第二十七幕 「しあわせになる - 後編 -」
「ざでい、とぅーでい、いずていきんいっずとぉるおんみぃ」
鼻歌を歌いながら。
僕は歩いていた。
目的の無い旅だ。
でも、強いて目的を言うならば。
『放棄の旅』だろう。
雪の降り始め。
東京での雪は知っていたけど。
ここ、花見小路の雪は少し風味が違った。
同じ都でもこんなにも差があるのかと思いたくなる程。
その静かさと美しさ、そして優しい寒さが印象深かった。
僕はあの日、あの白い翼が生えた日。
全てが嫌になった。
突発的に家を出て、何もかも終わらせたくなった。
それほど当時の僕にとってストレスが大きく。
いるだけで立ち眩みしてしまう事実だったのだ。
そのまま僕は東京を離れた。
落ち着くまで大分時間がかかった。
それに大変だったのは、この異能の暴走だ。
ストレスが限界に達するとどうやらこの羽は勝手に飛び上がるらしい。高いところから落ちる恐怖を、嫌と言うほど味わされた。
この世界に芽生えた異能という異分子は。
何も親切な物ではない。
それはテレビなどで報じられてもいた。
この異能は確かに世界で確変を起こしている。
変革を起こしている。
でもそれは優しくはないのだ。
最初の能力者と言われる少女は、自分の能力により異界へ飲み込まれた。
この異能は人間に備わった「牙」であると提言した人が居たが。
その人は後にバッシングを受けた。
何故なら「牙」と「異能」は、実際には似ても似つかない。
正すなら『諸刃の剣』だった。
下手をすれば『覚醒』の後、死ぬ可能性があるのだから。
それを自分の個性とは言えなかった。だから「牙」は適切じゃなかった。
僕の場合、死ぬことはなかった。
でも飛べるようになるまで、大分時間が掛かったよ。
さっき言った通り、ストレスがたまると僕は勝手に飛び上がる。
その感覚を掴む必要があったんだ。
自分の重さとか、そういうのを考えて。
頑張って努力をした。
僕のこの『羽を操る』能力を。
使いこなすために。
でも、数ヶ月後、とある事に気が付いた。
僕はきっと、自分の異能を見誤っていた。
「……風に、触れる?」
やけに風を感じると思っていた。
やけに風が、見えるような気がしていた。
僕は風を、周囲の風を自由に操る事に成功した。
そう、僕の本当の能力は『風を操る』ことだったんだ。
それに気が付いた瞬間から、僕は空を飛べるようになった。
風で何が出来るかを試してみた。
まず、物を浮かせられる
次に、渦巻きを生成し、その場に2分ほど残すことが出来る。
その渦巻きは便利で、飛んできた物を防ぐことができた。
例えば銃弾。
銃弾が飛んでくると分かっていれば、
着弾する箇所に小さく強力な渦巻きを発生させれば。
弾丸を防ぐことが出来た。
そうすれば横から来る威力は相殺され、
僕の渦巻きの中には減速しきった銃弾が浮く。
それに。
それを同じような速度で返す事も出来た。
実際にそれで、僕は一人殺した。
案外何も感じなかった。
初めて人を殺したのに。罪悪感も何もなかったよ。
まあ、相手が面倒な犯罪者だったのもあったけど。
そこまで心が痛まなかったんだ。
ストレスも感じなかった。
過去の僕を考えるとあり得ない事だ。
というか、僕はある日を境に、ストレスを感じなくなった。
『全部忘れて生きる』と言う事を始めたからだ。
僕の過去をすべて忘れ。
僕の事を記憶から全部なかったこととする。
そうすることで僕は、全くストレスを感じない体となった。
僕は二度と過去を思い出さない為に。
僕は名前を捨てた。
名無しとして生きることとしたんだ。
これが僕が、この花見小路へ来る前の話だ。
