ただわたくし達が不運な事故にあっただけ」
「僕たちがそう言ってもジェナは納得してくれなかったけどね。単純に貧乏くじを引いただけなのに」
「……そうだ。君達に落ち度は全く無い。ジェナ、君がその悩みを抱く必要も無い。アレは、ルーメン達が、言っているように、不運な事故で遅かれ早かれ他の冒険者が遭遇していた。こんなことを言うのは不謹慎だが、俺達が遭遇したことで、被害を殆ど被ることなく、ギルドに報告することができた」
まぁ、これに関してはエリーさんの受け売りだけども。これで少しでもジェナの悩みを軽くすることが出来れば受け売りでも何でも、使えるものは使おう。
「それで、今後の事だが…」
「そのことについては、私の方からお話しても良いでしょうか」
ジェナが姿勢を正して俺を真っ直ぐ見つめる。他の二人も同じだ。俺も佇まいを正して彼女の話を聞く。
「今回の件で、私達とジョーさんの力量差では連携を取ることが出来ませんでした。ジョーさんが望むならパーティーを解消し、新たに誰か一人を入れようと思います。今まで単独でクエストをしていた貴方を無理に誘ってしまい、無用なお気遣いの為に足を引っ張る結果になるなら、そうした方がいいと、ルーメンさんとクリスさんとでお話しました」
違う、と喉まで上りかけた言葉を押さえつける。真剣に話をしている彼女に対して、その話を遮るのは失礼に値する。
「しかし――私は、今まで通りジョーさんに冒険者としての知識、技量を教えて欲しいと思っています」
ジェナはそう言うと頭を下げた。最初ギルドで俺を勧誘した時と同じように、つむじが見えるほどに。
「ちょっとジェナ、それは―――」
「クリスさん、今は彼女個人の考えを最後まで聞きましょう」
割って入りかったクリスを、ルーメンが静止してジェナに続きを促す。
「この二か月間、一緒に過ごして私はジョーさんともっと様々なクエストに行きたい、色々学びたい。そして、この楽しい時間を過ごしたい。そう思っています……ルーメンさんとクリスさん、ごめんなさい。これが私の個人的な考え方です」
そう言ってジェナは二人にも頭を下げる。
二人はと言うと、ルーメンは気にしてない様子で、クリスは後頭部を掻きながら呆れる様に。
「わたくしもジェナさんと同じ意見です。ジョーさん程の実力者でしたら不測の事態でも安心できますし、何より様々な冒険の知見を持ち、理知的な回答を下さる方の元で魔術以外の事も教えて頂きたく思います」
その、あまり差し上げれるものも無い身で図々しいことを申し訳ありませんが。
そう言って自身の身体を抱きしめるルーメン。それによって体形が分かりにくい筈の彼女のローブが締め付けられ……その、3人の中では運動量が少ないからか、柔らかそうな肉体が浮き彫りになる。
妙な考えが出る前にクリスの方を向くと、掻いていた手を戻しため息を吐いた。
「まあ、僕も不本意ながら同意見だよ。ソロでやってきたジョーさんなら、上手く隠れるコツとかも誰よりも知っていそうだし、ルーメンの言う通り不測の事態でも安心して対処することが出来そうだし」
……申し訳ないが殆どの場合真っ向から叩き潰してきたからあまり教えられることは無いぞ。いや警戒心が強い奴の背後を取る方法は知っているが……最近はそれも上手くいかないことが多いから逃げる奴を強引に引き潰すことが多いが。
「ジョーさん、どうかお願い致します」
ジェナが再び頭を下げたまま、動かなくなった。
彼女達の話しを聞き終え、俺は天井に目を向け思考を巡らせる。
道中でも二分していた自分の意見を纏め、自分の本音を交え、彼女達の考えも交えて。
どれくらいの時間が経ったろうか。俺は再び彼女達に視線を戻して考えを言葉にする。
「ジェナ、まずは頭を上げて欲しい。正直な話、今も考えは纏まらない。本当の事を言えば、君たちと同じ意見だ」
「私は、今まで一人でクエストをこなしてきた。誰かと、交流することを、出来もしないことだと、決めつけ、諦めていた」
「君が、誘ってくれなければ、今も色の無い日々を送っていただろう」
「君のお蔭で、俺は……人間性を取り戻すことができた。力だけが取り柄の私も、成長出来ている、と、思う」
「だが、その……君たちを、傲慢だが、導けるのか、自信が無い……君たちを、危機から守ることができる自信が、無い」
「それでも良いのなら、寧ろこちらの方からも、よろしくお願いしたい」
纏まらないなりに正直に全部話しきり、頭を下げる。
再び頭を上げると、ジェナとクリス、ルーメンが此方を見ていた。
「ジェナさん、言ったでしょう? 貴女のそれは杞憂ですと。最も、ジョーさんも同じように杞憂を抱いていたみたいですが」
似た者同士ですわね。とルーメンが笑う。
「ジョーさん、僕たちは冒険者だよ? 命の危機何て覚悟の上さ。ジョーさんでもどうにもならない、僕たちが足掻いてもどうにもならない時は、恐怖するだろうし後悔もするだろうけど、それまでさ」
クリスが改めて言う必要も無いと笑う。
