第二十一幕 「天使か」
次の日だ。
僕と太刀風さんは太刀風さんの車に乗り込み。
数十分の運転の末、今回の舞台へと到着した。
「ここが……」
「花見小路や。俺は何度も来たことがある。どころか、ここらへんのヒーローで来た事がない奴なんておらへんくらい。ここは観光の名所やな」
京都には五つの花街がある。
花街とは、恐らく最近の子なら『遊郭』と言う言葉の方が聞き馴染があるだろう。
昔やっていた大人気アニメで舞台として使われた遊郭、その別称が「花街」だ。
あのアニメ大人気すぎてたまに再放送しているんだよね。
そしてその五つの花街は。
総じて「五花街」と言われており。
その中の一つがこの祇園甲部と言う場所であり。
祇園甲部のメインストリートと言うのが、この花見小路というのだそうだ。
「やはり風情がありますね」
「京都やからな、空気が京都味や」
事実、視界に映る情報は。
何だか黄泉の国にいるかのような、そんな心情を抱くのに十分であった。
広がる和風の建物からは古風な日本らしさを感じる。
とはいえ意外な事に、
この花見小路は割と歴史が浅い方らしい。
明治初期頃に完成したと昨日ネットで見た。
「マップを見ても、聞き込みが大変なのは一目瞭然ですね」
「手分けする方がよさそうやな」
「でも手分けしても一日で終わるかどうか。この道路の脇道とかにもお店ありますもんね」
スマホマップによると、
昨日行った市原駅周辺よりかは小さそうに見える。
でも問題は店の数だ。
全部の店の店員に聴取するとなると、とても骨が折れそうだ。
まぁそこまでする必要があるのかという話ではあるが。
もし天使の情報が微塵も、出なかったらそうなるだろうしね。
「流石に誰か呼ぶか?」
「……確かに猫の手も借りたい場面ではありますが、こちらの事情を分かってくれる方がいるのですか?」
それと、こんないきなり来てほしいなんて言っても。
来てくれる人がいるのだろうか?
……と言うか警察も絡んでいるんだし。
僕らの判断で変に人を呼ぶのはダメなのでは?
そこらへんどうなんだろうか。
志賀見さんや中津さんあたりに連絡を入れておけば、怒られないのかな?
「大丈夫だ。あいつは馬鹿だからそこらへんは安心しろ。それに、同業者だ」
「同業者ですか……なら大丈夫ですかね。志賀見さんへは僕が連絡入れておきますよ。その方の名前は?」
「『娯楽ヒーロー』けんだマンだ」
娯楽ヒーロー? 聞いたことが無い人だな。
まぁ概ね、関西のヒーローなんだろう。
僕だって一応ヒーローオタクをしていた時期があるけど、流石に知らないヒーローだっている。
どういう人なんだろうか。
けん玉で戦ったりするのかな?
「了解です。では少し外しますね。そっちも連絡の方を……」
連絡を入れる為、僕は太刀風に背中を向ける。
「おい太刀風」
――その瞬間。
僕の背後で、知らない声色が響いた。
驚いて振り返ると。
「やっぱ反応が早いな、けんだマン」
「今はオフだ。その名で呼ぶな筋肉ダルマ」
「………」
えっっと。
え? 女性なの?
