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俺のルームメイトはスーパーヒーロー  作者: 夏城燎
第一章 新たな職場編
8/35

第八幕 「モチベーション」




「いきなりだけどごめん。仕事の関係で、ちょっと出張することになったんだ」


 朝方。

 俺が布団から出て来て。

 歯を磨きながら身の支度を進めている時。

 突然ミノルは大きな旅行バッグを両手で持ち上げ。

 唐突の言葉を申し訳なさそうに言ってきた。


 今日は新しい職場への正式な初出勤日であり。

 俺は緊張しながらも。

 用具を詰めたりお金を財布に入れたりと。

 諸々の準備を進めている時だった。


 俺の部屋のドアが開いて。

 そこから焦ったような顔をしている彼が出てきた。


「……ほ、本当に突然だな。いつ頃帰ってくるんだ?」

「まだ分からないかな。でも一カ月も掛からない筈だから、安心してよ」


 安心してよと言うけどな。

 安心できないような顔しているお前に言われても。

 説得力がないんだがなぁ。


「………」


 別に俺は出張する事を何とも思ってないけど。

 焦っているのがどこか不安だよ。

 ミノルさん。

 あと、お前の本当の仕事を知っているから。

 少し心配になってしまうな。

 ヒーローの出張か、金字塔は大変だな。

 ……まあでも、今までもこういうことはあったな。

 それと同じと思えば。

 別に大丈夫か。

 変にミノルが張り詰めてるから不安になってるだけだ。


「体壊すなよ。ミノル」

「うん。気を付けるよ。ごめんね、いきなりで」


 最後までそう謝ってくるミノルに少し違和感を覚えたが。

 ヒーローの仕事も大変なのだろう。

 察してやろう。


 俺は玄関を飛び出すミノルを見届けて。

 歯を磨きながら玄関の鍵をかけた。



――――。



 昨日の帰り道で発見したコーヒーショップで飲み物を調達し。

 俺はとことこと歩道を歩く。


 朝という事もあって周囲は明るい活気に満ちていた。

 俺の足元を友達と笑いながら通っていく小学生も。

 俺の事を無視しながら横を通る中学生も。

 毎度のごとく希望めいた顔をしていた。

 恐らく学校という青春への希望だろう。

 まだ穢れの知らないヒヨコは可愛いな。

 ただ、そんな中俺は。


「……潰れていませんように」


 ただただ自分の会社が潰れていないことを願っていた。


 新しい就職先である大本サポートアイテム修理工房は。

 俺にとって居心地のいい場所だと感じていた。

 俺の趣味であるサポートアイテム弄りについても語れて。

 気の合いそうな仕事仲間、田口アムもいる。


 昨日のあの彼の熱量は忘れられなかった。

 そのサポートアイテムに対する愛。

 そして愛に注げる熱量。

 彼が抱いている物は本物でしかなかった。

 ある意味息が合うだろう彼の存在は。


 この俺にいい友達になれるかもと思わせるのは中々できない事だぞ。

 くくく、ここから最高なお仕事ライフを……。

 あぁ、そういう面では。

 この歩道を歩く若き者たちと。

 俺は同じなのかもしれないな。


「ふふっ」


 俺らしくない気持ち悪い笑い声が耳に残りながらも。

 コーヒーを啜った。

 さてさて。


 ミノルがどこへ出張に向かったのかは聞かされていなかった。


 でも一カ月かそこらで終わると言う事は。

 少なくともこの日本のどこかへ行くのだろう。

 海外の可能性も捨てきれないっちゃ捨てきれないが、ここは日本と予想する。


 最後に言っていた、

 「おみあげは買ってくるからね」の言葉的に。

 おみあげ映えな場所と言う事になるがぁ。


 確か、前回は青森のリンゴだったな。

 あれは確か犯罪者グループ制圧の要請か何かが青森からあり。

 それに向かったと。独自に調べてあとで分かった。

 今回は一体。なに関係の要請なのだろうか。

 気になるけど。

 まだ事は始まっていないような感じだったし。

 俺の調べも、流石に警察やヒーロー事務所内部までは難しいから。

 これは結果待ちだな。


「あいつはあいつ、俺は俺だ。俺は、俺のすべきことを頑張ろう」


 会社の前で自分を鼓舞して。

 コーヒーを一口飲んでから。

 建物の中に入った。



 

