第十三話 悲嘆
サーヤはニーナの声の大きさに一瞬顔をしかめながらも、すぐに真正面を向いて不敵な笑みを浮かべた。
「志苑様が私もあんたらに合流するよう命じられたから来てやったわ。まぁ、私があんたに直接教えることなんて別にないけどな。職人の世界と同じや、目で盗め、目で!」
「―――はぁ?別にあんたから教えてもらおうとか一片たりとも思ってなんかないわよ。自分の力ですぐにあんたなんか抜いてやるから覚悟してなさいよ!」
売り言葉に買い言葉というのか、でもこうも柳眉を逆立てて声を荒げるニーナを今までみたことがなかった流花は驚きと、どこか微かな嬉しさを感じていた。流花に対しても小野寺兄妹といった周りの人物に対して、やはりどこか遠慮しているところがあった。自分の感情を思い切り外に出すことは抑えようといった躊躇いがあった。だけど、サーヤの気の強さもあるのかそれに付随してニーナの本心を曝け出している点が見受けられる。
どんなに流花が本心を曝け出してほしいと請うても、なかなか出来なかったことだ。それをサーヤは昨日今日でやってのけてしまった。それに対して悔しいのはあるが、こうして年相応のニーナの姿を目の当たりに出来ている現実は嬉しくてたまらないのである。
わあわあ言い合っている姿を物珍しそうに見ていく生徒たちに、少しいたたまれなくなってきた流花は制止の声を掛けようとした。
「おはよう、どうしたの、これは何の騒ぎ?」
「―――小野寺先輩」
朔がいつの間にか流花の横に立っていた。
「実は、新しい〈魔法少女〉が加わっていたんです。昨夜、ニーナさんと広島まで行っていて、そこで久我さんから聞かされました」
流花は朔の耳元で小声でそう伝えると、朔は微塵にも驚いていないようだった。
「……なるほど、もしかしたらエリスは、あまり選別が上手くいっていないのかもしれないね。皆が上位に従うような従順なエリスばかりではないのかもしれないし、意図的に暴走を起こしていることもあり得るのかも」
「意図的に?そんなことあるんですか?」
「僕のエリーには逐一エリス間の情報が送られてくるわけじゃないけど、ニーナさんだけじゃなく別の〈魔法少女〉が投入されたということは、想定外な出来事が頻発していて、処理に追い付いていない可能性が高い。エリスは自分たちの惑星の状況を正すのが先決だから、〈魔法少女〉をたくさん仕立て上げて処理速度を加速させようとする、と僕が久我志苑だったらするかな。彼らは人一人の命など、駒としか思っていないし意に関しないだろうしね」
流花が朔と間近でこそこそと話し合っていると、いつの間にかニーナさんもサーヤも諍いを止めてこちらを注視していた。周りにいた先輩女子たちも目を吊り上げながら二人を見つめている。
(しまった、つい家にいる時と同じ感じで話してしまった)
折角落ち着いてきた学校生活に暗雲を持ち込みたくないと流花は何てことないように朔から離れると、
「小野寺先輩、わざわざありがとうございますー以前歩いている時に泥水をひっかけて靴下がどろどろになっていたところにハンカチを貸していただいてたんですよねー今度洗ってちゃんとお返ししますねー申し訳ありませんでした!」
早口でそうまくし立てると流花は朔から急いで離れて、ニーナさんのところへ移動した。
朔の反応は分からなかったが何も返されなかったので流花の話に合わせてくれたのだろう。ちらりと後ろを横目で見ると、先程鬼のような形相だった先輩女子たちが安心したように朔を囲んでいる。流花ははぁーと大きく息を吐いた。
「……何、今のあからさまな茶番劇は?」
「そ、そういうことにしといてください!はぁー危なかった」
ニーナさんの言葉に額を拭いながらそう話す流花を、サーヤはどこか楽しそうに見つめている。
「え、あの背の高いイケメン、流花の彼氏とかじゃないんか?」
悪気がない何てことないことを話すときに、往々としてこの人は大声になることがある、というのが流花の判断になった。とてつもなく悪いタイミングで。
姦しいというほどの声を上げていたのにも関わらず、朔を囲んでいた先輩女子たちは一斉に口をつぐんでこちらを見やった。
「―――なぁーに言ってるんですか?そんなわけないでしょう!さっき話した通り、小野寺先輩と私は通りすがりにハンカチを貸していただいただけのしがない底辺の下級生女子なので。関わりのないことでございます!」
