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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

【短編】別れさせ屋と山花東湖

作者: そろまうれ
掲載日:2023/12/17




喫茶店で、午前中だった。

木目調で統一された店内の座席は半分くらい埋まっている。

和風要素を取り入れたいのか、どういうわけだか電灯の一部には提灯が使われていた。


赤い座席は見るからに柔らかそうだが、実際に座るとそれほどでもない。クッションが硬く効いている。

だから、この喫茶店そのものは問題じゃない。

問題は――


「あー、確認するぞ」

「はい」

「俺は、山花東湖の代理人として来た。あんたは?」

「藤峰九郎の代理です」


目の前の、姿勢を正して座っている女が、どう見ても目当ての相手じゃないってことだ。


藤峰九郎は細身の元気な男で、葬式帰りみたいな黒を上下に着込んで無表情に座る女じゃない。


「……つまり、どっちも代理で当人じゃない。すげえ困る事態なんだが」

「それはこちらも同様です、本日、ここに来るのは山花東湖さんのはずでしたよね」

「そうだな、会って話をしよう、そういった類の連絡が山花東湖経由で行ったはずだ」

「ええ、彼はとてもウキウキしていました」

「そりゃ災難だな」

「……どういうことでしょうか」

「秘密だ」

「では、こちらも言うことはできません」


ほとんど人形と喋ってる気分だった。

口以外で動く箇所がない。


だが、ひどく真面目そうではあった。


「あんたは代理人として俺が来たことを藤峰九郎に言うつもりだよな?」

「当然です、こうして会話も録音しています」

「せめて許可取ってからにしろよ、それ」

「町中には監視カメラがあり、誰もがスマホで連絡を取ります」

「だから会話を勝手に録音してもいいと? ストーカーが大歓喜しそうな理屈だな」

「いいえ、あとで私がハッキングするのであまり違いはないと言いたかったのです」

「違いが大いにありすぎる。というか、ハッキングできるので、じゃなく、ハッキングするので、と言ったな?」

「ええ」

「なに茹で卵には塩をかけますよね、みたいな調子で言ってんだよ。ハッキングは日常的かつ当たり前にする行動じゃねえぞ、少しは犯罪行為を恥じろよ」

「公開情報ですよ。少しばかりアクセスが難しいだけの」

「知ってるか? 不正アクセス禁止法は、正規の手段によらずIDやパスワードを盗むことを言うんだ」

「正規の手段で得たことにできるので問題はありません」

「盗んだ鍵で家に入ることを正規の手段とは言わねえんだよ」

「見解の相違でしかありませんね」


話が横道にそれまくっていた。


「あー、いいか? 俺は別れさせ屋だ。依頼人の山花東湖から、円満に平和に後腐れなく藤峰九郎と別れさせてくれと頼まれた」

「そうですか、私の方も似たようなものですね。本人は来ることが出来ない様子でしたから」

「まあ……デートに代理人を寄越すくらいなら問題はないな。どっちも別れたがってるってことでいいな? 依頼人も無駄金を使ったもんだ。お前って人間に不審と問題はあるが、仕事としては楽で助かった」

「いいえ」

「あん? なにが不満だよ」

「現在、藤峰九郎と連絡がつきません」

「はあ?」

「私としては、その手がかりを得るためにここに来ました」

「待て、待て、オイ、どういうことだ?」

「ですから現在、行方不明なのですよ、藤峰九郎は」


目の前の女の姿は変わらない。

人形か、さもなきゃ感情が消失してるんじゃないかってレベルの平坦さで続ける。


「ひょっとしたら、殺されているかもしれません、山花東湖に」



 + + +



俺はこめかみをもみほぐす。

言われた言葉を飲み込む時間が必要だった。


「待て、ちょい待て」

「私は何度待てばいいのでしょうか」

「そりゃあ、いくらなんでも無いだろ」

「どうしてですか?」

「どうしてって……」

「あなたにとって、山花東湖はただの依頼人ですよね? その背景や人となりは知りようがありません。依頼時にいくらかやり取りはしたかも知れませんが、短時間だったはずです、彼女がシリアルキラーであったとしても見抜くことは難しい」

「どうして依頼した?」

「ほう」

「お前の言う通り、山花東湖が連続殺人鬼で、現在、藤峰九郎相手にお楽しみの真っ最中だったとする。その場合、わざわざ俺に依頼をする道理がどこにある? お前が言ってるのは、誘拐犯が誘拐する前に、別の人間と出会うように仕向けたはずだ、って主張だぞ?」