――――。



 3階へ上って部屋の入口にあるタイムカードをレコーダーに刺し。

 俺は仕事場に顔を出す。


「おはようございます」

「お、おはようソウタ氏」


 俺の挨拶にいち早く反応したのは。

 奥で修理品を睨んでいた田口アムだった。

 作業場に入って腰くらいの高さのテーブルを通ると。

 驚くべき光景が目に入った。


「えっ?」

「あ、寝かせてあげてね。彼女はつい1時間前まで腰を痛めながら修理品の見直しをしてたんでやんすから」


 思わず後ずさりをしながら。

 もう一度俺は机の影に視線を向ける。

 やはりそこには、愛川ミキさんが『ピンクの寝袋』と。

 『ピンクのヘッドセット』と。

 『謎の目が掛かれたアイマスク』を装備しながら熟睡していたのだ。

 な、なんてフル装備なんだ。


「初めて見ると面白いでしょ? 彼女はこうもしないと寝付けない質なんでやんすよ」

「どうしてミキさん……家に帰らないんですか?」

「忙しいならここで寝泊まりした方が効率的だと言っていたでやんす」


 イスを回転させ。

 汚れた手袋をしている田口は俺の方に体を向けて答える。

 忙しいからここで寝泊まりした方が効率的って……とんでもないな。

 いっちゃ悪いが女性のすることじゃない。

 ここの仕事がどれくらい忙しいのか、また再認識するな。


「改めて、今日からよろしく。ソウタ氏」


 そう不気味な笑顔を浮かべる田口アムに対して、俺は。


「え、ああ。はい。お願いしますね」


 熟睡しているピンク寝袋のミキさんを挟みながら。

 改めて、挨拶が行われたのだった。



 

――――。



 ※愛川ミキ視点。


「んっ……」


 ごそごそと動き。

 寝袋の隙間から細い腕が伸びてくる。

 ピンク一色の寝袋から、ピンク一色の服を着た女性が上半身を出し。

 彼女のマッシュヘアが小さく揺れる。


 彼女は自分のアイマスクを取り。

 細い瞳を擦りながら、両手を上にぐぐっーと伸ばす。

 そして大きく息を吸い、吐き出すと共に両目を開くと。


「あれ」


 愛川ミキは気づいた。


「ソウタさんっ!?」




 そこに倒れた竹内ソウタの姿がある事に。




 