「なんや、そのしゃべり方?」
流花は最大限の力を顔面に集中させてサーヤを睨みつけた。これ以上余計なことを吹聴するな、と強い意味を込めて。それをすぐに察したのか、サーヤは小さく小刻みに何度もうなずくと、足早にそこを離れた。
「……あんた、よく女子間で空気読めない奴って言われない?」
はぁっとため息をつきながらニーナさんがそう言うと、図星だったのかサーヤは少し顔を引きつらした。
「まぁ、とりあえずこれで先輩方の矛先が私に向かないとは思うので良かったです。サーヤさん、あの人はこの学校の生徒会長で私とは天と地ほどの差がある雲上人なんです。一切関わり合いのない人なので、そこのところ覚えていてください」
実を言えば、全く関わり合いのない人ではない。現に我が家に郁と一緒に週三日もご飯を食べに来ている。そして、久我志苑と同じ〈エリス〉を棲まわせている。そのあたりを詳しく話すのは学校ではリスクが高いので、日を改めて再度紹介すればいい。そんなことをぼんやりと考えていると、職員室から隣のクラスの金田先生が慌てたようにこっちに向かってきていた。
「あ、西城!今日から登校だと聞いていたのに来るのがぎりぎり過ぎるだろう。これから色々話をするから早く来なさい。ん?樋浦に新見、君らは西城の知り合いか?」
金田先生の言葉に、流花とニーナは思わず顔を見合わせて、
「いえ、初対面です」
とさらっと言いのけた。
「てか、酷いやろ!なんだよ初対面って。今日で知り合って2日目やん!」
屋上でお弁当を開こうとした時に、勢いよく扉を開けてサーヤが怒鳴り込んできた。
「知り合いっていうか、ほぼ初対面ですよね?ニーナさん」
「そうそう、あんたの第一印象さいっあくだったし」
流花とニーナの応酬に、サーヤは傷ついたように少し後ずさりした。
「……それは、悪かった思ってるよ。志苑さまに何か信頼されているっていうか私とは態度違うなぁ思って、悔しかったんよ」
「はぁ!?あいつが私を頼っているわけないでしょう。死んでも構わないって思ってるんだから。ただの駒よ」
ニーナさんはお弁当箱を開き、即席のパンダおにぎりに気付くと嬉しそうに口元を緩めた。それに気づいた流花までも自然と嬉しくなる。
「ニーナさん、そのパンダおにぎりに鮭とおかかが入ってます。確か、梅干しは苦手って言ってましたよね」
「―――え!?あんたのお弁当、流花が作っとるん!魔法も弁当もおんぶにだっこで恥ずかしいと思わへんの?」
先程までも弱気の声色はどこへやら、腰に手を当てて居丈高にそう話すサーヤにニーナさんは不機嫌そうに見上げた。
「あんた、さっきから態度が変わりすぎでうざいわ。折角の弁当がまずくなる」
一刀両断でそうびしっと叩きつけると、サーヤは片眉をひそめながらもその場に胡坐をかいて座り込んだ。
「サーヤさんは自分のクラスで食べないの?」
「……訊かれたことを答えただけなのに、いつの間にかクラスの女子には遠巻きにされたわ。この関西弁のノリも着いてけへんみたいや。まぁ、それは地元でもそうだったけど」
そう言いながらサーヤさんはポッケからカロリーメイトを取り出し、一本咥えた。
「私は別に長生きしたいとは思わん。誰かと仲良くしたいという気も起きない。クラスで上手くやろうとするのも疲れる。だから〈魔法少女〉の使命を全うして、志苑さまに褒めてもらえて、そのままおっ死ぬことができればそれが本望や」
心底不味そうに咀嚼するサーヤに、流花は何も言えなかった。
「くだらない」
切って捨てるように吐き捨てるニーナさんに、流花は背筋を凍らせた。
「あ?」
「あんたが生きていたくないって、単に他人の同情を貰いたいの?そんなこと言えば、私たちが可哀そうねなんて思うと思う?」
「別にあんたに同情なんてしてもらおうなんてこれっぽっちも思ってへんわ!」
「私は絶対に死ねない。死ぬわけにはいかないのよ。守らなければいけない人がいるから。だから、流花に魔力を分けてもらって生きながらえながら〈魔法少女〉を続けているの。そして、あいつを解放してあげたい。本来の姿に戻してやりたい」
「あいつ……?」