ここへ来た理由は、来てみたかったからだ。
ここへ来る途中、適当なコンビニで読んだ旅のすすめ的な雑誌に書いてあった。
別に何を見に来たというわけでもないし。
名所なんてものに興味はないけど。
気になったから来てみた。
そのくらいの気楽さが僕に合っていた。
まあ、もちろんお金なんて無いので。
僕はここまで空を飛んできた。
だから来るのに時間が掛かってしまった。
「――――」
はてどうしようか。
雪が降り始めたと言う事は、野宿は危険だと言う事だけど。
この寒さを凌ぐ防寒具はもちろん持ってはいないし。
かといって宿に泊まるお金もない。
どうしたものか。
「ん?」
「はぁ……はあ」
目の前に、何だか苦しそうなお婆さんがいた。
それに何故か足を引きずっている。
どうしたのだろうか。
つまずいたのかな。
「大丈夫?」
僕はその人の背後に立って、話しかけた。
するとそのお婆さんは、どうやら振り返る力すら残っていない様で。
僕に背を向けたまま。
「たすけてくれないか」
「……うごけないの?」
「……大人のひとを呼べないかい。どこでもいいさ、七式が道路で倒れていると言ってくれれば分かってくれる」
ふうん。
助けてほしいのか。
どうしようかな。
別に断る理由もないや。
でもこの人が死ぬことなんて。
正直興味が無いし。
変なしがらみになる他人との関係なんて。
持ってもいい事がない。
……でも。
「僕でよければ助けるけど」
まぁ話に乗ってやろうじゃないか。
別に見返りとかはいらないや。
この人の事を軽く持ち上げて、交番か何かに届けてあげればいい。
それだけで終わりさ。
どうせ行く当ても。
目的も無いんだ。
流れに任せて、生きてみよう。
「じゃぁ――」
「――なんでもいいから助けてくれ、しにたくないんだ」
「………」
周囲は静かだった。
雪が降っているのに、その雪はおおよそ重さがないような。
何度も地面に床が落ちているのに。
なんにも音が鳴らなかった。
不思議だ。
不思議だった。
ああ、でも、なんか違う気がする。
この不思議は、
雪なんてつまらない物へ抱いた疑問じゃない。
これは何だ。
何に僕は疑問を。
抱いたんだ。
「――――」
視線が。
お婆さんに固定された。
全身が。
お婆さんに向いていた。
意識が。
お婆さんに集中していた。
不思議だと思ったのは、この人だ。
しにたくない。
しにたくないって何だ。
しにたくないってどういう意味だ。
死? 視? 史? どの『し』だ。
なんだその日本語は。
どうやってそう思ったんだ。
どうしてそう思うんだ。
しにたくない。ってなんだ。
じゃあ、生きたい。ってなんだよ。
「…………」
不思議。
その不思議が、好奇心へ昇華した。
「……しにたくなか。いいよ、助けてあげる」
僕は流れに任せた。
タイミングが悪い事に、
流れで生きて行こうなんて決心した瞬間の好奇心だったもんで。
僕はそのまま、他人と関わりを持ったのだった。
――――。
そのお婆さんの名前は『七式ナナミ』というらしく。
この花見小路でお茶屋を一人で経営している老人だった。
僕はこの人と、そのお茶屋で暮らし始めた。
久しぶりの暖かいご飯はとても良かった。
初めて労働と言う物もして。
何だかやりがいを感じたよ。
世間を何も知らない浮浪者だった僕にとって。
この体験はとても良かった。
「いらっしゃい」
「よぉ天使! いつものお茶っ葉くれないか? 切らしちゃってさ」
そんな僕は。
何となく、羽を晒してみた。
今まで僕は羽について隠して生きて来た。
理由は説明が面倒だとか、そういうのだった。
でもよくよく考えてみると。