――――。



 ※竹内ソウタ視点。




「まさか……そんな……だとは」


 俺は1階の客間にあるソファで寝転びながら。

 熱い頭に冷えピタを付け、項垂れていた。


 状態は全身がダルい感覚で。

 とにかく体を動かしたくないくらい身体が重い気がする。

 視界は虚ろでまだ安定していない。


 そんな、言ってしまえば重傷者の容体だった。


「……はぁ」


 こればかりは流石に堪えるなぁ。


 事の経緯を説明しるよ。

 俺は朝、田口アムに『技術を伝授する』と言われた。

 俺はモチベーションが高かったが故に。

 その提案を嬉々としながら受けた。

 そして俺は。


「ごめんねソウタくん。あの人容赦なくって。それに相手が納得してようがしてなかろうが続けるから。頭がパンクしちゃうよね」


 頭がパンクねぇ。

 湯気出てますけど、俺の頭から。

 沸騰どころの騒ぎじゃない。


 天井の照明のせいで最初は良く見えなかったが、

 視界が良くなってくると同時に顔の認識が出来るようになっていった。

 あっ、やっぱミキさんか。


「世話かけてすいません愛川さん」

「大丈夫、もう田口くんの被害者を手当てするの慣れたから」


 慣れたってどれだけ居たんだよ被害者。

 何だか新人が辞める理由に、他の原因がありそうだぞ。


 てかあれ、なんていうんだろうか。

 あの感覚を言葉にするならば。


「……なんか、宇宙の始まりを頭の中に押し流されたような感覚でした」

「ビックバンしちゃってるね」


 ビックバン。

 言い得て妙だな。


「うぅ……それで、田口さんは?」

「今は作業場にいるわ。今日の分の仕事をしなきゃいけないから、まだ忙しいみたい」

「愛川さんは?」

「私は田口くんからお願いされてね~。彼、結構反省してたから、許してあげてね」


 別に怒っているわけじゃないからいいんだが。


 一体俺は何を聞かされたんだ……?

 あれだ。

 超人能力とサポートアイテムの歴史から始まって、

 ……そこから記憶がない。

 何と表現すればいいのだろうか。

 言葉と認知できない言語を永遠と聞かせられているような感覚だった?

 別に超人能力とサポートアイテムの歴史がとても濃厚で。

 本にするなら国語辞典並みの物なら分かるかもしれないが。

 そういう訳ではないはず。

 ならば、ただ単に田口アムが物事を解説したりするのが下手なだけか?

 下手のベクトルが想像の斜め上すぎるが?


「大丈夫? 一応失禁してないかは確認したけど」

「失禁……? え? 失禁するんですか?」

「今までに4人くらい居たわね」

「まあまあ多いじゃないですか」


 不安だ。

 とても不安だ。

 俺は大丈夫か?

 何か頭の大事なパーツを落としたりしていないだろうか?

 そして俺のパンツの中を愛川さんは見たのか?