太刀風より少し背が小さく、僕より少し背が高い。
藍色のショートパンツに褐色の肌、
白くブカブカなTシャツに浮かぶ大きい胸。
黒髪で長めのポニーテールを僕に向け、
太刀風さんに指を突き立てている女性が、突然そこに現れた。
「どちらかと言うとお前の方が筋肉ダルマやけどな、ナギサ」
「私の筋肉をダルマというのは侮辱に値するが」
「そら悪いな。なら改めて、筋肉ゴリラや」
「筋骨隆々の女キャラをゴリラ扱いする古めの思考だなぁアァンッ?」
二人は血管を浮かべ、今すぐにでも噛みつきそうな睨みあいを始める。
これはマズイと僕は判断し、口を開いた。
「ちょ、待ってください!!」
「「アァ!?」」
「ひっ」
返って来たのは。
白い眼をした二人のゴリラの睨みだった。
怖いって。
「け、喧嘩はやめてください。えっ、えと、あなたがけんだマンさん?」
「草鍋ナギサだ。今はオフなんだから本名でいいよ。あんたは?」
「えっと、『重力ヒーロー』グラビトルこと、崖土ミノルと言います」
とりあえず僕は頭を下げた。
名乗るだけでいいのかな。
名刺だとか、身分をもう少し分かりやすい物があったほうが。
「同業者か。よろしくな」
「あ、はい」
「それで? なんで私を呼んだ、太刀風」
あ、そう言えばそうだ。
この人どうやってこんな一瞬で来たんだ。
………いやそうだよね!? なんで??
なんかあまりにも平然と居たから疑問が遅れたけど。
どうやって瞬間移動みたいな事を?
そういう能力なのか? でも『娯楽ヒーロー』らしいし。
うーむ……。
うぅ、考えても全然分からないな。
今日帰ったら少し調べてみよ。
「そう言う事か。分かった、手伝うぜ」
けんだマンこと、草鍋ナギサさんは話を一通り聞いて。
何の疑問も浮かべずに頷いた。
一応まだ許可が取れていないので天狗の件は伏せつつ話したけど。
それでも、彼女は僕らに協力する気満々な姿を見せてくれた。
信用できるかどうかは分からないけど。
今この状況ではとても助かる。
太刀風さんの、ほら馬鹿だろ?
みたいな顔は無視しつつ。
とりあえず、役者は揃ったと言う奴だ。
一応志賀見さんへ連絡は済ませた。
同時に僕らは花見小路へ視線を向け。
「じゃあ始めましょうか。手分けしていきましょう」
「うし、やったるか」
「ゴリラにだけは負けないようにするわ」
といった感じで僕らは分かれることとなった。
僕は正面から進み、太刀風さんはその反対側から。
そしてナギサさんは脇道を重点的にお願いすることとなった。
ちなみに今回は私服だ。
市原駅の時の警察官の恰好は、楽しかったけど怖い思いもしたのでね。
それに出向く先が今回は少し違う。
だから私服でも問題ないと判断した。
とはいえ、偽名付警察手帳は割と使い勝手がいいので。
それだけ持っていこうと思う。
「うおおお」
テレビで見た事がある。
この風景。
わりとテンションが上がった。
そうだ。
忘れていたけど。
京都って観光名所じゃないか。
これが仕事で無ければとても満喫したのにな。
入ってみたいお店が沢山だけど一旦は我慢して、
出来るだけ繁盛していないお店へ入る事とした。
お店の人の邪魔はしたくないしね。
繫盛してたお店には、空いている時にまた行こう。
「お」
僕が視線を左右と降っていると。
異色の存在がふと目に写った。
舞妓さんだ。
始めて見た。凄い美人!
いやぁ、雰囲気違うなやっぱり。
ここだけ昔の日本みたいだ。
和風っていうのも何だか落ち着くね。
と、そんなところで。
僕はお寿司屋さんへ入った。
入店。
共に、太刀風さんが行っていた京都味を肌で感じ取る。
雰囲気が本当に違うな。
「いらっしゃいませ!」
と言われ、店員さんに何名様かと聞かれた。
でも残念ながら、僕の今回の目的はお寿司を食べる事じゃない。
「すみませんけど、今少しお時間があれば、お話を伺ってもいいでしょうか?」
と言い。
僕は偽名付警察手帳を取り出した。
――――。
驚いた。
「――――」
僕は店の入り口を背にしながら、まさかの結果に僕は唖然とした。
予想を遥かに超えていた。
あいや、それは大袈裟かもしれないけど。
でも思っていたより。ってな感じではあった。
まってね、落ち着くよ。
最初から順番に説明するから。
まず僕はお店の店主と話が出来た。
そこで何個か質問をしたんだ。
Q.『白い羽の男の子』を知っていますか?
