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俺のルームメイトはスーパーヒーロー  作者: 夏城燎
第二章 赤と白い羽編
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第二十三幕 「骨」



 ※七式婆視点。



 あれは5年前の話さ。


 あたしが茶屋を始めて何十年かの節目だった。

 記念年でね、そこでお店の雰囲気を変えようってなったんだ。

 そこで腰をやったみたいでね。

 でもその日、どうしても買い出しに行かなければならなかった。

 うちで長年飼ってた、猫の餌が切れていたんだ。

 だから私は意を決してねぇ、店を出たんだ。


 その日は寒かった。

 老人の“足”にその寒さは、とても悪かった。


 何とか猫の餌は買えたけども。

 帰り道で。

 ついにあたしは動けなくなってしまった。

 周囲には珍しい雪も降り始めてね。

 調子が悪い日だなってさ。

 久しぶりに弱音を吐きたい気分だったんだ。


 まあしかも、雪の降り始めだったし。

 とても寒かったから。

 周囲に人がいなかった。

 だから、両手で体を引きずりながら進んだんだ。

 5メートルくらいは移動したかな。

 とても疲れたよ。

 若い頃ならそんなことは無かった筈なんだけどさ。

 妙に全身が重いし、しまいには腕に力が入らなくなってしまった。


「はぁ……はあ」


 苦しかったさ。

 でもね、その時だった。

 あいつが現れたのは。


「大丈夫?」


 後ろだった。

 その時のあたしに、後ろへ振り向く力は残っちゃいなかった。

 でも声は確かに、あたしに対して発せられたものだ。

 だからあたしは言ったんだ。


「たすけてくれないか」

「……うごけないの?」


 二言目で気が付いた。

 あいつは、姿が見えないが。

 相当子供らしい声だった。

 だから何となくねぇ、こいつにこの状況はどうにもできないと思ったんだ。


「大人のひとを呼べないかい。どこでもいいさ、七式が道路で倒れていると言ってくれれば分かってくれる」


 あたしは声を振り絞りながら。

 あいつにそう告げた。

 そんなあいつは少しの間を置いて。


「僕でよければ助けるけど」


 そんな事を言っていた。

 もうあたしは、意識が少し遠のいていた。

 これはまずい。

 そんな潜在意識が、空襲警報のごとく叫んできた。

 あたしは頭が混乱した。

 だからさ、慌てていったんだ。


「なんでもいいから助けてくれ、しにたくないんだ」


 別に、しにたくないが本心であるのは分かる。

 でもね。

 それまであたしは、

 ただ残っている命を、

 ただ消化しているだけだった。

 なんの目的もなかった。

 心が空っぽの余生だったのさ。


 死にたいとも思ってはいなかったが。

 生きたいとも思っていなかった。


 だから、「しにたくない」なんて言葉が出た自分に。

 とても驚いた。


 それがあいつとの出会いだった。


「……しにたくないか。いいよ、助けてあげる」


 その言葉を皮切りに、あたしは意識を失った。



――――。



 気が付くと家にいた。

 起き上がると、暖炉に炎が灯っていた。

 ぱちぱちと、火の粉が飛ぶ音が耳に残ってね。

 何だか懐かしい気分になった。


「あんたがはこんでくれたんかい」

「そうだよ。僕が運んだんだ」


 体を起こすと、暖炉の目の前で温まっている少年がいた。

 やっとあいつの姿を見たんだが。

 その時は驚いた。


「なんだいそれ」

「これ? これは僕の、個性だよ」


 白い羽が背中に生えていたんだ。

 驚いたさ。夢かと思った。

 でもねぇ、少し一緒にいるだけで。

 夢でもないし走馬灯でもないし、

 これが現実だということをひしひしと感じたんだ。


「最近聞く超能力ってやつかい」

「そういう感じだね。いらないからはぎとりたいんだけどさ」

「その羽、いらないのかい」

「いらないよ。あっていい事ないからね」


 そう言う物なのかと意外だった。

 まぁあたしは現代っ子の悩みなんて分からないし。

 そういう人もいるんだろう。


「……あんた、帰るとこはあるのか」

「ないよ。訳は聞かないでほしいかな」


 小さな少年のくせに、

 とても落ち込んだ事を言うんだね。


「こんな寒い中、どうするんだい」

「さてね。野垂れ死にできるならしたいけど、誰かに迷惑がかかるから」

「……そこまで追いつめられてて、まだ迷惑とか考えてるのかい」

「そうだよ」


 お互い暖炉の方に体を寄せていた。

 でも何だか、お互い顔を見合わっている様に。

 どちらの感情も、手に取るように分かった。


「あんたはどうしたいんだい」

「いなくなりたいとは思うけど、死にたいわけじゃないんだ」

「それで」

「……これは提案なんだけどさ、ここで少しの間雇ってくれないかな?」

「そのくらいでいいのかい」

「命を助けたんだ。そのくらいのお願い、聞いてくれるよね」


 文言だけは強引な言葉だった。


 ま、とくに断る理由も無かった。

 それに実際、孫が来なくなってから。

 人手不足でもあった。


 それに。

 何だか話を聞いていて。

 この子を一人にしてはいけない気がした。