 べ、別にいつ人様に見られてもいいようにコンデションなどは良いはずだけど。

 自分の意識がない時に見られたとなると……。


「………っ」

「え、あっ違うよ? 中はもちろん見てないよ? 強いて見たなら柄だけだよ?」

「――――――」




 ……十分だな。こんちくしょう。





「体調はもう大丈夫だよね? 悪いけど私も仕事に戻らなきゃいけなくって」


 俺がソファから体を起こすと同時に。

 頭を傾けながらそう言われる。


「もう大丈夫です。万全になったら一人で戻りますので」

「今度から気を付けるようにね。一応彼にも言っておくけど、今までのを見る感じ難しそうだし」


 自制が効かない人間がいるのは知っているけど。

 まさか他人に知識を教えるときにそれが出てしまうとは。

 難ありとはこのことか。


「いろいろと、ありがとうございます」

「いいよいいよ!! 初日がこんなんだったけど今後も頑張っていこ!!」


 俺が頭を下げると同時にあたふたと両手を動かし。

 頬を赤らめながら愛川ミキは早口で言い部屋から去った。


 愛川さん、凄い優しい人だな。

 いや、基本ここの人は優しいか。


 俺はもう一度寝転んで。天井を見ながら思った。


 いろいろと、暖かく楽しい職場だな。







「拙者……流石に反省でやんす。昨日の会話的にソウタ氏はある程度この話についていけると誤解していて」


 俺が3階の作業場に入った瞬間。

 すぐさま飛び込む様に俺の前に滑り込んできて、

 すぐさま頭を下げたのはあの田口アムだった。

 田口はぐぐぐと腰を引き、上半身を丁度90度の角度まで折って。


「ま、まあまあ大丈夫ですよ」


 大丈夫かと言われれば微妙なラインだったけど。

 無事であるのは確かだ。

 五体満足であれば基本大丈夫の判定でやっていってるからな、この俺は。


「――――」


 ああ、本当に田口さん、申し訳なさそうだ。


 話を聞く限り、彼も何度も経験しているらしいし。

 どこかかわいそうに思えてきた。

 いやぁ、何だか悲しいな。どうしたものか。

 いや、俺ができる事は何にもないな。

 できる事と言ったら幻滅しないってことだな。


 うわぁ、すっごい悲しそう。

 めんぼくないって言いそうだもん。


「めんぼくないでやんす」


 本当に言うとは思わなかったけどね。


 まぁ、前向きに考えようぜ。

 面白い経験ではあった。

 こういう人間味あふれる失敗はどこの会社に行っても、普通は体験できない。

 だからある意味、新鮮な経験だったのだ。

 ちょっとポジティブ思考か? と自分でも思うけど。

 こういう所にアットホーム味を感じる。

 いいと思うぞ。

 初動はちょっと怪しかったけど。

 まだここの印象は変わっていない。

 ノーカンだ、ノーカン。


「もう体調は大丈夫そうなので、早速仕事を教えて貰っても?」

「恐らく拙者は自制が出来ない人間。それに新着サポテムの修理がありますので、ここからはミキ氏に任せた方がいいでしょう」


 決して頭を上げずに田口アムはそう続ける。


 やはり何度もこういう経験があるからなのだろうか。

 落ち込みようが凄いな。

 実際、自分の悪い部分を直したいと思いながら直せていないのは苦痛だ。

 同情するよ。田口さん。


「分かりました。ついていけるように頑張りますね」

「うむ……」


 俺は田口さんの言葉のまま、奥で作業を始めていた愛川さんの方へ足を運ばせた。

 作業場にはそれぞれ作業する人のデスクが存在し。

 田口アムさんは全体的に鉄っぽく。

 壁に掛かっている名前の分からない工具が並んでいた。

 愛川ミキさんは整頓されたイメージであり。

 工具はピンクに塗装されている物が多かった。

 可愛い物好きなのだろう。

 俺も意外とそういうの好きだから、気が合いそうだ。


 俺は愛川さんのデスクに近づき。

 本人に声を掛けようとする。

 肝心な彼女は何やら近未来的なゴーグル? をして真剣そうに持っていた機械を睨んでいた。

 どうやら俺が近づいたのに気が付いていないらしく。

 俺は右手を伸ばして、軽く肩を叩いた。


「あっ、ごめんね。気づかなくって」


 彼女は決してこっちに振り返えらず。

 俺の顔を見ずに背中で語り始めた。


「いや、大丈夫ですよ。田口さんから聞いて」

「うん分かってるよ。少しだけそこで待っててくれるかな? もうちょっとで区切りがいいとこまで出来そうなんだ」


 彼女は真剣そうな表情で。

 はんだごてを手にガジェットを修理している。

 悪い時に声をかけてしまったな。


「分かりました~」


 俺は中心にある大きく書類や段ボールが積み上げられた作業机に行き。

 椅子を引いて座った。


 そうだよな。

 ここは本来暇な時間がないくらい忙しい。

 二人は今もなお集中力を絶やさずにサポートアイテムの修理を行っている。

 中々にきつい仕事のはずなのに。

 二人は凄いな。




 時刻は11時。


 少し小腹が空いてきたと感じ始める時間帯だった。

 彼女が作業に一区切りをつけ俺の所にやってきたのは。

 あれから20分後だった。


「お待たせ~」


 彼女は近未来的なゴーグルを外し自らのマッシュヘアを整えながらこっちにやってくる。

 適当に持ってきた椅子を股の下から通し彼女は雑く椅子に座った。


「問題ないですよ。そこまで待たなかったですし」


 たかが20分だ。

 それも相手の事を考えればまだまだ待てた。

 忙しい二人の手間を取らせてるんだ。

 少しばかりの不手際は目を瞑ろう。


「うっそだ~。40分くらいは集中しちゃってたし」

「……いや、実際は20分くらいです」

「え、それだけだった?」


 集中している人は時間感覚が無くなるのだろうか?


「では、お仕事の内容を教えて貰っても?」

「うむ、了解!!」


 彼女は一度背筋を伸ばし、両手を上にあげてから。

 勢いよく両手を下ろし。

 息を大きく吐いて。

 ……少し目線を俺からずらしてから、彼女は言った。


「ここの書類整理だよ。最初は」

「………」


 え?

 それだけ?


