第三幕 「バーの騒動」
目の前の出来事を見て、たまらず俺は。
嫌味ったらしく呟いてしまう。
「……またかよ」
不満を漏らす。
しかし、やはり現実は俺に優しくないらしい。
「ぐへへ」
さっきまで落ち着いたムードだった店内の雰囲気が
全部台無しになった。
おいおいおいおい。ふざけんなよ?
傷心の身と言うのに。
「――――」
はぁ~~~!!!
と、大きく不満そうなため息をめっちゃでかく付いてやりたい。
まあ、そんな事をしたら。
今カウンターの裏でゴソゴソと漁っている三人組の強盗に。
痛めつけられるに違いないが。
……でもさぁ、だってほら。
二日前に失業したばっかりなのにさ。
どうしてこうまた、……さぁ?
「おいそこのチビ、そのスマホをこっちに出しな」
ヘラヘラとした態度のぽっちゃりデブの強盗が。
如何にも悪党らしい仮面のせいで籠った声を使い。
そう催促してくる。
まあスマートフォンなんて物より俺が痛めつけられるという苦行の方が嫌だから。
渋々とだがスマホを差しだした。
ちなみにすっげえ嫌そうな顔をしながら渡した。
「おらっ」
ああ、俺の嫌そうな顔もあまり通じなかったらしい。
察しが悪いとモテないぜ、悪党様よ。
「………」
はいはい、つい最近その流れやりましたよ。
スマホが断末魔をあげてぇ~でしたよね。
まったく……最近の犯罪者はスマホの脅威を良くご存じの様で!!
嫌になっちゃうわ!!
それからずっと、下から強盗を観察していると。
どうやら念入りにすべての客のスマホを壊しては「ぶひひ」と笑っているデブ強盗がいた。
心なしか楽しそうな顔つきをしていやがる。
この悪党め。
「おらっ!!」
なんてことだ……許せない。
俺のスマホだってさぁ、ああ新品なのに。
そんな一週間に何度もお店に行くのだって店員さんに申し訳ないし。
それに変な目で見られるし。
それでお店を何度かえた事か。
何代目のスマホだと思ってんだ。
これで13代目だよばーーか。
はーーぁ。
観念して。
事の始まりから説明するよ。
ここは駅から少し歩いた場所にある穴場のバーだ。
そこで俺は気持ちよくお酒を飲みながら。
夜と言うパーティーを満喫していた。
しかし、その聖域も無粋な輩の突入により一変した。
店に入ってきた“男三人組”により。
店主と店の客数人は突然身動きが取れなくなり。
店内にいたほとんど人間が椅子から地面に倒れ、
今に至る。
それがここまでのあらすじだ。
身動きが取れなくなったは、多分何らかの『超人の能力』だろう。
何といえばいいのだろう。
全身にぐるぐると透明な縄を巻かれている?
と言えば良いのだろうか。
くそ。まるで俺が捕まった泥棒みたいじゃないか。
「……んたく」
強盗の中に能力者がいる。
縛られると言っても唐突に縄が巻かれたような感覚だった。
『透明縄』の能力者。
どうしたものか。
「………」
と言うか、元を正せば。
会社がぶっ壊れ、実質失業し。
自暴自棄になってここに来たのが間違いだったんだ。
いやまぁ。
そりゃ緊張しながら面接して。
やっとの思いで内定貰って。
うっきうきで会社に行った日に失業をしてしまったんだ。
誰でも落ち込むだろう?
それとも、落ち込まない鋼メンタルの人間がいるってのか? あ?