「ええ、道理に合いません」

「さらに言えば、お前っていう代理人が来ることも想定は難しいはずだ。本来であれば、俺は一人が待ちぼうけして終わるはずだった。こんなのアリバイ工作にもなりゃしない。シリアルキラーが別れさせ屋へ依頼する理由がまったくない」

「道理に合わないからこそ、意味があります」

「……どういうことだ?」

「動機面での工作です。あなたに依頼を行うことは、彼女が「藤峰九郎と無関係になりたがっている」ことの証明になります。目的の在る殺人は、濃い関係性から生じるものです、関係が薄くなるように――別れ話を切り出すよう計画し、さらには代理人を寄越すような弱虫には行えません」

「何気にディスってんな」

「道理に合わないからこそ「その行動」を選んだ、犯人と目されるのを避けた、これはそこまで突飛な考えでしょうか?」

「割と突飛だ。元だろうが何だろうが恋人関係は濃い。警察は確実にそう見る。工作としての意味がない」

「かもしれません」

「そもそも山花東湖が富士九郎を殺した、って前提で話が進んでるが、その証拠はどこにも無いよな? ただのお前の妄想だ」

「そうです」

「断言しやがった……」

「そうではない可能性の方が、とても高い」

「今までの会話はなんだったんだよ」

「信じられないような目で見ないでいただけますか? ゾクゾクしてしまいます。現在わかっていることは藤峰九郎が行方不明であることだけです。殺人の被害者であることは、ただの私の邪推でしかありません」