「サーヤさん、ニーナさん、それぞれ〈魔法少女〉を続ける理由があると思います。私自身は、ニーナさんの力になりたいから。そして、〈魔法少女〉が必要としない世界の行く末を見守りたいから。でも、今は言い合いしないで共にご飯を食べて戦力を養いましょう。サーヤさんも、そんなカロリーメイトだけじゃ〈魔法少女〉として招集が掛かった時に機動力が低下しちゃいますよ」
「私は……いいんだよ、これで」
「良くないですよ。そんな不味そうに食べて、説得力ないです。あ、そうだ、今夜もまた食事会をするのでぜひサーヤさんも家に来てください」
「食事会?」
「私は今夜はパス。イライラして折角の食事が美味しくなくなりそうだし」
「それは残念ですね……今夜は叔母も出張から帰ってきているんですけど、サーヤさんさえ良かったら食べに来てください。腕を振るいますよ!」
流花は嬉しそうに上腕二頭筋をパンと叩いた。
「―――なぁ、流花は食堂のおばちゃんか何かなのか?」
サーヤはニーナに小声でそう訊くと、ふうっと小さく息を吐いて「似たようなものね」と呟いた。
サーヤは借りてきた猫のように緊張で萎縮してしまっているようだった。
「えぇと、こちらは今日転校してきた隣のクラスの……」
「西城 沙亜矢です。沙亜矢だと発音しづらいので、周りはサーヤと呼びます」
「よろしく、西城さん」
朔はにっこりと微笑むと、サーヤはびっくりしたように顔を赤らめた。
「え、ハンカチを借りただけの生徒会長が、何で流花の家でご飯食べてるん?」
こそこそと流花の耳元でサーヤが囁いたが、「あとで話す」とだけ返しておいた。
「私は小野寺郁です。1年生です。あ、隣の小野寺朔の妹です。バレーボールと食べることが大好きです」
郁は早口で淀みなく紹介をすると、後輩だと分かりサーヤの緊張が少し緩んだようだった。
「樋浦先輩、今夜は新見先輩は来ないんですか?」
「うん、今夜はちょっと遠慮したいって。また明後日にでも誘ってみるよ。あと叔母さんは何か同僚の人と外で食べるそうなんで、今夜は私たち4人だけです」
「ごめん、叔母さんに気を遣わせてしまったかな。俺たちの方が部外者だったのに」
「小野寺先輩、部外者なんかじゃないですよ。もう立派な〈魔法少女〉関連の仲間じゃないですか」
〈魔法少女〉の単語に、サーヤはぎょっとしたようだった。
「ちょ、ちょちょその単語はこの場で出すことじゃないやろ!相手だって困惑するやんか」
「西城さん、俺たちは大体のことは察しているんだ。俺は体内で〈黙示〉のエリスを棲まわせているし、郁も以前の新見さんの戦いの時に若干魔障みたいなものに触れた所為なのか、他のエリスの気配に敏感になっている。もちろん、久我志苑が〈審判〉のエリスという上位のエリスだということも分かっているし、〈魔法少女〉がエリスの選別の際に必要不可欠な存在だということも分かっているよ」
さらさらと流暢に語る朔に、流花は尊敬の念を隠し切れなかった。
だが、当の本人のサーヤの表情は晴れない。むしろ、不可解そうに眉間に皺を寄せている。
「生徒会長……いえ、小野寺先輩、すみません、実はそのエリスとか選別とか何のことだかよく分かっていなくて。いや、むしろ志苑さまからほとんど何も聞かされていない状態で」
どこか悲しそうに笑いながら語るサーヤに、流花たちは顔を見合わせた。
「サーヤさん、じゃあ久我志苑、さんからどうやって〈魔法少女〉になってほしいって言われたの?」
どこか迷いながらサーヤは言葉を探しているようだった。
「ビルの屋上で眼下の街並みを見下ろしている時に声を掛けられた。靴を脱いで揃えて、柵をよじ登って、ビル風に煽られながら、来世はもっと自分をきちんと愛してくれる家族の元に生まれますようにって、願ってた」
伏せていた顔を上げて、サーヤは青ざめた顔の流花をじっと見据えた。
「飛び降りようとした時に、空に浮かぶ志苑さんに声を掛けられたんや。『死ぬんだったら、死ぬ前にその命を使ってこの地球のために働いてみないかって』胡散臭すぎる勧誘だし、そもそも宙に浮いてるし、って感じだったけど。テレビで見る志苑さまが私個人に話してくれるっていうそのシチュエーションだけで、私は首を縦に振っていた。私なんかをまだ必要としてくれる人がいたんだってだけで、救われた。どうせ死ぬんだから、あともうちょっとだけ生きてみようと思ったんよ……」