「別にいいけどさ。せめて、接客は笑顔でやるんだよ」

「それはよかった。笑顔だけは得意分野なんだ」


 何か不思議な縁だと思う。

 これがあたしと、天使の出会いであり。

 始まりだった。



――――。


 ※崖土ミノル視点。



「それからあいつは、この花見小路の天使と言われた」


 話を聞いた。

 でもそれは、まだまだ序章でしかなかった。


 この人と天使の出会いはとても奇跡的な物だ。

 たまたま二人が出会って、成り行きで一緒に暮らすことになった。

 それに聞いている感じ。

 やはり天使にも何か事情があったように感じた。

 ……得られることが多すぎる。

 例えこれを全部聞いて。

 僕は、それを元に推理ができるだろうか。


「その『天使』の語源は容姿からですか?」

「容姿もあったし、実際あいつは笑顔が得意分野だった。暖炉の時のあいつが嘘のように、それから明るいあいつになった」

「なるほど」


 暗い部分が見えたのは、その暖炉の時だけと言う事だろうか。

 そこから表では、とても明るい性格になった。

 その明るい性格が天使の所以ということか。


 天使の暗い部分。

 それが初めて露見した。

 これは僕の感想だけど。


 何だか『鬱患者』の話を聞いている様だった。


 人生に絶望していると言うか。

 何かに絶望して、

 それがもうどうしようもない段階まで行っている。

 行ってしまっている。

 そんな闇が、深淵が、垣間見えた。


「…………」


 考え物だね。

 もしこの天使が、本当に天狗の前の姿なら。

 悪党ヴィラン悪党ヴィランになる理由を、僕は知ってしまうのかもしれない。

 きっとそうなってしまったら。


 僕の手には、彼の心への片道切符があるのだろう。


「――――」


 最初こそ下心があった。

 彼の心の内を知って、僕らが知りたい情報を聞き出そうとしていた。

 でも今はもう違う。

 これは、いつごろからだろうか。

 ……市原からの帰り道からだ。


 同情に近い何かを、天使に抱くようになったのは。



――――。



 ※七式婆視点。



「こいつは?」


 ある日、少年は店の猫を不思議そうに見ておった。

 店には猫を飼っておって。

 こいつは数年前に孫が、

 捨てられてた猫を拾って来た子や。

 その面倒を、ウチでみておった。


「そいつは猫さ、名は二式」

「……気になっていたんだけど、なんでそんな名前なの? 七式婆」

「あたしの父親に言ってくれ」


 確かに不思議な名ではあるけどね。

 天使っていう名前も、案外メルヘンだと言ってやったんだ。


「確かにそうだね。でも僕は、これが好きなんだ」


 あいつは言いながら。

 はにかむように笑った。


「好き? 天使と言う名がかい」


 特に何も考えず、あたしがそう言うと。

 少しむすっとした顔になって。

 あいつは続けた。


「七式婆も、あんがいその名前を気に行ってたりするだろう?」

「それはそうだが……」

「………」

「まぁ、他人がとやかく言う事じゃないってことか」

「そういうことだよ」


 納得してしまった。

 確かに天使の言い分は、筋が通っておる。

 ここは素直に認めるべきだと、あたしは思った。


 よっこいしょと椅子に座ると、二式が膝の上に乗って来た。

 思えばこの二式も、別に二式と呼んで嫌な顔をしたことはなかったな。

 そうか。そう言う物なんだね。


「……この年になってもまだ、得られる常識があるとは思わなんだ」

「若い子との会話は健康にいいって聞くし、僕と話してれば長生きできるかもよ?」

「馬鹿いえ、お前がいなくとも長生きするわい」

「ふぅん、つれないなぁ」

「そんな事より時間さ。表を開けな」


 あたしとあいつの関係は。

 いい意味でお互いに遠慮していなかった。


 自らの心のスペースというのかね。

 そういうのが変に噛み合ったんだ。

 あいつは孤独を嫌っていた。

 あたしも知らず知らずのうちに、孤独が嫌になっていったのかもしれない。

 だからあいつと息があった。

 話していて、とても嬉しかったんだ。

 心が温まった。


 この年になって、波長が合う友人が、出来るとは思わなんだ。



「いらっしゃい」

「よぉ天使! いつものお茶っ葉くれないか? 切らしちゃってさ」

「いいよ~! はい、どうぞ」

「ありがとうね。今度うちにも食べに来てよ、七式婆さんも一緒に」

「お前さん、今まで自分の店に誘ってこなかったのに天使がいるとあたしを誘うのかい」

「ぎくっ」


 何て冗談を言うと、

 三島の息子はそそくさと帰って行った。

 客がいなくなったので。

 あたしは二式を撫でようと椅子へ座ると。


「七式婆」

「ん? なんだい」

「そういう事を言うから誘われないんじゃない?」

「そうなのか?」

「なんか怖かったよ。眼光が光ってるっていうか」

「そら頭痛が痛そうだね。……怖かったのかい」

「うん、もっと下手に出た方がいいんじゃない?」

「………」


 初めて人にアドバイスされた。


 確かにあたしは自己完結な一面があった。

 他人に頼るなんて滅多にしなかった覚えがある。

 いや実際、あたしは一人で何でもできたしねぇ。


「………」


 ……そういう所が誘いにくいのかね?