「話が振り出しに戻ってんじゃねえか」

「常に最悪を想定すべきでしょう?」

「最悪の妄想を常に口にしていい理由にはなんねえよ」


今までの話を一言でまとめれば、男が行方不明になった、というだけだった。

犯罪に巻き込まれた可能性はたしかにあるが、突然一人旅をしているケースも十分ありえる。


「そもそもお前、藤峰九郎とどういう関係なんだ?」

「さて」

「俺みたいに別れさせ屋ってわけじゃないよな」

「ええ、違いますね」

「なのに行方不明って情報はつかんでる、関係性がわからないんだが」

「ストーカーです」

「なるほど」

「即座に納得しないでいただけますか?」

「いままでの言動を顧みてくれ」

「まだ犯罪行為はしていませんよ?」

「まだ、と言ってる時点でアウトだ、未来の犯罪者」

「過去の犯罪者ではありません」

「やった犯罪行為がバレていないだけってオチだろ?」

「ふふ」

「無表情で笑うな」

「気持ちとしては心の底からの大爆笑です」

「顔面神経どうなってやがる」

「しかし、関係性ですか、説明が難しいですね」

「話が急カーブで戻ってきた……」

「簡単に言えば身内です」

「ん?」

「身内が突如として失踪したので探している、そのような状況です」

「ふうん?」

「なにか不審がありますか」

「そこまで詳しく調べたわけじゃないが、藤峰九郎に近しい身内がいたのが意外だった」

「血はつながっていませんからね、関係性として複雑なのです」

「下手につつきたくねえな」

「ええ、あまり追求しないでいただけると助かります、けれど、こうして探しに出る程度の間柄ではあるのです」

「なるほど、複雑だ」

「ですから、九郎の部屋に置いてあったスマホのロックを解除し、中身を調べて、今日の約束を見つけ出したのもセーフです」

「アウトだ馬鹿」


こんなのが身内なら、失踪するのも無理はない。

妙な話だが、俺はいくらか安心した。



 + + +



「あー、話をまとめるぞ」

「ええ」

「どういうわけだか藤峰九郎は失踪した、原因は不明。そっちも心当たりは無いんだな?」

「はい、まったく」

「だが、今日デートする相手はつきとめた、手がかりを求めて来てみれば山花東湖は居らず、俺という代理人がいた、そんな状況だ」

「自白剤の主成分はチオペンタールです」

「なぜ今その話をした? 持ってないよな? 誰に使うつもりだ? というか、俺にどこかのタイミングで使おうとしてないよな?」

「ふふふ」

「顔の変化が薄いから冗談かどうかわかりにくいんだよ、お前……!」

「依頼はどのように行われましたか?」

「はあ?」

「彼女と直接会って依頼されたのでしょうか」

「あー……いや、ネット上でのやり取りだ、直接話をしたわけじゃない」

「声すら聞いていない?」

「そうだな。だが、さすがに会話の画面は見せられんぞ、守秘義務に反する」

「いいえ、そうしたことは望みません、ふふ……」

「……気のせいかもしれないが、お前、さっきからウキウキしてないか?」

「そうですか?」

「顔は無表情のまんまなのに、身体がぴょこぴょこ左右に小刻みに揺れていやがる」

「どうやら心の高ぶりが抑えられないようです」

「お前の心臓、元気すぎじゃね?」

「山花東湖は実在するのでしょうか?」

「……はあ?」

「あなたは彼女を直接は知りません、また、私も同様に伝聞情報だけです。私達は、山花東湖の顔すら知らないのですよ」

「だから実在しないって?」

「ええ」

「さすがに突飛すぎじゃねえか? だったら俺は誰に依頼されたんだよ」

「藤峰九郎です」

「……なんだと?」

「あなたは先程、依頼はネットで行われたと言いましたが、これは藤峰九郎と山花東湖の関係もそうだったようです。実際には出会わず、ネット上でのやり取りが主でした。写真の一枚すらありません」

「……さすがに、電話くらいはしてたんじゃないか?」

「そのようですね、ですが、それも「実際には会っていない」ことには変わりありませんよね?」

「待て待て、いろいろ納得がいかない、お前は何が言いたいんだ?」

「山花東湖が、藤峰九郎の空想でしかなかった可能性を言っています。彼女が欲しいあまりに架空の相手を作り出した、そのような虚しい行いをしたのではないですかね?」



 + + +



そんなわけねえだろ、と言おうとしたが止める。

代わりに頭を回す。


「その場合、俺に依頼したのは妄想の補強ってことか……?」

「ええ、実在しない相手を本物にするために、あなたという代理人が必要でした。彼女はたしかに存在し、あなたに別れ話をするよう依頼した、そういう体裁を欲したのです」

「納得いかねえ」

「どこがですか?」

「その場合、どうしてお前が来るんだ? 藤峰九郎がきちんと振られなきゃ駄目だろ、そうしなきゃ現実味ってやつが薄れる。俺という山花東湖の代理人は必要かもしれんが、お前という藤峰九郎の代理人は不要だ。この場に本人が来なきゃ意味がない」

「姿が変わっているからでは?」

「なに?」

「別れ話を告げる相手が誰かを知るため、あなたは藤峰九郎の写真を手にしていますよね?」

「あ、ああ」

「その写真は、加工した偽物である可能性があります。今なら、ある程度の根気があれば誰でも作れますしね」

「俺が持っている「写真の藤峰九郎」と「本物の藤峰九郎」はまったく違う姿だと?」

「ええ」

「なんでそんなことするんだよ」

「彼氏だからです、釣り合いが取れる自分でなければならない。だから空想で彼女を作り出したように、「理想の自分」もまた作成したのです」

「なんだそりゃ……」

「言ってしまえばオママゴトですよ。誰だって子供の頃にやったでしょう? その夢想の中ではどんな理想の自分にもなれた、どんな思い通りの相手も作り放題。これは真剣にそれを行ったバージョンですよ」

「うっわ」

「気色悪がっていますね」

「その手の空想はやったことないからわからねえんだよ」

「へえ」

「夢がない子供だとか言うなよ、そういう指摘は聞き飽きた」

「それほど立派な体躯を持っているのですから、その筋肉に夢や希望や妄想や変態も一杯にするべきでは」

「へんなの混じってんぞ、とにかく、もともと藤峰九郎はここに来るつもりがなかった、そういう話でいいか?」

「いいえ、きっと来ているでしょうね」

「どっちだよ」

「ですから、遠くから観察をしているはずです」

「はあ?」

「藤峰九郎が「彼女が頼んだ別れさせ屋が来てしまった」というシュチュエーションを見逃す理由がありません。我々の席が見える位置を把握できるようなポジションで、ひっそりとこちらを窺っているはずです」

「……」


顔を動かさず、視線だけを巡らせる。

パーテーションで区切られ、客同士が顔をつきあわさずに済むようにはされている。

だが、その気になれば見ることくらいはできそうだった。


「ふふ、藤峰九郎は混乱しているでしょうね。彼の代わりに私がいる、別れさせ屋と会話をしている。気が気ではないはずです。ひょっとしたらバレてしまうかもしれない、入念に積み上げて作り上げた幻想が、オママゴトが、無遠慮かつ無骨な目にさらけ出されることになるかもしれない。私なら羞恥で死にたくなりますね」