羽の事を隠していたとして、バレたらそいつを殺すなんてやり方。
とても疲れるのだ。
これは、僕の変化だった。
僕は前の名前を捨てて、そして新しい自分を作った。
その名前は『天使』。
誰に対しても優しく。誰に対しても親切に。
僕はいつかの時抱いた理想像の様に、その時とても気分が良かった。
理想の自分とはこういう事なのだと思った。
「いいよ~! はい、どうぞ」
「ありがとうね。今度うちにも食べに来てよ、七式婆さんも一緒に」
「お前さん、今まで自分の店に誘ってこなかったのに天使がいるとあたしを誘うのかい」
「ぎくっ」
あぁーあ。
まあそういう人だ。
七式婆は人付き合いが苦手だ。
いや、正確にはそういう訳ではないけど。
どちらかと言うと苦手と言った方がいいのだろう。
具体的に表現するなら。何でも一人でやりすぎているのだ。
人の助けがいらないほどこの人は完成されていた。
僕はこの人を見て『凄い』と素直に思った。
こんなに完成された人がいるんだと意外に思った。
きっとこの人は、さぞかし今の自分に満足しているんだろうと。
思っていた。
「おやつのきなこ餅さ、食べるかい」
「今まで僕がそれを断った試しがあった?」
この人が作ってくれるきなこ餅は美味しかった。
甘くてもちもちで。
別に昔も食べた事があるような気がするけど。
あれは市販の物だったし。
市販のより、手作りのきなこ餅の方が、とても美味しかった。
でもやっぱり、不思議だった。
『しにたくない』ってなんで出て来たんだろう。
「――――」
僕は掛け布団に寝転がりながら古時計の音を耳にしつつ。
そうおもむろに考えた。
しにたくない。
逆に言えば『生きたい』というんだろう。
生きたいか。どうしてだろう。
人間に備わった、死ぬ直前に死にたくないって思うっていう。
あのよくわからない生存本能なのかな。
映画でしか見た事がないから、自分じゃ分からないや。
それとも別の要因があるのかな。
例えば、七式婆に生きたいって思える理由があるとか。
孫に会いたいとか?
猫がいるからとか。
店があるからとか?
うーん。
「わからないなぁ……」
実際に聞く方が早い気がしてきたな。
でもどうやって切りだそうか。
「なんで七式婆は生きたいの?」なんて聞いてしまったら。
不自然だし驚かれるだろう。
それに僕の『天使』ではない方の僕の疑問だ。
ま、七式婆は僕を『天使』ってより『僕』を見ていそうだけど。
何にせよ、出来れば今の関係は壊したくない。
「……」
そう思うのは成長なのかな?
僕もこの数ヶ月で変わったんだな。
はは。
理想の自分か。
いいじゃないか。
――――。
飛び上がった。
「え」
僕は気が付くと、晴天の青い空を飛んでいた。
何が起こったのか分からなかった。
でも羽がバタついて。
足がバタついて。
息が荒くて。
「……っ、はぁ、は? はぁ!? っっ、ハっ?」
とにかく、その時分かったのは。
地に足が付いていないと言う事と。
胸が激しく痛むことだった。
風邪を引いた時、酷く喉がいがいがしたときがあった。
例えるなら。
その痛みが、心に走ったようだった。
何が起こったのかは忘れるようにした。
酷い事ではない。それだけは分かっていた。
でも、きっと、“思い出した”んだ。
あの時の事を。
『……最低』
思い出したくない事を。
なんでか思い出した。
いいや、訳なら、分かっていた。
再熱だ。
きっと僕の急激なストレスの理由は。
過去と関連した出来事があったからだ。
だから、再熱。再来。そう、そういう言葉が正しい。
僕はまた、嫌な奴になっていたんだ。
きっと、知らず知らずに僕はそれを出していた。
それに気が付いてしまったんだ。
