第十七幕 「ただの」
京都駅近くに存在する警察関連の建物と言えばいくらでもあると思うが。
その建物が何故か、と言うか不思議と。
あの悪党を捕まえておける場所には全く見えなかった。
「本当にこんな場所に天狗がいるんですか?」
モダンな建造物であるが確かに大きな建物。
しかし正面に書かれている文字は『警察署』と言う頼もしい名前などではなく。
『運転免許更新センター』と言う文字であった。
「あぁ、ここを留置所に選んだのは天狗つう話や。昨日あたりにここに移ったらしいで」
そんな信じられない捕捉が入った。
「そんな気やすく留置所を転々と出来るもんなんですか?」
「大義があれば規律も無視できる。超法規的措置って奴やろうな。鬼族がどれだけ神経質か分からんし」
「……警察でも、本当に手を出せないんですね」
「そら未知の力を持っている相手やしな。『異能力者に対する扱いは丁重に』って規律の下に、※印付きで『鬼族』は更に丁重にって書き足したんやろ」
個人的にそう言う部分で規律をしっかりしていれば、
信用と言う物が生まれると思うんだけど。
ま、筋を通せないのは人間の性だと僕も分かっている。
ここは納得しておこう。
大人の事情があったのだ。
世間的に大人の事情と言うのは馬鹿にされがちだけど。
当事者からしたら納得する出来るくらい大きな理由だったりする。
「ほないくで、トイレとか大丈夫か?」
「お腹が変に気分悪いかなって感じです」
「ほんとか? そら大変やなぁ、俺のでよければ薬使うか?」
「まあこれは世間的に言うならば、『空腹』って言うんですがね」
「焼肉を根に持たないでくれや……」
そんな与太話は置いておいて。
僕らは軽口を叩きながら建物に入る。
入ると受付が見えて来た。
少し簡素で狭いとも取れる待合室。
プラスチック製の椅子が並んでいて、
その椅子に座っている男性が僕らを見て。
立ち上がった。
「あなたがグラビトルさんやね。わざわざ遠方からすんません」
と、その人物は僕にお辞儀をした。
「初めまして、東京から来ました。グラビトルです。あなたは?」
「おっとと、少々お待ち」
物腰柔らかそうな態度、おっとりとした表情。
茶色と白で揃えられたスーツを来た中年の男性が僕の前の前に立っていた。
そんな彼に僕は名前を伺うと。
彼は胸ポケットから財布を取り出し。
中から立派な名刺を抜き取って。
片手で僕に渡してきた。
「……京都警察の志賀見テルユキ刑事さんですね。今回はよろしくお願いします」
志賀見……名前だけなら見た事がある気がする。
あ、思い出した。
新幹線の中で見せてもらった資料に載っていた名前だ。
確か、天狗に事情聴取を取ったっていう刑事二人のうちの一人……。
「志賀見かぁ、テルユキって呼んでください。敬意を込められて呼ばれるのは好きではないので、階級だとか気にしずお願いします」
「分かりました、志賀見さん」
「そうそう。さん付けですが、気持ちそういう感じで、気さくな感じが一番なんで」
言いながら、志賀見さんは嬉しそうに笑う。
と言う感じで軽く挨拶を済ませた。
そこからは志賀見さんの案内で建物内を進むこととなった。
関係者以外立ち入り禁止と言うドアを開き。
階段を何段か登って。
僕と太刀風さん、そして志賀見さんは。
やけにボロいエレベーターに乗り込み。
上の階へのぼった。
「いやぁ、昨日そっちに突然行った要請なのに、到着が早いですねぇ。新幹線とか、どうでしたか?」
後姿の志賀見さんが話しかけてくる。
「初めて乗ったわけではないので特に変化はなかったですね」
「でもこの子。俺が食べた焼肉弁当でほっぺ膨らましとるんですよ」
僕が当たり障りのない返答をしたのに太刀風さんは余計な事を言う。
空気を読んでほしいな。
と言うか僕の心情を察してほしい。
僕は初対面の人に対してそこまで得意な方じゃないんだ。
3年前までは陰キャ筆頭だったんだから。
2年前から僕を知っているんだから、頼むよ太刀風さん。
「そーなんです? ははっ、可愛いですね。流石ぁ、太刀風さんのお知り合いさんや」
志賀見さんは面白そうに笑う。
くそ、僕のエピソードをダシにとられた。
恥ずかしい。
ん、お知り合い?