「最初から修理とか色々叩き込むと後々ついていけない人が出てくるんだ。だから最初は、簡単な物からやってもらう」

「……たしかに。さっきの俺みたいなことになるかもしれませんね」


 実際ここのレベルは想像の何倍も高い。

 ある程度俺もサポートアイテムの知識、機械や電子系の知識があると自負していたんだけど。

 どうやらそれは思い違いだったらしい。


「だから最初は書類整理!! まず確認済みと未確認の物を分けて。そこから事務所ごとに――」


 元気ハツラツに言う彼女に鼓舞され、俺は気を引き締めた。


 そこから仕事内容の説明が始まった。

 主にここにある書類はサポートアイテムの状態、

 使用しているヒーロー、

 そして所属事務所などが一枚にまとめられた物ばかりだった。


 それを事務所ごとに分け。

 積み上げられたこの書類の山を開拓するのが俺の仕事らしい。

 案外簡単そうじゃないかと思ったのは最初だけで。

 この山はどうやら2階の物置にもあるらしく。

 全部ファイルに纏めるまでが仕事だと言われた。


 なんてことだ。

 いやでも、最初の時点で何かを察するべきだった。

 昨日は無かったこの書類の山。 

 それが今日、この作業台に出されている時点で。

 俺は気が付くべきだったんだ。


「分かったかな?」

「わ……分かりました」

「よろしい! ではお昼休憩まであと30分くらいかな? それまで頑張ってみよう!!」

「お、おー」


 愛川さんのポジティブに押されて俺は彼女と拳を突き上げた。

 なんて地味な仕事なんだ。

 別にカッコイイ仕事をしたかった訳じゃないが。

 ちと拍子抜けだな。

 だが悪くはない。

 書類仕事も楽しんでやろう!

 はっはは!


「じゃ、私は作業に戻るね!」

「……はい。お時間とってくれてありがとうございました」

「ほら、元気出してよ! 頑張れソウタくん!!」

「………」


 ちきしょう。

 何だか悔しいよ。

 ちきしょう。

 色々振り回され過ぎている。

 振り回され過ぎて悔しいよ。

 はあ、ミノルよ。

 どうやら俺は、やっと『まとも』な書類仕事ができそうだよ。

 お前もそっちで頑張ってくれよなぁ。

 うぅうぅ。



――――。



「お疲れ様です~!」



 皆口呂カナメによるそんな言葉で現場に一気に酸素が回ったような雰囲気になった

 ずっと黙っていた二人もその瞬間ぬっと動き出して。


「待ってました!! 今日は何ですか? カルボナーラですよね??」

「拙者の飯はなんでやんすか!? チャーハン!? 唐揚げ弁当でも問題ないでやんすよ!!」


 二人は身に着けていたり持っていた工具を机に放棄し。

 飛び出す様に袋を持ったカナメに群がる。

 まるで飼い主が帰って来た犬の様に、

 二人は似たようなはしゃぎ方をしていた。


「えっと、その前にソウタさんは?」

「あれ? さっきまでそこの書類を整理していたはずですが」


 そうですよ。

 その通りですよ。

 整理していましたよ。

 そして俺は今、どこにいると思いますか?


