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第八話 告白

かなり久々の更新になります。

隣に座るニーナからはコロンとは違ういい香りが時折、流花の鼻孔をくすぐった。


普段使いしているシャンプーからなのか、彼女自身の香りなのか、不思議に思いながらも流花は授業に集中すべく教科書の文字を追った。


たまにふわーとあからさまに欠伸をするニーナにちらりと視線を向けるも、彼女のまつげの長さに驚かされる。


幼少期から憧れの存在だった新見ニーナが、まさか自分の隣に座って同じ授業を受けていようとは思いもしなかった。今だって、半ば夢心地のようで何だか体がふわふわとしている感覚がある。


そして、同級生たちからの羨望のまなざしと、嫉妬のまなざしを交互に受け取っているため、二時間目にして少々疲れ切っていた。井脇くるみを主体にしばらく嫌がらせを受け、それに同調したクラスメイトからは空気のように無視されていた日々を考えると正反対だが、今日のように注目を浴び続けることの方がよっぽど苦行だ。


樋浦流花という中学生は実在しているが、あまり他人に関与したくないのが本音だと思う。とはいえ、この前の戦いの時にはニーナさんを助けたくて校庭に飛び出してしまうし、小野寺兄妹とご飯の約束を取り付けてしまうし、最近の自分はどうしたんだろうかと自問自答してしまう時もあったりする。


だけど、穂乃果さんのほっとした表情を思い出し、変わろうとしている自分も悪くないのかもしれないとも思うのだ。


いつの間にか予鈴がなっており、隣の席のニーナもいなくなっていた。


(トイレにでも行っているのかな?)


そう思い、自分も用を足しに行こうかと席を立とうとすると、クラスメイトの女子数人に囲まれた。


その目は、何でこんな地味で目立たない女が新見ニーナと、と雄弁に語っていた。


「樋浦さん、新見さんとどういう関係なの?知り合いなの?」


「え、えーと、知り合いってわけでもないけど、以前会ったことのあるってだけで」


「新見さんみたいなモデルさんと、どこで出会うの?樋浦さんって、確か両親はいないのよね?あ、お母さんはネグレクトで捕まってから会ってないんだっけ?」


一人のその言葉にまわりが同調するようにくすくすと笑い声を立てる。


体がかっと熱くなった。


「―――親がどうとかって、あなたに何か関係があるの?」


「はぁ!?何を偉そうに!あんたみたいに地味で私はとても不幸ですってオーラを出しているから周りからいじめられるのよ!」


「―――ちょっと」


低い声が入り込み、まわりの女子たちははっとしたように後ろを振り返った。


「掘り起こされたくない過去をほじくってグダグダ言ってんじゃないわよあんたら。新見ニーナとか、大して可愛くもない女が来たぐらいで態度変えてんじゃないわよ」


「い、井脇さん。あんたが散々樋浦さんをいじめていたくせに、今更私たちを加害者扱いするつもり?おかしいんじゃないの?」


「樋浦流花をいじめていいのは、この私だけなのよ。とっととどきなさいよ」


ふざけんなよ!とか捨て台詞を吐きながら、数人の女子たちは走って廊下に出ていった。井脇くるみはそのまま席を離れようとしたが、


「待って、今のは助けてくれたの?」


流花がそう言うと、井脇くるみははんっと鼻で笑った。


「助ける?そんなこと、するわけないじゃないの。私は小学生の頃からあんたが嫌いなのよ。ただ、あんた自身のことじゃないことでいじめの引き金にするのは筋違いだと思っただけよ」


「……そう」


そのまま井脇くるみは一瞥せずに自分の席に戻った。思えば、最近井脇くるみは一人でいることが多いような気がする。以前のようにいた取り巻きの女子たちはいつの間にか離れ、別の徒党を組んで井脇くるみとは関わっていないようだった。


でも、同情することはない。


井脇くるみからは、穂乃果さんの弁当を台無しにされてり、上履きを隠されたりと色々ないじめを受けてきた。今は沈静化しているだけで、また復活するとも限らない。


彼女の一言だけで、信用に足る人物ということにはならない。そこは、流花の意地だ。




いつの間にかトイレに行く時間が無くなり、三時間目が始まってしまった。だけど、隣の席は空いていて、ニーナが戻ってくる気配はない。


転校早々、羨望のまなざしを受け続けることに疲れたのかもなぁ、と思いつつ流花はあまり気にしていなかった。


そのまま三時間目の授業が始まろうとした時、現国の遠山先生が、


「新見はどうした?いないのか?転校した日に早速サボりか……じゃあ樋浦、何か新見が樋浦の隣に座りたいって名指ししたって聞いたぞ。ちょっと探してきてくれ」


と言った。


「え、私が、ですか?」


「そうそう、とりあえず最初は皆に文章を黙読するよう言っとくから、その間に新見を見つけて連れてきてくれ」


「……わかりました」


探すついでにトイレにも行ってしまおうと思いながら、流花は席を立った。


用を足してから二年生の教室のある廊下をゆっくりと歩いた。あまり早足で歩くと足音が響いてしまうかもしれないからだ。


三階の三年生の教室のある廊下も歩く。音楽室や理科室なども覗くが見当たらない。三年の教室で、小野寺朔が朗々と音読している姿が目に入った。朔も流花の姿に気付いたようで一瞬驚いたが、そのまま音読を続けた。周りの女子たちがうるんだ瞳で朔を見上げているのが目に入る。朔もニーナと同じように羨望のまなざしを受け続ける唯一の人物だ。私にはあり得ない現実だ。