「太刀風さんと志賀見さんは昔から関係があるんです?」
「ですね。むかーし、太刀風さんのトコに協力要請があって、そん時にね」
「昔過ぎて俺は忘れたけどなぁ!」
「私より年下の癖に何言ってるんだか」
太刀風さんと志賀見さんは息の合った会話をする。
昔の知り合い、そうだったんだ。
いやまぁそうか。
よくよく考えてみれば太刀風さんはこっちのヒーローなんだし。
こっちの警察とは交流があって当たり前だなぁ。
……でもそれはそれとして。
最初の出会いから知り合い感は出していてほしかったな。
知らなかった僕が、何だか恥ずかしいじゃないか。
「………」
うーんそれに。
何というか。
別に苦手ではないけれど。
関西の人は関西の人特有の波長? がある気がして、
東京の人間である僕からしたら。
どこか疎外感を感じる気がするな。
これも地域の個性っていう事か。
僕も関西の人の波長を掴めるようになりたいな。
気を引き締めよう。
そこから最上階までやってきた。4階だ。
長い廊下が目の前に伸びていた。
そこを志賀見さんを先頭に歩いていく。
「ここわぁ元々、運転免許更新センターとしてぇ、使われていたんですが」
「あれ? 今は違うんです?」
「そーなんですよ。ここは『秘密留置所』と言う感じでして、数年前から使われ始めまして」
「……ではあの表の文字看板は?」
「隠れ蓑です。まぁ、防犯とか警備に関しては甘い場所ですね」
「ですよね」
実際、それは僕も感じていた。
私服で僕や太刀風さんがこの建物に入っている時点で。
もしこの建物を監視している誰かがいるのならば。
この建物に要人が収容されている事、までは行かないだろうが。
この建物に何かがあると言う事は分かってしまう。
一応『天狗』が捕まっていると言う事が鬼族に伝わっていない確証はない。
だから本当ならば、僕と太刀風さんは地下通路など。
隠れた経由でこの建物に来るべきなのだ。
だがそれをしなかった。
太刀風さんは案内役という立場だが。
いざ警察の施設へ行く場合、警察関係者の案内があると思っていた。
でもなかった。
「………」
色々とヒーロー視点でもお粗末だと分かる。
でもどうしてこういう態勢なのか?
