第2話 侵略宇宙人のわさびあえ(裏)
平成から令和へ、元号の変遷の影に隠れるようにして、日本にもひとつの組織が設立された。
WWF(WorldWatchForce)日本支部。
2000年代に自星外交易を開始して以降、急増した星間犯罪の監視や捜査を行うための機関である。星間平和連盟の尽力により、ようやく日本にも設立された組織は、その崇高な目的に反し、貧乏だった。
そもそも、自星自衛が星間平和連盟の基本方針だ。いつまでも他星に頼ってはその星の発展を妨げるというわけで、補助は必要最低限。数年かけて構成メンバーを徐々に地球人に変えていく予定だったのだが、ちっとも進行していない。
何故か。理由は簡単だ。
なんとこの地球、この期に及んで外星人の存在を公表しないのである。秘密組織に人も金も出せない、その癖存在は秘匿しろとの無理難題。地球人が補充されないままメンバーは、1人、2人と減っていく。
じゃあもういい自分達で金稼ぐから!と上司が吠えたのはいつだったか。やけっぱちで強行した案は上手く行ってしまい、結果WWF日本支部は地地球防衛と居酒屋という朝夜の腕を持つことになりーー今に至る。
世間は華金。夜八時。かきいれ時を放り出し、寒空の下に張りこむ羽目になったのは、今日も乾のせいだった。
次々に相手と合流し、去っていく人々の中で彼はもう、小一時間ほど立ち尽くしている。お待たせ、とかごめんなさいとか、周囲の言葉に反応しているのが、なんとも言えない同情を誘った。
秋といっても冬が近い。吹きっさらしの広場で待ち続ける彼の顔はすでに真っ白だった。
(風邪引かないといいけど)
回収したスマートフォンを立ち上げる。控えめなネイルの施された右手首を拾い、指紋認証を突破。コミュニケーションアプリに並ぶ多数の男の名前の一番上、茶色い犬を抱いて笑う青年のアイコンをタップし、トークルームを開く。
健気に並ぶ大丈夫ですか、の文字に俺は履歴にあったすみませんのスタンプを投下した。
嘘を付くのは心苦しいが、その名が入った動物が如く、乾はいつまでも待つだろうし、いつまで待ったところで相手は現れることはない。上司の手によって息の音はとうに絶たれたし、現在絶賛解体中である。
『「急な仕事が入ったので、行けなくなりました。ごめんなさい」ーーっと。こんな感じでいいか? お嬢』
母星語で話しかけた俺に、お嬢ことハル支部長は、電磁ソードを振るう手を止める。
店では部下、WWFでは上司、母星では主の娘と、互いの関係はなかなかに複雑だった。
『何か言ったか?』
改造を入れた電磁ソードでお嬢が解体しているのは触手だけは無駄にタコに似ている外星人、トゥワコス。
ヒトを食おうとする者は、食われる覚悟も持つべきだ。そう提言したのはWWFの元となった組織を立ち上げたひとりの星人。名をドゥ・マネリス。
星間平和連盟が、星人と認定した者を害する者。特に他星において捕食活動を行った場合、その者は彼の名を冠したブラックリストに記載され、現場判断での武力行使が許可される。
『乾サンに連絡入れたって話ですよ』
『……まだいるのか』
涼しい顔をしているが、戦闘で高揚していた髪はさらに赤くなっている。バレバレの感情に、俺は笑った。
『そういう地球人だって、知ってるでしょう』
『そんなものはいいからこっちを』
『お、既読。ーー「どうしたのかなって心配してました。汗マーク。忙しい時に連絡しちゃってすみません。またお時間ある時に行きましょ。お仕事頑張ってのスタンプ」だそうです』
『……そう』
『あ、また来た。「よければ来週とかどうですか。土日とか空いてるんで、忙しくなかったらいつでも連絡ください。うるうるお目々のスタンプ。」』
『……』
読み上げた内容に、どろっどろに汚れたツナギでスプラッター現場を作成していたお嬢の機嫌はマルソルニアより深く、落ちていく。
『怖いっすよ、顔』
『元々こんな顔だ』