知らないな。と店主は答えた。
そこは想定内であった。
実際ダメもとではあったし、これは蛇足な質問だからいい。
知っていた方が少しビビるくらいだしね。
でも、問題は次の質問だった。
Q.『天使』と呼ばれていた男の子を知っていますか?
あぁ知っとるよ! 懐かしぃ名前やね。
そう、知っていた。
店主は『天使』を知っていた。
店主から聞いた話を簡単に要約すると。
・4年以上前にこの花見小路で『天使』と呼ばれていた男の子がいた。
・おおよそ半年間はずっとこの花見小路に居り、ここで店を構えている人ならば誰でも知っている存在。
・白く大きな翼を持っていて、心優しい性格をしていた。
合致した。
市原駅周辺で聞いた話と合致する。
それは確かに、『白い羽の男の子』。
――『天使』だ。
「………」
こんなに早く情報が出るとは思わなかった。
し、概ねあの『白い羽の男の子』と同じような事を聞いた。
それに、ここで店をしている人ならば誰でも知っていると。
言っていた。
つまりそろそろ、僕のスマホには。
『天使の情報が出た』と二人から連絡が来るということだ。
なるほど。
ここにも、確かに存在した。
天使はここにも実在していたのだ。
――――。
その日はある程度情報を集めた。
三人がかりで店を回るのは大変だったが、ほぼ全部の店を回る事ができたのだろう。
しかし定休日である店もあったので。
仕方なく明日も聞き込みをすることとなる。
今僕らは宿に来ていた。
花見小路から近い宿だ。
そこに、僕、太刀風さん、ナギサさんと集合し。
情報のすり合わせを行った。
・『天使』は4~5年以上前に花見小路で存在していた子供。
・大きな白い羽が特徴。
・少なくとも半年は滞在していた。
・可愛く人懐っこい性格で、店の手伝いとかをしてくれていた。
うむ。
概ね市原駅周辺で聞いた情報と合っている。
同一人物と考えてもいいだろう。
「今回はイージーやったな」
とは太刀風さんの言葉だ。
銭湯上がりの浴衣姿で彼は言う。なんか満喫してるな。
「でも前の調査と同じ結果なんだろ? それはそれで変じゃねぇか?」
そう異を唱えたのはナギサさんだった。
確かにそうかもしれない。
同じすぎると言う点を、不可解な点として取り上げるのは大事だ。
けれどもこれは、
正直どうしようもできない気がしている。
「新規の情報が一個も出ませんでした。これでは推理もできません」
新たな情報が見つからなかった今、
僕が考えられる可能性はもうないと言う事だ。
天狗と天使の関係性や、そのほかの疑問事も、何も晴れていない。
僕は答え合わせをしたかった。
そういう意図の、天狗のお願い事かと思ったが。
そうではなかったのか?
「………」
いいや、そんな事は無い筈だ。
天狗は僕に何かを期待している様にも見えた。
もう少し考えてみようじゃないか。
出た情報の中にも、
おかしな部分はなかったのだろうか?