何度も会社がつぶれたりすると、
履歴書を書くのが大変なのをもうそろそろ世界に理解してほしい。
しかし、冷静になると俺も俺だな。
この流れは初めてじゃない。
今までも俺は悪くないのに何度も犯罪に巻き込まれたりはしていた。
ついに店側から入店NGを告げられたことだってあった。
あれは相当ショックだった。
だからこそ、当分は家でのデリバリー生活に至福を見いだそうとしていたのに。
あぁ、だから元を正せば、正してしまえば、これは油断の結果なのか。
「――――」
さてさて、そんな俺の長い与太話なんて今はどうでもいい。
この場を切り抜けよう。
「おい! ヒーローが来る前に金を取れ!!」
「へへ、こんなに金があるぜ」
そう気色の悪い笑い方をしながら、強盗はレジのお金を袋に入れる音がする。
あいにく今回は体すら動かせれないので、
強盗の姿を確認することは出来なかった。
こういう場面に慣れて来たからって訳じゃないけど。
俺は犯人の姿を確認する癖があるのだ。
理由はまぁ、見えるか見えないかで対応が変わるからだ。
「………」
では、整理しよう。
現在時刻は深夜。
屋内バーなのでヒーローのパトロールによる発見は期待できないだろう。
そして一番厄介なのが。
強盗の中には超人。
すなわち能力者がいると言う事だ。
『超人犯罪』
ならばここで登場しなきゃいけないのはもちろん超人のヒーローなのだが。
前述したとおり、ヒーローの登場はそこまで期待できない。
こういうバーでは本来、ボタン一つで通報できる便利な機器があったりするのだが。
『透明縄』のせいで恐らく誰も押せていないだろう。
しかし、超人犯罪となると必然的にヒーローの出番になる。
幸い前回とは違い、俺が死の危機に追いやられている訳でもない。
本音を言ってしまうなら。
気持ちいいお酒を邪魔されたんだ。
天罰くらいは堕としてやりたい所ではあるけど。
「――――」
一応、俺のブザーは既に押してある。
縄で縛られていたが、詰めが甘かったな。
俺のブザーはズボンのベルトにある。
手を後ろで組んでいれば押すこと自体はできるんだ。
ちとここで小話だが、
このブザーには三種類のモードがある。
その一、GPSを使い自動で住所込みの偽通報を流せる『偽通報モード』。
その二、既存のサイレン音、ブザー音を秒数設定で流せる『ブザーモード』。
もう一つあるのだが、それは今後のお楽しみと言う事にしておく。
このブザーは俺の自作だ。
自作にしてはいろんな機能を組み込めて、
なかなかに使える品へと改造できたのを。
自分で勝手に誇らしく思ってる。
自己満足って大事だろ?
まぁ。
技術は知り合いに教えて貰ったんだけどな。
ピンチの時ほどこういう防犯グッズは役に立つ。
もちろん、警察にバレてしまったらまずい代物なんだけどね。
「はて……助けが間に合ってくれるか」
「警察でも呼んだのかしら?」
俺が思わず独り言を呟くと、目の前の女性がそう反応してくる。
「――――」
眼前。
黒い帽子から垂れる黒髪ロング。
赤いシャツに、自衛隊の航空部隊とかが来てそうなジャケットを着ている女は。
自分の耳を触りながらそう聞いて来た。
彼女は縛られ方が悪かったらしい。
地面に寝そべりながらなんと片手まで使えている。
「呼べるわけないでしょ。俺は一般人なんですから」
というと、彼女は考えるような顔になって。
「……まあそうよね。変な事を聞いてしまったわ」
俺も何が何だか分からないんだ!! 警察、早く来てくれねぇかな!!
……と、俺はあくまで一般人を演じる。
実際、呼んだんじゃなく知らせただけだからね。
嘘は言ってないよ。
屁理屈もいいところだけど。
眼前の美少女は、見た目こそ少し子供っぽいイメージがあった。
だがその表情には確かに色気があり。
端正で大きな目が特徴的だった。
あまり他人の顔に興味がない俺でも、
一目見ただけで美人と思うくらいの美貌。
そんな人に飲話しかけられたのは、良い誤算だったというのに。
「……はぁ」
「深い溜息ね。私もそれ、してもいいかしら」
目の前の彼女はそう面白そうに聞いてくる。
「いいややめた方がいいね。強盗に気づかれたら殺されるよ」
とは言うが、まだ強盗は盗んでいるお金にご執心の様だ。
しかし、こんな会話聞いたら速攻ボコって来るだろう。
俺ならそうする。
「別に私は、殺されるくらいいいけど?」
彼女はなにも感じていないようにそう平然とした物言いだ。
冗談だとしても。
この状況だと笑えないな。
「馬鹿言え、命は大事にするんだよ」
「………ふん」
どこかノリが悪い俺に鼻を曲げる彼女。
俺は別にヒーローでも無敵の怪人でもないから、こんな状況で軽口叩けるくらいの余裕はない。
……とアピールする。
「………」
音的にまだ強盗は袋に金を詰めているな。
さっきも言ったが今回に関しては命の危険はない。
人質にされている訳でもないし。
強盗が武装しているかと言われればしていないと俺は予測する。
感の部分ももちろんあるが、極めつけは“音”だ。
「――――」
例えアサルトライフルでも例えハンドガンでも。
銃には特定の金属音が存在する。
これは俺の特技でもあるのだが、俺は銃の金属音に無駄に敏感なのだ。
銃を抜いたり仕舞ったりする場所が例え服のベルトの中だろうが、
ちゃんとしたホルダーの中だろうが。
俺は銃があれば音で分かる。
だがもちろん、それを過信しすぎるのはだめだ。
銃を仕舞うのに使用されるホルダーが布素材の場合だってある。
するとどうだ、金属音が擦れて鳴ると言うのは想像できるだろうか。
例えば。
敵がベルトの間とかに銃を隠しているのなら俺は音に気づけると断言する。
だが、布のホルダーに金属の銃が仕舞われていた場合。
俺は音に気づけるか?