あぁ、なんてことだ。
僕の新しい『天使』の顔が。
嫌な物へと、変わっていく。
――――。
「ざでい、とぅーでい、いずていきんいっずとぉるおんみぃ」
「なんの鼻歌だい?」
「知らないよ?」
「知らないのかい」
なんとなしに口ずさんでいるけど。
そう言えば全然知らないな。
昔、確か、聞いたことがある気がする。
「洋楽でね。僕英語分からないから知らないけど、昔聞いた事があって」
「歌ってるフレーズの意味すら分からないのかい」
「そうだね。でもこのフレーズが、何だか耳に残っているんだ」
どういう意味なのかは知らないけど。
何だかふと、出てしまうフレーズだ。
いるじゃないか? そう人って割とさ。
「そういう七式婆は好きな物とかないの?」
「強いて言うならこの店だよ」
「……そうなの?」
この店が好きなんだ。
確かに愛着はありそうだよね。
自分のお店だし。
「ああ、この店はあたしが20代の時に買ってねぇ、それからずっとここを経営しているんだ」
「……そうだったんだ。凄く歴史があるんだね」
そうだったんだ。
知らなかったな。
ってなると、このお店は七式婆にとって思入れ深い場所なんだ。
いいね。そういうの。
僕が案外普通の感性をしている事に驚きだけど。
そういう『何かに対する想い』って何だか、いいよね。
「そうさ。ま、継いでくれる人もいないから。あたしの代で終わりだろうけどねぇ」
「………」
そっか。
継いでくれる人がいないんだ。
孫がいるって前言ってたけど。
その口調的に、孫は望み薄って感じなんだろうか。
そうなんだ。
「悲しく思われたかい?」
「…………うん。寂しいなって」
「寂しくはあるねぇ。でもそういうものなのさ」
「誰もいないの? 誰か、七式婆の頑張りを続けてくれる人は」
「いないさ。悲しい事にね」
いないか。
いないのか。
そうか。
そっか。
あれ。
なんで僕は。
そんなに落ち込んでいるんだろう。
おかしいな。
別に、いいじゃないか。
興味なんてなかっただろ。
というか、もたないように。
……今更おそいか。
そうだ。
僕はきっと、戻っている。
昔の大嫌いだった僕に、戻ってきている。
「そういうものなのさ」
僕が押し黙ると、七式婆は続けた。
「人ってのはね、漫画みたいに人情に熱いこともあるんだけど。漫画と違うのは、時間が流れてる事さ」
それは、知ってる。
他人は所詮他人。大事なのは僕自身だ。
でも、たまにいるんだよ。
七式婆みたいな。
一緒に居ても不快感が無くて、楽しい人が。
「時間は止められない。流れる川の様なゆったりとした激流はね、どんなに硬い鋼鉄さえも蝕んでしまう」
時間か。
まだ僕にはその存在は薄いよ。
若いからかな。
時間が解決してくれるなんて言葉を、そこまで実感していない。
じゃあいつまで待てばいいんだ。
その『時間の解決』なんて結果論でしかない。
僕のこの問題は今起こっているんだ。
「人は時間には勝てないのさ。時間遡行の能力者がいるなら別だけどね」
「そっか。そうなんだね」
分かっている。
分かっているんだ。
うまくいっている様に見せて、
僕は着実と嫌いな僕へ近づいている。
どうすればいいんだ。
この悲しみをどうすればいい。
きっとこの苦しみは、僕が生きている限り終わらない。
きっとこの苦しみは、いつになっても付きまとう。
どうすればいいっていうんだ。
神は僕が嫌いなのか。
「そうさ、それが【人生】なんだ」
……。
「……人生」
「人生ってのはそんなものなのさ。案外悪くないと思える時が、必ず来る。それが、人生」
なんだよそれ。
結局は時間の解決じゃないか。
……それが人生なのか?
