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作者: 千三 百一

 私の住む街にはお堀に囲まれた公園がある。


 昔はお城があったところで、城址公園という名前があるのだが、地元のひとにはお堀の公園と呼ばれている。


 お堀の両側には桜が植えられていて、私は毎年、桜が咲く季節になると朝のジョギングコースをお堀の公園に変更する。


 その日は桜の花もほとんど散ってしまい、お堀の水面に落ちて広がる桜の花びらも少なくなっていた。


 花いかだというんだっけ、それももう終わりだな。そろそろ、ふだんのジョギングコースに戻そうか。


 そんなことを考えながら、お堀の外側の歩道を走っていた。


 早朝、桜の見頃を過ぎた公園の周囲は人けもなく静かだ。


 そこに、「あの」と呼びかける声が聞こえた。


 思わず足を止め、辺りを見回す。


 誰もいない。


 気のせいだったかと思いつつ、また走り出そうとした時だった。


「あの、助けてください」


 小さな声が聞こえた。お堀の方からだ。


 まさか誰か落ちたのか。


 慌ててお堀を覗き込むと、そこに声の主がいた。


 お堀の水面に広がる花いかだの上に、小さな小さなお侍さんが立っていたのだ。


「えっと、助けてっていうのは……」


「そちら側に行きたいのですが、花いかだが途中で切れてしまって」


 言われて見てみると、たしかに桜の花びらは堀の途中までしか届いていない。


 この小さなお侍さんは、どうやら花いかだの上を歩いて行き来することができるようだ。


 花びらが少なくなり、花いかだが対岸まで届かなかったので渡れなくなってしまったのか。


「ちょっと待っててくださいね」


 少し思案した後、私は公園に駆け込んだ。


 落ちている葉っぱをかき集めてお堀まで運ぶと、それを水面に投げた。


「花びらじゃなくても、葉っぱの上でも歩くことってできますか?」


 そう聞くと、お侍さんはおそるおそる水に浮く枯れ葉の上に足を置き、


「あ、大丈夫そうです」と言った。


 私が三回、公園とお堀を往復すると、お侍さんは葉っぱを踏んでこちら側にたどり着いた。


 そこからどうするのかと思っていると、お堀の石垣をすいすいと登っていく。


 よく見ると、石の表面にお侍さんのサイズにぴったりの石段が刻まれているのだ。


 石垣を登り終えたお侍さんは私の足元まで来ると、


「大変お世話になりました」と言って、深々と頭を下げた。


 反射的に「どういたしまして」と答えてから、


「ところで、あなたは……どういう妖怪なんです? それとも幽霊?」


 一番気になっていたことを聞いた。


 お侍さんはショックを受けた顔をして、


「どちらでもありません。私は桜守なのです」と言った。


「桜が美しく咲くように務めております」


 よく分からない説明だなと思いつつ、


「はあ、そうですか。で、その桜守さんがなんでお堀の中で立ち往生してたんです?」


 もう一つの気になっていたことを聞いた。


 すると色白のお侍さん改め桜守さんは頬を赤く染め、


「桜の咲く季節になりますとメジロに対岸まで運んでもらい、向こう岸の桜守に会いに行くのです。そして桜が散り始めると、花いかだを渡ってこちらに戻って参ります。それが今年は、少し向こうに長居をしてしまい……」と言った。


「ははあ、向こう側の桜守さんは恋人ですか? 桜の咲く季節だけ会えるなんて彦星と織姫みたいですね」


 私が言うと、桜守さんは恥ずかしそうにもじもじしている。


「事情はわかりました。来年は気をつけてくださいね」


 私の言葉に桜守さんは「そういたします」と言い、また丁寧に頭を下げてくれた。

 


 

 そして翌春。


「もー! なんでまた立ち往生してるんですか!」


「すみませんすみません、今年は桜の散るのが思ったより早くて……っ」


 来年以降はもうちょっといい方法を考えないとなぁと思いつつ、私はまた葉っぱを運んだのだった。


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