答えはノーだ。
俺は布のホルダーだったりしたら相手の武装を、銃の有無を判断できない。
ならどうして俺は今、
この強盗が拳銃類を持っていないと断言できるか。
「――――」
それは手癖だ。
考えてもみてほしい。
おまえが銃をもし持っていて、どうしても強盗をしなきゃいけないとなる。
そうなった時。
どうして有効な脅し道具になる拳銃を布のホルダーに仕舞わなきゃいけないのだろうか。
そう、そこがおかしいのだ。
思い出してみればあの強盗は脅すと言う方法を取らず、能力で店の中の人間を捕縛している。
確かにそれの方が脅すより確実性があるのかもしれない。
だが能力と銃を同時に出し、客に見せつけた方が。
圧倒的に確実性があるのだ。
銃を持っているならば。
それは猿でも分かる人殺しの道具なのに。
それをどうして表に出さない?
出さないのではなく無いのなら。
奴らが能力に依存し、計画性のない強盗を繰り返しているチンピラならば。
さっきから奴らの会話的に、この強盗に計画性が感じられない。
もし計画性があったなら。
金の場所くらい事前に把握してあると思うだろ?
あいつらはさっき、レジすら開けるのに手間取っている姿を見せた。
よって俺は、
この強盗はそう時間が掛からないうちに捕まると予想する。
「それにしても最悪だわ、この店の店主、2年前も強盗にあっているというのに。災難な話だわ」
「………」
唐突に目の前の美女はそう呟いてくる。
……まあ、災難だな。
俺も結構不幸な人生を送ってきた自覚はあるけど、
常人であるほど不幸による跳ね返りがひどいと思っている。
この店の店主は、かわいそうだな。
かといってだな。
「――っ」
「………」
俺が視線を下から上げると。
上目遣いしている彼女にふと視点が移った。
その瞬間、俺はある事に気が付いた。
「――――」
なるほどな。
この女。
俺はハメられた訳か。
はっ、面白いじゃないか。
「おい」
俺は立ち上がった。
芋虫の様に身をよじりながら、この緊迫した状況で体を起こす。
両腕は使えないが、足で立つくらいは出来る体勢だった。
もともと俺は縛られた直後、
ちゃんと身動きが取れるように倒れ方を調整していたんだ。
いざという時に動けるようにな。
立つと俺は店に乗り込みお金を盗んでいる最中の強盗と初めて目が合った。
小太りの男。
身長が高い男。
背が小さい男。
いかにも大中小って感じで分かりやすかった。
「なんだぁチビ、誰が立っていいって言ったんだ?」
小太りの男がそう上々なテンションで言う。
現在進行形でお金を盗んでいるからか少しテンションが高めか?