「うーむ、頑張ってみるとするか」

「ご近所付き合いを?」

「そうだ」

「いいね。応援してるよ」

「頼もしいねぇ」


 なんてない日常だったさ。

 でも。

 5年も前の話なのにね、

 まだ鮮明に覚えているんだ。


 あたしにとってあれは。

 夫が死んだ次に記憶に残っている。

 大事な思い出さ。


「ざでい、とぅーでい、いずていきんいっずとぉるおんみぃ」

「なんの鼻歌だい?」


 裏の倉庫で在庫チェックしてる時だった。

 あたしが書類を見ていると、ふとあいつは鼻歌を歌ったんだ。

 でも変にうる覚えの様だったから。

 気になって聞いてみた。


「知らないよ?」

「知らないのかい」

「洋楽でね。僕英語分からないから知らないけど、昔聞いた事があって」

「歌ってるフレーズの意味すら分からないのかい」

「そうだね。でもこのフレーズが、何だか耳に残ってるんだ」


 耳に残っとるか。

 私も演歌は良く耳に残ってたな。

 そうかそうか、若い子ってなると今は違うんだねぇ。

 洋楽っていうのかい。

 洋梨なのかね。


「そういう七式婆は好きな物とかないの?」

「強いて言うならこの店だよ」

「……そうなの?」


 分からなそうな顔をされた。

 そんなに不思議な事だったかね。


「ああ、この店はあたしが20代の時に買ってねぇ、それからずっとここを経営しているんだ」

「そうだったんだ。凄く歴史があるんだね」

「そうさ。ま、継いでくれる人もいないから。あたしの代で終わりだろうけどねぇ」

「………」


 あたし的にはそこまで深い意味は無かったんだけど。

 どうやら少し重く捉えられたらしい。

 だからあたしは聞いたんだ。


「悲しく思われたかい?」

「うん。寂しいなって」

「寂しくはあるねぇ。でもそういうものなのさ」

「……誰もいないの? 誰か、七式婆の頑張りを続けてくれる人は」

「いないさ。悲しい事にね」

「………」

「そういうものなのさ。人ってのはね、漫画みたいに人情に熱いこともあるんだけど。漫画と違うのは、時間が流れてる事さ」

「………」

「時間は止められない。流れる川の様なゆったりとした激流はね、どんなに硬い鋼鉄さえも蝕んでしまう」

「………」

「人は時間には勝てないのさ。時間遡行の能力者がいるなら別だけどね」

「そっか。そうなんだね」


 あたしの言葉にあいつは悲しそうな顔を浮かべた。

 まあそうだろうね。

 未来はないって、人によっては聞こえてしまうのかもしれないし。

 でもね。


「そうさ、それが人生なんだ」

「……人生」

「人生ってのはそんなものなのさ。案外悪くないと思える時が、必ず来る。それが、人生」

「七式婆にとってのそのタイミングっていつだったの?」

「あたしの時は店を買った時かな。あと娘が生まれたときさ」

「ふぅん、そっか」


 その日は特に何の変化もなく、そのまま互いに眠りについた。

 でもその日から十日後だったかな。

 あいつは突然。

 こんなことを言い始めたんだ。


「あと一週間くらいしたら違う場所へ行こうと思う」


 店じまいを終えて、夜ご飯を作っている時だった。

 あいつはお風呂上がりに唐突にそんな事を言い始めたんだ。

 あたしは思わず手を止めた。


「……そらいきなりだね。あてはあるのかい?」

「ないよ」

「なら、どこへ?」

「考えてない」

「なら……なぜ?」


 あたしはあいつの突然の言葉に、少し動揺した。

 いいや、少しじゃなかった。

 頭が混乱していたんだ。


 そう、そうだった。

 少しだけあいつとの生活に、満足していたんだ。

 あたしはこいつと一緒に暮らして。

 一緒に仕事をするのが。

 とても楽しかった。