それが僕の生きている。
今なのか。
「七式婆にとってのそのタイミングっていつだったの?」
「あたしの時は店を買った時かな。あと娘が生まれたときさ」
「ふぅん、そっか」
案外悪くないと思える時。
そんなんいつ来るんだろうか。
僕にそんなタイミングが存在するのだろうか。
まずまずない可能性だって、あるんじゃないか。
僕みたいに。
ずっと絶望な人間も、いるんじゃないか。
でも。
僕は、絶望が嫌なんだ。
救われたい。
助けられたい。
誰も助けてくれないなら。
僕が変わるしかない。
いいや。
最初から分かっていただろ。
別に世間が冷たい訳じゃない。
別に僕の環境が悪い訳じゃない。
ただ、悪いのは。
僕だ。
僕が、僕が悪い。
そうだ。僕がずっと、性根の悪い最低なんだ。
あぁ。うん。誰も悪くないよ。
誰も悪くない。
誰も悪くないのさ。はは。
「………」
きっと僕は、生きるのに向いていないんだろうな。
――――。
「あと一週間くらいしたら違う場所へ行こうと思う」
僕がそう切り出してから一週間。
僕は花見小路を離れた。
理由は気晴らしというか。
また、何もかも捨ててやり直そうと思った。
僕はどうあがいても。
僕である限り。
この呪縛からは逃げられない。
『名無し』……いいや『北風ナツ』でも。
『天使』でも。
『あいつ』でも。
『きみ』でも。
『おまえさん』でも。
僕は僕と言う人間である限り。
どうあがいても、何をしても、そのままだ。
僕は孤独が嫌いだ。
でも僕は人を傷つける。
そして僕は、そんな僕が大嫌いだ。
その循環はきっと、生きている限り永遠に続く。
これが僕の呪縛。
……僕に、少しでも優しさが無ければ。
そんなこと気にならなかったのにな。
全部捨てるしかなかった。
結局それしか、楽にはなれなかった。
僕はまた捨てて、知らない土地へ向かった。
――――。
市原駅を降りて、僕は街を歩いた。
今度は翼を出して生活することにした。
まあ花見小路での翼を出したままの生活に少し慣れててね。
とはいえ、ここに僕の事を『天使』なんて呼ぶ人は。
きっといないだろう。
なんて名乗ろうかな。
そうだ。『白い羽が生えた男の子』ってどうだろう。
まあ長いけど存在感があるし。
何より覚えやすい。
「こんにちは」
僕は話しかけた。
そして。
また、過ちを繰り返す。
――――。
わかっていた。
しっていた。
どうなるかなんて痛感していた。
でもどうしても、孤独に耐えられなかった。
人間はそうだろ。
そうだろ?
僕なんてまだ15歳だし。
これが、当たり前だろ……?
なぁ?
「――――」
寒かった。
水が上から下に落ちてくる音が。毎秒流れていた。
空気が軽かった。
その場は暗かった。
洞窟。
洞窟だ。
ここは、知らない山の洞窟だ。
名前も知らない山の、洞窟だ。
何も出来なかった。
何も変わらなかった。
僕は。
僕は。
僕は、
変わらなかった。
なぁ。
どうすればいいんだよ。
僕はどうすればいいんだよ。
どうすれば。
苦しまないんだ。
どうすれば。
息が出来るんだ。
どうすれば。
楽になれるんだ。
「こんな所に子供一人でいたら死ぬぞ。早く出てこい」
「…………」
「おい。聞こえていないのか。……全く」
「……え?」
背中が動いた?