「あ。そう言えばやけど」
部屋にやって来た夕食のステーキを口に運ぼうとした瞬間。
唐突に太刀風さんが呟いた。
僕はとりあえずステーキを口に含んで。
飲み込んでから。
「どうしました?」
ここで出された料理は絶品だった。
出来ればもう少し噛んで嗜みたかったな。
まあそれはさておき。
「いやな、大事な事を言い忘れとったんや」
「こんな豪勢な食べ物を経費で食べてる時になんだ、無粋だな太刀風は」
「うるさいぞナギサ」
「それで?」
「いやな。そう言えば今日、思い切って天使を知ってた人に『天狗』を聞いたみたんや」
「ほう?」
なんで? が最初に出て来た。
聞く事によって得られる情報って何かあったっけ……。
あ。
「天使を知ってる奴らは、天狗に対し否定的な意見をいう奴らが多かったで」
「……なぜ?」
「基本は悪口やったな。あんなろくでもなしが花見小路で現れてほしくない。知り合いのお店が天狗に潰されたから怖いとか」
「…………それは妙ですね」
そう言えばきちんとそうやって聞いたことがなかった。
今思う。聞くべきだった。
天使を知っている人からして、
天狗はどう映るのか。
それほど大事な情報を、どうして忘れていたんだ。
否定的な意見。
とどのつまり、天使と天狗を同じ存在だと思っていないと言う事だ。
別に表面的な情報で読み取るなら当たり前だが。
よくよく考えると確かにおかしい。
天使と天狗は似ている。
主に白い羽だ。
それは僕が、実際に天使に会ったことがないのに二人には関連性があると思ったように。
……と言うか、普通そう考えるんだよ。
でも実際に天使に会ったことがある人達は、どうやら関連性を感じていない。
何故か、明白だ。
「情報のギャップか」
見た目では同一人物だとしてもおかしくない。
白い羽を背中に生やした存在など、頻繁にいないからだ。
どちらかと言うと、とても珍しい部類にはいる。
能力の副次的効果で体に変化が起こる人は一定数いるし。
それ自体はヒーローの中でも珍しくない。
でもそれが白い羽と言う、限定的な物となると話が別。
だから僕は関連性を感じていたと言える。
でも天使を知っているうえで、同じ翼をもつ天狗に対し。
あれは天使に似ているな。とすら思わないのは不自然だ。
そこが情報のギャップだろう。
「恐らくですが、天使は主に他人に対し好意的であり、友好的であった。それに対し、天狗は他人を避けている部分がある」
「そんな部分あったか?」
「ほら、あったじゃないですか。独房での衣服の件」
「あったけど、それが?」
「その時言っていた事を思い出してください」
『……ただの最低限、保証してほしい人権ってだけや。それ以上でも以下でもあらへん』
「それってつまるところ、天狗は『他人に自分が害される』ことを嫌っていると言う事です」
「確かに人権って言葉をわざわざ使っとるあたり、そう言えるな」
「その『他人に自分が害される』っていうのは、裏を返せば『他人を恐れている』ということになるんです」
「……確かに?」
そう、天狗は他人を恐れている。
何故か分からないが。きっと天狗は鬼族の幹部でありながら。
他人が怖いのだ。
恐らくそれはこれまでの天狗の犯罪の中でも現れているのだろう。
そこの確証はまぁ、志賀見さん待ちではあるけど。
でもそれっておかしいんだ。
天使はどちらかと言うとその真逆、他人と接しようとする。
先ほど言った、好意的であり友好的な性格であり。
天地がひっくり返っても、天狗の様な悪事を犯す人間性ではない。
そのギャップが。
天使を知っている人が。
天狗と天使に関連性を感じない理由なのかもしれない。
もっと簡単に言うならば。
【雰囲気が変わりすぎてあの天使と思っていない】と言う事だ。
「そら真反対すぎるもんな、天使と天狗って」
「ですね」
天使と呼ばれるほど善人であった彼と。
天狗と呼ばれるほど悪人であった彼。
まるで鏡移しの様に、真反対だ。
でもそれはかえって怪しい。
そうだ。
そうだったんだ。
僕の関連性を感じる、勘だと思っていた物の正体はこれだ。
妙に真反対すぎる。
全てが真逆、鏡に映る存在の様に。
その違和感が僕の中でずっとあったんだ。
「……天使と天狗の関連性が表面化しましたね」
「やなぁ! こら捗ってきたわ!」
何か糸口をつかみかけている気がする。
もう少しで、答えが分かる気がする。
天使と天狗は、やはり何かが繋がっている。
でも同時に、とある違和感が浮き彫りになった。
市原駅の天使と、花見小路の天使には。何かがかみ合っていない。
もっと正確に言うと――、
一本の線に繋がっていない気がするのだ。