 年寄りにも気を遣わず話してくれて。

 お互いに心地がよくて。


 だからあたしは止めたかった。

 でもね。


「新しい事を始めたいんだ」

「新しい事?」

「そうそう。ここじゃできない事だよ」

「………」

「確かにここは僕にとっての安らぎだった。凄く居やすかった」

「――――」

「でもね。僕の居場所はここじゃないんだ」

「――――――」


 そんな。


「今までありがとうね。七式婆」


 なんでそんな、希望に満ちた顔をしているんだい。


 分からなかった。

 ずっとあたしは、あいつが考えている事を理解していなかった。

 何を思って、何を考え。

 物事をどう見ているのか。

 あいつ視点では、あいつの世界では。

 この世界はどうなのか。

 分からなかった。


 しかし、ずっと片鱗はあった。

 あいつの心を紐解く鍵の、何かの片鱗は。

 ずっとあいつの言動から垣間見えていた。

 でも、あたしは、それに触れなかった。

 見て見ぬふりをしていた。

 それはなんでか。

 ……“満足”していたからだ。


 あたしはあの関係に“満足”していた。

 あたしはあの空気感に“満足”していた。

 一人ながら勝手に、“満足”していた。


 年寄りながら後悔したよ。


「………」


 あたしは自分の心を満たすばかりで。

 あいつの心を何も理解してやれなかったんだ。


 ただの少年だった。

 まだまだ世界を知らない。

 愚かでかわいくて無愛想な男の子だった。

 でもなぜかあたしは。

 あいつを、似ている人間だと本気で思っていたのさ。






 あいつが去ってからあたしは、

 周囲の人間と積極的に接するようになった。

 あいつが作った店同士の関係があってね。

 あたしはそれをそのまま引き継いでいる。

 でもね。

 そこで少し、気持ちが悪い事を聞いてしまったんだ。


「天使くんのあの明るい性格は癒しだったな~」


「あの子前ね、あたしに優しい顔で微笑みかけてくれてねぇ。ほんと、天使よねぇ」


「前ね前ね! 天使のお兄ちゃんが、おかしを分けてくれたんだ!!」


 そう。

 あたしはね。

 あいつを『あいつ』だと思って見ていた。

 名もない男の子を、『あいつ』と呼んでいたんだ。


 でもさ。

 他の人は『あいつ』なんて知らないって言った。

 他の人はね。

 『天使』という『あいつ』の嘘の顔を。


 『あいつ』の全てだと思っていたんだ。


 そうさ。

 あいつはあいつを肯定するものがなかった。

 あたしには七式婆という名前があるけどね。

 あいつの本当の名前は、あたしでも知らなかった。

 とどのつまり。


 あいつは一度たりとも、本当の姿で過ごしていなかったんだ。


 それが何故なのかは分からない。

 だからあたしは、

 そこについてもっと探るべきだったと思っとる。

 だからあたしは後悔した。


 あたしにとってのあいつは。

 人に対し少し失礼で、同時に他人とのコミュニケーションが下手な。

 ただの小さな、こじれた男の子だった。


 でも周囲の人は。

 老若男女問わず人気者で、コミュニケーションも上手で。

 ネガティブな事を一切言わない。

 出来上がった人間だと思っていたんだ。


 そのギャップは計り知れなかった。

 気持ちが悪かったよ。

 立ち眩みもしたよ。

 ああそうさ。

 あいつっていう人間はね。

 天使っていう存在はね。










 ずっと孤独だったんだ。













 あたしは今もここで店を残ししとる。

 長生きするためにね。


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