「ありゃ」


 そうです正解です。

 あなたの足元です。


「こりゃびっくり」

「ビックリなのはカナメさんの驚き方ですよ。どこのアニメキャラですか」


 俺はぬるっと机のしたから顔を出して、身をよじりながらカナメの前に立つ。

 もう恥も捨てているからか。

 ある程度の尊厳を失くして接するように心がけている。

 どこかネジが抜けてしまっているここの雰囲気に慣れたのだろうか。


 そして俺は出来る限りの不満げな顔を見せながら。


「今何時ですか、カナメさん」

「今はお昼の2時ですね」

「俺12時半とかだと思っていたんですが」

「うちは遅めでね。お腹空かしちゃってたらごめんね?」


 おかしいなぁ。

 俺あと30分くらいで飯休憩だって聞いていたから、

 それを目標に頑張っていたんだけどなぁ。

 おかしいなぁ、おかしいなぁ。


「どうして愛川さんをじろじろと見てるんですかソウタさん……そしてどうして箱を被って隠れるんですか愛川さん」


 カナメの視点は俺から愛川へと向けられる。

 次の瞬間、箱の中から声が籠った言い訳が響いた。


「これには深い訳がありまして」

「言うの我慢してましたけど言ってやります。ここは色々とぬか喜びしかさせない決まりなんですか?」


 俺が本気のトーンで言った瞬間。

 俺の背後でピンク下半身の段ボールが「うぅっ」と揺れた。


「あ、あぁ……またですか」

「またなんですか?」

「すいません。本当、あの二人大事なところが抜けてしまっていて。ここではあるあるなんですよね」


 あるあるだったんですね。

 そりゃ苦労しますわ。


「ここに常識枠は居ないんですか?」


 この工房にも常識人が居れば俺の心の平穏は保たれるのだが。

 今の所、常識人だと片思いをしていた人が全くの間違いで、

 結果的にぬか喜びと言う形になっているのが本当に解せない。

 ノーカン! ノーカン! と言い聞かせていたのに。

 これじゃあの班長も浮かばれないよ。


「う、うーん……常識的で言うならぁ、大本社長くらいですかね?」


 あいつも大概常識枠じゃねぇんだよ!!

 元鬼族の時点で普通じゃねぇんだから!!


 ……なるほどな。

 新人がすぐやめる理由が。

 だんだん分かって来たような気がするよ。


「……まあいいですよ、ご飯ください。そろそろ食べなきゃミーラになるので」

「ソウタさんから好みを聞いていなかったので適当な物ですが、もし口に会わなければ買い直しますので」


 俺のここまでの態度を見てか。

 そう萎縮しながらカナメは袋を手渡してくる。

 こういう人が報われる世界になるべきだよな。


「たぶん大丈夫だよ。俺、基本好き嫌いはないから」

「分かりました。また何かあったら教えてくださいね」


 まさかこの1日で。

 俺がここまでキャラ崩壊するとは思っていなかったよ。

 自分でもこんなに多種多様なノリツッコミをしたのは生まれて初めてだ。

 新鮮だし、心の中で何かが壊れるのも感じる。

 ここまで築き上げてきた大事な何かが、音を立てて。

 まあでも。


「………」


 もぐもぐと食べながら俺は背後の視線に気づく。

 そしてひそひそ声で会話しているのも聞こえる。

 俺は耳が良いんだ。

 陰口なんて意味をなさないぞ。


(……やめちゃうかな?)

(……流石に拙者も、今回はもうダメかなって。また拙者が、未熟だったから)

(いや、今回は私も悪いよ。というか毎回どっちも悪いんだから。もしソウタくんが辞めちゃっても、次に生かそう)

(………)


 はぁ。

 本当にずるいよなそういうの。


 いつもの俺なら。

 イラつく連中を見ても何も言わずにただ耐えるだけなんだけど。

 ここではそうは思わないんだ。

 何故なら当人が自覚してるからだ。

 自分の過ちに気づかず、何なら気づこうとしないゴミが多いのがこの世界だが。

 その過ちに気づいて。治そうとしている。


 今のひそひそ話もそうだし。

 行動で何となくそれが伝わってくる。

 だからだろう、不思議と彼らの行動にイライラしないのだ。

 そしてイライラしないから大目に見てしまう。

 大目に見ながらそれに対し触れ、会話することができる。


「――――」


 カナメの気持ちが分かる気がする。

 あの二人は少し抜けているけど、ちゃんといい人なのだ。


「はぁ」

(溜息ついてるでやんす!! もう終わりだ……)

(今回はダメだったけど、また次も頑張ろうね)