視線が気になった。

誰かが見ているかもしれなかった。


拳に力が入り震えた。

自然と呼吸を止めていた。

今入ってきた客すら気になる。


「そこまで言うのなら」

「はい」

「藤峰九郎が実在するって証拠も、俺からすれば無い、その辺はどうだ?」

「あなたは山花東湖と会ったことがない、私はある、その違いはありますが?」

「俺からすれば嘘をつかれたとしても分からない」

「それは水掛け論にしかならないのでは」

「そうかもしれん、だが、存在しない、空想だっていうなら、俺視点からじゃ藤峰九郎もそうだって言いたいんだよ」

「なぜ私はそんなことをしたのでしょう?」

「俺に誰かを攻撃させたいからだ」

「ほう」

「考えてみれば、新しく手に入った藤峰九郎の情報は、全部お前経由のもんだ。それが本当だって保証はどこにもない。行方不明って話すら怪しいもんだ」

「そんなにも不審がられていましたか」

「俺達は今、こんだけ延々と話をしている、声だって潜めちゃいない、誰かしら興味を持って覗いて来てもおかしくない、その際に、お前が「あれが本物の藤峰九郎だ」と言ったとしても、俺からすれば判別がつかない」

「そこまでする理由が私にありますか?」

「さあな、俺になにか恨みでもあるんじゃないのか」

「覚えがあると?」

「こんな仕事をやっているからな、覚えのない逆恨みってやつはいくらでもある。無関係の人間を襲わせ、俺の社会的信用を失墜させる、そういう計画だったとしても俺は驚かないね」

「そこまで山花東湖が幻であるという指摘が嫌だったのですか?」

「はあ? そんな話はしてないだろうが」

「そうですか? 話を捻じ曲げようととても必死な様子でしたが」

「んなわけねえ、お前、自分が不利になったからって、更に話を変えてないか?」

「そもそも考えてみればわかりますよね、私の説が正しいとしたら、できるだけ第三者を噛ませたくないはずなんですよ。夢に耽溺するのに他人の目は不要です、まして、あなたのように勘も頭も鋭い人間に首を突っ込まれたら何もかもが台無しとなってしまう。リスクばかりが高すぎる」

「……なにが言いたいんだよ」

「そして、今は音声でもそれなりのものが個人で作成できます」

「だからどうした」

「察しが悪いですねえ。藤峰九郎はフラレた、そのような状況を作りたいのであれば、自ら「別れ話」の音声を作成すればいいだけだと言っているんです。あなたという別れさせ屋に頼む道理がどこにもありません」

「お前、自分が言ってた説を自分で真っ向から否定してるじゃねえか」

「そうですよ? 先程から話をしている限り、あなたはこの程度のことはすぐに指摘できたはずなんですよ。だというのに、それをせず「私が怪しいのだからその話は無効だ」という流れにしか向かいませんでした」

「それがどうしたんだよ」

「大問題ですよね」

「どこがだよ」

「目をそらし続けていることがです」

「何からだ」

「別れさせ屋さん」

「なんだ」

「あなたが、山花東湖ですね?」


事実を指摘された。



 + + +



別れさせ屋をするに当たって苦労したことがいくつかあった。

いかに相手を怒らせず、いかに恨みの矛先を依頼人に向けさせず、こちらに向けるかだ。


話を切り出したら激怒して暴れまわる奴がいた。

納得せずにつきまとい、ストーカー化する奴もいた。


別れさせ屋として、こういう奴らにも対処しなきゃいけなかった。

ただ別れさせるだけでは仕事の完遂にならない。


そのために、俺は身体を鍛えた。


理路整然と、あるいは情に訴えて懇々と説得したところで、体重30キロのガリガリが言えば舐められる。

脅して凄めばどうにかなるんじゃないかという下種な考えが相手から湧き出す。


逆に100キロオーバーの筋骨隆々が「丁寧に」頼めば、形だけは了承する。

ビビってないことにするために、可能な限り素早くお引き取り願うという心理が働く。


俺はまだそのレベルには至ってないが、それなりに強く見える体つきにはなった。

街を歩けば向こうが道を譲る程度の体躯だ。


だから後は、いかにアフターケアをしっかりするかだった。

別れた元恋人とは距離を取るのが一番だが、依頼人の環境によってはそうはいかないときもある。


というか、俺みたいな「別れさせ屋」に頼むのは、そういう拗れた案件がほとんどだ。

自分では解決できないトラブルだからこそ、金を支払って解決を求める。


だから俺は「山花東湖」を作り上げた。

相手の興味の方向を変えるためだった。


別れ話を嫌がるやつは、「自分が執着する相手」が逃げるのを嫌がるのだ。

おもちゃを取られて泣き叫ぶ子供と一緒だ、そこに執着はあっても愛はない。


必要なのは、「別のおもちゃ」だった。

別の執着する相手の用意だ。

山花東湖が、それだ。


俺は時間をかけてターゲットに興味を向けさせるよう、事前に繋がりを作った。

仕事帰りの、一人でクタクタになっているとき、あるいは眠くてダルい出勤時間などを見計らって、毎日定期的に「今週のジャンプ、良かったよ」とか「うちの猫かわいい」とか「ビンの硬い蓋、おまえは強敵だった……」などのどうでもいい連絡を取り続ける。


