第二十四幕 「真実の並び変え」
※崖土ミノル視点。
時刻は夜の8時。
既に日が沈んで、住宅街も静けさを持ち始めた時間。
「――――」
そんな中。
僕、太刀風さんは一緒に。
また叡山電鉄へ乗り込んで市原駅方面と向かっていた。
そわそわとしながら僕はスマホで時間を見る。
そんな僕の横で太刀風さんは足を組み、天井を仰いでいた。
急いでいたから体力を使ったし。
疲れているのだろう。
「……」
電車が揺れる。
そんな中で、太刀風さんは口を開いた。
「なあミノル。そろそろ聞いてもええか?」
「ここまでこればとりあえず一息付けますし。いいですよ」
ここへ来るまで結構駆け足だった。
だから太刀風さんの疑問を晴らしてあげられなかったな。
申し訳ない。
モヤモヤしたままここまで車を運転させたのも、
申し訳ないな。
とはいえ、必要最低限の情報は伝えてある。
七式婆から聞けた『天使』との暮らしも、既に太刀風さんは知っている状態だ。
「なんで突然、市原に戻ろうと思ったんや?」
何故。
そう、僕らは急ぎ足でここへ来た。
花見小路を離れ、すぐにこっちへ来たんだ。
それは何故か。
「おおよそ『天使』について検討がついたからです」
「……ほんまか?」
「はい。なので今は、僕の推理の答えを実際に見に行こうとしています」
「こんな時間じゃなきゃいかんかった理由を聞いても?」
「それはですね。『天狗の呼び出し』には強制力があるでしょ?」
【天狗】の呼び出し。
それは今乗ってる電車で、帰ろうとしたあの日の事だ。
【天狗】からの呼び出しには。
僕らの行動を制限するほどの力がある。
だからまあ、それを考えて早めに移動したって感じだ。
それだけのことだよ。
「まあ俺は的には別に何とも思ってないからええんやけども」
「【天狗】の呼び出しが来る前に、僕の真相を確認したいんです」
「せやな。分かった。ほんなら聞かせて貰ってもいいか?」
太刀風さんは言いながら。
ぐっと全身を起こし。僕へ視線を向けて。
「その推理って奴を」
「……分かりました」
そう言われ、僕は自分の手帳を出し。
ボールペンのボタンをカチカチと押した。
「まず、僕らの情報をまとめましょう」
『天使』とは、白い羽が生えた男の子。性格が良く、周囲の人から人気者であった。
『天使』はこれまで静市市原町で確認された後、花見小路へ移動し半年過ごして消息を絶っている。
『天使』と【天狗】には何かしらの関連性がある。
「ということですね」
「やな。それで?」
「まず前提として、天使と言う存在について調べるうえでおかしな部分が多々ありました」
一つ目のポイントは『滞在時期と消息』だ。
大まかな時期は判明しているが、とはいえ具体的な物は何も判明していない。
なので判明していないと言う事は。
そこから考察することが出来ないと言う事だ。
だからこのポイントを簡単にまとめると、
『天使の行動原理は謎』だと言う事だね。
考えても仕方がない事だから一旦これは保留。
二つ目のポイントは『二つの天使に話の繋がりがない』事だ。
これは本当に最近気が付いたんだけど。
花見小路の『天使』は七式婆の話的に、
『天使』と呼ばれる事に何とも思っていなかったようだった。
何なら『天使』と言う名である程度の人に認知されてもなお。
それ自体に何の想いも持っていなかったと思われる。
ただ、市原の『天使』は違った。
思い出してほしい。
住民の証言を。
「確かありゃ、4年か5年前の話になるんやけどね。自分の事を『白い羽の男の子』って呼んでほしいっていう子がおったんよ」
そう。
わざわざ市原の『天使』は。
【自分の事をこう呼んでほしい】と言う要望を言っていたんだ。
それもその要望が『天使』ではない時点で。
僕は違和感を覚えるべきだったんだ。
確かに市原の人には『天使』と呼ばれていたけど。
それはあくまで。
本人が望んだ結果ではなかったんだと思う。
僕らが初めて『天使』を聞いた時も。
それは住民が考えた総称といっていたし。
それが二つの天使の相違点。
そこが僕が引っかかっていた部分だ。
話の繋がりがないっていうのはこの部分なんだ。
「今まで通り市原から花見小路へ移動したと考えるなら、この証言に食い違いが生まれるんです」
「せやなぁ……わざわざ『白い羽の男の子』と呼んでほしいと言っていたのに、それだと花見小路の『天使』と合ってないな」
「そうなんです」
「なら……その二つの『天使』は別人って事かぁ?」
「可能性の話でならばあり得ますが、それよりも有力な説があります」
有力な説。
そう、それがもし正しければ。
僕らの全ての違和感が全て無くなり帳消しになる。