まあいい。
「起立着座くらい自分の意思でやらせろ。ま、そんな事は今はどうでもいいよ」
思えば馬鹿げた事をしているなと感じる。
だが。一度触ってしまったんだ。
それの一瞬が、一生の呪縛となる。
この世界の決まった摂理だ。
「俺はこの店の店主が隠し持っている金庫の場所を知っているぞ」
そう言うと、明らかに小太りの男は疑いの目を向けてくる。
視線がくすぐったいな。
「その情報が正しいと言う根拠を言いな!! 15文字以内でな」
男は冗談なのか本気なのか。
そんな無理難題をつきつけてくる。
むちゃな事を言うなと言いたいが、今はこのノリに乗ってみるとしよう。
レスバ力については自信がないが。
できるだけ捻りだしてみようと思う。
「『この店で働いていたが解雇された』。これでどうだ?」
もちろんウソだ。
だが、15文字と言われたのだから仕方がない。
根拠。とまでは言えない受け答えだが。
俺の言葉に説得力くらいは生まれるだろう。
「…………」
「……はっ、店主に聞けば分かる事だ。おい、能力を店主だけ解除しろ」
大男は強引な物言いで、
金を詰めている強盗仲間に言った。
馬鹿ではあるが賢い判断だな。
店長に一度聞くか。冷静というかなんというか。
「えー、めんどいっす」
「あ? もういっぺん言ってみろ」
「……あいあい。りょーかいです」
ちょっと強盗同士の仲の悪さを垣間見た気がしたが。
まあここは一旦いいだろう。
どうやら確かめに行ってくれるらしい。
これは好都合だ。
俺にとってはそこまでだが。
強盗の内の一人が。
カウンターの中で身動きを取れなくなっていた店主に近づいていくのが見える。
店主は生きている。
それに場所も確認した。
どうやら店主は、『口』を透明縄の能力でふさがれていたらしい。
確かに店主なら強盗が入ってきた時点で騒ぎそうな物だが。
そうならなかったのは理由があったということか。
口に透明縄。
なんてひどい奴らだ。
でもそうすると、どうして他の客の口がふさがれなかったのか疑問だ。
「………」
いや、考えるまでもないな。
恐らく透明縄の能力は『未成熟』なのだ。
最初からこの世に、完璧な能力は存在しない。
特異体質、突然変異のこの超能力は、訓練をすればある程度伸ばすことが出来る代物。
つまり能力には『成長』があるのだ。
それを努力もしず、能力を伸ばそうともしなかったんだろ。
だから恐らく、透明縄に何らかの制限があると考えられる。
透明縄なんて強力な能力。
伸ばそうとしないのが馬鹿に思えるけどな。
三人組の中で一番背が小さい男が、店主の肩を触る。
「能力解除」
こうして透明縄の能力者を特定できた。
一番背が小さい男、こいつが能力者。超人だ。
ここまでこれば、俺の仕事は終わったと言ってもいいだろう。
肩の力が自然に抜ける。
「さて」
俺はこれから起きる事を予知し。
その光景を目に収めるとするか。
小さい男は店主に近づき、屈んで、店主に触れようとする。
触れることが解除方法らしい。
捕まえるのは触れなくてもいいのに、解除は触れなきゃいけない。
なんて馬鹿な野郎だ。
『楽して生きて居たい』と言う魂胆が見え見えすぎる。
バカにしては良い能力を持っているのも。
ある意味宝の持ち腐れだった訳だ。
でも、
「――口に出さなきゃ解除できないなんて、どれだけ練習を嫌っているのかしら」
今だけはそのバカさに感謝するよ。
美しい声色が店内に響いた。
背の小さい強盗が店主に触れようとした瞬間。
――飛び込んできた美女が男の手に噛みついた。
思ってみればその光景は。
衝撃的ともいえるのかもしれない。
考えてもみてほしい。
普通に生きて来て、美女が手に噛みついてくると言うハプニングがあっていい筈がない。
しかしこの世は、超人社会だ。
「いったァ!?」
唐突の出来事に強盗達は混乱した。
肝心の手を噛まれた男は。
叫びながら腕で後ずさりし。
壁に思いっきり背中をぶつける。
「あなたの手、触らせてもらったわ」
同時に色気のある声が再度店内に響き。
カウンターの上の方に立った美少女に、その場の視線が集まり。
美女は刹那、驚くようなスピードで足を突き出し。
背の小さい男に強烈な蹴りを一撃入れた。
セリフを言った瞬間、俺の全身の違和感はいつの間にか消えていた。
『透明縄の能力を解いた』様だった。
なるほど。
触れただけで触れた対象の能力を無効化できる能力か?