 勝手に終わらせるな。

 俺はまだここを辞める気なんてないぞ。


 買ってきてもらったお弁当をかきあげ。

 俺はその場の誰よりも早く完食をし。

 ゴミを捨て、立ち上がり。

 そのまま書類捌きの続きを始めたのだった。


 書類捌きは慣れてくるとどんどん作業が効率化され、楽しくなった。


 こういう作業自体別に嫌いではないし。

 俺はあんがい単純作業が大好きなのかもしれない。

 そのまま時間が経過し俺は7時までその業務を続けた。

 流石に腰が痛くなってきたし。

 もちろん頭も痛くなってきた。

 単純作業なわりに選択肢が多いせいで脳死では出来ないし。

 ほとんど立ちながらしていたから足も疲れ切っていた。

 でも最後に感じたのは。

 やり切ったと言う満足した疲れだった。

 何故ならば。


「えっ……うそ」

「2階にあるのはまだだが、とりあえずここに積まれていた分は全部終わらせたよ」


 朝と比べたら大分綺麗になっただろう。

 天井に触れそうなほど積み上げられていた書類の山はいつの間にか開拓されており。

 思わず二人は目を丸くする。

 驚きもするだろう。

 だって、中央に積み上げられた書類は。

 俺がほとんど片付けたからだ。

 別に俺は片付け上手でも、

 何なら書類仕事が好きな人間ではない。


 ただ俺はこの仕事への『モチベーション』が高かっただけだ。

 途中こそモチベーションが著しく悪かったけど。

 そこから飛躍的に伸びた。


「凄いでやんすな……ソウタ氏は」


 言葉を失うとはこのことだろう。

 田口アムは自身のメガネをクイッと動かした。


「何ならどこにどの事務所の束があるか分かるから。もし聞きたいときは俺に聞いてくれ」

「じゃ、じゃあ。ヒーロー事務所キンモクセイの最新の書類を」

「そこだ。付箋で書いているから小さいが、事務所ごとにネームプレートを付けてある」

「すごい……」


 呆気にとられる二人。

 俺も自分がこんなに仕事ができる人間と言う事を。

 再確認できてほっとしたよ。

 是非この功績をミノルあたりに自慢したい所だけど。

 あいにくミノルは現在出張中だ。


「今日の所は終わりだよな?」


 俺がそう二人に向けて言うと。

 二人はどこか暗い表情になった。


「一応、今日の業務はこれで終わりでやんす……」

「その。私達、今日」

「気にしないでくれよ」

「………」

「……」


 と俺は言うが。

 当人たちはとても気にしてそうだ。


「俺は今日、ここが更に好きになったよ」

「……え?」

「そうなの……?」

「だからモチベーションが上がったんだ。俺は何と言われようとここで働くし、二人とも仲良く関係を続けたいと思う」


 こんな言葉が俺から出ているのが不思議だけど。

 心なしかここは、どこか昔の俺に親近感を抱かせるのだ。


 最初こそ印象は最悪だった。

 二転三転する気持ちに追いつけていなかった。

 でも蓋を開けてみれば、ただの人間らしい失敗でまだ目を瞑れるレベル。

 俺が初日だからかみ合わなかっただけで。

 きっと俺はこいつらを知っていけばこんなことは起こらなくなる。

 人と過ごすと言う事は、お互いに妥協することだ。

 ………。

 だから、こいつらは俺と同じ。

 自分の欠点を理解している人たちなのだ。

 だからだろう。

 こんな言葉が吐けるのは。


「俺は欠点を自覚している二人が好きになったんだ」

「――――」

「明日からもよろしくな。田口、愛川」


 たとえ俺の不幸がここを潰したとしても。

 俺はここを本気で守りたいと思うだろう。


 今日からここは俺の居場所だ。

 かけがえのない。

 居心地のいい場所だ。


 今日は良い日だった。

 そう胸を張って言う事が出来るのが、どこか誇らしい。


「……! 心得た」

「分かったよ!! ソウタくん」


 こうして俺は、愛川と田口とは。

 ある意味対等な関係になった。



 そう、その瞬間、交友関係が生まれたのだった。



――――。



「突然で悪いでやんすが、明日一緒にとあるヒーロー事務所に付き合ってくれないでやんすか?」



 帰り際に引き留められ。

 そう田口からお願いされた。

 俺は特に深くは考えずに了承したのだが。


 その選択が、俺の不幸の始まりだったのだ。








 俺のルームメイトはスーパーヒーローで、

 俺の仕事場は、問題が多い。



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