そのレベルの物だ。
「太刀風さん」
「ん?」
「まずまず“前提”から間違えていたとすれば、どうですか」
「前提? というとこの」
いいつつ、
太刀風さんは僕の手帳に書かれた文に指をさした。
天使とは、白い羽が生えた男の子。性格が良く、周囲の人から人気者であった。
「この天使の前提が間違えていたって事か?」
「いいえ、ここは恐らく正しいでしょう。間違えていたのは“順番”です」
「……あ、そういうことか?」
「ええ、恐らく順番が間違っていたんです」
僕の言葉に太刀風さんははっとした。
それに同調するように僕はボールペンを走らせ。
それを書いた。
市原 → 花見小路 ×
花見小路 → 市原 〇
そう。僕らが間違えていたのは順番。
及び、『時系列』だ。
これはとんでもない落とし穴だった。
きっと【天狗】はこうなる事を見越して、
僕らにお願いをしたんだと思う。
まんまとあの男の情報操作に踊らされたと言う事だ。
「確かにそれならぁ、少しばかり二つの話に繋がりがあるように見えて来たな」
「恐らく花見小路で七式婆にお世話になった後、『天使』は市原へ向かい、『天使』ではない存在になろうとした」
「それなら花見小路の七式婆さんが聞いたっちゅう『新しい事を始めたい』の言葉の真意も分かりやすくなってきたな」
「『天使』ではない何かになりたかった。とも考えられますね」
でも、そればかりはまだ不明だ。
『天使』の心情について、今だに分からない事が多い。
だから結局の『天使の目的』は分からずじまいだ。
だけど、それが分かっていないだけで。
それ以外が概ね分かった。
「そして最後に」
三つ目のポイントは『天使と天狗、同一人物説』
これはもう殆ど証明されたと言える。
「――『天使』と【天狗】は、恐らく同じ人物だと思われます」
「………」
理由は三つある。
一つは身体的特徴だ。
こればかりはずっと言っているけど、
白い羽を生やした異形の能力者は全国でも数はいない。
だからこれも、同一人物説の証拠になりうる。
二つ目は時系列と天狗の性格だ。
まず『天使』の活動時期と【天狗】の活動時期は重なっていない。
『天使』が消えた後に、【天狗】が現れている。
そういう時期的な部分でも、証拠となりえる。
それと同時に【天狗】の性格だ。
【天狗】は前にも説明したように『他人を恐れている』。
ただそれは『天使』とは真逆であり。
そこが怪しいとその場で話はまとまったが。
それを時系列に組み込むと、
案外説得力があることに気が付いたんだ。
簡単な話、『天使』を過去とし、【天狗】を今とすれば。
【天狗】のこの『他人を恐れる』の所以は。
【天狗】の過去、『天使』時代となる。
幸いその『天使』時代には。
他人を恐れる要素はいくつかあった。
それこそが、周囲からの過度な信用だ。
『天使』なんて名前で呼ばれるくらいには慕われていた。
というか慕われ過ぎていた。
もしかしたらそれが嫌になったのかもしれない。
それが重荷だったのかもしれない。
もしそうならば、今の『天狗』の性格にも繋がると思うんだ。
『天使』時代の自分が嫌になって、真逆である【天狗】となった。
そう解釈することが出来る。
そして三つ目。
これが本命だ。
『白い羽の男の子』という単語。
初めてその単語が出たのは【天狗】からだった。
最初こそなんの違和感も感じていなかったけど。
今になって考えるととても変なんだ。
「まず『白い羽の男の子』は、最終的になんと呼ばれましたか?」
「天使やな」
「では少し仮定してみましょう。一旦【天狗】と『天使』を同一人物かもしれないということを忘れてもらって、別人だとします。そうだとするなら、【天狗】が『白い羽の男の子』という単語を知る方法は何だと思います?」
「うーん……市原で住んでいたか、その時たまたま市原に居たとかか?」
「そうなりますね。でも考えてみてくださいよ。最終的に『白い羽の男の子』がなんて呼ばれていたか」
「……『天使』や。確かに変やな……普通に考えて【天狗】は『白い羽の男の子』なんて回りくどい言い方なんてせずに」
「そう、最初から『天使』と言う筈なんです」
もし同一人物ではないとしたら。
『白い羽の男の子』という単語が、まずまず出てこないと言う事。
周囲の人から総称として言われていた『天使』。
それが先に出てこなきゃおかしいんだ。
でも、出てこなかった。
『白い羽の男の子』という、
周囲の人間からしたら『そう言えばそんな名前もあったね』程度の名前を。
何故か【天狗】は口にした。
なら何故、【天狗】はその単語を口にしたのか。