「……」
……いいや違うな。
正確には『触れただけで相手の能力を盗む能力』だ。
あの女、俺が気を逸らしている間にカウンターの中に入りやがったな。
流石は。
「おまえ誰だぁ!?」
背の小さい男が一瞬で気絶すると同時に。
背の高い男が唾を吐きながらそう怒鳴る。
その間、強盗は不測の事態に対応出来ていない様だった。
経験不足だなチンピラ。
てか、ここまで来てまさか知らないのか?
「私? 私は名乗る程でもないわ」
透明縄の能力を奪い。この店にいる全ての人間の縄と解除した後。
女はジャケットの内ポケットに仕舞ってあった物を取り出す。
――取り出した“特徴的なアイマスク”を装着すると、女はカウンターの上に登り。
「能力怪盗『キャットレディ』 ね? 名乗る程でもないでしょ」
名乗っているだろ。
とツッコみたくなるが。
知らないようだから教えてやるよチンピラ共。
この世界に居る限り。
ヒーローはいずれ、必ず現れるんだよ。
名乗った瞬間。
キャットレディは飛び上がり。
一番近くにいた背の高い男にその長い手を伸ばした。
男は防御するような形を取ったが。
キャットレディは一度男の腕に触れ。
すぐさま距離を取った。
「――ぐぎゅ!!」
次の瞬間、男は苦しそうに言葉じゃない何かを吐き。
拘束された様にその場に倒れた。
盗んだ透明縄の能力か。
「ぐぶっ――――」
キャットレディはすかさず捕まった男の腹を蹴り。
男はカクッと気絶する。
かわいそうに、なむさん。
キャットレディは猫のような仕草をしながら、
残ったもう一人の男へアイマスク越しの視線を向けた。
プロヒーローチーム【ハイドアンドシーク】に所属するキャットレディは。
『触れた超人の能力を一時的に奪う』能力を持つプロのヒーローだ。
こんな場所、それも深夜にバーでたむろしている事を考えると。
いささか健全ではないが。
ここは偶然バーに通っていたキャットレディに感謝しよう。
「………」
思えばヒントは沢山あったな。
俺が飛ばした偽通報を聞きつけた『ハイドアンドシーク』が。
無線で近くに居たキャットレディに情報を送った。
プロヒーローの基礎その一、無線は常に耳に付けている。
あの女の耳が髪の毛で隠れていたのも本職柄そうした方が都合がいいのだろう。
「警察でも呼んだの?」
は俺の偽通報を警察とヒーロー共通の回線に、『警察の通報』として流しているからだ。
ちなみに、バレたら怒られるって言うのはそこの部分だ。
2年前、このバーに強盗が来ていたと知っていたのも。
恐らくヒーローだからだ。
あとは、そうだな。
強盗が来てから俺と彼女だけが冷静だった。
その時点で気づくべきだったけどな。
俺も案外感覚が鈍っているらしい。
鈍っても問題がない勘であるのは確かだがな。
「あら、小太りなあなた、能力者ね」
舌なめずりと共にキャットレディは言う。
大中小で言う所の中である男は、どうやら能力者らしい。
キャットレディは手をさし伸ばし。
透明縄で小太りの男を捕縛しようとする。
しかし、どうやらうまくいっていないようだ。
「超人で悪いかよ偽善者ァッ! 俺はなぁ、常に、フルスピードなんだよォ!!」
そんなバカみたいなセリフを言いながら。
男踏ん張るように歯をむき出し。
闘牛の様に足で三度地面を蹴ってから。
「ふん――ッ!!!」
その瞬間、
小太りの男は突進し始めた。
その際、彼の体は膨張するように大きくなり、
瞬間、男のスピードは格段に上がったように見えた。
『身体強化』か。
「魅力的な肉団子さんね」
そう嘲笑したような言葉とともに、
小太りの男の突進を難なく、アクロバットかつセクシーに避けるキャットレディ。
流石はヒーローだ。
そのまま男は爆音を鳴らしながらバーの壁を突き突き破った。
地震ではないが。ビルが少し揺れる。
さすがにここまで派手にしたら。
外の人間も事態を理解して事を大きくしてくれるだろう。
ここまでこればほぼ勝ち確定だ。
「ふむ、速度の制御は出来ていないけど。能力強化事態はしているのね」