気になる事だね。
何となく、見通しはついているけど。
なんて思ってると。
志賀見さんは少し肩を落としてから。
「明らかに、上が焦りすぎなんやね」
「……やはりですか?」
僕の言葉と同時に志賀見さんのため息が響く。
「ここまで色んなことが突然変わるのも、ここまで上の指示が変化するのも。そういう事なんやとおもいます」
「焦りすぎですね。完全に」
ここは強く言っておく。
志賀見さんも恐らくは上の命令に従うしかない立場だ。
でもここで僕は、
その焦りに否定的な姿勢を見せておく必要がある。
あくまで僕はヒーローだ。
警察ではない。
警察の事情を全部汲み取り、その思想に賛同してしまったら。
本来見えてくるものが見えなくなるかもしれない。
客観的視点はどのシチュエーションでも必要だ。
出来事の中で客観性が失われてしまったら。
結末はろくなことにならない。
「一応先に言っておきます」
僕らがとある扉の前で止まった時。
志賀見さんは重そうな口を開いた。
「ここに居る人達は主に警察の思想に染まっとる。私もそれは、ダメだと分かっているんやけど、立場や身分がそれを許さへん。上は何が何でも天狗から情報を引き出そうと必死や」
「………」
僕が言葉を飲み込んでいると。
志賀見さんは振り返ってきて。
「私は。あなたと同じ意見です。焦りすぎやと思っとる。でも、警察の上層部ってのは、やる気になればいつでも天狗を殺そうとしとんや」
「そうなったら、僕が止めます」
「重い役割を頼んでいる事は理解しています。でもこれは、双方の為に、必要なフェイズや」
「………」
「……私にできない事をあなたに託します。ここは更衣室です。コスチュームへ着替えたら、案内しますよ」
大きなものを託された気がする。
一個人の一言葉ではあった。
ただの一人の刑事の、思惑でもあった。
でも僕はそれに感銘を受けた。
僕はヒーローとして。
誰かを助けるスーパーヒーローとして。
助けを求められなくとも、その責務を全うすると思っている。
これは僕のヒーローの価値観だけど。
僕はもし鬼族が許しを求めてきたら。
その手を取るつもりである。
どれだけ恨みがあったとしても、どれだけの激情が胸にあったとしても。
その許しを求めて来た顔が、嘘と言う仮面だったとしても。
僕は絶対に助ける。
『共依存だミノル。誰か信頼できる人を探せ。例えそいつに、将来裏切られるとしてもいい。大事なのは決して一人にならない事だ』
そんな父の言葉をまだ表面的にしか理解できてないけど。
ここは僕の覚悟を説明する為に出させてもらうよ。
どれだけ悪でも、差し伸べてきたら取る。
それが嘘でも、信じてあげる生真面目は必要だ。
僕はヒーローとして【責任】を背負っている。
ヒーローはお手本。
ヒーローは希望。
僕はそんなヒーローに。
憧れたんだから。
そんな物語に心を掴まれたのだから。
僕は『重力ヒーロー』グラビトル。
どこまであがいても、どこまで行っても。
【スーパーヒーロー】でありたい。
――――。
コスチュームに着替えて、僕はその部屋に入った。
薄暗く、ほこりが舞っている。
閉鎖的で湿っている。
そんな部屋に足を踏み入れる。
僕の視界には椅子が一つあった。
もしあの椅子が木製の椅子だったら、
ちょっとしたエモーショナルだったのかもしれないけど。
あいにく椅子は丸く小さなアルミ椅子だった。
そんな椅子に腰を落とす。
そして僕は、目の前に視線を向け。
口を開く。
「始めまして、『重力ヒーロー』グラビトルです」
「おお。……お初にお目にかかります。鬼族の『天狗』っていいます。よろしくなぁ」
鉄格子の奥から声が聞こえた。
その部屋の暗さにやっと慣れて来たらしい。
そしてついに、その人物と目が合った。
「――――」
彼は写真通りの人物だった。
真っ黒のスーツ姿に端正な顔立ち。
隠れた瞳は見ることが叶わないが、
その張り付けたような笑顔は印象深い。
そしてやはり、存在感があった。
その神々しい白い羽のせいか、はたまた、彼自身が発している雰囲気というのか。
恐らくだけど。
彼の全てが、イコールで存在感へと直結している気がする。
これは一種のカリスマ性の様な物。
アイドルや芸能人が持っているソレと似ている。
「それで、話をしてもらおうか」
「話ィ? なんやったかな」
僕が本題を持ち出すと。
彼は軽い口ぶりでそう言った。
「とぼけるなよ。僕をここに呼び出したのはお前だ」
「そんな! 怒らんといてやぁ? ボクはただ、君と話がしたいだけなんだから」
僕が怒気を含め言うと。
天狗は食い気味に、早口で諌めてくる。
軽口が好きなのか?