羽が動いたんじゃない。
背中の壁、いいや、岩が動いて――。
「イッ!?」
背中の岩壁が突然、僕の背中に当たった。
そしてその岩壁は僕を洞窟の入口へ押し出し始めたのだ。
一瞬状況を理解できなかった。
岩がどうして、突然動きだしたのか。
僕は気が付くと月光を浴びていた。
そして僕の目の前に。
男が一人立っていた。
「……だれだ?」
「悪い大人だよ。そこに居られたら邪魔なんだ。悪いがどいてくれるか」
「……嫌だ」
「何故だ?」
「消えたいから」
「そうか、お前は幽霊か何かなのか?」
「……」
「まあいい。どく気がないならどかせるまでだ」
「……あぁ、そう」
どうやら目の前の男は。
ヤる気だった。
僕は背中を翼を広げ、渦巻を作って、立ち上がって。
手始めに銃弾をも打ち返す渦巻を男へ飛ばした。
「なんだ? 風か」
「……」
男に渦巻は当たらなかった。
男は渦巻が当たるその刹那、右手を顎の高さにあげ僕に手の甲を見せた。
するとその男の目の前に。
岩の壁が立ち上がった。
眼前に起き上がった岩は、僕の渦巻を防いだ。
「……能力者」
呟くと共に理解が走った。
「その通り、俺はそれを肯定する。……能力者だ。お前もどうやら同じようだな」
「――死ね」
「横暴な」
僕は拳に出来る限りの力を籠め。
空気中にある風を男へ向けた。
男は変然とした顔のまま、岩壁を立てつづけ風を防ぐ。
でも生やした岩壁のせいで視界が悪いだろう。
そこへ叩き込む。
僕は近くにあった木を、風を用いて根っこから引き抜いた。
それをそのまま、男の岩壁に向け風で投げつける。
大きな風切り音がして、そして岩壁は木で完全に粉々になった。
「――」
しかし、既に岩壁の中には男が居なくなっていた。
「どこへいっ」
その瞬間。
体に強い衝撃が走って、僕は右肩から地面に叩きつけられた。
「っ」
久しぶりの強い衝撃。
頭を打った。くらくらする。
それに、口の中にじんわりと鉄の味がする。
でも、まだ動ける。
僕は起き上がって、おもむろに空を見上げると。
「相当な実力者だ。少なくとも、強異能ではあるだろう。恐らくお前は持ち合わせているポテンシャルが高い」
「……しったようなことを」
男は恐らく、自分が作った岩の柱に立って。
両手を後ろに組んで僕を見下ろしていた。
「お前……だれだ」
「俺か? それは知的好奇心か?」
「……あぁ、そうだよ」
「そうか。なら俺はそれを肯定しよう。俺の名は『八岐大蛇』と言う。ただのしがない悪党だ」
「ぶぃらん?」
「そうだ」
なら、犯罪者ということか。
はは。
「丁度、適当な犯罪者を殺してスッキリしたかったんだよね」
「ほう。そのやられようでまだやる気か」
「何も驚くことはないだろう? 僕だって人殺しの端くれなんだから」
「ふむ。いいだろう。俺はそれを肯てい――」
白い羽を使って男の懐へ飛び込み。
地面で拾った小さな石っころに風を纏わせたものを、男の顔面目掛け打ち出した。
「――!?」
避けられた。
今度は防がれたんじゃない。
単純に顔をずらされた。
ッ?!