なんてキャットレディが言うと共に、俺はその瞬間を見逃さなかった。
「今のうちか」
キャットレディが戦っている横で。
俺は避難誘導を始める。
会社員の男性や。
着飾っている女性を出入り口から逃がし。
口をふさがれていた店主の肩を持ち上げ外へ運ぶ。
迅速な避難誘導は大事だ。
キャットレディ的にも、店の中に人が居たら戦いづらいだろうし。
なんて思って他人の肩を支えながら外に出ると。
「わお」
何とその戦闘は。
ビルを貫通し、外の人が大勢いる歩道で更に繰り広げられていた。
どうやら開いた穴から外へ出て来ていた。
「……厄介だわ」
キャットレディが不満げに呟くのが聞こえる。
その言葉は色んな意味を孕んでいた。
まず、一般市民の存在だ。
まだ避難は完璧ではない。
なので、ここで大規模な戦闘はできない。
そこが厄介ポイント1だ。
そしてもう一つ。
これは公になっている情報だから解説するが。
キャットレディの能力怪盗はとある特徴がある。
まず大前提に、超能力には大きく分類される種類が四つある。
一つ、【肉体強化系】
二つ、【空間干渉・精神干渉系】
三つ、【物質生成系】
四つ、【例外的異能力系】だ。
四つ目の【例外的異能力系】と言うのは概念を説明するのが難しいんだが。
これは一例だが『条件が揃った時、状況を変えることが出来る』能力だ。
そう言えば。
目の前にいるキャットレディの【能力怪盗】も【例外的異能力系】該当するな。
そういうちょっと特殊な能力をこの【例外的異能力系】に入れている。
ちなみにさっきの【透明縄】は二~三つ目に該当する。
こんな分類とか言っておきながら二~三とか一~三と曖昧な物も存在する。
能力は基本的に単純なのから難解なものまで多種多様。
だからこういう分類になっている。
今戦闘をしている大中小で言う所の中の男は、恐らく一つ目の【肉体強化】。
キャットレディの能力である【能力怪盗】は得意不得意が存在する。
最初に三つ目の【物質生成】だ。
これが一番奪いやすい。
って、雑誌で答えていた。
二つ目は【空間干渉・精神干渉】
そして一番苦手とするのが一つ目の【肉体強化】だ。
なぜなのかは俺も知らないけど。
要するに、この敵とキャットレディは相性が悪いと言う事だ。
「どうしたキャットレディィ! 俺に触れないのか!?」
「ええ、汗臭そうで嫌だからね」
背中に居た人の避難を確認したキャットレディはそう言いつつ。
辛辣な発言で場を繋ぐ。
まあキャットレディは毒舌で有名だし。
こういう感じなのだろう。
「さぁ、俺に勝てるかなキャットレディ!!」
大きな男は喉を鳴らし、野太い声で脅す。
だがその脅迫にキャットレディは屈しず。
「別に負ける要素ないでしょ」
それを見下すように睨みながら、キャットレディは右腕を上に掲げた。
その瞬間、キィーと耳障りな音がその歩道に響き。
俺は周りを見回した。
確かにキャットレディと『相性』は悪いのかもしれない。
「………」
あいや、言い換えるべきか。
キャットレディの能力と相性が悪いと。
「能力だけだと思われているのは不服だわ。あなたなんか能力なしで、ボコボコに――」
「あ、え」
男の戸惑い声とともに、色気のある舌なめずりが聞こえた。
同時にギチギチと不快音を鳴らしている正体に。
俺はだんだんと気がついていった。
この歩道の街灯、
この歩道の低木、
壁に伝っているパイプもだった。
――そこら中に張り巡らされた細いピアノ糸の存在に。
やっと俺は気が付いたのだ。
キャットレディは身体能力がずば抜けて高い。
それに、これは出回っていない情報だし俺の妄想になってしまうが。
「さあ、蜂の巣よ」
彼女はサポートアイテムを使った戦闘が支流だと思う。
全ては既に彼女の手の内。
全ては既に掌握済み。
能力怪盗キャットレディは神出鬼没。
ヒーローチーム『ハイドアンドシーク』に属しているヒーローは総じて、
サポートアイテムの使い方が長けているのが特徴のチームだ。