「……なら話をしよう。僕に何を話したいか、聞いてやるよ」
「え? いいん?」
「答えられる範囲なら」
とりあえず話をしてもらえそうだ。
報告書を見る限り、
ここまでまともに会話という会話はしてこなかった。
だから恐らく僕とのこの会話は。
後ろの部屋で聞いている警察の連中からしたら聞き逃したくない内容だろう。
天狗が小さな口を思わせぶりに開く。
僕も聞き逃さないように前のめりになる。
……でも天狗は更に僕に近づいてきて。
口をとんがらせて僕に向けて来た。
そんな天狗に、更に前のめりになる。
「――ちょい! そんな離れてたら聞けへんやろ」
……と、そんな事をその距離で言われた。
あぁ、これ身に覚えがある。
さっきの関西の人の波長とどことなく似てる。
この距離感を考えず詰めてくる感じ。
うぅ、苦手なんだ。
でも気を引き締めて行こう。
呑まれちゃだめだ。
僕は彼に耳を向けた。
すると天狗は、わざわざ小声でその質問を発した。
「好きな女の子のタイプってなに?」
「……え?」
まさかの質問だった。
「………」
「……」
「答えるべきか?」
「答えなかったらなんも喋らんくなるで」
こ。こいつ……。
「……」
いちおう。
僕にも羞恥心はある。
あるから、言いたくない。
でも「なにも喋べらなくなる」と脅されてしまうと。
……ぐぬぬ。
覚悟を決めよう。
「清楚な方が、好み。だ」
「……それだけ? もっとないんか?」
「あとは……心優しい? 清楚で清潔感があれば、割と僕はどんな人でも……」
「お前初々しすぎやろ。あと照れすぎや。うわー弄りがいあるわぁ……」
耐え切れないように笑声を出しながら。
天狗は嫌な笑みを浮かべる
「お前っ! ふざけるのもいい加減にしろ!!」
握り拳を作らざるを得なかった。
結構ちゃんと捻りだしたのに!!
お前絶対許さないからな。
僕は割と根に持つタイプだからな!
「いやー、わるいわるい。これはお初の様式美や、仲良くしたい人の弱みは握りたいタイプなんでね」
「くそっ……そんなんだと彼女ができたとき嫌われるぞ!」
「作れたら、そのお前の意見について前向きに考えたるわ」
そう言いながら平然と返しながら。
天狗はまた壁際にもたれ掛かった。
なんか腹立つ。
「ていうか、そんな事は良いんだよ!! どうでもいいレベルだ!!」
「結構リアクションが長続きするんやな」
「うるさい!! お前が僕に話したかった事は、それだけじゃない筈だ!」
切り出すと、天狗の視線が明らかに変わった。
「というと?」
「東京のヒーローである僕をわざわざ指名して、僕に何を聞きたいんだ」
「………」
「それか、“何をしてほしい”んだ?」
「……おもろいな。聞いていた通り、君は鋭いらしい」
聞いていた?
どういうことだ?
「ほんじゃ本題やな」
天狗はいいつつ。
よっこらせと、屈む姿勢になり。
僕に右手の人差し指を指しながら。
「調べてほしい事があるんやけど、それをしてくれへんかな」
本題。
ついに発せられたその言葉に。
僕は固唾を飲み込んだ。
「――――」
「してくれたら、君が知りたがってる事おしえたるよ」
!?
なるほど、そう来たか。
交換条件でいくか。
「……」
「――――」
勘違いしてはいけない。
ここまでの他愛ない会話のせいで薄れそうになるけど。
彼は極悪人であり。
あの鬼族の幹部である【天狗】だ。
どれだけ外面がイケメンでも、どれだけ軽口を叩こうとも。
犯罪者である事は変わらないし。
僕が復讐を願っている対象でもある。
忘れては行けない。
彼も立派な殺人集団の一員であると言う事を。
悪党であるということを。
僕はヒーローであるということを。
「――――」
天狗は勘ぐるような視線のまま。
悪い顔を浮かべ。
そして呟いた。
「白い羽が生えた男の子について、調べてほしいんや」




