第1話 侵略宇宙人のわさびあえ(表)
時は令和。東京タワー特別展望台に突如出現した異空間ワープゲートにより、地球は星間犯罪の脅威に晒されることになった。
不法入星し、悪事を働く宇宙人を監視するべく結成された秘密組織、それがWWF(WorldWatchForce)である。
WWFの新人隊員である貴方は、先輩に連れられ、隊員御用達の居酒屋「りく」にやってきた。この店は、日夜平和の為に働く隊員達がちょっとした愚痴を零し、明日への英気を養う場。知ってしまった機密はどうぞ、内密に。
ーーなあんていう、ちょっと変わったコンセプトの居酒屋が近所にできて、早一年。興味本位で立ち寄ってからというもの、司令の作る料理の美味さにすっかり魅了された俺は、今日も店に足を運んでいた。
お通しのだだちゃ豆をちびちびとやりつつ、コップを下げて行った店員を呼び止めるーー前に気づかれる。相変わらず、後ろに目があるんじゃないかってくらいに早い。
フロアをひとりで切り盛りする彼女は、ハルノ隊員。通称ハルさん。
黒を基調に、赤のラインが入ったWWFの隊服をばっちり着こなす彼女は常に黒マスクをしており、まだその素顔を拝めたことはない。たぶん一生見ることはないんだろうなと思っている。
京美人っぽい色白で、肩口で切りそろえられた黒髪には赤のインナーカラー。片耳には3連のピアスというビジュアルはなかなかに強く、一緒に写真撮ってくださいと請われている事も多い。その度、機密ですからと断ってるけど。
「ご注文は」
「たこわさひとつお願いします」
「侵略宇宙人のわさびあえですね。ーー司令、タコ1、出撃許可願います」
「タコ1、出撃よォーい」
最終的にタコでオーダーを通すなら、やや物騒で独創的なメニュー名にする必要はあるのだろうか。そんな疑問は、店長こと司令のイケボに流されていく。俺だったらこの声で口説きまくるってくらいのいい声なのに、司令は無口だ。話しかけられても頷くぐらいで、返しても最小限。
あまり会話も得意でないようで、昔延々と酔っ払いに話しかけられていた時は、キリッとしている眉毛すらどこかしょぼりと、その手元では大量の焼き鳥串が積み上げられてた。
ムキムキマッチョという感じではないが、確実にスポーツとか、武道とかやってるような立派な体躯が、丸見えの狭いキッチンの中で手早く、しかし繊細に一品一品を作り上げるのを見ながら、
残りのホッピーを流し込んで、一息つく。
「うっまぁ……」
多幸感の中、俺は秘密基地をモチーフにしたという、レトロっぽい内装を見渡した。三つ子の魂なんとやら。子供の頃憧れたものというのは、永遠に変わらないらしく、何度見てもアガってしまう。
レーザーガンに、電磁ソード、光線銃。壁にかけられている様々な武器のうちのひとつが、さらに派手になっているのに気づいて、俺は前の卓を拭く彼女に、ハルさんと声をかけた。
「あの二番目のやつなんか変わりました?」
「あぁ、電磁ソードですか? 改造入ったんですよ。イマイチ切れ味悪くて」
「切れ味」
「アレならタコもスパーンといけます。……あ、ちゃんと店で出してるのは地球のタコですからね」
相変わらず凝った設定である。芝居とは思えないほど自然に付け加えられたセリフに、俺はあいまいに頷いた。ここで気の利いた一言でも返せたらいいのだが、なかなかうまくいかな。
「えっと、ハイボール追加で」
「了解しました。司令、ハイボール出撃です」
「ハイボール了解。総員、ハイボール出撃用意ィ!」
総員も何も、ふたりで切り盛りしている居酒屋なのだが、洋画もかくやの司令の号令にノリのいい常連がそれぞれに歓声をあげる。
その隙にハルさんの姿は忍者のようにキッチンに消えた。たちまちに戻ってきたその手には、一杯のジョッキ。
「お待たせしました。『お前と一緒に飲む約束をしたハイボール』です」
「メニュー名また変わったんです?」
「はい。『この戦いが終わったら、一緒に一杯やろうなのハイボール』から、『お前と飲みたかった約束のハイボール』に。今週から」