「腹ががら空きだ」
攻撃がかわされたその刹那。
僕のお腹に向かって伸びて来た岩の棒に。
カウンターされた。
触れずとも操作できるのか。
こいつ、中々強い能力者だ。
「一つ忠告をしよう」
「な、なんだァ……!!!」
僕は返答をしながら体を捻らせ。
この会話の裏で、僕の背後に用意していた木を引き抜き。
僕が男から離れると共に。
木を男へねじ込んだ。
「伝承では八岐大蛇は名の通り八つの頭を持つと言うが」
男は僕の追撃に意を返さず、そのまま続ける。
「食らえ――!!」
男の下に回り込み。
背後へ僕は回り込んだ。
そして右こぶしを思いっきり後ろへ引いて、力いっぱい、男へ打ち込むように繰り出した。
だが男がその台詞を言い終わった瞬間。
状況は一変した。
「俺の頭は無限だと思え」
「は、がぁ!」
驚いた。
僕の右足に二頭、腹に三頭、そして頭に二頭。
まるで生き物のように岩が動いて。
その数の岩柱が僕を捕らえた。
痛い。嫌な態勢で空中に留まっている。
それにどうやら、僕を空中で固定しているだけではなく。
僕がねじ込んだ木も岩柱に粉砕されていた。
くそ。
こいつ、強い。
「はぁ……ふぅ」
「こうもしなければお前とまともに話ができなさそうであったから、許せ」
「……何だよ」
「お前、中々筋がいい。それにさっきに言っていたが、人殺しの端くれだと」
「………」
「ならば、手を組まないか? 俺らの組織にはお前の様な能力者が多い」
「ははっ、勧誘か?」
「その通りだ」
男は何も濁さず、断言した。
「メリットは存在する。まず衣食住が提供される。服ももちろん経費だ。食はもちろん食堂がある。住まいもいい物が用意されるだろう。毎月の給料も申し分ない」
「……」
「だが、デメリットも存在する」
「こういう話で、デメリットを話すんだ」
茶化すように僕が言うと。
男は真剣な顔をして続けた。
「必要な事だ。俺はあくまで騙して人を勧誘したいわけじゃない。同士を募っているだけだ」
「……それで」
「デメリットは『悪党組織』ということ。仕事が舞い込んできたらそれをこなしてもらう。人殺し、強盗、何でもやれる精神性でなければうちでは続かない。しかし、あくまで俺らが求めている人材は一つ」
「………」
「強い能力者故に迫害される者が、我ら鬼族に相応しい境遇だ」
悪党組織。
ニュースで見た事がある。
銀行強盗をし、人を殺し、麻薬を売りさばいている。
そんないわば悪の組織。
それに今勧誘されている。
それに聞く限り、下手したら労働条件がとてもいいのかもしれない。
どういう目的で存在しているのか分からないけどね。
……別に、僕はその『強い能力故に迫害』されたわけではない。
でも、そうだな。
丁度居場所がなかったんだ。
それにさ。
僕はこれまで変に優しかったから。
こんなに苦しんできた。
「……」
「意を決したか?」
あぁ。
簡単な事だった。
善人である必要が、なかった。
僕は善人になろうと苦しんでいた。
それは善人である事が、『当たり前』だと思い込んでいたからだ。
でもそれが当たり前ではなかった。
悪人も世界には居る。
なら、悪人になってしまえば。
僕はもしかしたら。
救われるのかもしれない?
悪の化身に身を堕としてしまえば。
何もかも忘れて、善人であることを捨てて。
この僕の悪性を認めて。許容して。
それで生きられる居場所が。
あるのならば。
「………」
悪くない話じゃないか。
「……はは。ははは。あっはは」
「――? 何がおかしい」
「いいや大丈夫だよ、ふふ。少し、嬉しいだけさ」
「そうか。そんなに喜んでもらえるとは」
「くっ、ふふ。あっはは。ははは。はっははは!!」
なぁ。
なんで最初から。
僕は楽な道へ逃げなかったんだろう。
楽な道があったんだ。
楽で幸せで。そんな道が。
やっと。
解放される。
「あっはは! ははは、ははは!! ぐすっ、はははは!! はははははははは!!」
――――。
※天狗視点。
「ふんふん」
久しぶりの月光や。
気持ちがええ。
どーやら、警察の追手からは逃げれたみたいやし。
このまま朝になるのを待つか。
いやぁなぁ。
おもろかったな。
ヘリを落とすなんて、なんてハラハラしたんやろう。
風が気持ちいな。
夜空が綺麗やな。
街が煌びやかで、輝いとる。
足が浮いとって。
羽も風を受けていて。
胸がとてもスッキリしとって。
あぁ。
朝が楽しみやわ。
なぁグラビトル。
せやろ?
あいつも楽しみにしといてほしいなぁ。
楽しみたいからさぁ。
な、グラビトル。
「――The day to day is taking its toll on me♪」
ボクらってきっと。
楽しい終末を迎えられると思うんだ。