返信が適当でも短文でもなんとかなる話題だけを続けた。

ポイントは、かまって欲しい空気を出さず、「こちらが感じた面白いこと」だけを共有する形を取ること。

その上で、「あなたにとても興味がありますよ」というニュアンスを会話からにじませると、意外なくらい簡単に相手は転んだ。


おいおい男ちょろすぎるだろうと我ながら思った。


直接連絡を取りたがる時はボイスチェンジャーを使って凌いだ。

適正があったのか、会話で怪しまれたことはない。


そうした下地を作った上で、別れたがっていると、強面で筋肉な「別れさせ屋」が顔を出すのだ。

「興味を失いつつある相手」が、ちょうどいいタイミングで別れたいと言ってくる形だ。


たいていは上手く行った。

もちろん、その後で山花東湖は消えてしまうが、執着の対象はすでにズレている。依頼人に被害は行かない。

自然消滅の形へ移行することになる。


まあ、中には長々と「山花東湖」を求め続ける奴もいて、結局は俺が顔を出さなきゃ済まないこともあったが、割と少数例だ。

一時の熱狂があったとしても、ネット上の繋がりでしかない相手のことなど大抵は忘れる。


そうして、藤峰九郎とも出会った。



 + + +



きっかけがどのようなものだったのかは、正直よく憶えていない。

「山花東湖」を作り上げる初期に、学ぶための練習としてランダムかつ考えなしに繋げた内の一人だったと思う。


だが、妙に気があった。

相手は、俺が「山花東湖」であることを気にした様子もなかった。

ただの友人関係を長く続けた。


前向きで明るいやつだった。

人としての暗さがないわけではないが、「まあ、仕方ないよ」で済ませるような奴だった。


アカウントを作り直すことがあっても、この繋がりだけは断てなかった。

むしろ俺の方が、藤峰九郎に癒やされていた。


仕事とまったく関係のないやり取りができる相手の貴重さが骨身に染みた。

平凡さを嘆く様子ですら好ましかった。


しかし、しかし――

このままでいい訳がなかった。


言葉の端々から、俺に、いや、「山花東湖」に興味がある様子は伝わった。

ここまで気取らずに話せる相手はいないと言われた。

俺も同意見だ、などとは言えなかった。


会いたい、と言われた。

直接会って、話がしたいと。

俺もそうだなんて、とてもじゃないが言えなかった。


断るレパートリーはとうに尽きた。

もうどうしようもなかった。


山花東湖という幻想は現実には持ってこれない。

電話越しの会話だけでもギリギリだ。


だから、俺は、俺に依頼することにした。

「山花東湖」と藤峰九郎を引き離すために、別れさせ屋を頼んだ。


相手と会って別れを告げる、それは俺が何十回とやってきたことだ。

だというのに、ひどく心が沈んだ。


ある意味、初めて「別れを告げられる側」を味わった。

この後、ヤケ酒を飲むために飲み屋の予約までした。


当日、待ち合わせ場所に本人が現れず、別の女がいたことに誰よりも安堵したのは、間違いなく俺だ。



 + + +



思い巡らせた時間は一瞬だった。


「そんなわけがないだろ」


すぐにそう返答した。


「どこからどう見たら、俺が山花東湖に見えるんだ?」

「山花東湖という人はとても頭がいいのです」

「なんの話だよ」

「会話のレスポンスがとても早く、的確でユーモアに富んでいました」

「俺もそうだって言いたいのか? 褒められて光栄だ」

「けれど完璧すぎました」

「なに?」

「人の嫌な部分というものは自然と漏れるものです、作り物ではないのですから調子が悪いときもあります。しかし、むしろ山花東湖はそれを常に受け止める立場でした。彼女自身が当たり前の不安を口にしたことはない。常に前向きで常に明るかった」