小太りの男は黄色い網に捕まり。
全身を締め付けられながら文字になっていない悲鳴を上げる。
こうして強盗三人組は無事確保され。
バーでの事件はこれにて終幕した。
ほんと、疲れたな。
と俺は心の中で呟き、帰り道で煙草に火をつけた。
――――。
警察が来る前に帰らせてもらった。
しかし、今回の事件について俺はまあまあな関与してしまった訳なので、
やはり個別の事情聴取が後日にある。
とぼとぼと俺は、夜の道を帰って行く。
「――――」
キャットレディのリアルなんて知りたくなかった。
正直俺はヒーローの中の人の事情とか興味がないのだ。
この世界ではある程度ヒーローに対する規制があるのに。
俺の悪運はそれを凌駕し通り抜けてくる。
うんざりするよ。
全く。
「――まだまだ夜はこれからと言うのに、どこに行くのかしら?」
刹那、聞こえて来た美声を、俺は流石に聞き逃せなかった。
「……どのた?」
「変な応答しないで。さっき会ったばかりでしょ?」
ああ、悪運だ。
最悪過ぎる。最悪な女に目を付けられた。
そう心で呟きながら俺は振り向いた。
そこには何もなかった。
誰も居なかった。
ただの暗闇だった。
でも不思議な事に声は確かに後ろから聞こえている。
「どこを見ているの? さっきの、バーでの続きをしないの?」
「悪いけどもうしないよ。今日は疲れたんだ。また後日ってのも、まあなしだね」
「あら、連れないわね」
まるで普通に答える彼女。
そんな彼女に、呼び止められた時からの疑問とともに返答を行う。
「そら仕事着で来られたら、誰でも警戒するだろう? キャットレディ」
そう言いながら俺は視線を上にあげた。
やはり上に居た。
俺の頭上の電柱に備え付けてある街灯の上に。
その女は立っていたのだ。
黒いタイツを着こなし。
自分のプロモーションをこれでもかと月明かりに晒して。
普通に続きをしたいならどうして仕事着で来るんだと、ツッコミたいね。
「あなた、妙に冷静すぎる。ずっと怪しかったわよ」
「怪しまれないようにする演技をしていなかったからな。それはそうだろ?」
「あなた何者?」
「はっ、言うと思うか?」
「ぷふっ、あはは」
と言うと、キャットレディは突然笑い出した。
不気味なくらいな高笑いだった。
この女のツボが分からないな。
「言う訳ないか……でも残念ね。私はあなたを知っている。確かに知っているわ」
「……そうかい。別に知られていても問題はないよ、今の俺を邪魔しなければな」
どこか弄ぶような言い草だった。
悪い冗談にしては質が悪いので。
そう声の圧を掛けながら。
彼女に背を向け俺は歩き出す。
俺の事を知っている人間なんていなくていんだ。
それに普通に考えてあり得ない。
ましてやこんな、ただの正義のヒーローが。
俺の正体を知っている訳なんてないのだ。
ないない。あるわけ。
「あなたが悪事を働いているとかなら、ヒーローとして邪魔はしたけど。別にそういう訳じゃないから逃がしてあげるわよ」
「………どこまで知っている?」
まるでその発言は、本当に俺の事を知っているような言葉だった。
俺が振り返ると。
キャットレディはいつの間にか俺の目の前立っていた。
人通りのない道だった。
整った顔立ちに特徴的なアイマスクが月光を反射する。
そしてその小さな口が、ふと開かれると。
言いやがった。
「――『鬼族』幹部の酒吞童子さん。鬼神様は元気かしら?」
「…………」
どうして俺はこの女が。
でたらめを言っていると思い込んでいたのだろうか。
ああ、そうだ、この女は。
「……あいつの崇拝者か」
面倒な事になったなと顔色を変えずに思った。
だがまあ、それなら納得できる。
あいつの崇拝者がヒーローになっているのか。
これはヒーロー業界もなかなかに腐っているな。
「俺の過去の名前を出すのは勝手だが、あまり広めてもらったら困るな」
俺は顔色を出来るだけ変えず。
ブザーを取り出しながら言葉を紡ぐ。
このキャットレディは何者なのだろうか。