それは『天使』が【天狗】本人であるからだ。
「これが僕の答えです」
「結構な説得力があったなぁ。確かにこれなら『天使』と【天狗】は同一人物だと言われてもおかしない」
「ですね」
これで『天使』と【天狗】は同一人物だとはっきり確信できた。
今まで曖昧だったから大変だったけど。
こうやって分からないことを一個一個解いていけば、
いずれ答えに近づくはずだ。
……ならば次の段階だ。
「これは僕の想像ですが、恐らくまだ『天使』の物語は続いています」
「それはせやろな。俺もそう思う」
「やはり、花見小路と市原だけで完結しているとは到底思えない」
「ああ。恐らくやけど時系列で考えるなら、市原の後か花見小路の前に何かしらのターニングポイントがあったんちゃうかな」
「もしくはどちらも存在した可能性もあります」
「そこはもう、【天狗】の正体についての話になるな……」
そう、僕らは疑問だった物の答え合わせをしただけなんだ。
まだ分からない事はある。
ここまで時間を掛けて、やっと。
最初の課題へと戻って来た。
「なんで【天狗】は、わざと捕まったのか。か」
「それを解き明かす為に、僕らは市原へ向かっている」
やっと見えて来た問題。
僕らが手帳を仕舞ったその時、少し電車が揺れる。
「だんだん分かってきたで。俺の頭も冴えて来た」
「ええ。『天使』の移動経路である『花見小路 → 市原』は地図で言えば下から上へと登っています」
「ならぁ。その道なりで、市原から上に登ったなら。何があるんや?」
「……鞍馬山です」
鞍馬山。
京都のパワースポットとも言われ。
かの有名な紫式部の作品「源氏物語」のとある場所のモデルでもあり。
そして、【天狗伝説の発祥の地】。
それが鞍馬山である。
「関係がないとはいえんなぁ?」
「ですね」
関係がないとは言わせない。
『天使』が【天狗】になる際、恐らく向かったと思われるこの鞍馬山は。
きっと何かがある。
「……ん?」
突然、僕のスマホが揺れた。
取り出してみると、電話が着ていた。
それも着信は『中津刑事』からだった。
「まさか……呼び出しか?」
「わかりません。出てみます」
僕は通話の開始ボタンを押した。
そしてすぐに耳へスマホを持っていくと。
その声が聞こえた。
『そっちの調子はどうやぁ~? グラビトル』
「………」
は?
その声は明らかに、中津刑事ではなかった。
でも聞いたことがあった。
その声はどこか楽しそうで、ヘラヘラとしていて。
印象的な、声色。
覚えている。
忘れる筈がない。
「――天狗? なんで、なんで中津刑事の携帯で電話してきてるんだ?」
『ちと拝借したんや。借りるのにひと悶着あったからさぁ、疲れたわぁー』
「――――」
『………』
「……まさか殺したのか?」
『せやで』
「――――」
即答、だった。
天狗はひょうひょうとした声で。
人を殺したと。
はっきり言った。
それに続けて、天狗は口を開いた。
『君ィ、今すぐ帰って来てくれへんかね? ちと話があるんやけどど?』
「……どうせもう牢屋にもういないんだろ」
『信用ないなぁ。ちゃんとおるで? 壁に風穴空いとるし、鉄格子もぐちゃぐちゃだけど』
天狗の言葉を信じるなら。
人は殺したが、場所は動いていないらしい。
とは言っても、あの独房がもう原型をとどめていないらしいので。
囚われている訳でもなく。
ただ居座っているような感じなのだろうが。
「何が目的だ」
『それも含めて答え合わせしたる。ささ、引き返しておいでや、つぎの駅で降りてさ』
「――駅? なんで僕らが電車に乗ってることを」
『おっと、話しちゃあかんかったわ。ま、まってるでー。朝まで来なかったら暴れるからそのつもりで』
「おいまて!!」
僕の静止を聞く間もなく、天狗は通話を切った。
やられた。
何故だか分からないが。
僕らの行動は全部、天狗に筒抜けだったということか。
何故?
どうして?
いいや、そんな事を考えている暇はない。
「太刀風さん。次で降りま」
「グラビトル。今すぐ服を抜いでコスチュームになりや」
僕が太刀風さんへ振り向くと。そこには。
――既にコスチューム姿になった太刀風さんが。
電車の扉をこじ開け立っていた。
黒いタイツの上に金色のベルト。
上半身は胸元が露になっているパツパツコスチュームだが、
太刀風さんの元からの胸筋が露となっていて絵になっている。
茶色いオシャレな帽子に黒いアイマスク。
そして藍色のスカーフを首に巻いた彼は。
大きく表情筋を動かし言った。
「『疾風ヒーロー』は風に乗れる。ほな俺の上に乗りな。グラビトル」
「見せてやるで。これが本物の疾風魂よ!!」