「そんなことはなかったはずだ、割と――」

「ええ、へこんだり、調子が悪いと言ったり、頼んだ料理が不味かったくそー、といったことを良く言っていましたね?」

「……」

「どうして、依頼されたあなたが知っているのでしょう? とても不思議ですね」

「……俺がすごいハッカーだからだよ」

「もう一つ、別の説もあります」

「そんなものは無い」

「あなたは爪をキレイに磨いてありますね」

「気のせいだ」

「爪を隠しながら言っても説得力がありませんよ?」

「日課のシャドーボクシングを突然したくなっただけだよ」

「あなたは「藤峰九郎」に会うために、細かい部分も入念に磨いてくれたんですね?」

「違えよ……」

「ふふふ」

「無表情に大爆笑してんじゃねえ」

「先程から楽しくて仕方がありません」

「というか、信じたくねえんだけど、お前って……」

「ええ」


常に前向き、不安を受け止める、暗いことをあまり口にしない。

その条件に当てはまるのは山花東湖じゃなかった。


「私が藤峰九郎です」


まったく顔を変えずにそう言った。

俺が思い描いていた快活や前向きさは微塵もなかったが……


「……身内のようなものって、そういう意味かよ」

「今、身の内にありますよね?」

「全部お前の嘘じゃねえか……ッ!」

「ええ、写真も会話も内容もそうです、けれど、お互いさまでしょう?」

「なんも言い返せねえ……」


絶望しか無かった。


「……いつからわかっていたんだ?」

「さすがに最初からわかっていたわけではありません」

「藤峰九郎が行方不明だの、山花東湖が殺人鬼だの実在しないだのと言ってたのは、俺の反応を伺うためか?」

「ええ、とても楽しかったですよ」

「すげえタチ悪い……」

「あと実際に藤峰九郎は行方不明です」

「実在しないことを行方不明とは言わねえんだよ」

「あなたは藤峰九郎の行方がわからないことを心配し、山花東湖への中傷に憤りました」

「それって、そんなにおかしな反応か?」

「山花東湖が実在しないと述べたときには「それはあり得ない」という態度を取り、また、藤峰九郎が実在しないという仮説を、あなたはとても苦しそうに述べていました」

「……会話内容じゃなくて、俺の反応をずっと見ていたのか」

「あとは、あれですね」

「なんだよ」

「藤峰九郎がこの店に来ていて、こちらを窺っているかも知れない、私がそう言った時の顔で確信しました」

「どんな顔だ?」

「恋する乙女の顔でした。あなたはあの仮説が間違っているとわかっていたはずです。その上でもあのような顔をするのは、山花東湖本人しかいません」

「いっそ殺せ」


いろんな意味で。



 + + +



「あのさ」

「はい」

「お前、本当に藤峰九郎なのか?」

「いつものように、こちらで会話しましょうか?」

「スマホを取り出すな、というか、少しの希望を残したいからそういうことをするな」

「そんなにショックですかね」

「なにをどうやっても繋がらねえんだよ、人格が違いすぎる」

「あなたも同様では?」

「俺は、口調を変えただけだ、それ以外に変化はつけていない」

「まじ……?」

「はじめて感情が見えた話題がこれってどういうことだよ、どんだけ意外なんだよ」

「あなたの乙女度合いに驚いています」

「普通の会話しかしてこなかったよな?」

「一般成人男性は、こんなにも頻繁に夜中に寂しくなったりするものなのですか?」

「……作りだ、嘘の話題作りだ、画面を見せてくるな」

「このあざとい会話すべてが素だとしたら、生まれてくる性別を間違えていますよ」

「だから役作りだって」

「藤峰九郎は、あなたにとって騙すべき対象ではないはずですよね?」

「それは――」


ふと、嫌な予感がした。

何かがひっかかった。


知らず砂糖が塩に変わっていたような違和感。

形だけは似ているが中身はまるで別物だと気づいていない。

このままではひどい目に遭うという怖気。


一体それが何か気づくよりも先に――


「あの、申し訳ありません!」


声をかけられた。


「今日この時間に、この座席で待ち合わせをしているんです、少しだけ話が聞こえたんですが、ひょっとして……」


藤峰九郎だった。

俺が写真で知っているそのままの人間が、そこにいた。


細身で快活な様子は、思い描いていた通りだった。


「――え……」


存在しない相手だと心から信じたからこそ、反応が遅れた。

物語の登場人物が、唐突に現れたかのようにフリーズした。


頭の中が真っ白になった。

ありえない。


「ええ、そうです」


だから、目の前の女の横暴を止めることができなかった。


「私が、山花東湖ですよ、藤峰九郎さん」


そんな嘘の自己紹介をした。



 + + +



やられた。

前提が違った。

この女の嘘に完全にしてやられた。


何もかもがブラフだ。

全部が全部ではないだろうが、その大半が計算づくの行動だった。


この女は、おそらくストーカーだ。

藤峰九郎の、ストーカーだ。

俺と藤峰九郎とのやり取りを横から盗み見ている奴だった。


だから会話内容も知っていた。

俺が山花東湖だと推測することもできた。


そして、約束の時間をズラして伝えた。

藤峰九郎は「今日この時間にこの座席で」と言ったが、俺が知っている約束時間から、すでに一時間程度は過ぎていた。


コイツは真面目なタイプであり、時間に遅れるような奴じゃない。

明らかに、間違った情報が伝えられていた。


なぜそんなことをしたのか?