これ以上つつくのはまずい。長年の経験から判断した俺は、擬態が解け、触手に変わった右手首を回収袋に投げ入る。後目に人を捉えたのは、その時だった。
「あぁ? なんだあ?」
「駅は向こうだ、爺さん」
ふらふらと赤ら顔でこっちへ来る酔っ払いの方を振り向いて、地球人避けの煙草の煙をふーっと吐きかける。無事に方向転換した背を目で追っていれば、手伝えと二度目のお呼びがかかった。
『えー。俺の腕はフライパン振る為にあるんですよ』
『本業を忘れるな』
『始めたのはお嬢じゃないですか』
『アルミフライパン買ってやらないぞ』
『あ、ひどいそういう事するんだ』
掃除屋を呼べば終わる現場も、金がなければ片付けまでが仕事になる。
マスク越しにも強烈にクる匂いに、顔を顰めながら、お嬢の解体した触手を掴み、袋へと詰めていく。壁の染みを落とす労力がないのは、代わりにお嬢が返り血を浴びているからだ。
曰く、自分達なら風呂で済む、とのこと。湯水のごとく、という言葉があるほど水に困らないのは、日本支部の数少ない美徳である。この星での貧乏生活はまったく、お嬢をたくましくお育てあそばせた。
最後の触手を拾って、地面でくゆる煙草を踏み潰す。シュッシュッと匂い消しを宙に振り向けば、まったく日常は元通りになる。
取り出した鍵で、お嬢は門を開いた。捨て忘れていたスマートフォンを回収袋に入れ直そうとしたところで、ヴヴ、と着信。
ーー今日は俺、終電までこの店で飲んでるので、よかったら。
添えられた位置情報は、ここから少し歩いたところにある一軒のバー。なかなかにオシャレなチョイスだ。外星人がやってるとこだけど。
狙ってやってるのかとしか思えない程、青年の嗅覚は外星人をひっかける。そして彼が決まっては惚れるのは、厄災級のSSS。今日だって自分達が間に合わなければ、今頃彼女の腹の中だった筈だ。
何も知らない健気な文面は、添えられた位置情報は、実に哀れだ。今度こそスマートフォンをふたつに畳んで廃棄すると、俺はお嬢、と声を掛ける。
『乾サン、駅前の天楽で呑んでるみたいですよ』
『なんだ急に』
『ちょっ早で着替えてゴーすれば間に合うんじゃないですかね、ラストオーダー』
まぁ、間に合わなくても通させられるけど。
そんな気持ちでお嬢を見れば、その髪はうねうねと腰ほどまで伸びて、完全な真紅に染まっていた。
『なんで私が』
きつい言葉だけが素直じゃない。
ひとの求愛沙汰には興味はないが、お嬢なら別。身内の贔屓目なしに美人だし、性格はちょっときっついけど慣れると融通のきかないこの頑固さだって可愛く見えてくるはず。ーー多分。いや、ちょっと無理な時あるかも。
『だってフラれ時ですよ、狙い目です』
『彼は保護対象だ』
『お嬢が捕まえとけば少なくとも他の女に食われることはないんじゃないですかね。俺も仕事が減るし、いい事ずくめじゃないですか』
『仕事に私情を利用する気はない』
『私情があることは認めるんだ』
『……』
口を引き結んだお嬢の顔は、子供の頃から見てきた我慢の顔。少し可哀想になってきたので、追求の手は緩めることにした。
『取り敢えず帰りますか』
『あぁ』
振り返り、忘れ物がないことを確認して、門をくぐる。どろどろのお嬢を風呂場に押し込み、この間買っておいた俺特選とっておきデート服を用意すーーると絶対着ないと思ったので、いつものように、いつもの外出着を脱衣所において、自分用の風呂を溜める。
頭と身体をそれぞれ2回、きっちりと洗い、湯船へ浸かる。こっそりと戸を開くかすかな音を耳が拾ったが、今日の付き人稼業も、これにて休業。
この星での唯一の贅沢に、俺はのんびりと身を任せた。
お読みいただきありがとうございました!
ラブコメが書きたくなったので書いた短編ですが、もう少しラブコメしたいので、続きが思いついたら書こうと思います。
また現在、毎週金曜日にバディもの長編をもう一本連載しておりますので、もしよろしければお読みいただけると嬉しいです。
二番目のヨスガ(https://ncode.syosetu.com/n7790jr/)