「死んでるね?」
「ハル。タコ」
トンッと小皿を置く音に、ぱっとハルさんが踵を返す。待ちかねた一品に割りばしを割った所で、皿は音もなく前に置かれた。
「侵略宇宙人のわさびあえです。討伐お願いします」
「お願いしまァす!」
復唱する店長はすでに次の料理に取り掛かっている。ハルさんの隊服と違い、肩に何本かのラインが入った逞しい二の腕が軽々とフライパンを操るのを見ながら、次はレバニラ炒めにしようと俺は考えた。
それから小一時間ほど経った頃だろうか。ポテトサラダを頼み、食べ、飲み、食べ。もつ煮に取りかかった所で、ハルさんに話しかけられる。
「なんかあったんですか?」
「え?」
「いつもより嬉しそうなんで」
もしやこれはと、俺は居住まいを正した。
「聞いてくれます?」
「いいですよ」
「やった。何飲みます?」
「じゃあコーラ貰いますね。司令、休憩いただきます」
「了解」
休憩と言っても、本当の休憩ではない。一杯(ノンアルコール限定)飲み終わるまで、こちらの話に付き合ってくれるというもの。今日のように、客入りが落ち着いている時にたまに起こるハルさんの気まぐれ接待(俺命名)だ。
仕切りもない、狭い店内のため、その間は客同士の、互いに今は頼まないでおこうという無言の連携プレーが行なわれる。
「で、今度は何にフラれたんですか?」
「違いますむしろ出会ったんですよ今度こそ!あッちょっと待ってください飲み干そうとしないで!?」
ジョッキを持ち上げようとする手を押し留め、女性の意見が聞きたいんですと食い下がれば、彼女は温度のない目をこちらに寄越した。
「お付き合いを深めたいなーって人とご飯にいくんですけど、ハルさんなら何貰ったら嬉しいですか?」
「つかぬことをお伺いしますが、その方と食事に行くのは」
「初めてです」
「とりあえず貢ぎ体質なのどうにかしたほうが良いですよ」
「お礼してくれるお礼がいるんですよ」
「バグってません?」
「重すぎないやつだとなんですかね」
「重い自覚はあるんですね。今回はどうしたんですか?」
「定期落としたのを拾ったら、お礼に食事でもどうですかって誘われたんです」
「いつ」
「明日」
「明日……」
「ちょうどこの辺に住んでるんですって。駅前のイタリアン行くんですよぉ」
「へー」
さらに冷たくなった視線に、俺は慌てて言い添える。
「あっもちろん俺はこの店が一番ですよ? ただその、」
「わかってますよ、デートに向いてるタイプの店じゃないですから。どんな子なんです?」
「へ」
「乾さんデレデレなんで、よっぽどタイプだったのかと」
何だろう。笑っているのに、目は冷たいし、言葉が刺々しい。
「い、良い子っぽい感じでしたけど……葉月桃香さんっていって、俺の二個下でした。この辺まである茶髪がくるくるしてて、ちょっと垂れ目なかんじで」
「垂れ目」
「芸能人で言うとこぞえりみたいな感じですかねぇ」
「こぞえり……あ、こんなです?」
「あ、そうですそんな感じ」
「この前とだいぶタイプ違いますね」
「でもなんかビビっときたんですよ」
「前もそう言ってすっぽかされてませんでした?」
ぐうの音もでない正論パンチが、腹に刺さる。確かにその可能性はいつも頭に置いている。なぜってウッキウキで向かって来ないと傷つくから。チョロそうなのか遊ばれてるのか、あまり打率は高くな……低いのだ。
「……駄目だったら飲みに来ます!」
「あ、それなんですけど。明日出撃日なんですよ。ですよね司令」
「あぁ。外せない任務が出来てな」
ハルさんの投げかけに、司令が重々しく頷く。出撃日とは、休業日のことだ。稀に発生する不定休に当たるとはなんともツイてない。
「土曜は?」
「土曜はやってますよ」
「じゃあそっちに来るかなぁ……」
「駄目になること前提じゃないですか」
「うまくいっても来ます」
「ノロケなら聞きませんからね」
残りのコーラを飲みほし、ハルさんが立ち上がる。終わりの合図に、俺はビールを追加した。