なぜ約束時間をズラしたのか?


決まっている。

成り代わるためだ。


この女が、山花東湖となるための行動だった。


そのために、先に「本物の山花東湖」と会うよう画策した。

もし、俺じゃなくてただの女が来ていたらどうなっていたかは、想像するしかない。

それこそ薬でも盛ったのかもしれない。


だが、来たのは俺だった。

脅して黙らせることができる相手だった。


そう、俺は「別れさせ屋」としてここに来たと伝えた。

山花東湖が、藤峰九郎と別れようとしていた。


空白の、持ち主のいなくなった「山花東湖」が取り残される状態にあると知った。

ストーカーが、親しい相手となり変わる絶好のチャンスだった。


そうして俺と会話を続け――山花東湖がどのような人間で、どのような話を好むかをつかんだ。

結局、今までの会話全ては情報収集でしかなかった。


「ああ、よかった、やっと会えた」


藤峰九郎の目が、女の方に向けられる。

本来は俺へと向けられるそれがこちらに来ることはない。当然だ。

強面の筋骨隆々の男が「山花東湖」だと見られることはない。


そして俺が、その勘違いを訂正することはできない。

それができるなら、最初から「別れさせ屋」に頼んだりしていない。


「ふふ」


目の前の女が「山花東湖」の座を奪うのを、黙って見過ごすしかなかった。



 + + +



このままでは、「山花東湖」が奪われる。

俺が続けてきた関係を丸ごと乗っ取られる。


だが、とんでもなく皮肉な話だが、ダメージをもっとも低く抑えるためには、この流れに乗ったほうが良いことも確かだった。


藤峰九郎はショックを受けることなく「山花東湖」と逢える。

その後に関係がどうなるかは不明だが、本当は俺だったと伝えるよりはきっとマシだ。


目の前の女は、ストーカーから親しい間柄へと変わることができる。

この女の用意周到さと頭の良さがあれば、きっと問題なくバトンタッチは行える。


そして、俺は何も変わらない。

もともと別れる予定だった。

関係が断ち切られることそのものには、なんら変わりがなかった。

このまま「山花東湖」が続くのであれば、それでいいんじゃないか……?


藤峰九郎が、俺の方を見る。

不審がっている様子があった。


こんな筋肉男がなぜここに?

そんな疑問だろう。


きっと「山花東湖」は、俺のことを兄だとか身内だとか言って紹介する。

心配でついて来たとか、そんな説明をする。

その嘘を俺が受け入れると読んだ上で。


今日ここは、ネット上でのやり取りしかしていなかった二人が別れる場ではなく、二人がようやく出会えた記念の場となる。

俺はそれを、横からただ見守る役となる――



ふっざけんな



冗談じゃない。

受け入れられるわけがないだろうが。


俺が俺の決断として別れるならともかく、どうして見も知らないストーカーに「山花東湖」をくれてやらなきゃいけないんだ。

俺は嘘の存在を作り上げた、藤峰九郎を騙した、だが、その嘘は、その罪悪は俺のものだ。


それによって死ぬほど傷つくのは、俺のはずだ。

だから――


「あの、こちらの方は?」

「ええ、心配してついて来た――」


言い切るよりも先に俺は女の肩を抱き寄せた。


「え」

「あ」

「悪いな」


俺は笑う、できるだけ露悪的に。


「心配で、ついて来ただけなんだよ、なあ?」


山花東湖の彼氏に見えるように。



 + + +



そう、奪われるくらいなら、奪ってやる。

「山花東湖」を俺のものにする。


絶対にくれてやらない。

それは俺が丹精込めて作り上げたものだ。


嘘?

オママゴト?

気色が悪い?


知ったことか。

それは、くれてやる理由にはならない。


できるだけ嫌らしく笑いながら、「山花東湖」を全力で抱き寄せる。

もちろん、油断はしない。


ここからこの女はどう出る?

ストーカーとしては、絶対に否定したい状況だ。


俯き身動きひとつ取っていないが、高速で頭を回しているに違いない。


俺のことを見知らぬ奴にするか?