ヒーロー業界に潜んでいるあいつ側の人間なら。
ある意味『ミノル、グラビトルの敵』だ。
この世界を正そうとするあいつの思想に賛同している、あいつ側の人間なら。
「別に広めるつもりなんて毛頭ないわ。でも、見たことある顔ぶれがそこにあったから、気になって追ってきたのよ」
そう見下した顔のままキャットレディは言った。
俺はブザーを腰に付けていた煙草箱に突き刺し、最後に。
「……あら、知られても問題ないっていうのは、強がりだったの?」
「ああ、俺の本質は強がりなんだよ。キャットレディ」
右腕についている腕時計にブザー+タバコ箱を装着。
そうすることで出来上がったのは、不格好だが一発限りの“違法拳銃”だった。
ぐっと俺はトリガーに指をかけるが。
キャットレディはそれを見ても平然としていた。
「言っただろう? 俺は邪魔する気なら容赦はしない」
「だから、邪魔する気なんて」
「ヒーローってのは分からないのか? 自分の正体を言い当てられるだけで悪党からしたらいい迷惑なんだよ」
その言葉と共にトリガーに掛ける指の力を増やす。
全く、迷惑の部分で言ったら。
それはヒーローでも同じだと思っていたんだがな。
察しが悪いとモテないぞ。
「あら、知らなかったわ。じゃあ謝罪でもすればいい?」
「勝手にしてろ。俺のやる事は変わらないがな」
俺はキャットレディのオデコに銃口を突き付ける。
逃げるつもりはないらしい。
一発限りでも人は殺せる。
……そういう脅しなんだが。
どうやら効果はなさそうだ。
「あら?」
俺は月光に照らされながら、片腕をキャットレディのオデコから下ろした。
女は不思議な顔をするが。
俺はその女に言った。
「お前は殺さない。でも、お前の願いもお前の言い分を聞いてやらない」
「………」
「俺は今日お前の顔を見た。それが俺の人質だ」
「……面白いわね。あなた」
どうやら面白いと思われたらしい。
心外だな。
彼女は言い終わると。
その足からは想像が出来ないくらい高く飛び上がり。
電柱の上にスタッと乗った。
直立しているキャットレディは。
月を見惚れたように見つめてから。
俺に振り返って。
「バーでの演技、とても魅力的だったわ」
「そりゃどうも。お前も今日は魅力的だったよ」
電柱の上で月を見上げるキャットレディを背中に向け、
俺は背中越しにそう告げた。
去り際に、
キャットレディの狂ったような笑い声が、
背中を触ったのを覚えている。
こうして本当の意味でバーでの一件は終幕した。
――――。
「ただいま」
俺は扉を開けた。
いつもの匂いがして、いつもの風景が出迎えてくれた。
気が付いたら時刻は早朝だった。
「おはよう。遅かったね、ソウタ」
優しい顔をしながら、茶髪の男は言った。
チャラ男と見ようと思えば見える外見に。
俺は少し安堵感を抱いく。
すると、いつもの匂いの中に違う匂いを感じた。
まさかと思い足を進めると。
リビングの机に広がっていたのは。
「カイダンピザ、ソウタが好きなトッピングにしといたよ」
ミノルはどうやらピザを買ってくれていたらしい。
これ、おはようと言いつつ。
俺が帰ってくるのをミノルは待っていたんじゃないか?
この男は少し優しすぎるんじゃないだろうか。
……ま、ミノルらしいな。
「ビール、買ってきたぞ」
俺は。
片手に持っていた袋から缶ビール取り出し。
まだ冷えている缶に指を掛け開けた。
いつも思うのだが。
俺はお酒が大好きだからこそ思うのかもしれないけど。
「――――」
ミノルはとことこと歩いてきて。
袋から一本缶ビールを取り出して一口飲んだ。
恐らく彼は今日仕事があるのに。
一口と言わず、ぐびぐびと缶ビールを飲むミノルは、「くうぅぅぅ」と喉を鳴らし。
「仕事前の一杯が最高なんだよね!!」
そんな親友の笑顔を見て、俺は思った。
俺が酒を好きだから思うのかもしれないけど。
人がお酒を飲んで笑っている顔が、どうも見ていて癒されるのだ。
俺の正体を知らないルームメイトは
スーパーヒーローだ。