だけど、朔は朔なりに母親と父親との関係性に悩んでいて、今見える姿は完璧そのものだが、見えているものだけがすべてではないと気づかされた。〈黙示〉のエリスの彼は、エリスと共存しながらエリスの力を使って現実を打開すべきかその狭間で悩んでいる。郁の存在も、そう思わせる要因の一つだろう。


流花は、母の記憶はほとんどないが、穂乃果さんと過ごした日々のおかげで昔の辛かった思い出がほとんどなくなっている。なくなっているというより、多分、上書きされている。思い出せる記憶が消去されているのだ、いい意味で。


流花は、毎日穂乃果さんと暮らせてとても幸せだ。その幸せを噛みしめて過ごしているからこそ、小野寺兄妹にもニーナにもどちらも幸せだと思ってもらいたい。


それが、傲慢で押しつけでしかないと言われたとしても。




もしかして、と思い屋上への階段を上ってみると、扉の鍵が開いていた。


基本的に、生徒だけの出入りは禁止になっている。


ニーナは屋上の手すりのところで空を見上げていた。


流花はその後ろ姿が何だか神々しく見えて、しばらく黙って見つめていた。


「―――どうしたのよ、連れ戻しに来たんでしょ?」


後ろを振り返らずに、ニーナはそう言った。


「うん、先生に言われたから」


「あんた、逆らうことはしない従順な生徒って感じだもんね。別な言い方すれば何の個性もない生徒の一人って感じ」


「むしろそう思われていた方が楽かな」


「……へぇ、つまんない人生ね」


「個性があった方が、目立つし、何か他の子と違う要素を持っていた方が打たれるでしょう?私はそういうのを持っていなかったのに、しばらく打たれていたから。もう、真っ白で無で残りの中学生活は過ごしたいかな」


「その割には、首を突っ込んできたわよねー」


視線を上げると、ニーナの栗色の髪は風に吹かれて四方にたなびいている。不敵な笑みを浮かべるその様は、どこかフランチェスカそのものを彷彿とさせた。


ぞくぞくっと高揚感が体を走る。だけど、そんなことニーナには悟らせない。


「ニーナさんが、死にそうだったから。だから助けたかった」


「私は死なないわよ、まだ。やるべきことをやってから私は死ぬの」


「ニーナさんの、やるべきことって……?」


流花の質問に、ニーナの表情は変わらなかった。


「あんたに話しても仕方のないことよ」


そうだ。自分はニーナに信用されていない。それは十分にわかっていたことだけど、何だか拒絶されたようで悲しかった。


「まぁ、これだけはあんたに話しておくけど、一人を助けて一人を殺すことが私の使命なの」


「殺す……?」


「魔法少女として、多大な力を得た代償は大きい。私の寿命だって、あとどれだけ残されているか分からない。でも、そんな代償を得る魔法少女は私だけでいいの。こんな犠牲は、他の子には払わせない。志苑は人間の命なんてほんの些末なことでしかないから、私が死んだとしても他の子を魔法少女にしたがるでしょうね。だけど、そんなことは私がさせない」


「……もしかして、ニーナさんの殺したい人って」


そこでニーナは満面の笑みを浮かべた。




ニーナはそれから何も語らず、流花と一緒に教室に向かった。


気づくと、三時間目も終盤に差し掛かっており、流花は遠山先生から非難の視線を向けられた。


「―――やっと戻ってきたか。ほら、授業の続きを始めるぞ」


「授業を再開する前に、ちょっといいですか?」


片手をあげて、ニーナはきっぱりとそう言い放った。


「このクラスの連中、私はあんたたちと一切絡む予定もないし関わりたくもないので、緊急性がない限りは話しかけないでもらいたいの。あと、この子に向ける視線やうっすらと聞こえてくる陰口からこのクラスの大体の縮図がわかってきた。先生も理解しているのか分からないですけど、そんな程度の低いクラスに馴染もうとは思わないので。そのつもりで、よろしく」


それだけを早口で話すと、ニーナはさっさと席についてしまった。流花はぽかーんと口を開けたまま、まだ廊下に立ち尽くしていた。


「……樋浦、早く席に着きなさい」


遠山先生はどこかしどろもどろになりながらそう言うと、流花はゆっくりと席に向かった。クラスメイト達から向けられる視線は痛いが、自分自身が言ったわけではないので、ニーナに向けて欲しいと思う。


隣に座るニーナは我関せずとばかりにつまらなさそうに頬肘をついて明後日の方向を向いている。流花は、自分がさらに良くない立場に追いやられたような気がするのに、何だかニーナの存在が誇らしくなった。


転校してきたばかりなのに、このクラスに漂う雰囲気に察知するなんてなんて凄いのだろうと思う。魔法少女だから、とは違う何かを彼女は持っているのだ。


「―――で、今は何の授業なの?」


「現国だよ、現国。教科書は私のを見せてあげるから」


「現国?そんなのどうでもいいわ。教科書を一度読めば理解できることだし」


それだけ言うと、ニーナは両目を瞑ってしまった。


誰にも意見を言わせず、わが道をいく、新見ニーナ。


いつか彼女が持っている苦しみや覚悟を話してくれるかは分からないけれど、今ニーナの横で一緒に授業を受けているこの時間が、何よりも幸せに思えた。

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