しかし、会話している様子は部分的に聞かれた。

信用してもらうにしても、かなりの無理が出る。


シスコンの兄がふざけているという扱いにするか?

その場合、俺は身分証明書を即座に出す。

名字も住所も何もかもが違うとそれでわかる。


どの場合でも、「悪いな、コイツ、こういう嘘をよくつくんだよ」などのごまかしも入れる。

イチャついている風を装ってやる。


あるいは、コイツは即座に泣いてごまかそうとするかもしれない。

それ以外にも悲鳴を上げるなり、叫ぶなりして場をごまかして切り抜けるパターンも考えられる。


その場合、俺はラストカードを切ることになる。

アカウントの乗っ取りまでは、されていないはずだ。

俺が「山花東湖」であることをバラす、死なば諸共だ、コイツのことも道連れにしてやる。


「あの、それは……」


だが、それらの行動よりも先に九郎が心配そうに問いかけた。


「ああ、トモダチなんだって? 俺も話は聞いてるよ。良くしてくれてるみたいじゃねえか」

「……」

「けど、東湖は俺のだ、悪いな」


実際「山花東湖」は俺のだ。

まったくもって嘘じゃない。


正しくは同一人物ってだけだ。


「そう、ですね」


彼は諦めたように言った。


「そんなに東湖さんが幸せそうなら、誤解しようもありません……」

「は?」

「本当に、オレは会いたかっただけなんです、それが叶っただけでも、満足です」

「え、ちょ、ちょっと?」

「すいません、せっかくですけど、お邪魔しました、これからは連絡も控えますね?」

「お、おい……」


言っている意味がわからないまま、藤峰九郎は立ち去った。

その目尻には涙があるように見えた。

ひどく心が痛む。


俺は――


「なあ」

「……はい」


抱えるようにしていた相手の顔をようやく見た。


「なんでお前……そんなに顔を真っ赤にしてんの?」

「なぜでしょう?」


上目遣いに微笑んでいた。

嫌がり、嫌悪していなければならないはずなのに、そんな素振りは微塵もなかった。


「あのさ」

「はい」

「お前って、ストーカーだよな」

「そうですよ」

「藤峰九郎の」

「いいえ」


あ、やべえ、とわかった。


砂糖と間違えて思いっきり塩を舐めた気分だ。

やってはならない取り違えをした。



「私は、あなたのストーカーでした」



そう、考えてみれば服装からして違和感を覚えるべきだった。

もし仮に「山花東湖」に成り代わる予定であれば、上下黒に揃えた衣服は相応しいものではない。


そして、間違った時刻を伝える相手は藤峰九郎である必要はない。

俺に対して行なったとしても同じことになる。


コイツは、この女は、その卓越したハッキング技術を駆使して、「俺の」ストーカーをしていたのだ。


「ふふ」

「いや、お前、というか、そもそも、なにをして……」

「本当は、あなたが望まぬ別れを切り出そうとしていたのでこれを防ぐ予定でした。私が間に入り仲立ちをすれば、いままでの関係を続けることができます。あなたの不幸を、一時的にではありますが回避できたのです――」


奪うのではなく代役を買って出た。

俺が「山花東湖」を捨て、別れずに済むように。


そっと胸に手が置かれた。

冷たい手だった。

悪寒が走る。


「けど、仕方ないですよね?」

「なにがだ」

「私は、あなたのものなんですよね?」


そんな言葉を先ほど言った。

そういうつもりは、もちろん微塵もなかった。


「大変失礼なんだが」

「なんでしょう」

「お前、名前は?」


別れさせ屋をするにあたり、俺は偽物を作り出した。

だが、そもそも、どうしてネット上の女名前をこれにしたのか、それを俺は思い出せなかった。


気づけば使っていた。

自然と、当たり前に、その名が滑り込んでいた。


そして、この女は高いハッキング能力を持っているらしい。


「もちろん、山花東湖です。本名ですよ?」


最低でも、その頃から俺はストーカーされていた。

この女の名前を使うよう誘導された。


「逃げないでくださいね」

「逃げたらどうなる?」

「ひょっとしたら、殺されるかもしれません、山花東湖に」

「お前――」


それは、コイツが最初の方に言ったものだった。

なんの意味もない、ただのブラフのような言葉だったはずだ。

だが――


「殺されるの誰だよ」

「ふふ」


笑うばかりで答えはなかった。

俺は抱きしめた腕が怖くてほどけなかった。




別れさせ屋と山花東湖、

あるいは、自分の気持を封じて応援しようとしていたストーカーの自重解除ボタンをこれでもかと押しまくった『別れさせ屋』の話 了

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