「ジョーさん、今後もパーティーとして、そして冒険者の先達として、私達に色々なことを教えてください! いつかきっと、ジョーさんの横に並んで冒険できるように頑張りますので!!」
其れ迄抱いていた不安が無くなり普段の明るい表情に戻ったジェナが此方に手を差し出す。
「ジョー、でいい。パーティーとして活動するなら、実力においても、身分においても関係なく、対等でありたい」
それを掴むと、横にいた二人も包み込むように手を重ねる。
「わたくしもルーメンでいいですわ。その、呼称については性分ですので、今まで通りにさせて頂きますが」
「僕も同じく。宜しく、ジェナ、ルーメン、ジョー」
なあなあで済ませてしまったパーティーの結成が、この日初めて確たるものとして繋がった。少なくとも俺はそんな気がした。
「そうと決まれば、ジョーさんの持ってきて下さったこのクッキーを頂きましょう! 無論貴方も一緒ですわ!」
「…はぁ……全くルーメン、殆ど話が纏まってきた頃からチラチラ見てるの気付いていたんだからね?」
「そ、そんなことありません! あら? 紅茶が冷めてしまっていますわね? 折角の美味しいお茶請けがこれでは台無しですわね皆様の分も淹れ直して参りますわ~」
おほほほ~とわざとらしく席を外し、魔法の力か4人のティーカップを浮かべて新しい紅茶に淹れ直しに行く彼女を見て、気付かない内に緊張していた体から力を抜き、リラックスした状態でお互いの事を話し合い、これからの事、クエストについて意見を交わし合った。
「そうだな、これからパーティーを組むのに、リーダーを決める必要がある。誰が適任かは……その様子を見ると、話し合う必要はなさそうだな」
じっとジェナの方を見る。クリスも同じ意見なのか、無言で俺と同じ方向を向いた。
その意図に気が付いた彼女は自分を指さしながら叫ぶ。
「え? わ、私ですか!?」
「よろしく頼む、リーダージェナ」
「よろしくリーダー!」
「よろしくお願いいたしますねジェナさん」
紅茶を入れなおしてきたルーメンもジェナにそう告げる。
「ええぇぇ!?」
はははは……
心の底から笑う事が出来たのは何年ぶりだろうか、それも仲間との交流でなんて。
俺が求めていた、冒険者としての在り方。それを実感することのできる充実した時間を、理想の景色に俺が居る。それがたまらなく嬉しい。
出来れば彼女達と過ごすこの時間が、長く、出来るだけ長く過ごせることを、切に願う。
色々解説
・冒険者のランク付けについて
冒険者のランク付けは、冒険者の識字率はさほど高くない為に口頭での知識テスト、連携を見るための訓練場での上位冒険者による戦闘実技と実地実技試験がある。
金級冒険者達は銀級の中でも、危険なモンスター討伐、及び入手困難な素材類回収によりその功績と実力を認められた者にのみ昇格のチャンスが与えられる。
黒級は国家から認められた者のみに与えられる。但し、爵位と勲章を承ったのはジョーが最初。
これらが前提として、モンスターとその依頼のランクが決まる。
・モンスターのランクについて
今までの事例に則り、主に一般的に多い4、5人のパーティーで『基本的に』問題なく対処できる範囲でランク決めされている。
例えばゴブリンであっても通常の集落の規模であれば鉄級冒険者のパーティーなら問題なく対処できる。なお大規模集落はゴブリンの知能が低い故に出来たとしても同族同士の争いで数が減り大体通常の規模に戻る。その前に発見してしまった場合はその上の銀級に依頼が割り振られる。
・依頼のランク
整備されている都市周辺から離れれば離れる程に以来の難易度は上がる。以来の内容は依頼者から内容を詳細に聞いた上で張り出される。基本的には発見したモンスター以外はそのモンスターの縄張りに侵入することは無いために他モンスターによる被害は無い。また、生息域を大きく逸脱するモンスターも『基本的には』いない。例外はドラゴン等の災害級な連中だがそんなことは殆どない。
・中央区
首都ヨルアクの中央、城に近しい場所。東京の丸の内、霞が関みたいな所。
・中央区御用達の菓子店
中央区の高給取りが足繁く通う、味も見た目も満足な菓子店。お値段も相応に高い。店主は構える場所を間違えたと度々嘆いている。
なお主人公が来たときは『甘ったるい匂いが鼻について殺しに来たのか』と思い命乞いを仕掛けた。その後主人公がクッキーを買ったことにより『沈黙の巨人も大満足なクッキー。味も見た目も料金以上』のキャッチコピーで売り込み、見事にヒット。商人らしい図太さである。
・魔術師の家系について
魔術を代々研究する家もある為、格式も権威も貴族のそれと似たところがある。また、その知識量故に貴族の子息の教育役として招かれることもある為、それに見合った作法礼儀を学ぶことが多い。
・宿屋の店主
最近宿泊するようになったジェナ達を案じて途中から様子を見ようとしたら談笑する声が聞こえた。直感で無粋だと勘づいて深入りはしなかった。